精力的に活動するスタジオを実際に訪問し、彼らが実践するワークフローや導入する機材を通じて、"日本ならではの CG・VFX 制作手"について考える本連載。今回は、杉並区に居を構える VFX スタジオ、株式会社グラフィニカ を紹介しよう。
同社は、『青の6号』(1999)を皮切りにデジタルアニメーションの先駆者として日本アニメ業界をリードした、株式会社ゴンゾ(旧GDH) のデジタル部門が前身である。2009年4月、同部門がアニメ作品を多く手掛けていることでも知られるポストプロダクション、株式会社キュー・テック に業務移管されて、誕生したのがグラフィニカだ。今年で設立3年目を迎えた同社は、ゴンゾ時代から CG・VFX 制作だけでなく、オフライン編集まで社内で対応できるワークフローを構築していたが、2010年3月に現住所へ移転したのを機に、キュー・テックのオンライン編集部門との連携をより強固にすることができたという。
デジタルアニメーション先駆者の遺伝子を継ぐスタジオ
グラフィニカが携わったプロジェクトは、『HELLSING OVA VIII』(2011年、制作)、『フラクタル』(2011年、撮影/3DCG/モニターグラフィックス/特効)、『ストライクウィッチーズ2』(2010年、3DCG/撮影/編集)などに代表されるように、ゴンゾ時代からの流れでアニメ作品の撮影や CG 制作が多くを占める。しかし、その一方では 映画『ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦!ベリアル銀河帝国』(2010年、VFX)や TVシリーズ『仮面ライダーW』(2009年、3DCG/VFX)、映画『20世紀少年-最終章-ぼくらの旗』(2009年、VFX) といった、実写作品も積極的に手がけており、その活動領域は多岐にわたる。
©: 平野耕太・少年画報社/WILD GEESE
グラフィニカが参加した近作プロジェクト(その1)。『HELLSING OVA VIII』2011.7.27 ON SALE. 同社が元請け制作をしていることでも要注目だ
『HELLSING』公式サイト
「実写 VFX を作る場合も、アニメで培った表現や技法を応用することで、これまでにない演出を映像に加えられることが、皆さんに気に入って頂いているようです」と、チーフ・マネージャーの藤黒素子氏が語るように、自分たちの得意な分野を活かしつつ、他の分野の映像制作に応用するなど、柔軟な制作体制が取られている。また、キュー・テック傘下となったことによる新たな取り組みもスタートした。キュー・テックと言えば、S3D(立体視)コンテンツ制作、その中でも 2D/3D 変換方式を用いた S3D 制作に定評があるが、そこにグラフィニカが有するアニメ撮影のノウハウが組み合わさることによって、『トリコ3D 開幕!グルメアドベンチャー!!』(2011年、撮影/3D立体変換)のような制作を行えるようになったというわけだ。「昨年、VFX 班のスタッフ6名が半年ほどキュー・テック S3D 制作部門に出向して、身を持って学ばせて頂きました。現在、彼らが当社の S3D 制作をリードしながら後進の育成に励んでいます」(藤黒氏)。
©: 緑川ゆき・白泉社/「夏目友人帳」製作委員会
グラフィニカが参加中(撮影を担当)の近作プロジェクト(その2)。TVシリーズ『夏目友人帳 参』2011年7月4日(月)深夜1時30分からテレビ東京にて放送開始!
