「ブロックチェーン」と聞いて、そのしくみや可能性についてピンとくる人はまだ少ないだろう。しかし今、クリエイティブの世界において、データ流通の根幹を成す技術としてブロックチェーンの可能性と活用法に注目が集まっている。今回、スタートバーン代表取締役・施井泰平氏、ワコム CEO・井出信孝氏、イラストレーター/漫画家・藤ちょこ 氏の3名に、クリエイティブの世界で活用されるブロックチェーンサービスとその可能性について語り合ってもらった。前編に続き後編では、ブロックチェーンがクリエイティブの世界にもたらす未来についてお伝えする。


構成_高木貞武 / Sadamu Takagi
INTERVIEW&EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE

【前編】
真正性を担保し、デジタル作品に財としての価値を与える〜クリエイティブ×ブロックチェーン最前線(1)



ブロックチェーンでみんながハッピーになるならば

CGWORLD(以下、CGW)前編では、ブロックチェーンによってどのような世界になっていくかについて話し、そのイメージが広がりました。後編では、もう少し具体的なお話をしていきたいと思います。CGクリエイターが自分のデジタルイラストや3Dモデルをブロックチェーンに登録して世の中に出す、ということを行うためには、現段階ではどういった手段があるのでしょうか?

藤ちょこ氏(以下、藤ちょこ):私もまだ作品をブロックチェーンに登録したりしたことはないので、どういった手順を踏めば、ブロックチェーン上に自分の作品を登録することができるのか、確かに気になるところですね!

  • 藤ちょこ/fuzichoco
    イラストレーター、漫画家

井出信孝氏(以下、井出):我々としては、開発中といったところですが、コンセプトムービーでも紹介しているように、制作過程の「最後の締め」としてウォーターマーク(透かし)の部分にデジタルペンでサインをしてもらうことで、サイン情報を基にしたウォーターマークを著作者の署名として作品に残すアプローチを採っています。これにより、ブロックチェーンが保証する「作品の真正性」をより高めることもできます。現在は、そのアプリケーションを開発している最中です。

さらに、前編でお話しした「制作中のペンの軌跡」といった全ての情報を登録します。イラストを描き終えた後にドキュメントを作成してキーボードを打って登録証を発行して......、といった事務的な手続きではなく、あくまでも「ドローイングの動き」の延長線上でブロックチェーン登録まで行えるように、というイメージです。

  • 井出信孝/Nobutaka Ide
    株式会社ワコム CEO

施井泰平氏(以下、施井):テクノロジーの進化の過程でデータが豊かになっていき、ブロックチェーンでできることが増えてきています。実装にあたり、まさに今スタートラインに立っている、という感じですね。

  • 施井泰平/Taihei Shii
    スタートバーン株式会社 代表取締役

CGW:現状では、デジタルペンによるアプリケーションプラットフォームがなければ実行できないのでしょうか?

施井:そんなことはなくて、ブラウザ上でSNSサービスに投稿するかのように、ブロックチェーンに情報を記録することはできますよ。

藤ちょこ:例えば、完成したPSDデータをブラウザからアップロードする、みたいな感じでしょうか?

施井:そういった感じですね。ただ、PSDファイルはレイヤーになっていて編集できてしまうので、流通形態としてはあまり好ましくないかなとは思います。「最高画質のJPG」あたりから始まっていくのではないでしょうか。

署名情報を入力した後、SNSに投稿するようなイメージで捉えるとわかりやすいかもしれませんね。もちろん、DCCツール側から直接アップするようなものもあったり、ワコムさんのプラットフォームができれば、ペンによるサインだけでも可能になるので、最終的には各自の環境に依るところになりますね。

CGW:例えば、CGでつくったパーツなどをブロックチェーンで管理するとしたら、「ここのパーツはAさんのパーツで、ここのパーツはBさんのパーツで......」とパーツを組み合わせてひとつの作品として売買することができますね。それも、各パーツを制作したクリエイターの権利を活かしたまま。

