リアルなパフォーマンスをそのまま3Dデータ化。4DViewsの特性を活かした、即興的な演出が随所に込められたカオスCGアニメーション。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 260(2020年04月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©chelmico
chelmico『Easy Breezy』MV
Director:Jun Tamukai(CONNECTION)
Production:P.I.C.S.
Producer:Mao Suzuki(P.I.C.S.)/Production Manager:Masakuni Tsujimoto(P.I.C.S.)/Director of Photography:Masatoshi Toyono(SPICE)/Lighting Director:Tomoyuki Ikeda/Camera Assistant:Shinnnosuke Mizuno(SPICE)/Lighting Assistant:Takashi Kobayashi/Stylist:Mie Minagawa/Hair & Make-up artist:Nozomi Kawamura/4DViews Unit:Tadayuki Suzuki(CRESCENT)、Takayuki Ochiai(CRESCENT)、Fumiaki Kudo(CRESCENT)
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chelmico.com
進化した4DViewsの性能を全面に活かしたカオスなMV
今回紹介するのは、ラップユニットchelmicoの2020年、第1弾デジタルシングル『Easy Breezy』MV。現在放送中のTVシリーズ『映像研には手を出すな!』(NHK総合)のオープニングテーマソングのため、聴いたことがある読者も多いにちがいない。数々の漫画アワードを獲得した原作を、鬼才・湯浅政明が監督する(アニメーション制作はサイエンスSARU)アニメに負けず劣らずビジュアルインパクト大の本MV。監督を務めたのは、3DCGを織り交ぜたグラフィカルで洗練された作風が確固たる個性を放つ田向 潤氏(CONNECTION)だ。
左から、プロデューサー・鈴木麻雄氏(P.I.C.S.)、監督・田向 潤氏(CONNECTION)、4DViewsユニットリーダー・鈴木理之氏(クレッセント)
www.pics.tokyo cnct.work www.crescentinc.co.jp
企画の経緯について田向監督は次のように語る。「chelmicoが所属するワーナーミュージック・ジャパンのA&R(Artists & Repertoire)さんと以前からの知り合いだったことから、昨年11月頃に直接相談をいただきました。すでに『映像研には手を出すな!』とのタイアップが決まっていたので、そちらのイメージも踏まえつつ、『グチャグチャにいろんなことが起こったり、人が増殖する合成ものがやりたい!』というchelmico2人の希望をどうやって表現するのか考えていきました。そこで思いついたのが、以前に利用したことのある4DViewsを使うことです。chelmicoのパフォーマンスをビジュアルと動きの双方から3D化することで、空間的にグチャグチャなビジュアルになって面白いのではないかと」。企画が正式にGOとなったタイミングで田向監督は、P.I.C.S.の鈴木麻雄プロデューサーに協力を仰いだ。その後、12月1日に実写撮影と4DViewsスキャンを実施。最終納品は年明け1月中旬だったそうだが、CG・VFXをはじめとするポストプロダクションは、田向監督自身が一手に引き受けた(そのマルチな才能に驚かされる)。田向監督は、きゃりーぱみゅぱみゅ『きらきらキラー』MV(2015)制作にも4DViewsを利用したが、当時は前バージョンで、スキャンできるテクスチャの画質との兼ね合いからヒキ画や素早い動きのカットに限定しての利用だったという。しかし今回は、4DViewsが2018年4月にバージョンアップしたことで、取得できる画質が大幅に向上したことから、全編にわたって4DViewsのスキャンデータが用いられた。
01 実写撮影&4DViewsスキャニング
1日で終えることができた実写撮影&4DViewsスキャン