『夏目友人帳 参』番組公式サイト
さらに今春は、作画スタッフなども採用。デジタル映像制作に関するオールマイティなサービスを提供すべく、CG・VFX に加え、グラフィックス・デザイナーや色彩設計なども擁しており、デジタルだけでなくアナログパートまで、グラフィニカで一括して対応できる体制を整えつつある。「ここ数年、実写のミュージックビデオやライブ・イベント映像も機会があれば積極的に受けてきました。グラフィニカとしては、アニメ力を鍛えつつも、いつでも新しいことにチャレンジできるような体制を整えておきたいと思っています」(藤黒氏)。
杉並移転を機に、キュー・テックとのシームレスなデータ連携を実現
東京メトロ丸ノ内線・南阿佐ヶ谷駅とJR中央線・荻窪駅の中間ぐらいに位置する8階建てのオフィスビルに入居するグラフィニカ。「元々、キューテックのオフライン編集室( 杉並スタジオ )が近くにあったので、アニメーションに関する全ての機能を一箇所に集約して今までにないアニメーション総合スタジオを作ろう! ということで移転しました。現在はビルの2階に VFX 班とオフライン編集室、5階に CG 班が入居しています」(藤黒氏)。
photo by Mitsuru Hirota
グラフィニカ総合エントランス(ビル2F)。同社は、VFX と 3DCG で2つのフロアに別れているのだが、VFX 班のフロアはキュー・テックのオンライン編集室と共有しているため、ラウンジスペースが広く取られている
同ビル2階には、キュー・テックのオンライン編集室( Quantel eQ )が2部屋あるのだが、同じビル内にオンライン編集室があることで、最終的な納品までワンストップで仕上げることが可能になったという。「もちろん、赤坂にある キュー・テック本社スタジオ ともファイバーチャンネル( 10Gbpsの )で繋がっているので、テレシネや MA、Inferno/Flame 編集室とのデータ受け渡しもスムーズに行えるようになりました。杉並に移転したことで、ようやく1つのグループとして本格的に活動できるようになったと思います」と語るのは、グラフィニカのネットワーク環境と機材管理を担当している江田道啓システムエンジニア。杉並のグラフィニカ社内もギガビット・イーサーネット( 1Gbps )で全て繋がっているので、VFX 班と CG 班でフロアが違っていてもシームレスにデータのやりとりが行えるそうだ。
VFX ワークフロー
ここからは、グラフィニカの中核を成す、VFX 班と CG 班のワークフローについて紹介していく。グラフィニカには、現在(2011年5月25日)総勢86名のスタッフを擁し、VFX スタッフは 37 名在籍している。そのうちの6名は先述した 2D/3D変換業務にも対応できるとのこと。「キュー・テック自体にもデコロコというアニメ専門のデジタル撮影を行うグループ会社がありまして、彼らと合流したことで現在の規模になりました。つまり、旧ゴンゾ、旧デコロコ、2D/3D変換の3チームに大別できるのですが、その他にも制作進行を皮切りに、撮影、オフライン編集、演出からプロデューサーまで幅広い業務経験を持っているユニークなスタッフも在籍しているので、特定のワークフローに統一するのではなく、プロジェクトに応じて臨機応変に対応しています」(藤黒氏)。
photo by Mitsuru Hirota
VFX 班のスタジオ内観。デスクの周りを植栽で囲んだり、椅子の代わりにバランスボールに座って作業をするスタッフがいたりと、自由な社風が伝わってくる
shot by Mitsuru Hirota
VFX班の作業スペースを入口から端まで歩きながら撮影した主観ムービー。動画には収められていないが廊下の反対側には、S3D のプレビューが可能な打ち合わせスペースも用意されている
「グラフィニカ VFX 制作の特徴を挙げるとしたら、やはりポストプロダクションのキュー・テックとシームレスに連携できることですかね。CG と VFX の連携だけでなく、VFX と編集、さらにオフライン編集とオンライン編集間でのデータ受け渡しまで、柔軟に対応できるのが強みです。現在アニメの背景スタッフは社内にいませんが、それ以外の業務はひと通りグラフィニカ内で対応できるので、アニメーション制作工程全体の一部を請け負うのではなく、お客様のアイデアを形にするという意味での総合スタジオとして活動しています」と、大鳥居 紀行 VFX 副統括は語る。下図は、グラフィニカの一般的な VFX ワークフローをまとめたもの( CG 制作を含む)。青文字の箇所とオンライン編集(ピンク)以外は、全ての作業を社内で対応できる体制が敷かれていることが判るだろう。
グラフィニカの一般的な VFX ワークフロー図。今春から作画スタッフも社内に加わったため、背景制作を除けばほぼ全ての制作業務を社内で賄える。キュー・テックのポストプロダクション業務ともシームレスに連携できるのもグループならではの強みだ
3DCG ワークフロー