施井:そうですね。売り手も買い手も求めていることであれば、市場原理としてそうなっていくのだと思います。現実世界の「パーツ屋さん」みたいなことが、CGの世界でも実現するといった感じですよね。

CGW:あと、受託制作のクリエイターの方々が「自分がつくった」、「制作に関わった」と声を上げられないという問題がありますよね。そういった制作情報は、ブロックチェーン上で「確かな実績」として管理できないものでしょうか。

施井:ブロックチェーンで管理することでみんながハッピーになるのであれば、そうなっていくかもしれませんね。

井出:制作物の販売権を誰がもっているか、というのはまた別の話として、私はそういうクリエイターの思いはわかるし、間違いなくあると思っています。

藤ちょこ:うんうん。

井出:大きな会社のフレームワークの中で、「こういうことにしようね」といった決まりごとはあったとしても、その中の「個」に着目してみれば、「個のアーティスト」がちゃんと存在しているんです。その見せ方については、きっとこの先、大切になってくると思うんですよね。

藤ちょこ:イラストレーターの仕事でも、契約上描いたことを公表できない案件って、結構あるんですよね。ラフや線画、塗りなどで分業している案件や、絵柄を似せて描く案件は特にその傾向が強いです。それがどれだけ有名なコンテンツであっても、名前を公表できないとアーティストの実績に繋がりません。

でもブロックチェーン技術によって、制作者がちゃんと公開されるしくみが整っていけば、もどかしい気持ちを抱えるアーティストも少なくなりそうですね。

井出:そうですね。「創造していくこと」がもっと大切に扱われて、「ちゃんと使われて、ちゃんと対価が支払われる」という方向になっていくと思いますよ。

施井:「ごく普通の人たち」がSNSで発信できるようになりましたよね。フォロワー数が非常に多い社員がいたり、そういう人たちが社会に対して問題提起ができたり。そうなると、会社の通常のヒエラルキーとはちがう何かが生まれてきますからね。

「#MeToo」などもそうですよね。井出さんのおっしゃるとおり、確かにそこで「個が復権する時代」になったんだなと感じます。そういう意味で、先ほどの大きな制作の座組みにおいても、個にスポットを当てるブロックチェーンの使い方というのも、大いに意義があるのかなと思い知らされました。

CGW:クリエイターとしては、対価が支払われるだけではなく、携わってきた案件を実績としてアピールしたいじゃないですか。それが次の仕事にも繋がるわけで、重要なことだと思うんですよ。クレジットが編集されて表に出てこないとなれば、ただ微々たる報酬でアルバイトをしただけ、みたいになってしまいますから。「この作品の制作に携わりました」と声高に叫ばなくても、ブロックチェーンに書き込まれていることで証明できるのであれば、胸を張ってキャリアを証明できますよね。

井出:そうですね。映画のクレジットとはちがって、ブロックチェーンにはたくさんの情報を記録できるので、制作に関わった全てを記載することも可能ですからね。そうすると、そこから新たな発見や繋がりが生まれてくるかもしれません。「このカットのこの輝き! この人の仕事だったのか!」みたいな。

藤ちょこ:Twitterでは、アニメーターさんが「ここの原画、私が描きました!」と発信しているのをよく見かけます。そんなアニメーターさんたちのように、イラストや3DCG、そのほか様々な分野で分業をしているクリエイターさんにもっと光が当たると良いですよね。コンテンツのファンとしても、「どこを誰が手がけたのか」を知ることができるのは嬉しいです!

井出:とある高校で、ものすごくがんばって著名な作品を手がけているアニメ制作スタジオに入って、どこどこのカットの何を描いた......、という話を聞いたことがあります。当の本人と周りのコミュニティにとっては、涙ものの出来事なわけです。そういった事実が何かしらのかたちで公開されていたとしたら、それこそ学校を挙げてのすごい出来事となったわけです。光の当て方次第で、価値はまったく変わってくるんですよ。誇りと同時に世間に対する認知も発生して、それが次の対価に繋がっていくんです。

施井:クリエイターだけではなく、採用の場面でも有効かもしれませんね。集団制作だと、クレジットされていても何を担当したのかわからないことがあります。実力のある人が救われるというのは大切なことですからね。今日は新たな気づきがたくさんあり、面白いですね。

井出:そういえば、少し話が脱線してしまいますが、ワコムの実証実験として、現在「村」をつくっているんですよ。

全員:え、村!?



