>   >  真正性を担保し、デジタル作品に財としての価値を与える〜クリエイティブ×ブロックチェーン最前線(1)
真正性を担保し、デジタル作品に財としての価値を与える〜クリエイティブ×ブロックチェーン最前線(1)

真正性を担保し、デジタル作品に財としての価値を与える〜クリエイティブ×ブロックチェーン最前線(1)

デジタル作品の真正性を担保し、
後世まで語り継がれる価値を与える

CGWORLD(以下、CGW):今回は、CGWORLDでも初めて「ブロックチェーン」というテクノロジーを題材に扱うことになりました。各方面の第一線で活躍され、業界を牽引する存在でもある3名にお集まりいただけたので、今回は技術的な内容よりも、ブロックチェーンって面白そう、ブロックチェーンを使ったらこんな便利になるんだ、と読者のみなさんに興味をもってもらえたらと思っています。皆様、どうぞよろしくお願いします!

施井泰平氏(以下、施井):よろしくお願いします、スタートバーンの施井(しい)です。「Startrail」というアートの作品の流通・管理のためのブロックチェーンのしくみを開発しており、そのしくみを基にした証明書発行サービス「Startbahn Cert.」を提供しています。今回は、井出さんと藤ちょこさんともお話しできるということで、とても楽しみにしていました。

  • 施井泰平/Taihei Shii
    スタートバーン株式会社 代表取締役

井出信孝氏(以下、井出):ワコムの井出です。このような機会をいただきありがとうございます! 私が常に考えている、「アーティストの皆さんをいかに支援していけるか」、ペンタブレットの精度をさらに高め、皆さんのクリエイティブに貢献していくのはもちろんです。しかし、「もっと大きな枠組みでワコムにできることはないか」と考えたときに、ペンテクノロジーが記録できる「作家の個性」や「オリジナル性の保全」という点で、非常に親和性が高い技術と出会いました。それがブロックチェーンです。

  • 井出信孝/Nobutaka Ide
    株式会社ワコム CEO

藤ちょこ氏(以下、藤ちょこ):イラストレーターの藤ちょこです。ワコムさんとは、イベント「Connected Ink 2020」に登壇させてもらうなど、いろいろとご一緒させていただいていますが、ブロックチェーンの取り組みについては「聞いたことがある」くらいで、全然詳しくありません。いちクリエイターとして、ブロックチェーンで世界がどのように便利になるのか。今回はそれについてお話しできるということで、とても楽しみにしていました! どうぞよろしくお願いします。

  • 藤ちょこ/fuzichoco
    イラストレーター、漫画家

CGW:さて、まずはブロックチェーンの技術を活用した取り組みについてですが、スタートバーンさんとワコムさんが共同で開発を進めているというプロジェクトは、どういったものなんですか?

施井:Startrail開発のきっかけは、「アート作品には、それがデジタルであってもアナログであっても、正式に登録して管理する場所がどこにもない」という課題から始まっています。例えば、不動産などは国に登録されますよね。どこの誰のものか、その存在と所有者が公に保証されます。しかし、同じように価値があるはずのアート作品の管理には、紙だろうがデジタルだろうがそういったしくみが一切存在しないんですよね。そこで、ブロックチェーンを使ってそのしくみをつくってしまおうと考えました。

井出:その「アート作品の登録証明」において、ペンタブレットの技術とブロックチェーンは相性がとても良かったんです。アーティストがデジタルペンを手に、「いつ」、「どこで」、「誰が」、「どのように描いた」か。きれいに丁寧に描いた線なのか、いつもの作品と比べてどういう特徴があるのか、どのような文脈で描かれた作品なのか。アーティストが描き出す一筆一筆に魂が込められていると考えているので、そこまでを「アート作品の情報」として盛り込み、残すことができないものかと。

CGW:ペンタブレットでの筆跡鑑定のようなイメージですか?

井出:それに近いイメージですね。人には誰しも書き(描き)癖があって、文字の線や部位を書くのにかかった時間、筆圧、ペンの傾き、ペンが空中でどこをどの角度で通ったか、といった情報を認証することができるんです。この技術は電子署名のみならず、アート作品にも応用できます。「これはまちがいなくこのアーティストが描いた絵である」という真正性や唯一性を残せる技術で、それこそ一筆一筆のすみずみまで、作家の個性や特徴を情報として残すことが可能なんです。

藤ちょこ:描いているときのペンの空中での動きや傾き......。そんなところまで記録できるんですね!

井出:アート作品には、アーティストの生き様が表れていたり、作品によって線に迷いがあったり、不調が表れていたり。レオナルド=ダ=ヴィンチの作品の赤外線調査ではありませんが、絵の下にまったく異なった絵が描かれていたりと、作品には様々なストーリーが隠されていますよね。表面に見えている完成画以外の情報まで含めて「アート」だと思うんです。

隠されたものを暴きたいというわけではなく、「道具の事情」によって見えなかったりわからなかったりしたものが、デジタル技術によって可視化され、それがアーティストにとって新たな気付きに繋がり、さらに新しいものが生まれていくのではないか。そういった、貴重で唯一性の高い筆致情報に信頼性をもたせ、登録・保管ができるスタートバーンの技術と、ワコムの独自のデジタルインク技術「WILL(Wacom Ink Layer Language)」は非常に親和性が高いんですよね。

施井:内包された情報によって、アートの価値や見方が変わることってありますよね。仕方なく描いた絵なのか、創作意欲に溢れて描かれた絵なのか。その辺は重要な情報になりますし、描かれた当時の筆致情報があればそれがわかってくる。いつもより時間をかけた絵だとか、丁寧に描かれた絵だとか、美術史でよく聞くような口伝ではなく、「本人による情報」として残せるわけです。

