現在放送中の本作。第22回から第24回までのパリ編は、物語上の重要なエピソードであり、求められるVFXも必然的に高難度かつ独自の表現が求められた。
関連記事:VFXチームがわかりやすく解説! 大河ドラマ『青天を衝け』で学ぶ、VFXのつくり方<1>お蚕ダンス
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 277(2021年9月号)からの転載となります。
TEXT_石井勇夫(ねぎぞうデザイン)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamda
©NHK
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大河ドラマ『青天を衝け』
NHK 総合 毎週(日)夜 8:00~/[再放送]毎週(土)午後 1:05~
NHK BSプレミアム、BS4K 毎週(日)午後 6:00~
作:大森美香/演出:黒崎 博、田中健二、村橋直樹、渡辺哲也、川野秀昭
www.nhk.or.jp/seiten
コロナ禍だから生まれたパリとのリモートワーク
〈後列〉左から、大竹崇文氏、溝口結城氏、早坂 渉氏、三上由理氏、浅山文秋氏、皆野川まりえ氏、中村昌樹氏、安 優輔氏、吉田秀一氏、全 奉俊氏、古川泰行氏、遠藤龍一氏/〈中列〉左から、稲垣充育氏、パリ編VFX SV 角田春奈氏、髙松幸広氏、増田真理氏、渡部辰宏氏、山口詩央莉氏、林 健太郎氏、三浦貴大氏/〈前列〉左から、鍋島健作氏、中村明博氏、VFX SV 松永孝治氏、日髙公平氏、神山 秀氏、鎌田知孝氏。以上、NHK、NHKアート
今年のNHK 大河ドラマ『青天を衝け』は「日本資本主義の父」とも言われる渋沢栄一の生涯を描く。中でも第22回から第24回までのパリ編は、吉沢 亮が演じる篤太夫(渋沢栄一)が世界を旅して影響を受けるエピソードとしても重要なパートのため、制作には入念な準備がされた。当初はパリでの撮影を計画しており、2020年3月に現地スタッフによるロケハンを始めていたが、コロナ禍により日本人スタッフの現地入りを断念。パリの撮影クルーに現地での撮影を委託し、日本でグリーンバック撮影した役者を合成する方針へと変更された。
もともと、パリ編では1867年のパリ万博をはじめ、高度なCG・VFX表現が必須となるシーンを想定していたが、さらに上述した事情が加わったため、より多くの作業が求められた。そこで、パリでの生活経験がある角田春奈氏がパリ編のVFXスーパーバイザーとなり、本編VFXと並行して準備が進められた(パリ編のVFXショット総数は約200に達したという)。本作のワークフローは、コロナ禍という特殊な状況の中で大きく変化した。パリの撮影に日本からのスタッフが誰も行かず、現地のスタッフにまかせることになったため、現地とオンラインでの打ち合わせを多く重ね、念入りに意志の統一が図られた。国内における撮影も、今までのように実写プレートとCGカメラの位置合わせをするだけでなく、パリで実写撮影したプレートとの整合性を考慮する必要もあったため、通常のVFXとは逆に、事前に最終的な画をVFXが主導・構成して進めていくことに。「大量のVFXをこなせたのはスタッフの皆さんのおかげだと感謝しています。VFX主導でのシークエンス制作も今までになかったですね。今後はNHKの番組づくりの中で、よりVFX制作がしやすい環境になったら良いなと期待しています」(角田氏)。そして、本作のVFXスーパーバイザーを務める松永孝治氏は次のように総括した。「大河にフル参戦するのは10年ぶり。明治、幕末、フランスのパリなどVFX的に面白い部分や、コロナ禍の今だからしかできないことにも挑戦しています。本作における自分たちの取り組みをできるだけ多くの人に知っていただき、若い人たちを中心にVFXへの関心が高まることを願っています」。
<1>プリプロ段階からVFXチームが画づくりをリード
ロケができないという逆境を密なコミュニケーションで解決
先述の通り、日本の制作チームによるパリでの撮影が中止となったことで、現地のスタッフによって撮影された実写プレートに対して日本でグリーンバック撮影した役者たちを合成するというVFXワークが必要になった。監督やプロデューサーはもちろん、VFXスタッフも誰一人として現地(パリ)へ行けないという特殊な状況かつ、パリの撮影クルーはVFX専門ではなかったため、角田氏の知り合いでフランスでデジタルコンテンツ制作を行なっているle pivot(ル・ピヴォ)の畠井武雄氏にVFXのコーディネートを依頼し、リファレンスや計測データを収集してもらった。
