<2>4K HDRで仕上げられた19世紀のパリ景観
大河ドラマ特有の制作条件に応じた画づくり
本作は4K HDRで制作されているため、VFXも基本的にはHDRで進められている。NHKのVFXチームでは、SDR制作時から中間ファイルはOpenEXR形式を採用しており、HDR制作の場合もデータフローには特に変更はないという。また、SDR納品については、HDRでコンポジットしたデータにLUTを適用し、一括変換によってSDR版を作成しているとのこと。LUTは、各作品で異なっており、本作でも専用のLUTが新規に作成されている。一連のショットワークは、HDRで行われているが、HDRではプレート自体が明るくなる傾向にあるため、バレ消しなどをするときに露出を絞って確認しないと気づかずに、グレーディングしたときに初めて気づく恐れもあるという。この課題はキーイングも同様だが、最終的なSDR変換を見越して、細かくガンマを絞っての確認作業を行なっているそうだ。
パリで撮影した背景と、日本のスタジオで撮影した人物の合成において最も難しかったのが照明合わせであった。カメラの情報などがあれば画角合わせやトラッキング作業は迷わずに行えるが、照明を合わせるのは非常に手間暇がかかるという。特に屋外のシーンは人物も自然光で撮りたいところだが、天候が安定しないことや役者陣のスケジュールなどとの兼ね合いから、屋内のスタジオで撮影するほかなかったため、合成の難易度が自ずと高くなってしまった。パリにおける背景の撮影時には、畠井氏がグレーボールやカラーチャート等の各種リファレンスを撮ってくれたため、時間さえあれば照明も合わせることは可能だが、毎週放送される大河ドラマの制作では、手早く作業を仕上げる必要に迫られるケースも多々あるため、限られたスケジュールの下、より良い画づくりを実践するためには今後のさらなる改善が必要だという。パリ編コンポジットチーフの中村明博氏は、「照明が全てで、ライティングさえ合っていれば気持ち良く上手くいきます。逆にライティングが合っていないと、どんなにアイデアを入れてもリアルな表現の限界があります」と、ふり返った。また、本作における新たな試みのひとつに、美術部が建てたスタジオセットをiPhone 12 ProのLiDARで3Dスキャンし、CGのカメラ合わせに使用したことが挙げられる。今までは専用の機材が必須だった3Dスキャニングを、iPhoneで代用できたことで、効率化につながったそうだ。さらに撮影時はGoProを使って常にスタジオ全体を撮っておくことで、実写プレートがグリーンバックだけで環境がわかりづらいときは、その映像をガイドに役者やカメラの位置合わせを行なっているそうだ。
凱旋門の設計と3DCG制作
現実に存在しているもののため、形や質感のイメージを損なわないよう、当時の凱旋門の写真や資料も参考にして制作した
▲Substance Painterによるマテリアルと質感の制作。【左】屋上と【右】外側のレリーフ
コンポジット
コンポジットにはディープコンポジティングも活用。pgBokehで美しい被写界深度を適用した
▲pgBokehを使用したノードツリー。Deepとカメラデータがある場合は正確なボケがシミュレーションできる
▲Deepの凱旋門屋上に汎用の実写素材をCardで配置した
ブレイクダウン
クレーンアップカットの実写とCGの合成
▲Maya上でスタジオセットとCGの手すりの位置をマッチさせる作業。完全に合わせるのに苦労したという
▲視差をリアルに表現するため、背景のマットペイントはNuke上で3Dオブジェクトにパースマップ。各建物から立ち昇る煙突の煙なども3D空間で配置した。カメラ下にあるオブジェクトは凱旋門屋上の手すり付近
ブレイクダウン
▲一連のコンポジット処理が施された完成形