アニメや実写作品に加え、ビデオゲームや遊技機向けの CG アニメーションも手掛けているグラフィニカの 3DCG チーム。現在、約30名のデジタル・アーティストと、5名の管理スタッフ(マネージャー、制作管理)で組織されているそうだ。「デジタル・アーティストについては、Maya チーム、3ds Max チーム、そしてモデリングチームの3チームに分かれて活動しています。厳格な分業制は敷いておらず、○○アニメ班、△△ゲーム班といった感じで各スタッフのスケジュールを見ながらアサインしています」と語るのは、CG プロデューサーの牧 達也氏。Maya 、3ds Max という2種類の制作体制を構築しているのは、CG・VFX 制作に特化したスタジオとして、様々な発注元からバラエティに富んだオーダーを受けるため。また、VFX 制作に比べ、3DCG 制作の場合は外部パートナーの協力を得ることが多いのに加え、制作データも複雑化しがちなため、プロジェクトごとに実作業を行うアーティストとは別途、管理スタッフを立てているいるとのこと。
photo by Mitsuru Hirota
3DCG 班 の作業用デスクの一例。VFX 班と同じく、スタッフの好みに合わせて機材やレイアウトは自由にカスタマイズしているとのこと。なお、外部スタッフ用の席はパーティションで区切って個別に設けてある
3DCG 班のワークフローは、アニメ作品向けのCG制作が多いこともあり、一般的なアニメーション制作の手順に則って進めているという。上に述べた通り、Maya、3ds Max、モデリングという3つに分かれているのが特徴と言えるが、モデリングチームが作成したモデルを使用して、各チームのアニメーターが簡単なリグを設定しながら、アニマティクスなどのアニメーションを作成した後、モデリングチームがアニメータの設定したリグを基本としながら、さらに細かいリグを作成していく、といった具合に極力データ待ちで作業が止まることがないよう、同時並行で制作が行えるように心がけているという(下図)。
3DCG 班の一般的なワークフローをまとめたもの。できるだけ同時並行で効率的に制作が行うように心がけているとのこと。ゲーム案件等ではモーションデータのみでレンダリングは不要という場合もある
発注元の制作環境に幅広く対応しているため、Maya と 3ds Max の両チームともアニメーションスタッフは、レイアウトからアニメーション、ライティング、カメラワーク、レンダリングまでを担当し、アニメーターというよりは、ジェネラリスト的に活動している。そのため、一方のチームで何らかの遅延が発生した場合も、一部の作業を別チームが担当することで短納期の案件でも効率的に作業が行えているとのこと。グラフィニカの強みは、アニメ特有のノウハウを蓄積していることだと語る牧氏。「 板野一郎監督 にもアドバイザーとして社内に席を置いて頂いているんですよ。時間を見つけては、CG アニメーターへの指導や、若手スタッフを対象にしたセミナーなども開いて頂いているのですが、とても良い刺激となっています。アニメの場合、依然としてセルを活かした CG 制作が主流ですが、我々としては、やはりフル CG のアニメーション作品にも積極的に参加していけるよう、体制を整えていきたいですね」。
先述した VFX 班と同じフロアにある、グラフィニカのオフライン編集室(上)と、キュー・テックのオンライン編集室(下)。オフライン編集室は3室(Avid DS Nitris、Avid Media Composer、Apple Final Cut Pro 各1)、オンライン編集室は2室(共に Quantel eQ )備えている
導入機材とネットワーク環境
最後に、具体的な導入機材と制作環境をみていこう。グラフィニカでは、昨年5月のオフィス移転を機に、社内の機材とネットワークを全面的に見直したという。「諸々の調整を経て、今年3月に社内の PC を全て64ビットマシンに移行させました。併せて、ネットワーク・ストレージとレンダーファームについても5〜6月にかけて 64 ビット対応の機材に一新させました」(江田氏)。VFX 班の場合、移転前まではレンダーファームを PowerMac G5 の Apple Xserve で構築していたそうだが、32ビット処理なのに加え AE もバージョン 7.0 までしか対応していなかったため、今回のリニューアルによって大幅に作業効率が向上したそうだ。新しいレンダーファームは、HP Z800 Workstation が14台で構成されており、1台あたりのスペックは Intel Xeon X5690(6コア)のデュアルCPU、メモリ48GB と非常にハイスペック(トータル168コアだ)。80人規模のプロダクションとしては、充実したレンダーファームである。
デジタル・アーティストたちが使用する作業用マシンも、HP Z600 Workstation を採用した。「今までは、古くなったり壊れたりしたタイミングで BTO マシンをその都度購入することが多かったのですが、マシンごとのバラツキが大きく、管理する上でとても非効率だったので、実績のある HP 製ワークステーションに統一しました。信頼性や保守のことを考えると、メーカー保証がある純正モデルはやはり安心できますね」(江田氏)。もちろん、無闇にハイエンドなものに揃えるのではなく、同じ Z600 でも VFX 班向けのものはグラフィックスボードに Quadro 2000 を選択してあるのに対して、3DCG 班向けのものは Quadro 4000 を採用(レンダーファーム用の Z800 は Quadro 600 )するといった具合に用途に応じて細かく仕様を分けて費用対効果の最大化が図られた。「余談ですが、CUDA を用いた GPU レンダリングにも注目しています。かなり実用性が向上してきたので、後は対応レンダラが増えることに期待したいですね。その他にも回線速度の問題がクリアになれば、ストレージのクラウド化も検討できればと思っています」(江田氏)。