ワークフローも通常とは異なる部分が多々ある。まず、日本側が望んでいる背景の実写プレートを撮る準備のためのオンラインミーティングには多くの時間が費やされた。また、パリの大きな建造物と国内のスタジオの縮尺を合わせる上では、まず3D上でプリビズをつくり、国内スタジオでの撮影時にカメラの位置を指定するといった工夫を凝らすことで、一体感のあるビジュアルが追求された。現地へスタッフやキャストが行くことなく制作できたことは新しいチャレンジとして成功だったが、一方でロケがいらなくなるという誤解が生まれてくる懸念もあると、松永氏。「想像だと収まりが良すぎるものになってしまいがちです。現場に行って実際にカメラで撮ってみることで、こうした方が良いと気づくことが多いし、臨場感や即興的な画づくりも行えるので可能であれば現地での撮影が一番ですね」。
パリ編向けのアセット制作は、昨年9月にパリ万博に近い時代である100年以上前につくられた蒸気機関の実物をトヨタ産業技術記念館(愛知県名古屋市)へ取材に行った頃からはじまり、今年2月からパリ編CGチーフとして浅山文秋氏が合流して、各種アセットが仕上げられていった。パリ万博での大きなアセットは蒸気機関とエレベータの2つだが、そのほかにも多種にわたるアセットが作成された。街や会場での群衆は、日本で外国人をフォトグラメトリーをベースに作成した16体のモデルにバリエーションを加え、Golaemで群衆アニメーションを付けている。街を走る馬車は小さいものと乗り合いのものを用意し、丁寧にリグを組んで細かくつくり込み、馬車や人間の動きもモーションキャプチャを使ってこだわった。「遠景で小さいですが、ぜひ見てもらいたいところです。CGのボリュームが多く、準備がハマったところとバタついたところがありました。上手くいったところは今後の制作に活かしていくつもりです」(浅山氏)。
フォトグラメトリー撮影
パリ編では、西洋の衣装を着た人物をフォトグラメトリー撮影。16体のCGモデルから80体のバリエーションを作成し、Golaemで群衆をつくり上げた
▲フォトグラメトリー撮影(レスパスビジョン)
▲完成モデル
▲Golaemでの作業。スカートの一部にGolaemのApex Clothクロスシミュレーションを追加。近距離のカットにも耐えるクオリティとなった
▲群衆のバリエーションモデルは色変えや髪飾りや帽子などのプロップの変更で増やした。また、当時のパリの街を歩く人達の資料を参考に、男女で腕を組んで歩いている人などを配置して群集のバランスを調整した
乗り物モデル
パリ編の乗り物モデルのひとつ、2階建て馬車。街中を多数の車両が行き交うシーンが多かったため、遠目から見た動きの印象を重視。まず、御者・客・車両それぞれの細かい揺れの動きを表現できるようにセットアップを組み、ループアニメーションを作成。そこから各カットごとの配置や軌道の調整に柔軟性をもたせた
画コンテ
▲パリの実写チームへの説明用に作成した翻訳付き画コンテの一部(ナポレオンの謁見シーン)。この絵コンテを基に、パリ撮影チームと日本チームがオンラインでイメージの共有と撮影設計を重ねた
国内でのスタジオ撮影向けプリビズ
パリに実在する建物との整合性をとるために必要となった、国内でのスタジオ撮影向けプリビズ
▲パリ撮影では、全カットの撮影情報を記録しておいてもらったほか、現地の詳細測量、HDRIやグレーボール、カラーチャートも撮っている
▲プリビズ全体。スタジオ図面に合わせて、パリ撮影場所のフォンテンヌブロー城の一間を起こしたモデルを配置した
▲パリでの撮影プレートに合わせて、3DCG上でカメラから覗いて確認
▲国内撮影スタジオでのカメラ位置をカットごとにプリビズ
▲カットごとのカメラ位置、カメラ情報のリスト
3Dスキャンを活用した位置合わせ
凱旋門の屋上シーンでは、LiDARによる3Dスキャンを活用して位置合わせを行なった
▲緑山スタジオに建てられた凱旋門屋上のセット
▲iPhone用LiDARスキャンアプリ「3dScannerApp」でセットをスキャン、実寸のCGモデルとして出力
▲MayaにLiDARスキャンしたモデルを読み込み、カメラの位置合わせに使用した
次ページ:
<2>4K HDRで仕上げられた19世紀のパリ景観
<2>4K HDRで仕上げられた19世紀のパリ景観
大河ドラマ特有の制作条件に応じた画づくり
