>   >  真正性を担保し、デジタル作品に財としての価値を与える〜クリエイティブ×ブロックチェーン最前線(1)
真正性を担保し、デジタル作品に財としての価値を与える〜クリエイティブ×ブロックチェーン最前線(1)

真正性を担保し、デジタル作品に財としての価値を与える〜クリエイティブ×ブロックチェーン最前線(1)

ブロックチェーンで「個の復権」を実現する

CGW:現在のブロックチェーンの課題についてですが、いまだ多くの方がブロックチェーンと仮想通貨(暗号資産)を紐づけているように感じます。どのように正確に伝えていくべきでしょうか?

施井:そうですね。ビットコインの基盤技術としてブロックチェーンが生まれて、広く知られるようになりましたからね。ブロックチェーンの何がすごいかというと、「中心となる国や発行団体が存在せず、分散的に不特定多数が繋がったネットワークで管理されている」のに「信頼できるしくみとなっている」という点なんです。誰かが勝手に編集したり改ざんしたり、それが不特定多数の監視によってできないようになっています。この技術を使って、仮想通貨(暗号資産)ではない他の情報を載せて、その信頼性を担保しようというのが今回の取り組みです。

我々が使っているブロックチェーンは「イーサリアム」と呼ばれるものなのですが、今回は詳しい解説は割愛しますね。我々はイーサリアムのネットワークをベースに、そこに書き込むための「アート専用のプログラムレイヤー」を構築しています。これが「Startrail」です。

  • ◀▲Startrail 概要図。世界中のアート関連サービスを繋げ、全ての流通・利用を管理できる

井出:私も、ブロックチェーン=仮想通貨(暗号資産)のイメージがありましたが、ネガティブな捉え方ではなく、「個の復権」という印象が強いですね。ひと握りの強者がテクノロジーで制圧していく世界ではなく、その一筆のタッチすら「自分のものである」と証明してくれる。そんな「モノが個に戻ってくる技術」だと考えています。1社独占で運営されるサービスではなく、中央集権的ではない「信頼のプラットフォーム」で担保されているんですから。それがブロックチェーンの良いところですね。

施井:仮に、超巨大IT企業が「ライツマネージメントを始めます」と言っても「サービスを終了する」と言えば止まってしまうし、自社の広告サービスに使われたりもします。しかしブロックチェーンであれば、分散的に動き続けてくれます。ブロックチェーン上で動いている「Startrail」は、たとえ将来スタートバーンがなくなったとしても、ずっと残り続けるんです。それこそ200年、300年と残り続けてクリエイティブを支えるテクノロジーになります。そこが重要なポイントなのかなと。

藤ちょこ:そうですよね。「信頼できるネットワーク」となると、これまで感じていたインターネットの常識とはちがって魅力を感じます。というのも、インターネット上に作品を一度放り出すと、その先はもう作家本人にも制御不能で消息がわからなくなり、どこでどう使われているのかがわからないからです。でも、ブロックチェーンがそういう状況や感覚を変えてくれるのではないか、と感じます。

井出:そうなんですよね。「制御できない」という従来のインターネットに対する感覚が変わることで、クリエイティブの様々なカテゴリで「クロス現象」が起こり、作品や表現の枠にもブレイクスルーが起こるのではないかと期待しています。デジタルイラストがフィギュアのコミュニティとクロスすることで新たな表現が生まれていく、といった感じで。二次元で描かれたイラストが三次元で表現され、それがお互いを刺激しあってさらに発展していくといった具合に。

藤ちょこ:うんうん。

井出:ブロックチェーンは1つのコミュニティが制圧している世界ではありません。なので、コミュニティやカテゴリをまたいで活動したとしても信頼性を保証してくれるため、お互いの権利を尊重しながら発展していくことができます。新しい表現の可能性をも担保できる技術なんじゃないかな。

藤ちょこ:例えば......、VRコンテンツの世界で使うアバターに、私が描いたイラストを提供したりとか。「限定何着で販売」というイメージですか?

施井:そうそう! そんな感じですね。数量を限定することもできるし、売れた分だけ版権収入が得られるという設定も可能です。「こういう表現には使われたくない(18禁)」などの制限をかけるといった制御もできるようになるはずです。

井出:イラストレーターとフィギュアの原型師のように、アーティスト同士が期間限定でコラボレーションすることで、極めて少数のデジタルモデルが出来上がってくるとか。アーティスト同士の結びつきと、そこに出来上がったものへの信頼性が担保されることで、無限に可能性が生まれてきますよね。

CGW:では、ブロックチェーンの外で売買されたらどうなるのでしょうか?