グラフィニカのネットワーク構成図(2011年6月24日現在)。今年に入り、作業用PCからネットワーク・ストレージ、レンダーファームまで全て64ビット対応機材へとリニューアルされた。レンダリングのジョブ管理には、Autodesk Backburner と PipelineFX Qube! を併用している。ストレージは、VFX と 3DCG で各10TB とレンダーファームの規模に比べると少なく感じるが、現時点では十分賄えているそうだ
制作データの管理については、特にデジタルアセット管理ソフト等を用いずに、ファイルサーバ上にプロジェクトごとにディレクトリを作成し、マニュアルで管理しているという。「アニメから実写、ゲーム、遊技機まで幅広いデジタル・コンテンツ向けの CG・VFX 制作を手掛けているため、アセット管理を一元化するのは難しいですね。また、アーティストが個人単位でエフェクトのアーカイブをストックするといったことはしていますが、基本的に納品が受理された作品のデータは、クライアントに返却後、サーバー上からは消去しています」(大鳥居氏)。必要以上に空き容量を設けないことで、自ずと各スタッフが不必要なデータを残さないよう習慣づけられているわけだ。ちなみにVFX 班では1案件(2クールもののTVシリーズを想定)につき約 500GB 程度、3DCG 班では、案件ごとのバラツキは大きくなるものの大半は 300〜800GB の範囲で収まっているという。
5階( 3DCG )に設置されているデータ・ストレージとレンダーファーム(上)と2階( VFX/編集)にあるマシンルーム(下)。14台の HP Z800 Workstation で構成されたレンダーファームは、今年6月に導入したばかりの新品。また、HDCAM-SR をはじめ、ポスプロ仕様のハイエンドな VTR が利用できるのもキュー・テックグループであることの強みだ
使用ツールについては、VFX 班は Adobe After Effects 7.0〜CS5.5、3DCG 班は Autodesk Maya 2010〜2012 並びに Autodesk 3ds Max 2009〜2012 と、発注元や外部パートナーの環境に柔軟に対応できるように幅広く取り揃えている(全てのクライアントが最新バージョンで制作を行なっているわけではないので、必然的に古いバージョンも維持管理しておく必要があるとのこと)。全社的に64ビット環境に移行したことで、当初は古いバージョンを使用した際の不具合なども懸念されたが、今のところ問題なく稼働しているそうだ。
現在、グラフィニカで利用している主なソフトウェアとプラグイン一覧。VFX スタジオとして様々な案件を手掛けているため、主要ツールについては新旧バージョンを幅広く取り揃え、プラグインについても同じ系統(グローエフェクトなど)のものを複数種類用意している
日本のデジタルアニメーション先駆者の系譜を継ぐグラフィニカ。最後に今後の展望について聞かせてもらった。「VFX スタジオの場合、何か特定の分野に専門化して独自色を出すのがセオリーだと思いますが、敢えて特化はせず、フルラインの機能を持つことにこだわっています。キュー・テックと連携することで、テレビ局や劇場への最終的な納品まで対応できるようになったので、引き続きトータルサービスを提供できるスタジオとして活動領域を広げられたらと思っています」(藤黒氏)。そのためにも、ゴンゾ時代のように自社ツールの開発にも取り組んでいきたいとのこと。昨今の実写 VFX と CG アニメーションが融合する流れも相まり、今後もさらなる活躍が期待できそうだ。
TEXT_大河原浩一( Bit Pranks )
PHOTO_弘田 充
グラフィニカ中核スタッフ
写真後列右から、藤黒素子氏(チーフ・マネージャー)、大鳥居紀行氏(VFX副統括)、江田道啓氏(管理 システムエンジニア)、牧 達也氏(CG プロデューサー)以上、グラフィニカ
▼ About Company
株式会社グラフィニカ
デジタルアニメーションの先駆者的存在である ゴンゾ(旧 GDH ) のデジタル部門が2009年4月、株式会社キュー・テック グループに移管設立された CG・VFX スタジオ。『青の6号』(1999)や『ラスト・エグザイル』(2003)等で培われたゴンゾ時代の創作力と、キュー・テックの技術力とのコラボレーションにより、常に先進的映像を発信するスタジオとして進化を続けている。
http://www.graphinica.com/
TEL:03-6803-6611(代表)
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今回、紹介したグラフィニカにて、撮影監督として活躍中の吉岡宏夫氏へのインタビュー記事を下記サイトにて公開中です。ぜひ、あわせてご覧ください。
CG-ARTSリポート「プロダクション探訪~第一線で活躍する先輩からのメッセージ~」第2回(前編):グラフィニカ 吉岡宏夫さん