「ブロックチェーン」と聞いて、そのしくみや可能性についてピンとくる人はまだ少ないだろう。しかし今、クリエイティブの世界において、データ流通の根幹を成す技術としてブロックチェーンの可能性と活用法に注目が集まっている。今回、スタートバーン代表取締役・施井泰平氏、ワコム CEO・井出信孝氏、イラストレーター/漫画家・藤ちょこ 氏の3名に、クリエイティブの世界で活用されるブロックチェーンサービスとその可能性について語り合ってもらったので、前編と後編の2回に渡ってお伝えする。


TEXT_高木貞武 / Sadamu Takagi
INTERVIEW&EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE




ブロックチェーンとデジタル・クリエイティブの関係

鼎談に入る前に、スタートバーンとワコムの取り組みと、ブロックチェーン技術に関する簡単な解説をしよう。

現在、スタートバーンとワコムを含む複数社の共同で、ブロックチェーン技術を用いたクリエイターを守るためのサービス開発が進められている。ワコム独自のデジタルインク技術「WILL Ink Layer Language」を活用して、作者の筆跡による「デジタルシグネチャ」を作品に付与し、スタートバーンが開発したアートの評価・流通のためのインフラ「Startrail」(※1)によりブロックチェーン証明書を発行するサービス「Startbahn Cert.」だ。クリエイターがデジタル作品の権利を保ったまま、財(資産)としての信頼性を高めて流通させていこうという取り組みである。

※1:(旧称)「Art Blockchain Network」

このたびスタートバーン株式会社(代表取締役:施井泰平、以下スタートバーン)と、株式会社ワコム(代表取締役社長:井出信孝、以下ワコム)は、スタートバーンが推進するアートの評価・流通のためのインフラ「Art Blockchain Network(以下ABN)」とワコムの「デジタル署名認証技術」を連携したデジタルアート作品(コンテンツ)の権利保護および流通基盤構築へ向けて協力することに合意しました。

何かと耳にする機会が増えた「ブロックチェーン」だが、デジタル・クリエイティブの世界においても、データ流通の根幹を成す技術としてその実用性に注目が集まっている。デジタル作品データとしての「正規版」と、非正規データである「海賊版」とをまちがいなく見分ける、汎用テクノロジーに成り得るからだ。

クリエイターの手によって生み出された「正規の作品データ」をブロックチェーン上に記録し保証されることによって、「改変不可能な情報」を保持したまま流通させることが可能となる。それにより、正規の作品としての価値を保ち続け、コピーデータとの差別化が可能となる。さらに、ブロックチェーン上で゙保持される情報は、国や官公庁、大手企業となど組織に依存しない「汎用的」な仕様にしたり、半永久的に作品の価値と真正性を担保したりといったことを可能にするのだ。ちなみに、「Startbahn Cert.」では、作品の信頼性を担保するために必要な情報がブロックチェーン上に記録されるが、個人の秘匿性を棄損するような情報は記録・公開されない設計になっている。

▲ブロックチェーン証明書のある作品データと、それ以外のコピーデータの比較イメージ

このように、コピー&ペーストがまかり通っている「デジタル作品データの概念」を覆すしくみとして、クリエイティブシーンでのブロックチェーン活用の幅が広がり始めている。作品は、イラストだろうがCGモデルであろうが、はたまた動画の完パケであろうが、形式を問わずブロックチェーンに作品情報を登録することが可能だ。

また、デジタルイラストや個人制作作品を公開するクリエイターにとって、厳しい環境となっているのがSNSサービスだ。SNS上で公開された作品は、静止画像として扱いやすいライトなデジタルデータが主で、コピーや流用・転載が非常に容易になっている。たとえオリジナル作品であったとしても、「唯一性」や「作家性」を担保・証明することは非常に困難である。おそらく、この状況を痛感している読者諸氏も多いことだろう。

しかし、ブロックチェーンに作品情報を記録することで、作品データに「正規版」としての信頼性を保持させながら、デジタル作品を販売・流通させることが可能となる。記録された作品情報と合致しないデータは全て「非正規の作品」となるため、正規の作品データには正当な価値が付けられる(それも半永久的に)というわけだ。

さらに、作品販売を行わないクリエイターにとっても、ブロックチェーンを活用するメリットがある。それは「不正利用時における、制作者本人の証明が容易になること」だ。作品に真正性がある場合は「自分の作品である」との証明になるため、各種トラブルの対処が容易になるほか、トラブルそのものを事前に抑制する効果が見込める。