実写合成パートとコミック調のフルCGパートに大別できる本作。先述のとおり、実写パートの背景となるハウススタジオでの撮影と、4DViewsのスキャンは、12月1日に続けて実施された。同日の午前中に行われた実写撮影は、Blackmagic Pocket Cinema CameraをDJI Ronin(手持ち3軸カメラジンバル)に搭載して行われた。3つの部屋から成るハウススタジオ内をトラベリングショットで撮影されたが、CG合成を考慮してパンフォーカスかつシャッタースピードを上げて、できるだけブレゴマが出ないようにすることを心がけたそうだ。念のため、Theta Sで3部屋の360度写真も撮影されたが、完全なフォトリアルではなく、グラフィカルなCGのためHDRIは作成せず、反射用の素材として利用する程度だったという。
4DViewsは、仏4D View Solutionが開発・製造するボリューメトリック・ビデオ・キャプチャシステムである。国内正規販売代理店であるクレッセントの鈴木理之氏は次のように説明してくれた。「4DViewsは、2018年4月にリリースされた第3世代を機に『HOLOSYS』へと改められました。従来までのシルエットベースの三次元化アルゴリズムから、最新のカラー特徴点ベースのアルゴリズムに改良されたことによって顔の凹凸の再現や、色の再現性、衣服のシワなどのリアルな表現が可能になりました。キャプチャエリア内のテクスチャを完全同期された32台の専用カメラから素早く取得し、メッシュ構造とそれに最適化されたテクスチャとしてオフライン出力することができます。最近はVRブームも相まって、様々なコンテンツに利用していただいています」。グリーンバックでスキャンするため、衣装や小物は緑色を避ける必要があり、ネックレス等の細い物体は認識が難しいといった注意点はあるが、高精細な3Dデータを手軽かつ素早く取得できるメリットは大きい。今回のスキャンは、chelmicoのRachelとMamikoをひとりずつ順番に行われたが、それぞれ4テイクずつ、約3時間で終えることができたそうだ。収録されたデータは、Alembic形式の3DデータとPNG連番のテクスチャデータとして提供される。テクスチャサイズは、最初は1,440×1,440だったが、複数人数ショット向けのものが追加で提供されたという。「4DViewsの3Dデータは数フレームごとにトポロジーが変わる仕様なので、基本的にはAlembicデータをそのまま使いました。高解像度なのでさすがにビューポートでグリグリ動かせるわけではありませんが、ストレスなく作業を行うことができました」(田向監督)。
プリプロ段階で田向監督が試作したビジュアルイメージ。壁に立っていたり、増殖するといったエフェクトを加えることでアーティストの「ごちゃごちゃ感」というアイデアを立体的に描くという方向で進められた
クレッセントの4DViews収録スタジオ。直径3mの円形のエリアであり、高さは中心部で2.4m、エリア端では2.3m。VICONによる光学式モーションキャプチャを併用することでスポーツなど、速い動きや長細い小道具を用いた表現にも対応できる
アーティスト・Rachelのスキャンデータ
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テクスチャ素材。2018年4月リリースの現行世代「HOLOSYS」で実装されたフィルタリング機能により、4~5フレーム単位で図のようなテクスチャが生成される(過去バージョンでは毎フレーム生成されていた)
アーティスト・Mamikoのスキャンデータ
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テクスチャ素材
[[SplitPage]]02 ショットワーク~実写合成パート~
素材の良さを活かした画づくりを実践
今回は、あえて絵コンテやビデオコンテで詳細を詰めずに、自由に演じてもらったchelmico2人のパフォーマンスのスキャンデータを確認しながら、CG・VFX本制作を進める中でビジュアルを創り上げていったという。「ポストプロダクションは1ヶ月半ほどの期間がありましたが、3DCG、コンポジット、カラコレなど全ての作業を自分ひとりで行いました。年末年始は、朝起きてから食事入浴などの時間以外は寝るまで作業していましたね(笑)」(田向監督)。頭から順番に4DViewsのスキャンデータを見ながら、どんな風にCGで加工するのが面白いかを考えつつ、まずは全尺を埋めてから気になるところを随時ブラッシュアップしていくという要領で作業を進めたそうだ。「クリスマス前に1サビまでラフにまとめた状態でchelmicoさんにチェックしてもらいました。空間に浮かぶモーショングラフィックスはほぼない状態でしたが、それでもすごく気に入ってもらうことができました」と、鈴木麻雄プロデューサー。早い段階でアーティスト側の信頼を得られたことで、田向監督は画づくりに専念できたという。
