留学を経てハリウッドのVFX業界へ入った人は多いが、中には苦学の末、卒業された方も少なくない。今回紹介する笹川信輝氏もそんな一人だ。働きながらフルタイムで学校に通いアメリカ永住権を取得、現在は3Dビジュアル・デベロップメント・アーティストとして第一線で活躍中だ。そんな笹川氏に、話を伺った。
TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
Artist's Profile
笹川信輝 / Nobuteru Sasagawa (Skydance Animation / 3D Visual Development Artist)
大阪府出身。2003年Santa Monica College , Academy Entertainment & Technologyを卒業。Gentle Giant Studiosでデジタル・スカラプターとしてキャリアをスタート。その後、Stargate StudiosでジェネラリストとしてテレビのVFXを担当。そしてSony Pictures Imageworksでは3Dモデラーとして勤務。その後はフリーランスとして様々な会社で活躍。2016年にSony Pictures Animationに3Dビジュアル・デベロップメント・アーティストとして入社。2019年『スパイダーマン:スパイダーバース』に参加しアカデミー賞を受賞。『ミッチェル家とマシンの反乱』、『ビーボ』などにも携わる。2020年にSkydance Animationに移籍し現在に至る。
skydance.com/animation
<1>就労ビザの知識さえないまま、映画業界を目指し渡米
――どのような経緯で留学されたのか教えてください。
イラストレーターの父親の影響で、小さい頃から絵を描くのが好きでした。父は映画好きで、家族で毎週のように映画を観るのが普通で、そういう環境で育ちました。中学のときに『ジュラシック・パーク』を観て、恐竜が本当に生きているような映像にビックリしました。その頃から「将来は映画関係の仕事に就きたいなぁ」と、なんとなく思い始めていました。
本格的に考え出したのは高校生のときです。芸大に行って、日本の映画業界で働きたいと思いました。しかし、芸大の入試に落ちたとき、父から「映画の仕事がしたいのなら、本場のアメリカへ行ったらどうか」と言われ、ああ、それも良いなぁと、あまり深く考えずに決断しました。
とくに裕福な家庭というわけでもなかったので、高校を卒業してから1年間ほど働いて自分でお金を貯め、1998年の5月に語学留学で渡米しました。エージェントは使わず、本屋に行って、語学学校を自分で調べて決めました。それ以外は、本当に何もわからない状態で渡米したわけです。
今思えば、自分はすごく甘く考えていました。語学学校へ通いながら「誰かに弟子入りして、特殊メイクやミニチュアの工房で雇ってもらって、仕事が取れるだろう」などと思っていました。次第に、働くには就労ビザが必要、ビザを取るためには4年生大学を卒業しないといけない、などの現実が見えてきました。
――CGを学ぶことになったきっかけを教えてください。
映画業界で働く友達に「特殊メイクかミニチュアの工房で働きたい」と相談したら、「将来はコンピューターに取って代わるから、コンピューターを勉強しておいた方が良い」とアドバイスされました。丁度、短大のサンタモニカ・カレッジ(以下、SMC)がコンピューター・アニメーションのクラスを新設したと聞いて「じゃあ、コンピューターを勉強しよう」と、99年にSMCに入学しました。
――米国での学生生活、就職活動はいかがでしたか?
最初の2年間は一般教養で、様々なクラスで四苦八苦しながらなんとか単位を取り、続いてコンピューター・アニメーションを学ぶためにSMCのAET(Academy of Entertainment Technology)で2年間勉強しました。実はSMC入学直後に父親が体調を崩し「資金援助できなくなった」と連絡がありました。自分は語学学校の留学資金しか貯めてこなかったので、SMCに通うとなるとさらに学費が必要になります。
アメリカの学校には経済面で危機に陥った留学生のための救済措置があって、一定条件下で合法的に働けるワーキング・パーミット(労働許可証)を取ることができました。そこで、あるレストランで働いていたときにオーナーから大変気に入られ、「グリーンカードをサポートしてやる」と。この時期は、週5日労働&フルタイムで学校に通っていたので、もう無我夢中で過ごしたという感じでした。卒業後も3年間そのレストランで働き、5年かかって無事グリーンカードを取得でき、晴れて就職活動をはじめることになりました。
ちなみに、SMC時代はMayaを勉強したのですが、自分にはハードサーフェスのモデリングがどうもしっくり来なかったのです。しかし、卒業単位を取得するために取った粘土造形のクラスがすごくハマり、同時期にZBrushの存在を知りました。そこで、就活を始める際はGnomonのDVDを見ながらZBrushを独学で勉強して、そこから10~20社くらいに応募して、初めて就職したのがGentle Giant Studiosでした。Gentle Giant Studiosは、映画俳優の3Dスキャンやアクション・フィギアで有名な、造型に特化したスタジオです。
ここで2年間働いた後、テレビ番組のVFXを手がけるStargate Studiosへ移籍しました。ここで1年半程、『HEROES』、『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』、『ER緊急救命室』などのテレビドラマのVFXを担当しました。ジェネラリストとして全てを担当していたので最初は慣れなくて大変でしたが、同僚の方にいろいろ教えていただき、勉強になりました。今でも、このときの経験が活きています。
