>   >  「教員は学生を育てるクリエイター」~すがやみつる氏に聞く研究者・教育者としての足跡
「教員は学生を育てるクリエイター」~すがやみつる氏に聞く研究者・教育者としての足跡

「教員は学生を育てるクリエイター」~すがやみつる氏に聞く研究者・教育者としての足跡

コロナ禍で活きたeスクールの経験

CGW:オンデマンド(動画配信)型だけでなく、同時双方向型動画(ビデオ通話)による授業も行われましたか?

すがや:授業内容によって切り替えました。大学院のゼミなど学生数が少ない場合はZoom、それ以外は動画配信で行いましたが、前期は突然の出来事で自宅にWi-Fi環境がない学生がいました。そこで自分の授業では、事前に学生にアンケートを実施して学生のPC環境とネット環境を調査することにしたんです。中には中国からの留学生で、母国に帰ったまま日本に入国できない学生もいました。そうなるとGoogleやFacebookのサービスが使用できませんし、YouTubeも見られないわけです。そのため、2020年度の前期授業では教材用のWebサイトを作って、テキストと静止画だけで授業を行いました。

CGW:まさに「eスクール」ですね。

すがや:まあ、私の学生時代は全て動画教材でしたけどね(笑)。ただ、学生のネット環境を考慮してあえて動画教材はやめました。もっとも、初回の授業ではスマホ対応を考えずにサイトを作ってしまったので、「スマホで読むと目が痛くなる」だとか「文字ばかりで読む気がなくなる」といった感想が目立ちました。そこで2回目からはサイトをPCとスマホの両対応にして、少しスクロールしたらクイズが出て、正解したら次のページに進めるといった「遊びの要素」を組み込んだり、関連情報のリンクを貼ってそこから参照できるようにしたりと工夫しました。留学生もいるので、難しい単語にはふりがなをふっておき、右クリックすると意味を参照できるようにもしました。

CGW:学生のためになる、気の利いた仕様ですね。

▲2017年の誕生日に学生から送られたバースデーケーキ

▲2017年の誕生日に学生から送られたイラスト集

CGW:それまで研究されてきた内容について、大学で授業をすることによって言語化や考察が進み、より思考が深まる......といったことはありましたか?

すがや:教育工学の知見が有効だと実感しました。一例を挙げると、ベンジャミン・ブルームが「学習のタキソノミー」という研究で「学習の3要素(運動スキル、認知スキル、情意スキル)」について述べています。「運動スキル」というとスポーツなどを連想しますが、話すこともそうだし、字を書いたり歌ったりすることも運動スキルに該当します。それらを反復することで身につけていく。一度身につけると反射的にできるようになります。

「認知スキル」は、記憶や思考、判断などです。情意は心の問題で「態度」という言い方もします。モチベーションの維持などですね。この3つの要素がマンガにピッタリとはまるんですよ。

マンガを描くためには絵を描く必要があります。そのためには反復練習が必要です。デッサンから始まり、ペンの使い方など様々なトレーニングをします。これによってどんどん上手くなっていくわけです。ただ、いくら練習しても絵が上手いだけではマンガは描けません。ストーリーやアイデアも考えないといけませんし、同時に良いものを作ろうとする姿勢が必要です。つまり「手」と「頭」と「態度」が必要になるんですね。補足すると、「態度」には「締切を守る」ということも必要です。そんな風に説明すると学生も納得してくれるようです。

CGW:その様子が目に浮かびます。

すがや:また「態度スキルはコミュニティによって作られる」と言われています。もともと私自身はマンガ教育をeラーニングで行うことを考えていて、修士論文のテーマも「マンガ教育にキャンパスは不要」といったものでした。ただ実際に教えてみて、「仲間がいる」、「同じ志をもった人が周りにいる」ということがそれだけでプラスに働くと実感し、それを「トキワ荘効果」と名付けました。

CGW:昭和30年代に、若き日の手塚治虫、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫といった著名な漫画家が居住していた、漫画の「聖地」ですね。

菅谷:ただトキワ荘に集ったマンガ家たちは、仲間内で勉強会や批評会をしていないんですね。「そこにいただけ」なんです。「隣りもがんばっているからもう少しがんばろうかな」みたいな感じで。

CGW:わかります。

すがや:だから授業をオンラインにするのであれば、「コミュニティ」の部分もオンライン化しなければいけないと。いろいろとやり方はあると思いますが、これからの研究課題になるかもしれません。



学生時代に得た知見をフル活用する

すがや:他にも、認知心理学や認知科学の知見も役立ちました。「領域固有性」と「領域一般性」という話で、有名なものに「4枚カード問題(ウェイソン選択課題)」があります。何か漠然とした「自分に関係ないこと」について、人はあまり学ぼうとしないのですが、自分に少しでも関係してくると身を乗り出すという研究で、これが学習でも活用できるんです。

4枚のカードがテーブルに置かれている。それぞれのカードは片面には数字が書かれ、もう片面にはアルファベットが書かれていて、A・K・4・7が見えている状態である。このとき「カードの片面に偶数が書かれているならば、その裏面は母音である」という仮説を確かめるために、ひっくり返す必要があるカードはどれか?

