まだまだ黎明期にあるインカメラVFXのバーチャルプロダクション。入念な事前検証を重ねることにより、企画ありきの画づくりが実践された意欲作の舞台裏。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 280(2021年12月号)からの転載となります。

TEXT_石井勇夫(ねぎぞうデザイン) / Isao Ishii(Negizo Design
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamda
©Vaundy_ART Work Studio

Vaundy『泣き地蔵』MV
クリエイティブディレクター:Vaundy/監督:MIZUNO CABBAGE/制作プロダクション:AOI Pro./バーチャルプロダクションシステム&オペレーション:ヒビノ/キャスト: 笠松 将、佐々木美緒
<メイキング動画>youtu.be/1A8XH1h-6Vk

【TREE Digital Studio】
バーチャルプロダクションSV:平嶋将成/UEアーティスト:ラモウ・エン/UEエンジニア:根岸雅人/CGプロデューサー:山田悠生、石ヶ谷宜昭/スタジオスタッフ:Media Garden/撮影チーフ:古賀達朗/撮影サード:村中海斗/オンライン編集:吉田宙矢/MA:奥村宏貴

"美術"としてのCG・VFXワークを実践

Vaundyの新曲『泣き地蔵』MVには、高精細なLEDウォールを用いたインカメラVFXのバーチャルプロダクション(以下、VP)が用いられている。インカメラVFXのVPは、LEDウォールにフォトリアルなCG背景を投影して撮影する方法であり「現実のカメラで撮影しただけで合成済みの完パケを得られる」ことを目指した撮影技法である。グリーンバック撮影とはちがってCG背景が投影されるため、演者も撮影スタッフも最終的なイメージを共有しながら撮影することができる。現実のカメラとCGカメラ、そして照明がリアルタイムで同期することでハイクオリティな合成結果が得られることが大きな強みだ。季節や時間帯といった制約を超えた撮影が可能であり、ロケーション移動も不要なため、新たなソリューションとして大きな期待が寄せられている。

左から、UEエンジニア 根岸雅人氏(REALIZE)、バーチャルプロダクションSV 平嶋将成氏(REALIZE)、UEアーティスト:ラモウ・エン氏(LUDENS)、CGプロデューサー 石ヶ谷宜昭氏(REALIZE)、CGプロデューサー 山田悠生氏(LUDENS)。以上、TREE
Digital Studio www.tdsi.co.jp

本作は、AOI Pro.と同グループにてデジタル編集・CG・xR等の企画・制作及び機材レンタル・スタジオ運営を行うTREE Digital Studio(以下、TREE)、先日「Hibino VFX Studio」をオープンしたヒビノの3社による協働プロジェクトとしてスタート。TREEは企画からポスプロまで一貫してセクション別に対応できるのが強みであり、本作ではMedia Gardenにて撮影、CRANKは撮影機材を提供、LUDENSREALIZEは3DCG制作とVPを監修、DIGITAL GARDENがグレーディング、オンライン編集、MAを担当した。今年4月に企画がスタートした後、Hibino VFX Studioにて3度のテスト撮影と検証を行うなど、インカメラVFXの特性を理解した上で目指す画づくりが実践された。LUDENSとREALIZEも企画段階から参加し、監督を務めたMIZUNO CABBAGE氏や撮影部、照明部、美術部といった各部と密なコミュニケーションを心がけたという。「インカメラVFXという、新しい映像制作技法を導入することで"CGが美術をつくる"ところから入れたことが新鮮でした。われわれ制作側だけでなくクライアントの方々にとっても大きなメリットがある技法だと思うので、今後もチャレンジしていきたいです」と、CGプロデューサーの石ケ谷宜昭氏(REALIZE)は語った。

<1>インカメラVFXによるバーチャルプロダクション

VPありきではなく、企画ありきの画づくりを

国内では、最近になってインカメラVFXによるVFXの導入事例が出てきた黎明期と言える。そのため、企画の進め方を誤るとインカメラVFXという技法にふり回されるリスクがある。実際に本プロジェクトでも当初はインカメラVFXありきのビジュアル案(美術では制作が困難、現実では不可能なカメラワークなど)も挙がっていたそうだ。しかし、プリプロの途中からMIZUNO監督本来の作家性ありきの演出にシフトすることで、本作の独創的なビジュアルが誕生。実際に完成したMVを観ると、事前情報がなければインカメラVFXのVPが用いられていることに気づける人は限られるのではないかと思う。

VPは通常のVFXとはワークフローが大きく異なり、3DCGについては本番撮影までに最終イメージに可能なかぎり近づけておくことが求められる。今年4月にプロジェクトが始動すると、3度にわたりHibino VFX Studioにてテスト撮影を実施し、撮影、照明、美術、そしてCGといった主要なセクションを横断した試行がくり返された。十分な検証を重ねて、本作の画づくりに適したワークフローを確立したことで、今年7月上旬に行われた本番撮影では170カット以上(※うちVP使用カットは約7割)というMVとしてはカット数の多い撮影をわずか2日間で撮り終えることができたそうだ。