――その後のキャリアについて、教えてください。
アメリカに来た当初からの夢が「映画会社で働く」ということだったので、Sony Pictures Imageworks(以下、SPI)の面接を受け、採用されることになりました。SPIでは『アーサー・クリスマスの大冒険』に3Dモデラーとして参加し、1年半程働きました。
その後、ディズニートゥーン・スタジオ(2018年に解散)というスタジオで働いた経験が、大きな転機になりました。ディズニーのキャラクターは一見簡単そうに見えますが、実はとても難しくて、すごく奥が深いということに気がついたのです。「こういう世界もあるんだ」と触発されました。「自分は、こういうアニメーションのスタイライズ・キャラクターをやっていきたい」と強く思うようになりました。
ディズニートゥーン・スタジオで6ヵ月間過ごし、その後は複数のスタジオでのフリーランスを経て、Sony Pictures Animation(以下、SPA)へ参加しました。SPAでは『ザ・スター はじめてのクリスマス』と『スパイダーマン:スパイダーバース』でキャラクター・デベロップメントを担当しました。複数の作品に参加した後、コロナの影響でプロジェクトがストップになり、SPAをレイオフされました。しかし、そのときの上司がNetflixへ移籍した関係で自分も呼ばれ、2ヵ月ほど新作プロジェクトに参加していました。
去年の10月末からSkydance Animationに3Dビジュアル・デベロップメント・アーティストとして参加し、現在に至っています。現在は映画『Pookoo』という長編アニメーションのデベロップメントに参加しています。
▲作業中の笹川氏
<2>監督やアート・ディレクター達と一緒にキャラクターをつくり上げる
――現在の勤務先はどのような会社でしょうか?
親会社であるSkydanceはエンターテイメント・メディア会社で、映画『ミッション:インポッシブル』シリーズが有名です。映画『トップガン マーヴェリック』の公開も来年に控えています。
そのアニメーション部門として、Skydance Animationが2017年に設立されました。2019年にピクサー創設者のジョン・ラセターを迎え、今後長編アニメーション映画とアニメーション・シリーズを製作していく予定です。ジョン・ラセターはピクサーで映画『トイ・ストーリー』を始めとする数々の名作をつくられた方なので、すごくインスパイヤされて、「一緒にいい映画をつくろう」という思いが、とても強くなりました。
――今のポジションの面白いところ、やりがいを感じるところは。
「スタイライズ・キャラクターを彫刻する」という作業がとても好きです。またキャラクター・デザイナーがデザインした鉛筆画を3Dに起こして、それが動き出すという工程が楽しくて。監督やプロダクション・デザイナー、アート・ディレクター、みんなで一緒にキャラクターをつくり上げていく作業にやりがいを感じます。
自分の意見が採り入れられたり、本当に「映画をつくっている一員」という実感が得られるところが楽しいですね。
――最近参加された作品の中で、印象に残っているエピソードなどはありますか?
映画『スパイダーマン:スパイダーバース』ですね。SPAが初めてアカデミー賞を取った映画でした。制作中に苦労した分、斬新な新しいビジュアルが実現できたのがすごく嬉しかったです。
自分が19歳で渡米した当時、夢だけは大きくて、「将来はアカデミー賞が取れるような映画に携わりたい」という目標がありました。まさに20年越しでしたが、この作品でクレジットに名前が載り、アカデミー賞が取れたということもあって、夢が叶い、思い入れがあり、印象に残っている作品です。
▲オスカー像を手にする笹川氏
――英会話のスキルはどのように習得されましたか?
テレビが一番勉強になったと思います。夕方にテレビドラマ『フレンズ』の再放送があって、よく出てくる言い回しが耳に残っていたり、キャプションで英語字幕を画面に表示して、書き取って勉強するなどしました。また、ニュースも同じ言葉が頻出するので、その言葉を調べたり、最初の頃はそういう地道な作業の繰り返しでした。徐々に聴き取れるようになってきたら、学校で外国からの留学生に話しかけるようにしていました。
一番大変だったのは、電話での英会話でした。実際に会って話すのと、電話で話すのは全然ちがうということに初めて気がついたのです。
自分が英会話の中で一番大切だなと思うのは、「本当に伝えようとする意思を示す」ということです。もし自分の英語を相手が理解できなかったら、ゆっくりとスペルを言うなどして、しっかり相手に伝える。そういう意思を強くもつことが大切だと思っています。
――将来、海外に出たいという方にアドバイスをお願いします。
自分は少し変わったキャリア・パスでこの業界に入ったと思うのですが、その中でも重要だったのは、技術と英語力だったと考えています。
現在の会社は、リモートで各国から働いている方が多いです。ブラジル、イタリア、スペイン、フランス、様々な国の人々が英語を使いこなして活躍しているという印象を受けます。現在コロナ渦ということもあり、会社側もいろいろな国から人材をリモートで雇っています。
これらを考慮すると、技術とコミュニケーション能力があれば、日本に居ながらでもリモートで海外の国と仕事ができるチャンスが増えてくると考えられます。なので技術と英語力&コミュニケーション能力を磨くことが一番大切じゃないかな、と思っています。
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② 経済的危機により、学校から就労許可証を取得
③ レストランで働きながら、学校を卒業
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