▲デジタルイラストの配信イメージ

クリエイティブシーンにブロックチェーンを活用する取り組みは、まだ始まったばかりである。ブロックに保持させるデータは何が良いのか、何をもって作品の汎用データとするのか。作家性を強調し、付加価値を高める作品情報とはどういったものか......。まさに今、クリエイターを支援するべく様々な企業が集まり、ブロックチェーンの活用法に知恵を絞っているのだ。

本稿では、ブロックチェーン技術を用いた証明書発行サービス「Startbahn Cert.」を提供するスタートバーン代表取締役の施井泰平氏、自らを「デジタルの道具屋」と称するワコム・CEOの井出信孝氏、そしてイラストレーターで漫画家の藤ちょこ氏を招き、クリエイティブシーンにおけるブロックチェーン活用の現状と未来について、ざっくばらんに語り合ってもらった。

ブロックチェーン技術の詳細や開発ノウハウはさておき、「クリエイティブにおいてどのような活用が考えられるか」、「クリエイターにとってのメリットは何か」、「活用における未来のかたち」など、クリエイターにとってどれも身近な話題ばかりとなった。ブロックチェーンの技術は、今後まちがいなく世界中で活用が広がっていく。少しでも興味をもつきっかけとなれば幸いだ。

▲額縁の裏に貼られた「Startbahn Cert.」の証明書

▲「Startbahn Cert.」で発行されたブロックチェーン証明書は、PCやスマホで管理できる



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【スタートバーン 施井氏 × ワコム 井出氏 × 藤ちょこ氏鼎談】
デジタル作品の真正性を担保し、後世まで語り継がれる価値を与える

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デジタル作品の真正性を担保し、
後世まで語り継がれる価値を与える

CGWORLD(以下、CGW):今回は、CGWORLDでも初めて「ブロックチェーン」というテクノロジーを題材に扱うことになりました。各方面の第一線で活躍され、業界を牽引する存在でもある3名にお集まりいただけたので、今回は技術的な内容よりも、ブロックチェーンって面白そう、ブロックチェーンを使ったらこんな便利になるんだ、と読者のみなさんに興味をもってもらえたらと思っています。皆様、どうぞよろしくお願いします!

施井泰平氏(以下、施井):よろしくお願いします、スタートバーンの施井(しい)です。「Startrail」というアートの作品の流通・管理のためのブロックチェーンのしくみを開発しており、そのしくみを基にした証明書発行サービス「Startbahn Cert.」を提供しています。今回は、井出さんと藤ちょこさんともお話しできるということで、とても楽しみにしていました。

  • 施井泰平/Taihei Shii
    スタートバーン株式会社 代表取締役

井出信孝氏(以下、井出):ワコムの井出です。このような機会をいただきありがとうございます! 私が常に考えている、「アーティストの皆さんをいかに支援していけるか」、ペンタブレットの精度をさらに高め、皆さんのクリエイティブに貢献していくのはもちろんです。しかし、「もっと大きな枠組みでワコムにできることはないか」と考えたときに、ペンテクノロジーが記録できる「作家の個性」や「オリジナル性の保全」という点で、非常に親和性が高い技術と出会いました。それがブロックチェーンです。

  • 井出信孝/Nobutaka Ide
    株式会社ワコム CEO

藤ちょこ氏(以下、藤ちょこ):イラストレーターの藤ちょこです。ワコムさんとは、イベント「Connected Ink 2020」に登壇させてもらうなど、いろいろとご一緒させていただいていますが、ブロックチェーンの取り組みについては「聞いたことがある」くらいで、全然詳しくありません。いちクリエイターとして、ブロックチェーンで世界がどのように便利になるのか。今回はそれについてお話しできるということで、とても楽しみにしていました! どうぞよろしくお願いします。

  • 藤ちょこ/fuzichoco
    イラストレーター、漫画家

CGW:さて、まずはブロックチェーンの技術を活用した取り組みについてですが、スタートバーンさんとワコムさんが共同で開発を進めているというプロジェクトは、どういったものなんですか?