本作は4K HDRで制作されているため、VFXも基本的にはHDRで進められている。NHKのVFXチームでは、SDR制作時から中間ファイルはOpenEXR形式を採用しており、HDR制作の場合もデータフローには特に変更はないという。また、SDR納品については、HDRでコンポジットしたデータにLUTを適用し、一括変換によってSDR版を作成しているとのこと。LUTは、各作品で異なっており、本作でも専用のLUTが新規に作成されている。一連のショットワークは、HDRで行われているが、HDRではプレート自体が明るくなる傾向にあるため、バレ消しなどをするときに露出を絞って確認しないと気づかずに、グレーディングしたときに初めて気づく恐れもあるという。この課題はキーイングも同様だが、最終的なSDR変換を見越して、細かくガンマを絞っての確認作業を行なっているそうだ。
パリで撮影した背景と、日本のスタジオで撮影した人物の合成において最も難しかったのが照明合わせであった。カメラの情報などがあれば画角合わせやトラッキング作業は迷わずに行えるが、照明を合わせるのは非常に手間暇がかかるという。特に屋外のシーンは人物も自然光で撮りたいところだが、天候が安定しないことや役者陣のスケジュールなどとの兼ね合いから、屋内のスタジオで撮影するほかなかったため、合成の難易度が自ずと高くなってしまった。パリにおける背景の撮影時には、畠井氏がグレーボールやカラーチャート等の各種リファレンスを撮ってくれたため、時間さえあれば照明も合わせることは可能だが、毎週放送される大河ドラマの制作では、手早く作業を仕上げる必要に迫られるケースも多々あるため、限られたスケジュールの下、より良い画づくりを実践するためには今後のさらなる改善が必要だという。パリ編コンポジットチーフの中村明博氏は、「照明が全てで、ライティングさえ合っていれば気持ち良く上手くいきます。逆にライティングが合っていないと、どんなにアイデアを入れてもリアルな表現の限界があります」と、ふり返った。また、本作における新たな試みのひとつに、美術部が建てたスタジオセットをiPhone 12 ProのLiDARで3Dスキャンし、CGのカメラ合わせに使用したことが挙げられる。今までは専用の機材が必須だった3Dスキャニングを、iPhoneで代用できたことで、効率化につながったそうだ。さらに撮影時はGoProを使って常にスタジオ全体を撮っておくことで、実写プレートがグリーンバックだけで環境がわかりづらいときは、その映像をガイドに役者やカメラの位置合わせを行なっているそうだ。
凱旋門の設計と3DCG制作
現実に存在しているもののため、形や質感のイメージを損なわないよう、当時の凱旋門の写真や資料も参考にして制作した
▲Substance Painterによるマテリアルと質感の制作。【左】屋上と【右】外側のレリーフ
コンポジット
コンポジットにはディープコンポジティングも活用。pgBokehで美しい被写界深度を適用した
▲pgBokehを使用したノードツリー。Deepとカメラデータがある場合は正確なボケがシミュレーションできる
▲Deepの凱旋門屋上に汎用の実写素材をCardで配置した
ブレイクダウン
クレーンアップカットの実写とCGの合成
▲Maya上でスタジオセットとCGの手すりの位置をマッチさせる作業。完全に合わせるのに苦労したという
▲視差をリアルに表現するため、背景のマットペイントはNuke上で3Dオブジェクトにパースマップ。各建物から立ち昇る煙突の煙なども3D空間で配置した。カメラ下にあるオブジェクトは凱旋門屋上の手すり付近
ブレイクダウン
▲一連のコンポジット処理が施された完成形
[[SplitPage]]<3>別撮りした背景と人物を巧みに合成
ディープコンポジティングでショットワークを効率化
パリ万博シーンは、作中でも将来の栄一に大きな影響を与えた重要なエピソード。当初からVFXが必須のシーンであり入念な準備がされていたが、何しろ1867年当時の万博の資料が少ない。存在する資料も写真より絵画やイラストがメイン。リファレンス収集ではなにかと苦労したそうだ。主要アセットである蒸気機関のリグは技術に定評ある神央薬品が担当し、蒸気などのエフェクトは屋外でのカットも含めてHoudiniが使用された。
CGの素材は基本的にバージョンアップのしやすさを考慮してDeep Imageでレンダリングをして、ディープコンポジティングで仕上げられた。実際、万博シーンのショットには、途中から旗や看板などの装飾品が足されていったが、ディープコンポジティングを用いることでマット素材が必要なく、追加ポイントだけをレンダリングし直すことで前後関係を意識せずに効率的に作業が行えた。また、万博のパビリオンの屋内は窓から太陽光が入っていることもあり、多数のライトを使用してリッチなレンダリングを行なっているが、ノイズを消すには相応のレンダリング時間が求められる。そのようなレンダリング負荷の高いショットの頻繁な修正にも、ディープコンポジティングが有効だったという。