撮影現場におけるインカメラVFXの制御には、ライブイベントなどステージ向けのメディアサーバを出自とするdisguiseが用いられた(VPシステムのオペレーションはヒビノが担当)。「CG背景は、Unreal Engine 4(以下、UE4)で作成しました。シーン作成時はNVIDIA GeForce RTX 2080を使い、基本的には60fpsを維持、重いシーンでも30fpsを下回らないように調整しました。本番撮影時は、ヒビノさんが用意してくれたQuadro RTX 6000搭載マシンで制御していました」と、本作のCG背景制作をリードしたラモウ・エン氏(LUDENS)はふり返る。なお、TREEのLUDENSチームとREALIZEチームだが、前者は通常のプリレンダリングによるCG制作を中心に画づくりを行うチームであり、後者はリアルタイムCGに特化したチームである。本番撮影には、REALIZEからはバーチャルプロダクションSVを務めた平嶋将成氏、LUDENSからはラモウ氏の2氏が参加し、平嶋氏が監督や撮影部などの他部署とのやり取りを担い、ラモウ氏が撮影状況に応じた現場でのUE4シーンの画づくりの調整を行なったそうだ。

バーチャルプロダクション設営の様子

▲LEDディスプレイの組み始め時

▲LEDディスプレイを組み終わって出力チェック中

▲LEDディスプレイの裏側



  • ▲VP制御卓側から撮影ステージを見た様子



  • ▲撮影現場でUE4シーンのルックやオブジェクトの位置を調整するラモウ氏

▲画面内の球状アイコンは、シーンに配置されたゲームオブジェクトを表示したもの。今回、電車内に描かれたグラフィティは、デカールで配置しており動かせるようになっているため、大量のアイコンが配置されているように見えている。同様にグラフィティ素材も、アングルによって位置調整が求められることを想定して、図のような配置になっている

トラッカーと照明機材



  • ▲カメラトラッカーにはstYpe社のRedSpyを採用



  • ▲撮影に用いた照明機材は、LEDウォールに表示されたCG背景のキーカラーや明るさに応じて動的に変化するシステム



  • ▲電車シーンの空舞台。LEDウォールに表示されたCG背景が自然な見た目で映り込んでいる



  • ▲【左画像】を使った完成カット。美術のドアの手前にCGによる車内映像を映したLEDディスプレイを設置し、反射させて撮影。これにより一体感のあるビジュアルとなった

<2>回転ギミックとの連携〜地下鉄駅シーン〜

本番撮影までにCG背景を完成させる

LEDウォールの構成は、まずメインの背景撮影用として正面に高精細なLEDがコの字の形に1枚。照明用のLEDウォールがメインの側面に2枚、さらに天井にも照明用が1枚となっている。照明用のLEDウォールは、解像度よりも高輝度であることを重視したものを選定、さらに側面の2枚はある程度の角度の変更にも対応できる可動仕様が用いられた。照明は、細長い形状に組み上げることができるLEDを採用。天井にはリング状に組まれた照明が吊された。さらに、インカメラVFXに表示されたCG背景の明るさやキーカラーに合わせて動的に変化させることができるため、素早いPANといったCG背景のルックが大きく変化するカメラワークにもしっかりと対応できたそうだ。CG背景の色味は、当初ニュートラルな色にしておいて、人物と一緒に撮影した後、ポスプロのカラーグレーディングで調整する計画だった。しかし事前検証の結果、ライティングで色味を演出するのであれば撮影時のライティングも対応できることがわかったため、MIZUNO監督が求めた画づくりがしっかりと施されたCG背景が用意された。これにより最終的なイメージを共有しながら撮影することができたため、効率良く制作を進めることができたという。

インカメラVFXの優位性を活かしたカットとしては、グリーンバック撮影ではキーイングが難しい金網の美術を用いたカットや、LEDウォールに映すCGシーンの切り替えをあえてワンカットで捉えたものが挙げられる。後者では、CG背景が切り替わるトランジションとしてグリッチノイズが登場するが、これは重いシーンを入れ替えるときにグリッチが生じることを逆手にとった演出だ。「毎回ちがうかたちのグリッチが出るため、面白い表現になりました」(ラモウ氏)。VPにおけるポスプロ作業は、基本的にバレ消しとセットエクステンションのみで、ほぼオンラインだけで作業完成に近い状態になる。通常のVFXでは、実写プレートにCGを合成してコンポジットでなじみを高めていくが、VPの場合は、基本的に本番撮影前までにCGを完成させておく必要がある。「そのため通常の制作とは段取りも変わるので戸惑いもありました。そうした意味でも、事前検証の機会が複数回あったことに助けられました」(石ヶ谷氏)。画づくりでは、リアルとバーチャルの境界を極限まで消す「リアルさの追求」が、鍵となった。また、事前検証にあたりオフィスやトイレのCG背景も作成したが前者はオミット、後者は美術で制作することになったが、一連の制作を建設的に進めることができたため決して無駄ではなかったという。「トイレのシーンではカメラワーク的にバレが生じてしまったため、CG背景でセットエクステンションしています。結果的にCG背景を役立てることができました(笑)」と、山田悠生CGプロデューサー(LUDENS)。