施井:Startrail開発のきっかけは、「アート作品には、それがデジタルであってもアナログであっても、正式に登録して管理する場所がどこにもない」という課題から始まっています。例えば、不動産などは国に登録されますよね。どこの誰のものか、その存在と所有者が公に保証されます。しかし、同じように価値があるはずのアート作品の管理には、紙だろうがデジタルだろうがそういったしくみが一切存在しないんですよね。そこで、ブロックチェーンを使ってそのしくみをつくってしまおうと考えました。

井出:その「アート作品の登録証明」において、ペンタブレットの技術とブロックチェーンは相性がとても良かったんです。アーティストがデジタルペンを手に、「いつ」、「どこで」、「誰が」、「どのように描いた」か。きれいに丁寧に描いた線なのか、いつもの作品と比べてどういう特徴があるのか、どのような文脈で描かれた作品なのか。アーティストが描き出す一筆一筆に魂が込められていると考えているので、そこまでを「アート作品の情報」として盛り込み、残すことができないものかと。

CGW:ペンタブレットでの筆跡鑑定のようなイメージですか?

井出:それに近いイメージですね。人には誰しも書き(描き)癖があって、文字の線や部位を書くのにかかった時間、筆圧、ペンの傾き、ペンが空中でどこをどの角度で通ったか、といった情報を認証することができるんです。この技術は電子署名のみならず、アート作品にも応用できます。「これはまちがいなくこのアーティストが描いた絵である」という真正性や唯一性を残せる技術で、それこそ一筆一筆のすみずみまで、作家の個性や特徴を情報として残すことが可能なんです。

藤ちょこ:描いているときのペンの空中での動きや傾き......。そんなところまで記録できるんですね!

井出:アート作品には、アーティストの生き様が表れていたり、作品によって線に迷いがあったり、不調が表れていたり。レオナルド=ダ=ヴィンチの作品の赤外線調査ではありませんが、絵の下にまったく異なった絵が描かれていたりと、作品には様々なストーリーが隠されていますよね。表面に見えている完成画以外の情報まで含めて「アート」だと思うんです。

隠されたものを暴きたいというわけではなく、「道具の事情」によって見えなかったりわからなかったりしたものが、デジタル技術によって可視化され、それがアーティストにとって新たな気付きに繋がり、さらに新しいものが生まれていくのではないか。そういった、貴重で唯一性の高い筆致情報に信頼性をもたせ、登録・保管ができるスタートバーンの技術と、ワコムの独自のデジタルインク技術「WILL(Wacom Ink Layer Language)」は非常に親和性が高いんですよね。

施井:内包された情報によって、アートの価値や見方が変わることってありますよね。仕方なく描いた絵なのか、創作意欲に溢れて描かれた絵なのか。その辺は重要な情報になりますし、描かれた当時の筆致情報があればそれがわかってくる。いつもより時間をかけた絵だとか、丁寧に描かれた絵だとか、美術史でよく聞くような口伝ではなく、「本人による情報」として残せるわけです。

スタートバーンのサービスは、「アートの真贋鑑定」のように言われることがあるのですが、実際はそうではありません。そんな単純なことより、コピー&ペーストができるデジタルの世界だからこそ、「付加的な情報を信頼性を保ちつつ残す」ことが大事だと思うんです。それがあることで、デジタルデータにも「オーラ」のようなものが出るのではないでしょうか。

井出:そう、アート作品って「生み出される瞬間」もまたアートなので、アーティストによる「パフォーマンスの空気」を体感してほしいんですよね。だからこそ「Connected Ink」などのアートイベントを実施して、アーティストの皆さんに実際に会場で描きおろしてもらっているんです。

「Connected Ink 2020」では、藤ちょこさんにもパフォーマンスをしていただきましたが、「最初の色が大切なんだな」とか「その軌跡から剣が形づくられるのか」とか。リアルタイムの筆の軌跡に音楽やパフォーマンスが入り、作品がつくり上げられていく過程や軌跡の全体に1mmの無駄もなくて、こういった全てが作品そのものだと感じたんですよね。

藤ちょこ:「Connected Ink 2020」で描かせていただいた作品は、単に1枚のイラストをつくるという単純なものではなく、発想の過程や描いていく間の軌跡だったり、そういうのを含めて作品にしていただけたと感じてます。

▲「Connected Ink 2020」で藤ちょこ氏が描き下ろしたイラスト
藤ちょこ『花閃』©藤ちょこ / fuzichoco

井出:作品の真価って「0 or 1」ではなく時間軸や軌跡がとても大切なんです。そういったものを残していくことが、スタートバーンさんとのコラボレーションの軸なんじゃないかな。

施井:藤ちょこさんの作品の中でも「作家本人が気に入っている絵」といった細かい情報を残すことによって、ファンをはじめ作品を受け継いだ後世の人たちにまで、価値を感じさせることができるし、盛り上がれるんですよね。

