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「教員は学生を育てるクリエイター」~すがやみつる氏に聞く研究者・教育者としての足跡

「教員は学生を育てるクリエイター」~すがやみつる氏に聞く研究者・教育者としての足跡

マンガ『ゲームセンターあらし』をはじめ、数々の人気作で知られるマンガ家・小説家のすがやみつる氏。2020年には新刊『ゲームセンターあらしと学ぶプログラミング入門 まんが版こんにちはPython』を上梓し、注目を集めた。またすがや氏は、京都精華大学マンガ学部の教授として、多くの学生を世に送り出してきた人物でもある。2021年3月の退職を機に、研究者・教育者としての足跡について聞いた(写真はすべてすがや氏提供)。



INTERVIEW_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE)、海老原朱里 / Akari Ebihara





大学の教員を退職し、再びクリエイター活動へ

CGWORLD(以下、CGW):遅ればせながら、京都精華大学を退職おめでとうございます。

すがやみつる氏(以下、すがや):2020年3月に専任教員を定年退職して、そこから1年間「シニア教員」として再雇用されました。本来であれば定年退職となるところですが、大学院の博士課程後期の学生が博士号を取れなくて。指導できる教員が他に見当たらなかったため、もう1年残ることになりました。この学生も今年、無事博士号が取れたので、私も晴れて退職となりました。

  • すがやみつる/Mitsuru Sugaya
    マンガ家・小説家

CGW:4月以降はどういった活動をされていますか?

すがや:フリーランサーというか、これまでやりたかったことを少しずつ小出しにしていこうかなと思っています。執筆の仕事もいただいていており、そのうちの1つは出版が決まってるんですよ。

CGW:どういった内容の書籍なんですか?

すがや:コミカライズの歴史です。マンガの中には特撮やアニメなどの作品を扱ったものがありますよね。私は石ノ森章太郎先生のアシスタントから始まり、『仮面ライダー』のコミカライズでデビューしました。その後も『人造人間キカイダー』や『がんばれロボコン』などをコミカライズしてきたのですが、近年になってコミカライズの研究をしたいという声を聞くようになり、大学生や大学院生からの学術的なインタビュー調査の申し込みが増えてきたんです。そこで自分の記憶が確かなうちに、ちゃんと記録を整理しておきたくなりました。「いずれ書籍化できたら良いな」と漠然と思いつつ、自分なりにまとめはじめたんです。noteで有料記事にしていた内容をもとに、新書として出版することが決まりました。11月までには書店に並ぶ予定です。

CGW:なるほど。貴重な資料になりそうです。

▲マンガ『ゲームセンターあらし』ペン入れの様子



大学でマンガを教えることの意味

CGW:マンガ家や小説家としてだけではなく、実用書の出版なども手がけられていますよね。多種多様なお仕事をされてきた中で、学術系に進まれたところが印象的です。その第一歩として、2005年に早稲田大学に社会人学生として進学されたのは、どういった理由なのでしょうか?

すがや:話が長くなりますが、2000年に京都精華大学の芸術学部にマンガ学科(当時。現在はマンガ学部)が設立され、竹宮惠子先生を教授に招いて大学でストーリーマンガを教えるようになりました。おそらく日本で初めてのことだったのではないでしょうか。それまでもマンガを教える授業は存在していたのですが、カートゥーン系だったり4コママンガや1コママンガだったりで、ストーリーマンガとは差異があったんです。

そこで新しくストーリーマンガの授業が加わったことで、ものすごく人気になり、倍率も20~30倍くらいになりました。この影響を受けて、あちこちの大学や専門学校でマンガ学科やマンガコースなどが起ち上がり、私自身も複数の学校から教員のお誘いがありました。

ただ学生さんはマンガについて白紙の状態で入学してきますよね。そこでマンガ家が教えると「自分のセオリー」と言うか、自分の経験だけで教えることになります。せいぜいアシスタントなどの経験を通して、先生から受け継いできたものしかないわけです。幅広い視野がもてないんじゃないかという懸念がありました。

一方、様々な芸術がある中で、音楽でも絵画でもデザインでも「学びのメソッド」のようなものがあるんですね。「まずはバイエルから」、「まずはデッサンから」、「平面構成から」といった具合です。しかし、マンガにはそういったものがなかったんです。だからこそ最初の段階から、手探りの状況でカリキュラムを作っていくことが面白いかもしれないなと思ったんです。

ただ、私にはそうした知見はまったくありませんでした。自分の体験を基に教えるか、石ノ森章太郎先生が描かれた『石ノ森章太郎のマンガ家入門』などを下敷きにするか。名著と名高い書籍ですが、後になって読み返してみると映画の演出論の応用なんですよね。映画の解説書や入門書のようなものを引用しているところがあります。マンガを教えるうえでも、そういった知見がベースに必要ではないか。しかし自分にはとても教える資格がないと思いお断りしていたんですよ。

  • ◀『石ノ森章太郎のマンガ家入門』(石ノ森章太郎 著、秋田書店)