施井:その場合は、現状ではどうすることもできませんが、デジタルコンテンツの場合は比較的コントロールがしやすいですね。そもそも、我々がブロックチェーンを使ったサービスを開発したのは、「Web上での作品の売買で、その都度アーティストにちゃんと還元されるしくみ」を考えたことがきっかけとなっています。ブロックチェーンの外で売買された場合は、どのように追跡・対処すれば良いのかを考えると、やはりブロックチェーンなんですよ。そのさらに外側で保持されるものについては、現状では規約違反等で縛るしかないですね。

▲「Startbahn Cert.」で、ブロックチェーン証明書と併せて発行されるICタグカード。ブロックチェーン上の情報と実際の作品を紐付けて管理できる

CGW:クリエイター側でも「ブロックチェーン上で発表した方が良い」という認識が広まり、インフラとなれば良いですよね。

施井:そうですね。現在でも、イリーガルな状態で保持されているものはBAN(追放)されますが、ブロックチェーン上に所有権が記録されていないものは、他のサービスで無断使用したり売買ができなくなる、という世界が訪れると思います。現在はそういった証明のしくみがまだ存在しないため、著作者が許可を出したものだとしても、「許可を出している or いないデータ」の判断がつかず、データのやりとり1件1件に対処しなければならない状態です。

藤ちょこ:確かにおっしゃるとおりで、多くの作家さんが困っていることだと思います。イラストを無断転載されるだけではなく、無許諾で商品化されて販売サイトで売られてしまうことがあるのですが、「私の作品です」と報告して、その商品が無許諾であることを証明するためのアクションって、本当に大変なんですよ。個人情報を提示しなければなりませんし。でも、ブロックチェーンによって「この証明書が、私の作品であることの証明です」と提示することができれば、本当に助かります。

施井:実は、AmazonやYahoo!、メルカリのようなサービス運営側でも、そういったことを求めているんですよ。企業としてはイリーガルな商品を取り扱いたくないのに、真正性の確認にあまりにも工数がかかるため、どうしようもなくなっていますからね。作品に対してブロックチェーン証明書が普及していけば、そういった違反行為が行われる前に、「ブロックチェーンの証明書がないと、著作物関連の出品はできません」という流れになっていくのではないかと思います。

藤ちょこ:それはとても助かりますね! ファンの方々が「無断で使われていますよ」と報告してくださることが本当に多く、それらの対処も煩雑すぎて仕方がないというような状態なので......。

井出:自分が描いたものは自分のものだし、デジタルだろうがアナログだろうが、自分の作品であることを証明し、安心して発表・流通させていく。今回はクリエイティブの範疇で話をしていますが、個人情報の取り扱いをはじめ、社会全体がそういった方向に向かっていくかもしれませんね。

「無記名の人」ではなく、インターネットやデジタルの世界でも「自分である証明=個の復権」により安心して発信できる、そういう世界になっていくのかな。そう考えると、デジタルで作品制作をしているクリエイターは、「アーティストとしてしなくても良い苦労」を強いられていますよね。

藤ちょこ:クリエイター側だけではなく、売り手や買い手にとっても「証明された商品です」と保証されていたら、安心して取引ができますね。

施井:そういう世界は、実はもう目の前に来ていますよ。VRコンテンツの開発と似ていて、ブロックチェーン開発の界隈では「一般化にはもう少し時間がかかるだろう」と思われていました。しかし、デジタルアートの世界では、ついにあの美術品オークションの老舗「クリスティーズ」に、ブロックチェーンに登録されたデジタルアート作品が出品されることになったんです(Beeple作『Everydays - The First 5000 Days』※2021年2月25日〜3月11日に出品)。これは、「NFT(Non-Fungible Token)」といって、唯一無二のデジタルトークンを生み出せるブロックチェーンが使われています。既に何千万円、何億円になるだろうという予想で、とても注目を集めているんです。本当にスピード感が速いです(※2)。

※2:本インタビューは2021年2月22日(月)に実施。インタビュー後の3月12日(金)に、NFTを使用したデジタルアートが75億円で落札され話題となった。さらに3月17日(水)には、スクウェア・エニックスが「NFTデジタルシールを展開予定」と発表した


大手オークションハウスのクリスティーズで、ノン・ファンジブル・トークン(NFT)を使ったデジタルアートが約6930万ドル(約75億円)で落札された。NFTの販売額としては過去最高を記録した。
株式会社スクウェア・エニックス(本社:東京都新宿区、代表取締役社長:松田洋祐、以下当社)は、double jump.tokyo株式会社(本社:東京都新宿区、代表取締役:上野広伸)との共同開発による、ブロックチェーン技術を活用したNFTデジタルシールを2021年夏に販売します。当社初となるNFTデジタルシールは、「ミリオンアーサー」シリーズで展開予定です。

藤ちょこ:デジタルは複製が容易なので、1枚のデジタル作品のデータにアナログで描いた原画ほどの価値が付くことはないだろうな、と思っていました。それが、美術品と同様に扱われる世界が来たということで、すごいことですね。これって、ブロックチェーンで価値が担保されるからってことですよね?

施井:そのとおりです。

井出:「著名なアーティストの作品だから」というのもあるのでしょうが、そういうすごい世界がある一方で、アマチュアと言われている世界、例えば、minneのようなハンドメイド・マーケットの世界でも、作品やアートのすそ野が広がるきっかけになるんじゃないかな? と思っているんですよ。せっかくつくったのであれば、もっと発表したいはずですからね。

CGW:確かに、個人が作品を発表していく時代になってきているので、そうした流れはあるのかもしれませんね!


【後編】
『ブロックチェーンでクリエイティブの世界をもっと良くしたい
〜クリエイティブ×ブロックチェーン最前線(2)』





Profileプロフィール

施井泰平(スタートバーン 代表取締役)×井出信孝(ワコム CEO)×藤ちょこ(イラストレーター)

施井泰平(スタートバーン 代表取締役)×井出信孝(ワコム CEO)×藤ちょこ(イラストレーター)

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