デジタルアートって「価値を語り継げない」、「後世まで残せない」と思われがちですが、ワコムさんのペンタブレットの技術や我々のブロックチェーン技術によって、リアル(=形として存在する)なアートよりも細かい情報を正確に残せるようになっています。その点は啓蒙していきたいですね。

藤ちょこ:確かに、紙媒体に印刷したものならまだしも、デジタル作品自体を後世まで残していこうという観点はなかったです。後世の人が自分の作品をどう見るか......。あまり考えたことがなかったので、とても新鮮です(笑)。

井出:デジタルの特徴って、時空や距離をやすやすと超えられることなんですよね。例えば、藤ちょこさんが描きつけた思い、作風、ニュアンス、それらが時を経て次第に変わっていくこと。そういった軌跡を構成している過去のデータの全て。やろうと思えばそれらをまるごと記録して、遠い未来の別の地で出現させてしまうこともできるんです。これは、デジタルとアナログのどちらが優れているかという話ではなく、デジタルでしかできない表現なんですよね。それらを信頼できるかたちで守ることが、我々の使命なのかなと。

施井:本当にそのとおりだと思います。例えばMMORPGなんかで、ガチャの超レアとして「伝説の剣」というアイテムがあったとします。でも、デジタルの世界は基本的にコピーが可能なため、「きっと誰かも同じものを持ってるよね」という感覚があると思うんです。実際、そのゲーム内のアイテムテーブルでたった1つのアイテムだったとしても、わからないですからね。しかし、この「伝説の剣」がブロックチェーンに登録されると、そのデータには確固たる唯一性が生まれるんです。

しかも、それが来歴をもって引き継がれるわけです。「超強力なプレイヤーが発掘した剣である」とか「某有名人の愛剣だった」といった感じで。しかも、これがひとつのゲームの世界だけではなく、別のゲームの世界にも持ち込まれて、100年、200年と受け継がれていく。するとどうなるか。現実世界の由緒ある刀剣と同じ価値が生まれるんです。「15XX年に〇〇の戦いで秀吉が用いた刀剣である」みたいなことが、デジタルの世界でも可能なんです。

CGW:おおー! すごい!

施井:デジタルコンテンツは、ともすれば「モノとしての価値」が軽薄になりがちでしたが、「世の中にはこれしか公式に存在しない」と証明できるのがブロックチェーンの強みなんですよね。それが証明されることで、「デジタルにもまちがいなく価値がある」と認められるようになるわけです。

井出:でもね、本質的には「複製が可能だから価値がない」ということではないと思うんですよ。ワコムの課題でもあるのですが、紙に描く感覚から1本でも1ミリでもクリエイターの思い通りの線が再現できなければ、「クリエイターの創造性を盗んでいる」という意識でいるべきだと考えています。クリエイターは、描くのも消すのも魂をかけています。描き直しが容易だからデジタルペンが良いというわけではないし、出来上がった結果だけを見て「複製が可能」という話でもないんですよ。軌跡や制作の過程、作品が出来上がる文脈を含めて「唯一無二」であるはずで、彼らが必死の思いでつくった作品をどう守っていくか、が本質なんですよね。

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ブロックチェーンで「個の復権」を実現する

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ブロックチェーンで「個の復権」を実現する

CGW:現在のブロックチェーンの課題についてですが、いまだ多くの方がブロックチェーンと仮想通貨(暗号資産)を紐づけているように感じます。どのように正確に伝えていくべきでしょうか?

施井:そうですね。ビットコインの基盤技術としてブロックチェーンが生まれて、広く知られるようになりましたからね。ブロックチェーンの何がすごいかというと、「中心となる国や発行団体が存在せず、分散的に不特定多数が繋がったネットワークで管理されている」のに「信頼できるしくみとなっている」という点なんです。誰かが勝手に編集したり改ざんしたり、それが不特定多数の監視によってできないようになっています。この技術を使って、仮想通貨(暗号資産)ではない他の情報を載せて、その信頼性を担保しようというのが今回の取り組みです。

我々が使っているブロックチェーンは「イーサリアム」と呼ばれるものなのですが、今回は詳しい解説は割愛しますね。我々はイーサリアムのネットワークをベースに、そこに書き込むための「アート専用のプログラムレイヤー」を構築しています。これが「Startrail」です。