すがや:また、大学だから大勢の学生がいますよね。一度に何十人もの学生を教えなければなりません。アニメーションや映画だったら良いと思うのですが、マンガは「個々の作家のもの」なんです。そういう意味では小説の書き方を教えるのと似ていますね。マンガなんだから、ひとりひとりがちがうことをやらないといけない。個々の学生の良さを活かすような教え方をしなくてはいけない。そうなると、教える側も幅広い視野をもたないといけません。そこでふと思ったのは、マンガを教えるのはマンガ家よりも編集者の方が向いているんじゃないかと。

CGW:言われてみればそうですね。

すがや:昔はマンガ家になるために先生のところに弟子入りしていました。時代がくだって、週刊少年マンガが全盛期の時代になると、新人賞に応募して、「見込みあり」となったらネームを編集者に送って見てもらうようになりました。出版社が「学校」で編集部が「教室」、編集者が「担任」みたいな感じですね。そちらの方が、個々の作家が描きたいことに対応できます。その一方で、もっと基礎的なもの、例えば、デッサンやストーリーの作り方などを学ぶ必要もあるだろうなと。そんなふうに考えれば考えるほどに「これは手に余るぞ」と。それとは別の理由として、そのころは母親の自宅介護をしていて、そんな暇もなかったんですけどね。



パソコン通信で体験した「ネットでの学び」

すがや:そんなころ、早稲田大学人間科学部eスクールの存在を知りました。2004年の早稲田大学入学式の日に、大相撲の旭鷲山が紋付き袴で参加していてニュースになっていたんですよ。次の日にスポーツ新聞を開いたら、旭鷲山が自分の部屋で裸のままPCの前に座っていて、それが早稲田大学のeスクールだったんです。私は、もともと通っていた高校が進学校だったのに、自分は大学に進学しなかったという経緯もあって、漠然と大学に憧れがあったんですね。

CGW:なるほど。

すがや:それとは別に、パソコン通信の経験があったことも大きかったですね。1985年にパソコン通信を始めてから、アメリカのモータースポーツの最新情報を英語で入手するようになりました。そのうちPC-8201と音響カプラを持って、毎週のように鈴鹿サーキットに通ってレースを観戦するようになり、時には向こうの雑誌に英語で記事を書いたりしました。そんな経験もあったので、ネットでの勉強や教育に抵抗はありませんでした。自分の興味がある内容だったら喰らいついていけるし、効果があるだろうなと。そこで2004年にeスクールのことを知って受験してみたいなと思ったんです。

▲パソコン通信時代に愛用していたPC-8201と音響カプラ

CGW:その時代からパソコン通信で記事送稿とは、すごい話ですね。英語はお得意でしたか?

すがや:それがひどい話で。当時は中学生レベルの英語力しかなくて、それでもスペルミスや文法の誤りがたくさんありました。そのうち海外のメンバーがパソコン通信上で、よってたかって自分が書いた英文を添削してくれるようになったんです。アメリカ人を中心としたモータースポーツのジャーナリストたちで、日本で活躍する外国人レーサーの情報に餓えていたんですね。それに記事を書くための英語なので、単語や言い回しが易しくて、次第に理解できるようになりました。そんなこんなで、自然に語学力が磨かれていって。あとになって英語で論文を読むのに役立ちました。

CGW:なるほど、世の中なにが役に立つか本当にわかりませんね。

すがや:そのとき、私の恩師にあたる向後千春先生がご専門のインストラクショナルデザインや、教育工学という分野について知りました。自分もコンピュータが好きで、ネットはやるしプログラミングもかじっているし。そういった経験もあって「どうしたらマンガを効率的に描けるか」に興味があったんです。要は「マンガをエンジニアリングにできないか」と考えていて「マンガ工学」みたいなことを勝手に言っていました。ただ、同じ絵を皆が描くようになったら、マンガではなくアニメーションに近くなるので、「効率化と個性をどのように両立させるか」がテーマになるのかなと漠然と思っていました。少し話がそれましたが、ホームページで「教育工学」という言葉を見つけてすごくひかれたんです。

早稲田大学人間科学部eスクール

すがや:また教育工学は、ベースが心理学なんですよ。中でもインストラクショナルデザインは、いかに効率良く教えられるかを研究した分野で、アメリカの軍事から来ているんですね。第二次世界大戦中に「優秀な兵士をいかに短期間でつくるか」という命題がもち上がり、心理学者が集められてスタートしたのが、インストラクショナルデザインの始まりです。これが戦後、ビジネスに応用されて「工場労働者をいかに短期間で訓練するか」といった研究が進みました。そんなふうに企業の人材育成に応用されて、最終的に教育分野にも入ってきたんです。そうしたながれにも興味をもちました。

他にハリウッドの映画などでは三幕構成をはじめ、脚本や演出について、様々な本が出ていますよね。しかもハリウッドは日本とちがい、世界市場が対象です。人種、文化を越えて「万人に受ける作品づくり」が求められ、実際に成果を出しています。そのためにはセオリーが必要で、心理学の知見が意味をもつと思ったんです。大学で勉強したことをマンガづくりに役立てることが大前提だったので、参考にしたいという考えがありました。それで教育工学をはじめ心理学について勉強したかったんです。

そうしたら、eスクールの中でも人間科学部のカリキュラムに心理系の科目が充実していることを知ったんです。また、コンピュータやネットワーク系の科目もあり、これだったら面白がって勉強していけるかなと。

▲早稲田大学人間科学部eスクール卒業式



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「学習マンガ」に効果があるのか知りたかった