すがや:学部生の正解率は10~15%でした。ところがこれを次のように書き替えると、グッと正答率が上昇することが報告されています。内容は同じでも文脈で結果が変わるんですね。

4枚のカードがテーブルに置かれている。それぞれのカードは片面には年齢が書かれ、もう片面には飲み物が書かれていて、ビール・ウーロン茶・28歳・17歳が見えている状態である。このとき「アルコール飲料を飲んでいるならば、20才以上でなければならない」という仮説を確かめるために、ひっくり返す必要があるカードはどれか?

すがや:このことを実感したのが、2013年から2016年までの4年間、eラーニングで「ICTリテラシー」という科目をやっていたときのことです。1年生の全学生に対して、PCの基本的な使い方や情報の扱い方、著作権の問題といった基礎的な事柄を教えていました。対面でもできたのですが、インターネットの接続方法なども身につけてほしかったので、オンラインで行うことにしたんです。

この授業の一環で、Excelの使い方について教えました。ただ、「卒業するとExcelで請求書を作るようになるから」といくら説明しても、課題の提出率が低かったんですね。その翌年、マンガ『ONE PIECE』(著:尾田 栄一郎)の累計発行部数が3億2,086万6,000冊(2014年12月)に達しギネスブックに認定されました。そこで「この印税はいくらになるかExcelで計算する」という課題を出したところ、みんな喰い付いてくれたんです(笑)。

CGW:なるほど(笑)。お金の話は誰しも関心があるし、プロになることが夢ですからね。

▲卒業制作作品企画発表ワールドカフェ(2018年)

▲新歓コンパ富士宮焼きそば(2018年)

京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコース(公式サイト)

CGW:キャラクターデザインコースではどういった授業が多かったですか?

すがや:キャラクターデザインコースが新設された背景に、「ストーリーマンガコースの倍率が高く、不合格の学生の受け皿が求められた」ことがありました。コミカライズなどの需要は高いので、ストーリーづくりは苦手だけど、絵を主体にやっていくコースをつくろうということで、キャラクターデザインコースがつくられたというわけです。私はマンガ家だし、もう1人の専任教員もマンガ家で、非常勤講師の方にもマンガ系の方に入ってもらったんです。みんなストーリーマンガ系の人たちなんですよね。

ところが蓋を開けてみると、学生30名の中でマンガ家志望は1名だけだったんです。ほとんどが「ゲームのキャラクターをつくりたい」、「ゲーム会社に就職したい」という学生でした。「自分はマンガ家だし、ゲーム会社の就職経験がないぞ、こりゃ大変だ」と大急ぎでカリキュラムを考え直す必要があり、ゲーム業界の方にヒアリングして「どんな学生が欲しいですか?」と聞いて回りました。中でもセガの担当者の言葉が面白くて、「1にコミュニケーション力、2にコミュニケーション力、3、4がなくて5にコミュニケーション力」とおっしゃって。「今のゲームはチームでつくるので」と。

CGW:ゲーム開発はチームプレイですからね。よくわかります。

すがや:その話をキャラクターデザインコースの学生にしたら、全員が下を向いてしまいました。みんな友達がいないから絵を描くんですよ。そこがスタートになっていて「自分の描いた絵がゲームになったら良いな」と漠然と考えているんですね。実際、学生たちの多くがスマホでソーシャルゲームを楽しんでいます。もっとも、そこでキャラクターの絵を描いているのは、フリーランスの人たちが大半で、そういった現実もあるわけです。それで「就職したいのか」と聞くと「親に就職しろと言われる」と答えるのですが、絵を描く仕事なら1人でできると思って入学してきているので、本当は就職したくないんですよね。でも就職しなければならないし、就職するためにはコミュニケーション力を上げなければならない。そこで、自分の授業ではプレゼンテーションの機会を増やすようにしました。

CGW:具体的にはどのような内容だったんですか?