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ブロックチェーンは「公開して広げていく」もの

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ブロックチェーンは「公開して広げていく」もの

井出:「Connected Inkビレッジ」といって、実はもうつくってしまったんですが(笑)。

施井:えぇ! すごい!!

井出:東京のオフィスのビルをコミュニティに開放して、工房みたいに改造しているんですよ。それを京都やつくば、デュッセルドルフ、ポートランドなど、様々な都市にビレッジをつくっていき、ドローイングだけでなく様々な制作、音楽、パフォーマンス、教育にいたるまで、全てがカオスにごちゃまぜになって、各都市のビレッジがクラウドでゆるく繋がっているという状態にしようと。ワコムのデジタルインク技術と実装が進めばブロックチェーンで繋ぎ、どのビレッジでつくられていても文化や思いを発信していけるという、そんなフィジカルなコミュニティというか、「村」をつくろうとしています。

施井:なんだかすごいなぁ......。それはもう始まってるんですか?

井出:いやまだ(笑)。「とにかくやるぞー!」と言ってつくりはじめちゃって(笑)。描いている思いは壮大なんですが、まずは各都市で小さく始めていき、どこの地からもデジタルインクが飛び交って、それが少しづつ繋がっていく様子を実証していけたらと考えています。こんな時期だからこそ、「ここに来たらこんな手触り感がある」という体験ができる場を設けて、「自分=個」が少しずつ認知されていく経験を築いてもらえたらと。

施井:面白いですね。世間はリモートワークにより、ますますインターネットを主軸とする環境になってきたのに、ワコムさんは「フィジカルに集う」方向で行くという(笑)。

井出:(笑)。「今の時期、ビルを借りてこんなに高い固定費をかけて、意味あるんですか!?」とよく聞かれます。でも、こんな時期だからこそ、リアルの場で集うって大切だと思うんですよ。場所を問わずリアルに集って生み出されたものが相互に繋がる。それが「新しいかたち」なんじゃないでしょうか。「Connected Inkビレッジ」は、それを実証していく実験場なんです。

CGW:さて、いろんな話題で盛り上がってきたところですが(笑)、スタートバーンさんとワコムさんによるブロックチェーンサービスは、今後どのように進められていくのでしょうか?

井出:話が飛んだようで、「個の復権」というところでビレッジとブロックチェーンは関連があるんですよ(笑)! そうですね、サービスとして正式に開始するのは、もう少し先になりそうですね。でも今って、ベールを剥いで「さあどうぞ! 使ってください!」みたいな時代ではないと思っているんですよ。

施井:そうですね。「できていること」と「これからやれること」を共有して、徐々にかたちになっていく感じですね。

井出:みんなで「こんなことができるぞ」と騒ぎながら進めていくのが大切なのかな。頻繁に顔を見せて、修正しながら進めていくという感じでしょうか。

CGW:テスト的にプロジェクトに参加したい人を募る、というのもアリかもしれませんね。

施井:それもアリですね! プロジェクトに参加してもらって、「Connected Inkビレッジ」にも遊びに来てもらって。そこでどういったものになっていくのか。リアルの場で体験・実証してもらったりとかね。

井出:今年も実装のトライアルをしましたが、「何月何日に完成」という感じのものじゃないんですよね。スモールスタートで始めるかもしれないし。

藤ちょこ:クリエイターとしても、実際にサービスが開始される前に細かく情報共有してもらえると、どうやって使えば良いかイメージしやすいのでありがたいです。

施井:今回の対談でも新しい気づきがあって、どういうものが世間に求められているのか、そのフィードバックが得られるのは大きいですよね。

CGW:今回改めて思ったのが、ブロックチェーンが「1点もののアート作品の販売・管理」だけではなく、Unityのアセットストアのようなアセット販売だったり、「本当に許諾の範囲で使われているのか?」といった場面でも、ブロックチェーン活用のメリットが大きいように感じました。買って使う側の意識はもちろん、売る側も権利の管理がしっかりと行えることで、安心して値付けができるようになります。また、こういう「ストック型の収入」で、クリエイターの生活が成り立っていくこともあり得ますね。