地下鉄構内のUE4モデルの変遷



  • ▲監督から渡されたモデルとテクスチャ



  • Substance Painterでテクスチャに汚しを加えた

▲ベンチは美術セットの実物と寸法を合わせてモデリング

▲グラフィティは調整しやすいようUEのDecal機能を使用した

環境エフェクト

シーンにはPointLightとRectLightを使って環境エフェクトを追加

▲適用前

▲適用後

駅構内モデル

▲駅構内モデルはライトや小物などを含めActor Blueprintでモジュール化した

カメラ

▲カメラのローテーションは回転台でコントロールしている

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<3>バイプレイヤーに徹する〜電車内シーン〜

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<3>バイプレイヤーに徹する〜電車内シーン〜

成否の鍵をにぎるのは初期段階から参加すること

地下鉄車内のシーンに用いられた電車のモデルは、MIZUNO監督から提供されたプリレンダー用のモデルをラモウ氏がリアルタイムCG向けに最適化して用いられた。「プリレンダーで作成されたモデルデータの見た目のクオリティを保ちながら、できるだけ軽量化していきました。質感については、UE4のMaterial Instanceを活用しました」(ラモウ氏)。電車内のシーンで目を引くのが、つり革が自然に揺れている点だ。美術で車内のセットをつくったとしても、こうした自然な挙動を付けるには、手の込んだ操演が求められるだろう。そんな自然な吊り革の揺らぎは、Sinカーブを使って個々の振幅をランダムに追加することでつくり出された。このアニメーションをはじめ、一連のプログラミングを担当したのがUEエンジニアを務めた根岸雅人氏(REALIZE)だ。同氏は交通系の売上システムなどを手がけていた異業種のSEだったが、「面白い仕事がしたい」と、CG未経験でデジタル・ガーデン(当時)の門を叩いたという異色のキャリアの持ち主である。転職を機にUEやUnityを習得したそうだが、CG制作においてもプログラミングの活用が当たり前になってきた現在では、REALIZEチームにとって欠かせない人材だという。「現場で対応しやすい、現場を知った上でのプログラムやしくみづくりをしていきたいです。使う人が喜んでくれることが最大のモチベーションです」(根岸氏)。

VPを導入する上で、LEDウォールに投影するCG背景と美術の組み合わせのバランスが各スタジオの個性となる。本作では美術を積極的に使っているためリアル感が増し、VPが悪目立ちしてしまわないような配慮がなされている。これは念入りに準備をしてVPと美術のそれぞれの強みを検討した上でセットを組んだ結果だが、撮影からポスプロまでトータルで制作できるTREEの強みでもある。「CG・VFXは、もはや後工程ではありません。最初から最後まで携わる唯一の部署だと自負しています。VPの真価を発揮させる上では、CGは後工程という認識を改める必要があります。通常のCG・VFXについても基本的にはできるだけ企画の初期段階から参加することが望ましいのですが、その意味ではインカメラVFXのVPによって良いながれがきていると思います。VPに限らずこれからも新たな技法が出てくるので、ひき続きも『企画にマッチしていれば提案する』というスタンスで自分たちはクオリティを追求していくつもりです」(山田氏)。

プリビズ

▲MIZUNO監督によるプリビズ(レイアウト)

電車車内

電車車内のモデリングとベースマテリアルの制作

▲モデリングしたUE4用のローポリモデル

▲モジュール化してUE側で各パーツマテリアルをアサインした

マテリアル設定

透明・半透明オブジェクトのマテリアル設定

▲UE4上でのガラスなどの反射・屈折の設定。リアルタイムのゲームエンジンでの透明オブジェクトの反射・屈折表現は難易度が高いので、見た目のドラマチックな印象と軽さを確保するため、ここでは主にパフォーマンスコストの低い静的なReflection Captureを使用

▲ガラスの汚しをより良く見せるため、Material Instanceでマテリアルと汚し具合、強さなど調整できるようしくみ化

▲LEDディスプレイの文字表示もUE4のマテリアルで制御することで調整しやすくなっている

つり革の揺れ

▲つり革の「自然でランダム感のある揺れ」はBlueprintプログラムでコントロール

トンネルを走るライト

▲車輛の外、トンネルを走る動的なライトのコントロールにもBlueprintを活用。動的なライトのためパフォーマンスコストはやや高めだ



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.280(2021年10月号)
    特集:Megalis[メガリス]VFX
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2021年11月10日