すがや:例えば、1年前期の「キャラクター造形基礎」という授業では、学生は入学した直後で大学生活に慣れていない状況なので、自己紹介とアイスブレイクを兼ねて簡単な絵を描いてもらいます。それを隣同士で交換してもらい、2分間ずつ褒め合ってもらうんです。とにかく言葉を尽くして褒めて、褒めることがなくなったら消しゴムの消しカスが美しいとか、それでも良いから褒めるんですね。そうすると、みんなおかしくなってつい笑っちゃうんですよ(笑)。そんなふうに、教室を和やかな雰囲気にすることを目指しました。

次の授業でも同様に描いた絵を見せ合うのですが、気になるところがあったら「ひとつだけ指摘」しても良いことにします。最初から指摘してしまうと、中にはカチンときてしまう学生もいるかと思うのですが、その前に散々褒め合うことを経験しておくことで「心理的な距離」が縮まっているんですね。お互いに信頼関係を築いておくことが大事で、これを臨床心理学の用語では「ラポール」といいます。これができていると、批判があっても受け入れてもらえる。これもまた、早稲田のeスクールで学んだ知見を実践したものです。



博士課程で指導した学生が学位を獲得

京都精華大学大学院マンガ研究科(公式サイト)

CGW:大学院の授業をもたれるようになったのは、いつからですか?

すがや:初年度からです。本学の大学院には「理論」と「実技」という2つの領域があり、「理論」は論文を書いて研究者を目指していく領域で、「実技」はストーリーマンガをつくる領域です。私は修士課程では「実技」のストーリーマンガの授業を担当しました。初年度は2名、次年度からは4名受けもったのですが、大半が中国・韓国からの留学生で日本人は少数でしたね。

CGW:留学生ならではの特徴は感じましたか?

すがや:中国からの留学生では顕著で、皆さん絵はすごく上手いんです。でも日本のマンガ文化とズレがあって、例えば「オノマトペ」の意味がわからないんですね。日本語のオノマトペはものすごく豊富で、下駄の音が「カランコロン」とか風の音が「そよそよ」といった文化の問題になってくるんです。他に「役割語」の問題ですね。マンガではよく、おじいさんの一人称として「ワシ」を使うことがあって、絵がなくてもセリフだけでおじいさんだとわかりますよね。こういった手法を臆面もなく使うのがマンガなんです。小説などではステレオタイプな表現は批判されがちですが、それを恥ずかしげもなくやるのがマンガであり、「わかりやすさ」に繋がっています。

CGW:なるほど。確かに留学生にとっては腹落ちしにくい点かもしれませんね。

すがや:そういった背景もあって、昨年、博士号取得に挑戦して落ちてしまった中国の留学生がいたのですが、受けた指摘をきちんと修正して、今年の春に無事博士号を取得することができました。

CGW:おお、おめでとうございます。

  • ◀李 穎超さん(左)とすがやみつる氏(右)

すがや:李 穎超さんといって、中国で理工系の大学を卒業後、マンガが好きだという理由で本学の大学院に留学してきた学生でした。日本語で論文を書いたことがない中、いきなりの博士論文だったわけです。日本語も、マンガの影響から「話し言葉」と「書き言葉」が混ざってしまう傾向があり、論文であるにも関わらず「なので」、「けれども」と話し言葉があちこちに出てくるので、そこから指導する必要がありました。

CGW:博士論文のテーマはどういった内容だったんですか?

すがや:『現代マンガにおける「かわいいキャラクター」の分析と制作』です。数ヶ月後には、この博士論文がオンラインで閲覧できるようになるはずなので、詳しくはそちらを読んでいただけたらと思います。これまでも、修士の実技課程から何名か博士課程に上がりましたが、途中で断念してしまっているんですね。彼女も最初は苦労していましたが、5年かけて研究をかさね、学会誌への論文投稿や学会での研究発表を繰り返して、ようやく通りました。

  • ◀李さんの博士論文要旨

CGW:本当にお疲れさまでした。最後に、今後の抱負について教えてください。

すがや:早稲田のeスクールに通っていたとき、考古学や生物学などの授業を選択していて、そこで歴史モノやSFになりそうなネタをたくさん見つけました。早稲田大学は図書館が充実しているので、学生時代はしょっちゅう通っていました。新型コロナが下火になったら都心にも出やすくなるので、また通いたいですね。マンガになるか小説になるかはわかりませんが、図書館で「創作活動のまとめ」のようなことをしていきたいと思っています。

CGW:まさに「生涯クリエイター」ですね。これまでのクリエイター人生で、京都精華大学で教員として過ごした9年間はどういった位置付けに当たるのでしょうか?

すがや:先ほどもお話ししましたが、教員は作家ではなく「編集者の仕事」だと実感しました。編集者は本を作るだけではなく「作家を育てる仕事」でもありますよね。自分も教員をしながら「教員というのは、人を育てるクリエイターだな」と思いました。私の教え子にマンガ家になった学生もいますし、「学生が作品」といった感じですね。

CGW:今日は本当にありがとうございました。新作を楽しみにしております。





Profileプロフィール

すがやみつる/Mitsuru Sugaya

すがやみつる/Mitsuru Sugaya

マンガ家・小説家

スペシャルインタビュー