スタートバーンのサービスは、「アートの真贋鑑定」のように言われることがあるのですが、実際はそうではありません。そんな単純なことより、コピー&ペーストができるデジタルの世界だからこそ、「付加的な情報を信頼性を保ちつつ残す」ことが大事だと思うんです。それがあることで、デジタルデータにも「オーラ」のようなものが出るのではないでしょうか。

井出:そう、アート作品って「生み出される瞬間」もまたアートなので、アーティストによる「パフォーマンスの空気」を体感してほしいんですよね。だからこそ「Connected Ink」などのアートイベントを実施して、アーティストの皆さんに実際に会場で描きおろしてもらっているんです。

「Connected Ink 2020」では、藤ちょこさんにもパフォーマンスをしていただきましたが、「最初の色が大切なんだな」とか「その軌跡から剣が形づくられるのか」とか。リアルタイムの筆の軌跡に音楽やパフォーマンスが入り、作品がつくり上げられていく過程や軌跡の全体に1mmの無駄もなくて、こういった全てが作品そのものだと感じたんですよね。

藤ちょこ:「Connected Ink 2020」で描かせていただいた作品は、単に1枚のイラストをつくるという単純なものではなく、発想の過程や描いていく間の軌跡だったり、そういうのを含めて作品にしていただけたと感じてます。

▲「Connected Ink 2020」で藤ちょこ氏が描き下ろしたイラスト
藤ちょこ『花閃』©藤ちょこ / fuzichoco

井出:作品の真価って「0 or 1」ではなく時間軸や軌跡がとても大切なんです。そういったものを残していくことが、スタートバーンさんとのコラボレーションの軸なんじゃないかな。

施井:藤ちょこさんの作品の中でも「作家本人が気に入っている絵」といった細かい情報を残すことによって、ファンをはじめ作品を受け継いだ後世の人たちにまで、価値を感じさせることができるし、盛り上がれるんですよね。

デジタルアートって「価値を語り継げない」、「後世まで残せない」と思われがちですが、ワコムさんのペンタブレットの技術や我々のブロックチェーン技術によって、リアル(=形として存在する)なアートよりも細かい情報を正確に残せるようになっています。その点は啓蒙していきたいですね。

藤ちょこ:確かに、紙媒体に印刷したものならまだしも、デジタル作品自体を後世まで残していこうという観点はなかったです。後世の人が自分の作品をどう見るか......。あまり考えたことがなかったので、とても新鮮です(笑)。

井出:デジタルの特徴って、時空や距離をやすやすと超えられることなんですよね。例えば、藤ちょこさんが描きつけた思い、作風、ニュアンス、それらが時を経て次第に変わっていくこと。そういった軌跡を構成している過去のデータの全て。やろうと思えばそれらをまるごと記録して、遠い未来の別の地で出現させてしまうこともできるんです。これは、デジタルとアナログのどちらが優れているかという話ではなく、デジタルでしかできない表現なんですよね。それらを信頼できるかたちで守ることが、我々の使命なのかなと。

施井:本当にそのとおりだと思います。例えばMMORPGなんかで、ガチャの超レアとして「伝説の剣」というアイテムがあったとします。でも、デジタルの世界は基本的にコピーが可能なため、「きっと誰かも同じものを持ってるよね」という感覚があると思うんです。実際、そのゲーム内のアイテムテーブルでたった1つのアイテムだったとしても、わからないですからね。しかし、この「伝説の剣」がブロックチェーンに登録されると、そのデータには確固たる唯一性が生まれるんです。

しかも、それが来歴をもって引き継がれるわけです。「超強力なプレイヤーが発掘した剣である」とか「某有名人の愛剣だった」といった感じで。しかも、これがひとつのゲームの世界だけではなく、別のゲームの世界にも持ち込まれて、100年、200年と受け継がれていく。するとどうなるか。現実世界の由緒ある刀剣と同じ価値が生まれるんです。「15XX年に〇〇の戦いで秀吉が用いた刀剣である」みたいなことが、デジタルの世界でも可能なんです。

CGW:おおー! すごい!

施井:デジタルコンテンツは、ともすれば「モノとしての価値」が軽薄になりがちでしたが、「世の中にはこれしか公式に存在しない」と証明できるのがブロックチェーンの強みなんですよね。それが証明されることで、「デジタルにもまちがいなく価値がある」と認められるようになるわけです。

井出:でもね、本質的には「複製が可能だから価値がない」ということではないと思うんですよ。ワコムの課題でもあるのですが、紙に描く感覚から1本でも1ミリでもクリエイターの思い通りの線が再現できなければ、「クリエイターの創造性を盗んでいる」という意識でいるべきだと考えています。クリエイターは、描くのも消すのも魂をかけています。描き直しが容易だからデジタルペンが良いというわけではないし、出来上がった結果だけを見て「複製が可能」という話でもないんですよ。軌跡や制作の過程、作品が出来上がる文脈を含めて「唯一無二」であるはずで、彼らが必死の思いでつくった作品をどう守っていくか、が本質なんですよね。

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ブロックチェーンで「個の復権」を実現する

Profileプロフィール

施井泰平(スタートバーン 代表取締役)×井出信孝(ワコム CEO)×藤ちょこ(イラストレーター)

施井泰平(スタートバーン 代表取締役)×井出信孝(ワコム CEO)×藤ちょこ(イラストレーター)

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