  • ◀▲Startrail 概要図。世界中のアート関連サービスを繋げ、全ての流通・利用を管理できる

井出:私も、ブロックチェーン=仮想通貨(暗号資産)のイメージがありましたが、ネガティブな捉え方ではなく、「個の復権」という印象が強いですね。ひと握りの強者がテクノロジーで制圧していく世界ではなく、その一筆のタッチすら「自分のものである」と証明してくれる。そんな「モノが個に戻ってくる技術」だと考えています。1社独占で運営されるサービスではなく、中央集権的ではない「信頼のプラットフォーム」で担保されているんですから。それがブロックチェーンの良いところですね。

施井:仮に、超巨大IT企業が「ライツマネージメントを始めます」と言っても「サービスを終了する」と言えば止まってしまうし、自社の広告サービスに使われたりもします。しかしブロックチェーンであれば、分散的に動き続けてくれます。ブロックチェーン上で動いている「Startrail」は、たとえ将来スタートバーンがなくなったとしても、ずっと残り続けるんです。それこそ200年、300年と残り続けてクリエイティブを支えるテクノロジーになります。そこが重要なポイントなのかなと。

藤ちょこ:そうですよね。「信頼できるネットワーク」となると、これまで感じていたインターネットの常識とはちがって魅力を感じます。というのも、インターネット上に作品を一度放り出すと、その先はもう作家本人にも制御不能で消息がわからなくなり、どこでどう使われているのかがわからないからです。でも、ブロックチェーンがそういう状況や感覚を変えてくれるのではないか、と感じます。

井出:そうなんですよね。「制御できない」という従来のインターネットに対する感覚が変わることで、クリエイティブの様々なカテゴリで「クロス現象」が起こり、作品や表現の枠にもブレイクスルーが起こるのではないかと期待しています。デジタルイラストがフィギュアのコミュニティとクロスすることで新たな表現が生まれていく、といった感じで。二次元で描かれたイラストが三次元で表現され、それがお互いを刺激しあってさらに発展していくといった具合に。

藤ちょこ:うんうん。

井出:ブロックチェーンは1つのコミュニティが制圧している世界ではありません。なので、コミュニティやカテゴリをまたいで活動したとしても信頼性を保証してくれるため、お互いの権利を尊重しながら発展していくことができます。新しい表現の可能性をも担保できる技術なんじゃないかな。

藤ちょこ:例えば......、VRコンテンツの世界で使うアバターに、私が描いたイラストを提供したりとか。「限定何着で販売」というイメージですか?

施井:そうそう! そんな感じですね。数量を限定することもできるし、売れた分だけ版権収入が得られるという設定も可能です。「こういう表現には使われたくない(18禁)」などの制限をかけるといった制御もできるようになるはずです。

井出:イラストレーターとフィギュアの原型師のように、アーティスト同士が期間限定でコラボレーションすることで、極めて少数のデジタルモデルが出来上がってくるとか。アーティスト同士の結びつきと、そこに出来上がったものへの信頼性が担保されることで、無限に可能性が生まれてきますよね。

CGW:では、ブロックチェーンの外で売買されたらどうなるのでしょうか?

施井:その場合は、現状ではどうすることもできませんが、デジタルコンテンツの場合は比較的コントロールがしやすいですね。そもそも、我々がブロックチェーンを使ったサービスを開発したのは、「Web上での作品の売買で、その都度アーティストにちゃんと還元されるしくみ」を考えたことがきっかけとなっています。ブロックチェーンの外で売買された場合は、どのように追跡・対処すれば良いのかを考えると、やはりブロックチェーンなんですよ。そのさらに外側で保持されるものについては、現状では規約違反等で縛るしかないですね。

▲「Startbahn Cert.」で、ブロックチェーン証明書と併せて発行されるICタグカード。ブロックチェーン上の情報と実際の作品を紐付けて管理できる

CGW:クリエイター側でも「ブロックチェーン上で発表した方が良い」という認識が広まり、インフラとなれば良いですよね。

施井:そうですね。現在でも、イリーガルな状態で保持されているものはBAN(追放)されますが、ブロックチェーン上に所有権が記録されていないものは、他のサービスで無断使用したり売買ができなくなる、という世界が訪れると思います。現在はそういった証明のしくみがまだ存在しないため、著作者が許可を出したものだとしても、「許可を出している or いないデータ」の判断がつかず、データのやりとり1件1件に対処しなければならない状態です。

