注目のプロダクションを訪ね、その CG・VFX 制作のワークフローや導入機材から "日本ならではの制作体制" について考える 本連載 。第 4 回目は、高品質なゲームタイトルのプリレンダリングムービーや 3DCG アニメーション作品を数多く手がけている、マーザ・アニメーションプラネット/MARZA ANIMATION PLANET を紹介する。
満を持して挑む、劇場用フル CG アニメーション長編
マーザ・アニメーションプラネット 株式会社(以下、MARZA)は、セガサミーグループ の CG アニメーションスタジオとして 2009 年 6 月に設立(前身は、セガ VE 研究開発部)。そして、「最高の物語を、世界中のこどもたちへ」 という経営ビジョンへの思いと、 世界へ飛び出そうという強い意志を込めて、2010 年 7 月に「マーザ・アニメーションプラネット」へと社名変更した。
もともと、セガの CG アニメーション部門として、ゲームタイトルに使用するプリレンダリングムービーを数多く手がけ、セガの代表的なゲームキャラクター、ソニックを使ったフル CG アニメーション短編 『ソニック ナイト・オブ・ザ・ウェアホッグ~ソニック&チップ 恐怖の館』(以下、ウェアホッグ)を制作するなど、独立した映像コンテンツとしてのCG アニメーション作品に力を入れている同社。
昨年 4 月には、より盤石な制作環境を構築すべくオフィスを天王州へ移転し、鋭意制作中の劇場用アニメーション長編 『SPACE PIRATE CAPTAIN HARLOCK(仮称)』(以下、ハーロック) をはじめ、ハイクオリティなフルCGアニメーションを精力的に手がけている。
MARZA の代表作
(上段・左)Wii/ニンテンドーDS用ゲーム 『ソニック カラーズ』(ムービー制作)©SEGA
(上段・右)PSP用ゲーム『初音ミク -Project DIVA- 2nd』(ムービー制作)©SEGA/ © Crypton Future Media, Inc.
(下段)アニメーション『ソニック ナイト・オブ・ザ・ウェアホッグ~ソニック&チップ 恐怖の館』(CG制作)©SEGA © 2008 Sega Sammy Visual Entertainment Inc.
MARZA は現在、天王洲アイル駅近くにスタジオを構えており、プロダクションのスタッフ構成は、キャラクターチーム、セット&プロップチーム、リギングチーム、アニメーションチーム、エフェクトチーム、ライティングチーム、コンポジットチームという 7 チームによる完全分業制を採っている。この体制で、進行中の『ハーロック』にむけて、約 90 名のスタッフがアサインされているとのこと。その他にも、アートやテクノロジー(R&D等)、システム管理のスタッフも在籍する。
オフィスは、ワンフロア全面を 4 ブロックに分けて使用している。北(NORTH BLOCK)と、中央エリア(CENTRAL BLOCK)に制作関連のチームが配置され、南(SOUTH BLOCK)に R&D と業務等の管理部、そして東(EAST BLOCK)にプロデューサやアートチームとなっている。ちなみに、エフェクトやライティング、コンポジットなどの色管理に関わるチームは暗幕で仕切られた北エリア、一方でモデリングやリギング、アニメーションなどのその他の制作チームは通常の明るさの東エリアに配置されている。
MARZA のフロアマップ
同社設備最大のウリは、 Real-D 規格の S3D/Stereoscopic 3D(立体視)映写が可能な 200 インチスクリーンの試写室を構えていることだ。この試写室のおかげで、S3D の映像でも劇場クラスのスクリーンでチェックすることが可能になっている。日本の CG プロダクションの中ではトップクラスの試写設備であることはまちがいない(※2012年1月現在)。
photo by Mitsuru Hirota
(左)試写室。200インチサイズのホワイト(2D)/シルバー(S3D)スクリーンの上映設備となり、主にデイリーの映像チェックに利用されている
(右)開放的な休息スペース。写真のようにミーティングにも愛用されているとのこと
作業効率とコストの最適化を目指したツールの使い分け
ここからは『ハーロック』のプロジェクトを中心に、現在の MARZA 制作体制について、業務推進部の酒井祐介氏、プロダクションエンジニアの堀口直孝氏、システム管理の佐藤勇治氏の 3 氏に話を聞いていく。
まずは制作ツールだが、メインは Autodesk Maya、レンダラには Arnold Render( 参考リンク ) を用いている。この他に、クロス・シミュレーションでは主に Syflex を使い、モデリングでは、Marvelous Designer をいち早く導入。エフェクト系には Autodesk 3ds Max を使い、そのプラグインとして Krakatoa、FumeFX、Rayfire、AfterBurn などが使用されており、部分的に Houdini も使うことがあるそうだ。
MARZA で導入されている主要ソフトウェア並びにプラグインをまとめたもの。Maya を中心に、エフェクト制作では 3ds Max や Houdini など多種多様なツールがラインナップされている