使用したDCCツールは、3DCGワークはCinema 4D(以下、C4D)、コンポジットワークはAfter Effects(以下、AE)、カラコレにはPremiere Proが用いられた。「トラッキングはC4D標準のモーショントラッカーを使ったのですが、速いパンには上手くトラッキングできなかったので、そうした箇所は手付けで調整しました。実写は長回しで撮影していたので、フルCGパートに切り替わるタイミングでシーンファイルを分けてCG作業を進めました」(田向監督)。単身で作業を完結させる上では、モデルについては市販モデルをベースに加工したり、Xpressoによる自動化も活用。「グチャグチャという、カオスなビジュアルにするためにchelmicoを増殖させたり、空間に歌詞や『映像研には手を出すな!』からインスピレーションを得たオブジェクトを数多くレイアウトしていきました。ただ、闇雲に乗せてしまうとまとまりのない画になってしまうので、最初の段階で使用する色や質感を5種類くらいにまとめて統一感をもたせるようにしました」(田向監督)。
都内のハウススタジオで撮影された実写プレート
C4Dのモーショントラッカーを使用して、実写プレートからカメラの動きを解析した例。特徴点がトラックポイントとして配置され、おおまかな部屋の形状も把握することができる
CG・VFX作業を進めるのに先立ち、簡単なプリミティブオブジェクトを並べてマテリアルの相性を検証。基本となる色遣いや質感が詰められた
アーティストの増殖や幾何学的に配置される表現ではMoGraphが活用された。図はMoGraphのクローナーでグリッド配列したRachel。X方向とZ方向に4体ずつ、計16体に複製されている
ライティング作業の例。ディフューズした照明2灯、スタジオのシーリングライト、ステンドグラス越しの外光をそれぞれC4Dのライトオブジェクトで再現。影をレンダリングするための部屋モデルはあえてエッジを丸めている
実写合成パートのブレイクダウン例
一連のコンポジットワークが施された完成形
[[SplitPage]]03 ショットワーク~コミック調パート~
CG・VFXワークも即興的なアイデアを活かす
サビのパートは、1サビは宇宙船、2サビはマンタに乗ったchelmicoが自由に飛び回るというフルCGアニメーションで描かれる。アニメ『映像研には手を出すな!』とのタイアップ曲ということで、Sketch and Toonを駆使してトゥーン調のルックに仕上げられた。「3次元的にトゥーンのラインがはみ出るようにオーバーシュート機能を使ったり、Photoshopで作成した2Dエフェクトアニメーションを加えたりと、漫画やアニメというキーワードから浮かんだアイデアを加えていきました。宇宙船については、制作中に『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』が公開されたことから思いつきました(笑)」(田向監督)。レンダリングはC4Dの標準レンダラを使用。作業用のMac Proでレンダリングも行なったそうだが、実写パートよりもフルCGパートの方がレンダリングが重かったとのこと。
アーティストの増殖や伸び縮みなどのギミックには主にMoGraphを使用。4DViewsスキャン時はRachelもMamikoも自由に動き回っていたため、実写合成パートではスタジオの壁や床にめり込んでしまうことがあったそうだが、逆にそれが面白いとあえてそのままの状態で画づくりすることも多かったとのこと。楽曲とシンクロしたモーショングラフィックスも随所に登場するが、それらも基本的にはC4DのXpressoで作成。AEによるコンポジットワークは、色味合わせ、影の調整、実写素材のマスク切り、実写パートとフルCGパートの乗り替わり部分のワイプやエフェクト処理が中心だったそうだ。
最後に田向監督がプロジェクトを総括してくれた。「YouTubeで公開されると、たくさんの反響をいただきました。スタッフクレジットが明記されていることもあり、同業の方からは4DViewsに関する質問が多かったですね。今回は4DViewsの良いところを上手く引き出せたかなと思っています。非常に汎用性が高い技術だと思うので今後もいろいろと利用していきたいですね。個人的には、バストアップだけでもさらに高解像度のデータが取得できるようになると面白そうです」。
chelmicoが乗る宇宙船3DCGモデル。田向監督がイチからモデリングしたものだ
Sketch and Toonによるコミック調ルック
マテリアル設定。太さにノイズを入れたり、複製したストロークにランダムさを加えて手描きのスケッチのような線を表現
Xpressoによる自動制御の例
筆の軌跡のようなエフェクトの自動化。オブジェクトの移動の軌跡をスイープし、飛沫のようなパーティクルを追加
曲のリズムに合わせて動くパターンの自動化。パターンを構成する素材をクローナーに入れ、曲のBPM186=周波数3.1を時間に乗算、整数のみ出力する設定にしてクローナーとランダムエフェクタのシードに入力。ディレイをかけて動きの余韻を出している
コミック調パートのブレイクダウン例