藤ちょこ:確かにおっしゃるとおりで、多くの作家さんが困っていることだと思います。イラストを無断転載されるだけではなく、無許諾で商品化されて販売サイトで売られてしまうことがあるのですが、「私の作品です」と報告して、その商品が無許諾であることを証明するためのアクションって、本当に大変なんですよ。個人情報を提示しなければなりませんし。でも、ブロックチェーンによって「この証明書が、私の作品であることの証明です」と提示することができれば、本当に助かります。

施井:実は、AmazonやYahoo!、メルカリのようなサービス運営側でも、そういったことを求めているんですよ。企業としてはイリーガルな商品を取り扱いたくないのに、真正性の確認にあまりにも工数がかかるため、どうしようもなくなっていますからね。作品に対してブロックチェーン証明書が普及していけば、そういった違反行為が行われる前に、「ブロックチェーンの証明書がないと、著作物関連の出品はできません」という流れになっていくのではないかと思います。

藤ちょこ:それはとても助かりますね! ファンの方々が「無断で使われていますよ」と報告してくださることが本当に多く、それらの対処も煩雑すぎて仕方がないというような状態なので......。

井出:自分が描いたものは自分のものだし、デジタルだろうがアナログだろうが、自分の作品であることを証明し、安心して発表・流通させていく。今回はクリエイティブの範疇で話をしていますが、個人情報の取り扱いをはじめ、社会全体がそういった方向に向かっていくかもしれませんね。

「無記名の人」ではなく、インターネットやデジタルの世界でも「自分である証明=個の復権」により安心して発信できる、そういう世界になっていくのかな。そう考えると、デジタルで作品制作をしているクリエイターは、「アーティストとしてしなくても良い苦労」を強いられていますよね。

藤ちょこ:クリエイター側だけではなく、売り手や買い手にとっても「証明された商品です」と保証されていたら、安心して取引ができますね。

施井:そういう世界は、実はもう目の前に来ていますよ。VRコンテンツの開発と似ていて、ブロックチェーン開発の界隈では「一般化にはもう少し時間がかかるだろう」と思われていました。しかし、デジタルアートの世界では、ついにあの美術品オークションの老舗「クリスティーズ」に、ブロックチェーンに登録されたデジタルアート作品が出品されることになったんです(Beeple作『Everydays - The First 5000 Days』※2021年2月25日〜3月11日に出品)。これは、「NFT(Non-Fungible Token)」といって、唯一無二のデジタルトークンを生み出せるブロックチェーンが使われています。既に何千万円、何億円になるだろうという予想で、とても注目を集めているんです。本当にスピード感が速いです(※2)。

※2:本インタビューは2021年2月22日(月)に実施。インタビュー後の3月12日(金)に、NFTを使用したデジタルアートが75億円で落札され話題となった。さらに3月17日(水)には、スクウェア・エニックスが「NFTデジタルシールを展開予定」と発表した


大手オークションハウスのクリスティーズで、ノン・ファンジブル・トークン(NFT)を使ったデジタルアートが約6930万ドル(約75億円)で落札された。NFTの販売額としては過去最高を記録した。
株式会社スクウェア・エニックス(本社:東京都新宿区、代表取締役社長:松田洋祐、以下当社)は、double jump.tokyo株式会社(本社:東京都新宿区、代表取締役:上野広伸)との共同開発による、ブロックチェーン技術を活用したNFTデジタルシールを2021年夏に販売します。当社初となるNFTデジタルシールは、「ミリオンアーサー」シリーズで展開予定です。

藤ちょこ:デジタルは複製が容易なので、1枚のデジタル作品のデータにアナログで描いた原画ほどの価値が付くことはないだろうな、と思っていました。それが、美術品と同様に扱われる世界が来たということで、すごいことですね。これって、ブロックチェーンで価値が担保されるからってことですよね?

施井:そのとおりです。

井出:「著名なアーティストの作品だから」というのもあるのでしょうが、そういうすごい世界がある一方で、アマチュアと言われている世界、例えば、minneのようなハンドメイド・マーケットの世界でも、作品やアートのすそ野が広がるきっかけになるんじゃないかな? と思っているんですよ。せっかくつくったのであれば、もっと発表したいはずですからね。

CGW:確かに、個人が作品を発表していく時代になってきているので、そうした流れはあるのかもしれませんね!


【後編】
『ブロックチェーンでクリエイティブの世界をもっと良くしたい
〜クリエイティブ×ブロックチェーン最前線(2)』