一方、群衆アニメーションの作成には、特にシミュレーションソフトは使わず、キャプチャデータを Autodesk MotionBuilder で編集整理し、Mayaでブラッシュアップしているとのこと。コンポジットには、従来は Fusion を主に使用していたが、『ハーロック』プロジェクトから NUKE を使い始めたそうだ。
また、『ウェアホッグ』ではレンダラに RenderMan を使用していたが、前述した通り、本プロジェクトでは Arnold Render に切り替えられた。その主な理由としては、RenderMan はエンジニアの負担が大きくなることと、中間ファイルが多数できてしまうため、自ずと管理コストが高くなりがちであるからとのこと。
大規模作品を支えるパイプラインとインフラ
制作を行うモデリングチームやアニメーションチームなど、分業体制をとる各チームの作業を効率よく流していくためには、プロダクションエンジニアの堀口氏が中心となって構築したパイプラインが活用されている。しかし『ハーロック』の場合、MARZA にとって長編映画が初挑戦となるため、これまでとは違うコンセプトで長編映画用のパイプラインを構築している最中だ。
Maya をコアツールとして現在構築中だという、そのパイプラインが目指すコンセプトは、大規模プロジェクトにありがちな巨大なシーンファイルをストレスなく扱えるように、極力 Maya を介さずにファイルの読み込みや、アセットの差し替えなど(=煩雑で非クリエイティブな作業)が行えるようにすること。
この新パイプラインでは基本的に各セクションでデータを規格化し、次の工程に流すという。具体的には、上流ではテクスチャ 1 枚から、下流は Arnold で使用するための TX ファイルにコンバートしたり、モデルデータを .ma ファイル化して、シーンを自動構築し、アニメーションを作成する、といったことにまで対応できるようにするそうだ。
このようなパイプラインを構築するには、安定したインフラも必要になってくる。そのため現在、MARZA では『ハーロック』をはじめとする長編作品に備えて、ファイルサーバやレンダーファームを大幅に増強しているところだという。最終的には、ファイルサーバは何と 250TB 近くまで増強し、レンダーファームも約900台規模での構築を予定しているそうだ。
MARZA システム構成図(※2011年10月末時点)。昨年 3 月の東日本大震災での教訓を踏まえ、外部のデータセンターを利用した強固なネットワークが構築された
現在のレンダーファームの構成は 1 ノード 12 コアと 8 コアが混在した構成で、メモリは 24 GB を搭載。ファイルサーバに関しては、まだまだ増強する必要があるのだとか。
「『ハーロック』に関しては、スケジュールがタイトですので、インフラに対する期待が非常に高いんです。なるべく安定したインフラを整えられるように準備しています」と、MARZA システムヘッドの佐藤勇治氏は初の長編作品を支えるインフラ構築に向けての意欲を語ってくれた。
シーンコンストラクタを中心としたパイプライン
スタッフ間のコミュニケーションを重視したパイプライン作りが進められている中で、データサーバなどの構成にも十分配慮されている。
一般的に、ファイルサーバをタテ割りで分けているプロダクションが多く、他チームのデータを閲覧しにくいという状況が多いと思う。だが、そのような状況では、優秀なスタッフが多くの案件に兼任して参加するといった作業が非常に難しくなり、せっかくの人的資産が活かせない。そこで MARZA では、ダイナミックにスタッフが動けるようなファイル IO の構築を目指しているそうだ。
このようなパイプラインの構築のなかで、大きな挑戦であったのが、自社開発した 「シーンコンストラクタ」 の導入だ。シーンコンストラクタは、サーバに蓄積したデータベースから直接 Maya の .ma ファイルを構築するツールで、Maya の中で直接シーンを構築するわけではないため、大規模なシーンを制作する場合など、ファイルを開く時間の効率化を図ることができるのだという。
自社開発ツール「シーンコンストラクタ」を中心とした MARZA のパイプライン概念図
さらに、「シーンアップデータ」 なる関連ツールも用意されており、これを利用することでシーンを構築したデータやデザイナーがエディットした状態をデータベース化し、アセットのバージョンを切り替えたり、アセットがシーンに増えた場合にデータベースにある .ma ファイルを自動的にアップデートしてくれるという。
これらの作業は全て Maya を介さずに行えるようになっており、リグやシェーダのバージョンが上がった場合でも、Maya 上で差し替え作業を行う必要がなく、既存の .ma ファイルをレンダリングなどの別セクションが利用できるとのこと。
Maya の外でアセットを共通化してアセットを管理しようということが最大のポイントと言えるが、基本的にアセットのデータベースはテキストなので、このコンストラクタを使用すると、Maya 上で 20 分かかって構築していたものが、 2~3 秒で .ma ファイル化することができるようになったそうだ。
さらに本パイプラインには LOD/Level Of Detail を、プロキシリファレンスを用いて構築する機能も備わっている。例えば、アニメーターが幾つかのレベルの LOD を使用する場合、アニメーターはシーンをコンストラクトしたファイルを開く際に、LOD がプロキシとして読み込まれている状態で Maya で開くことができるとのこと。表示されたシーンを右クリックして、必要な LOD を選択するだけで、切り替えることができるようになっているとのこと。