施井:そのとおりですね。今日の話でいうと、1点もののアート作品はもちろん、CGのパーツ制作の話とかデジタルアセットの販売とか、そういう観点は今回初めて得たものでした。本当に「デジタルの世界での小売り」になっていき、CGクリエイターがリアルなものをつくる職人とほぼイコールになる世界ですよね。

CGW:ブロックチェーンによる環境が整備されることで、「デジタルでのものづくり=好きなことをして生きていく」ことが実現していきそうですね。

藤ちょこ:ブロックチェーンを使うことで、クリエイターの生活に直接繋がっていく。そういう感覚がもてると、クリエーターとしても先々に希望を抱くことができそうです。

▲藤ちょこ『彼岸の花嫁』©藤ちょこ / fuzichoco

施井:だからこそ、こうして発言していくことは重要なんだなと思うんです。そこに反応が生まれて気づきが生まれ、もっと良いサービスにしていくことができるので。

僕はもともと、「クリエイティブの世界がもっと良くなれば良いのに」と思ってはじめたわけです。別に自分たちが1番でなくても良いと思っていて、誰かが先にそれをやってしまっても良いんですよ。15年前からアーティストにお金を落とすしくみづくりを考えてきて、それをずっと言い続けてきました。ようやく何とかかたちになってきたなと思うんですよ。スタートバーンだけではできないことです。

井出:そうですね。小さくてもコミュニティがコミュニティを呼んで、体験がつくられていく。こういう方法でなければ、実現できないことなのかもしれません。

CGW:現時点で発表されている段階では、5社による共同プロジェクトとなっているようですね。今後、一緒にこのプロジェクトを進めていきたいパートナーさんはいますか?

井出:たくさんいます。まだ完成していないけれど情報はシェアしているという状態なので、各社共に興味をもってもらえています。そもそも、スタートバーンさんがどでかいプラットフォームをドーンとつくって囲い込もう! としているプロジェクトではないんですよね。いろんな人や企業とコラボレーションして、プラグインのようなかたちで様々なサービスとして一緒に動かしていき、APIを開いて繋げていく。ブロックチェーンってそういう技術ですからね。「囲い込む」のではなく「公開して広げていく」ものだと思います。

CGW:様々な企業・場面でサービスを採用してもらって、それが広がっていくというイメージですね。

井出:そういう感じです。そもそも「個の復権」を目指してのブロックチェーンなわけで、唯一無二の「シングルジャイアント」な考え方ではないんです。だから、どういうところとプラグインで繋がって連携していくか、それが肝なのかな。

CGW:そろそろお時間になってきました。みなさん、今回の対談はいかがでしたか?

井出:クリエイターが置かれたポジションに対して、しっかりと光が当たる社会にしていく。クリエイターを守っていくことに加えて、新しいことにどんどん挑戦していきたいと改めて思いました。それをやるからこそ、ワコムのテクノロジーには「道具としての価値」があるのだと。

藤ちょこ:ブロックチェーンってすごい技術だとは思っていたけど、ふわっとした理解しかなかったんですよね。だけど、新しい価値であったりとか、クリエイターの実績までも担保できる、夢のある技術だということを今回知ることができて、本当に勉強になりました!

施井:今、結構感動してしまっています。「ブロックチェーンで何ができるか」は散々議論してきたはずなのに、またまだ新たな気づきやアイデアが出てくるというのは本当にすごいことですよね。やはり、長くクリエイティブに向き合ってきた人たちと話すことは重要だなと感じました。大変刺激を受けました!

CGW:皆さん、本当にありがとうございました!