徳川昭武(板垣李光人)のナポレオン三世への謁見シーンは、先述の通り現地で撮影した背景に日本で撮影した人物を合成。その際、謁見する昭武が履く浅沓(あさぐつ)による歩幅と要する秒数を算出してパリの撮影クルーに伝え、日本での撮影素材と整合するように入念な調整が行われた。また、臨場感を出す上では一部の撮影にはドリーも利用されたが、後付けの動きで人物を合成できるかテストが重ねられた。通常のロケであれば何ということのない撮影も、リモートで行うにあたり細心の注意と綿密な打ち合わせが必要だった。パリの撮影クルーは、VFX専門ではなかったため、VFXコーディネーターを務めた畠井氏によってカメラの情報やカラーチャート、グレーボールなど、VFXに必要な情報を記録してもらっていたことが役立ったという。また、パリの撮影クルーとのビデオ会議を重ねるうちに相互理解が進み、先方からも様々なアイデアを提示してもらえたそうだ。そして、パリ編で編み出された背景と人物を別撮りして合成するという手法は、国内での撮影にも応用されているとのこと。例えば、ペリーが長崎を訪れるシーンの撮影には、スタッフ3名だけが長崎へ行き、「観光丸」を用いて撮影した背景の実写プレートに対して、スタジオ撮影した人物を合成。この手法は、今後の制作にも活用されていくのかもしれない。
別撮り素材を合成
ナポレオン三世への謁見シーンは、パリでの現地撮影素材と日本での役者の撮影素材を合成して制作した
▲現地での撮影の様子
▲合成素材となる日本使節団の影は、国内撮影の役者の動きに合わせて3DCGモデルで動きを付けて作成。他の方法として、グリーンバック撮影時の足元のコンタクトシャドウ(接地面の影)をキーイングやロトスコープで抽出していくやり方があり、そちらのほうが採用例が多いが、今回は3DCGの影を使用することで合成作業時間を短縮。馴染ませ具合も高水準で良い結果となった
合成ショットのブレイクダウン
▲絵コンテ
パリ万博の会場(機械館)
パリ万博の会場(機械館)。同会場は大規模なCGセットが制作され、蒸気機関や小物プロップなどもつくり起こされた
▲撮影設計
▲イメージボード。パリ万博の雰囲気を表現するにあたり、このアングルが基本となった
▲蒸気機関の3DCGモデル
▲万博内の小物プロップの一例で、エレベータのもの
パリ万博会場の3DCG作業
▲万博機械館のメイン光源は左右の大窓から入る設定。パリ万博使節団は、実際の役者の立ち位置を想定してスタジオで撮影されたHDRなどから、CG内でスタジオのライトの明るさを再現。その後、CGの背景オブジェクトを加えながら、再度エリアライトやポイントライトなどを使って、実写とバランス良く馴染むライティングに仕上げた
▲光が差し込む印象的な建物として描くため、窓からの光線素材を別レイヤーで作成、ArnoldのGoboフィルタを通してレンダリングした。また、奥の背景に差し込むレイと、画面手前にかかるレイ(全体の馴染みのバランスをとるためのもの)を別々に出力している
▲蒸気機関の蒸気エフェクト。車輪に絡まる蒸気が会場内の雰囲気をリアルにした
Deepの使用
Deepを使用して3DCG素材の中に2D素材を配置
▲Deepを3D表示。別々にレンダリングされたDeep素材をNuke上でマージする
▲配置した2D素材の一例(緑でハイライト表示)
ブレイクダウン
パリ万博シーンのマスターショットのブレイクダウン。蒸気機関、蒸気、様々な機械、道具展示物、エレベーター、人物、光のレイヤー、塵などを何層も重ね、奥行きのあるルックにしている。当時の資料を参考に、パリらしさや万博の華やかな会場を試行錯誤した
リファレンス
▲パリでの撮影に先立ち、本番と同様の衣装と履物に身を包んだ昭武が進む距離と速度、目線の目安を確認できるリファレンスを撮影。これをパリチームと共有して撮影に臨んだことで、現地で撮ったようなリアルな演出が行えた
ブレイクダウン
昭武がナポレオン三世に謁見するシーンのブレイクダウン。本カットはパリで撮影した画面奥の背景と手前の女性、国内スタジオでグリーンバック撮影した使節団(中景)という3つの素材で構成されている。モーションコントロールでの撮影ではないため、グリーンバック素材はそれぞれスタビライズ処理をした後、背景素材からストロークやガタツキを検出して適用した。最も時間を費やしたのはマーカー消し作業とシワムラを一律化するスクリーンコレクション作業。合成作業時は、パリ背景がディフュージョンフィルタを介して撮影された素材だったため、グリーンバック素材にも同様のフィルタを適用できるツールを使用した。なお、エッジ処理は安易にエクステンドするのを避け、素材のディテールを活かして合成するよう心がけた
▲絵コンテ
▲一連のコンポジット処理が施された完成形