VFX 制作者にとっての "理想型"
ここからは、具体的に制作環境をみていく。港区麻布十番の駅前にあるマンションの一室にスタジオを構える十十。入口のドアを開けると、まず驚かされるのが、エアダクトやネットワーク回線を敢えて見せることで実現した天井高とセンスの良いインテリア(写真下)。洒落たカフェを彷彿とさせるその内観は、知り合いの美術デザイナーに頼んだそうだが、実に魅力的である。都内有数の一等地とは思えない広々とした空間が、自ずと円滑なコミュニケーションを促し、良質なアイデアを良質な映像表現へと昇華させるというしくみというわけだ。取材中も、ひと仕事終えたデザイナーたちがバーカウンターで休憩しに来て、談笑していたが、こちらもつい気軽に話しかけてしまった。
photo by Mitsuru Hirota
バーカウンター脇からの見た目。写真右奥が玄関へと通じており、途中には後述するチェックルームがある。向かって右手前の鉄製の大きな扉の奥がマシンルームとなっているが、防音処理が施されているため、扉を閉じているとノイズはまったく聞こえない
ラウンジスペースと書棚(この書棚も上の写真を見ての通り、背面が抜けているので閉塞感がない)で区分けしたエリアが、一連の作業を行うスペースである。「 CG デザイナーとエディターが背中合わせで作業をしたい」という思いを実現させたこの空間、「基本的にはどの席からでも、全ての PC を呼び出せるので OS や使用ツールに依存せずに好きな場所で作業が行えます」(定岡氏)。十十では、オンライン編集のみ、あるいは CG 制作のみといったプロジェクトも多く手掛けているが、CG とオンライン双方を手掛けた作品でこそ、その真価を発揮する。先日はオンライン編集と CG 作業をまさに同時並行で進めることになったが、「ここの CG マスクはナシね」といった具合に、お互いの考えを実データを確認しながら作業が行えたとのこと。「作業を効率的に行える環境を構築するのは、とても大切なことです。僕らは "お土産" と言ってるのですが(笑)、オーダーに対してできるだけ多くの付加価値、ある時は、よりリッチな表現に仕上げること、また別の作品では、より多くのバリエーションを提案できることだったりと様々ですが、映像制作においては、そうしたプラスアルファの要素をいかに加えられるかが腕の見せ所ですから」(定岡氏)。安値受注で大量の案件を受け、安かろう悪かろうで作るのではなく、限られた条件下において妥協することなくベストを尽くす、そしてそのための理想的な環境を構築する、十十のビジネス・スタイルは、シンプルで一貫している。
photo by Mitsuru Hirota
ミーティングスペースの書棚の先が作業スペースだ。全ての PC とサーバをマシンルームに収めているので机上はもちろん、足元もすっきりとしている。通常は、3ds Max や Maya によるCG作業も Flame/Flare による編集合成作業もここで行うため、プロジェクトの進捗を問わず、いつでも必要に応じて意見を交わせることによるメリットは大きいという
開放的な空間はクリエイターにとっては実に魅力的だが、仕事を進める上では、守秘義務を徹底できるのかが問題になる。そこで、十十では "チェックルーム" と呼ばれる、独立した部屋を用意している。「見た目は、いわゆるオンライン編集室のようですが、この部屋ではFlameだけでなく、MaxやAEなどの作業も行えるようにしているんですよ。ここでは、クローズドな空間で実際にデータを見ながら打ち合わせをしたい場合や、クリエイターが集中して込み入った作業を行いたい場合に利用しています」(定岡氏)。一般的な編集室では、CG ソフトを扱えず、打ち合わせ用途で気軽に利用することはできない。そうした意味でも Flame/Flare だけでなく、Max や AE の作業も行えるようにしてあるのは英断だ。CM 制作という比較的制約が多い案件を長年手掛けてきたクリエイターならではの配慮と言えよう。
photo by Mitsuru Hirota
玄関の直ぐ脇にあるチェックルーム。独立した部屋を設けることで、守秘義務の高いプロジェクトの作業や打ち合わせにも対応できるようにしている
「これぞまさにVFX制作者にとっての "理想型" ですよ」とは、オンライン・エディターの神田剛志氏。手掛けた作品が ACC CM フェスティバル 入選や JPPAアワード 受賞など、多数の賞歴を持つベテランがそう自負するだけの環境を十十は実現した。
ミーティングスペースにあるパーカウンターから、作業スペース経由でチェックルームへと実際に歩きながらデジイチ動画で撮影したもの。スタジオの空気を少しでも感じてもらえれば幸いだ