その他、「カメラシーケンサ」 も『ハーロック』用に開発されたツールの 1 つである。これは、カメラを簡単にタイムライン上で編集してしまおうというもの。 Maya には標準でも同種の機能が搭載されているが、カメラシーケンサでは同じシーンファイルの中で、スタートフレームとエンドフレーム、タイムスライダの位置などを独立した時間軸の中で設定することが可能であり、それらの設定で一気にプレイブラストを作成することができるという。つまり、カメラを追加しても削除しても、順番を入れ替えても、一気にプレイブラストを作成することができるわけだ。「ちょっとだけスローモーションに......といったアニメーションスピードの調整やカメラワークのバリエーションなども簡単に試して、プレイブラストを作成して見ることができるようになっています」(Technology ヘッドを務める堀口直孝氏)。
今後の展望
MARZA ではインフォメーションシステムのような、制作進行の管理ツールも今後の開発予定に入っているそうだが、出荷の状況をただメールで送信するようなシステムにはしたくないという。
「これまでにメールを飛ばすシステムを何度か使った経験があるのですが、メールを飛ばせば飛ばすほど、誰も読まなくなるという結果になりました(苦笑)。これでは、むしろ不便になっているわけなので、そんなシステムにはしたくないんですよ。デザイナーのクリエイティブワークに集中できるよう、何かを楽にできるツールは作りたいと思ってますが、コミュニケーションまで "楽" にしてしまうツールは作りたくありません」(堀口氏)。
こうした堀口氏の思いには、パイプラインもワークフローもスタジオも、そしてツールを作るということは、企業文化の構築やスタッフの教育といった概念的思考と決して切り離すことはできないという強い意志が込められている。
「もし素晴らしいワークフローが実践できたとしても、教育が上手くいってなければいずれは破綻することでしょう。プロダクションの経営者、デザイナー、僕らのようなエンジニアなど、その組織に参加する全スタッフが 最適解 の擦り合わせを常に行なっていく必要があるわけです。『何故こういう風になっているのか』を、それぞれの立場で的確に理解しながら使えるように、スタジオ自体も鍛えていかなくちゃいけません」(堀口氏)。
ハリウッド式のシステマチックなタテ割りの管理システムを追求するのではなく、スタッフ間のコミュニケーションを促すためのシステムを目指しているという堀口氏。「構成されるスタッフに応じて、構築するシステムは変わるべき」 とする、その開発ポリシーには大いに賛同したい。
「日本独自の融通のきいたシステムと、ハリウッド的なシステマティックな仕組みをうまくまとめていけると、グローバルで通用する効率的なシステムが出来上がっていくと考えています」と、酒井祐介氏(業務推進部)も今後構築されるシステムに期待しているそうだ。
photo by Mitsuru Hirota
(左)モデリングやセットアップ、アニメーションなど色管理に直結しない制作スタッフの席がある中央ブロック。写真奥の暗幕で仕切られている内側が北ブロックになる
(右)暗幕で仕切られた北ブロック。色管理に関わる、エフェクト、ライティング、コンポジット担当スタッフの作業スペースとなっている
セガの CG アニメーション開発部門を原点に、セガサミーグループの CG アニメーションスタジオとして設立された MARZA 。長年培ってきた CG 映像制作技術を武器に、今後はオリジナル CG アニメーション映画を制作し続けるアニメーションスタジオを目指しており、既にデベロップメント部門を立ち上げ、ストーリー開発は米国を拠点に進めているとのこと。『ハーロック』の次の次ぐらいまでのプロジェクトが考えられているそうだ。
「日本独特の文化とグローバルの融合が独自の制作環境を創り出すだけでなく、オリジナルな作品を生み出していきたいと考えています。そのためにも "良質な作品を提供し続けていく" というのが、我々のミッションです」と酒井氏が語るように、これからマーザ・アニメーションプラネットがどのような作品を世に送り出していくのか実に楽しみだ。
TEXT_大河原浩一( Bit Pranks )
PHOTO_弘田 充
▼ About Company
MARZA ANIMATION PLANET INC.
セガの CG アニメーション開発部門を原点に、セガサミーグループのCGアニメーションスタジオとして 2009 年 6 月に設立。長年培ってきた独自の制作管理システムや R&D 環境などの CG 映像制作技術に加え、オリジナルストーリー開発環境を保有するなど、国内最高峰の CG アニメーション制作基盤を構築し、現在は劇場長編をはじめとしたオリジナルコンテンツの制作を進めている。
公式サイト
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今回、紹介した MARZA にて、アニメーターとして活躍中の木下秀幸さんへのインタビュー記事を下記サイトにて公開中です。ぜひ、併せてご覧ください。
CG-ARTSリポート「プロダクション探訪~第一線で活躍する先輩からのメッセージ~」第4回(前編):MARZA ANIMATION PLANET 木下秀幸さん