VFX制作に"魔法"は使えない。手間暇を惜しまずに正攻法で、確かな成果を上げられる手法を駆使することで大ヒット作に華を添えたVFXワークを探る。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 243(2018年11月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
©空知英秋/集英社 ©2018 映画「銀魂2」製作委員会
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映画『銀魂2 掟は破るためにこそある』
脚本/監督:福田雄一
原作:「銀魂」空知英秋(集英社「週刊少年ジャンプ」連載)
製作:映画「銀魂2」製作委員会
制作プロダクション:プラスディー
VFX制作:Spade&Co.、白組、ModelingCafe、AnimationCafe、イマジナリーパワー、tumiki、アニマ、GIFT、金魚事務所ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
gintama-film.com
"急がば回れ"を徹底することで大ボリュームとハイクオリティを両立
2017年度に公開された日本の実写映画では最多となる興業収入(38.4億円)を達成した大ヒット作『銀魂』の続編、『銀魂2 掟は破るためにそこにある』(以下、銀魂2)。本作のリードVFXスタジオを務めたのが、Spade&Co.(スペード・アンド・カンパニー)だ。前作にも参加していたが、今回はリードVFXスタジオとして、国内外10社以上の外部パートナーと連携しながら約800ものVFXショットを高いクオリティにまとめ上げたという。
<前列>左から、富永 稔コンポジター、森本匡祐コンポジター、白石哲也VFXディレクター、木川裕太CGディレクター、賀山 淳デジタルアーティスト/<後列>左から、渡邊祐示VFXスーパーバイザー補、小林雅典デジタルアーティスト、杉本 篤コンポジター、越智 瞳マットペインター、上田春寧コンポジター、芝 那々子コンポジター。以上、Spade&Co.
www.spade-co.jp
Spade&Co.は、『るろうに剣心』シリーズ(2012、2014)のVFXスーパバイザーを務めた小坂一順氏が、VFXディレクターの白石哲也氏、CGディレクターの木川裕太氏に声をかけ、3人で創業。2014年9月16日設立の新興スタジオである。撮影現場の立ち会いからポストプロダクションまでトータルでVFXワークをプロデュースできることを強みとしているが、特筆すべきは全体の8割以上を映画VFXで占めていることだ。「映画案件はCM等に比べると1作品あたりの期間も長く、物量も多くなりますが、常に3~4作品を同時並行で手がけられる体制を構築することで、手がけた案件の大半で採算割れを起こすことなく活動を継続することができています」と、白石氏。『銀魂2』のオファーが舞い込んだのは、昨年10月。ゆるやかにプリプロがスタートした後、今年2月にクランクイン、4月中旬にクランクアップ。そして5月頭にオフライン編集がアップされてからポストプロダクションが本格的にスタート。ポスプロ期間は約2ヶ月だったが、『銀魂』シリーズの監督を務める福田雄一氏の作風は、役者たちのアドリブを積極的に採用するなど、ノリを重視した即興性あふれる演出スタイルのため、ピクチャーロックが存在せず、ポスプロ工程に入ってからもカット割りや尺の変更が続いたという。「6月に実施されたリクルーテッド試写のアンケート結果を受けて、VFXが介在するシーンの追加撮影も行われました。荒野シーンや江戸城におけるバトルシーンなど、VFXヘビーなプロジェクトになることが当初からわかっていたので、事前にヒューマンエラーをできるだけなくすためのプリセットの作成やワークフローの構築に力を注ぐようにしたことが功を奏したと思います」(白石氏)。
01 ワークフロー
リードVFXスタジオとしての役割に注力する
『銀魂2』のVFXショット総数は、約800。そのうちの約300ショットに3DCGが介在するという、日本映画としてはかなりVFXヘビーだ。内訳としては、激しいカーアクションがくり広げられる荒野シーン、走行する列車の窓抜け合成、江戸城シーン、その他で各々200ショットだという。Spade&Co.は、デジタルアーティスト4名、コンポジター8名、プロデューサー&制作進行4名の16名体制。リードVFXスタジオとして、全体を統括し、荒野シーンのショットワークを担当した白組、列車やエンバイロンメント等のアセットを手がけたModelingCafe、車輌関係のアセット制作とショットワークを担当したtsumiki、列車内の剣戟シーンのコンポジットを担当したGIFT、ラストバトルのショットワークを担当したイマジナリーパワーなど、実写VFXに定評のある名うてのプロダクションが協力。最終的に外部パートナーは12社に達したという。
クライマックスの舞台となる江戸城シーンについては、背景は3D主体、実写撮影はグリーンバック撮影で行うことが初期から決まっていたというが、いわゆるプリビズを作成するのではなく、美術部が作成したセット図面やSketchUpで作成した簡易3Dモデルを共有してもらい、それらを基にMayaで作成したシーン上にトラッキング用のマーカーを配置することで実写と3DCGの整合性を保つようにしたという。「VFXが介在するシーンについては、基本的に絵コンテを描いていただけました。実写撮影も絵コンテのカット割りや演出に沿ったかたちで行われたので、特にプリビズを作成する必要がありませんでした。そうした面ではとても助かりました」と、木川氏はふり返る。ただし、ショット数は多かったため、いかに効率良く実作業を進めることができるのか、そのための技法やワークフローの策定に力を注いだという。
全体の作業タスクやショットの進捗管理については、NUKE StudioとAsanaを併用しながら管理。江戸城シーン等のCG背景コンプの大量生産が必要なシーンでは、白石氏の方でキーショットを作成し、ベーススクリプトを各スタッフに配り、分業していたという。「作業量が多く、正直スタートしたときはこれ終わるの? って思っていましたが、スタッフが本当に効率良く、スピーディーに進めてくれて助かりました。会社の規模的にShotgunを使うほどでもないが、しっかりとタスク管理が行えるツールを探していて、Asanaというプロジェクト管理アプリケーションを発見したんです。これが実に使いやすくて。協力会社さんにもAsanaに登録していただき、進行状況の確認、チェックや情報共有、全てAsana上でわかりやすく管理することができました。相当な効率化を図れたと思います」(白石氏)。
絵コンテの例。本文で述べたとおり、VFXが介在するシーンについては絵コンテが描かれており、実写撮影も絵コンテで決めた演出プランに沿って進められた
実写撮影時に収集したリファレンス&素材の例
背景がフルCGで構築される江戸城シーンのスタジオ撮影における現場スナップ。トラッキング用のターゲットは、事前にCG上でシミュレーションした位置に配置されている
荒野シーンのロケーション撮影における鬼兵隊の車輌リファレンス
列車の窓外合成用の背景素材のフッテージ。「列車内のアクションシーンにおける激しいカメラワークに対応する上では安定した動きで前進しながら360度撮影する必要があったため、ドローンによる空撮を実施しました」(木川氏)
今年から導入したというプロジェクト管理ツールAsanaのUI (プロジェクトページ)。左側に、各ショットのリストが並び、ショットごとに担当者がアサインされている。また、タグ付け機能を使い、ショットに関わっている外部パートナー等を判別やすいようにカスタマイズ。右側の欄は、各ショットのプロパティが表示され、チェックの履歴や、CGチームとの素材のやりとりがアーティスト単位で行われる
NUKE Studioによるシークエンス全体の管理例。レイヤーごとに、チェック用QTレイヤー、納品DPXレイヤー等、1シークエンス内で素材、チェック、納品まで一括して管理されている。「図ではレイヤー数は削られてしまっていますが、本番DPX納品では、出力した日付でレイヤー分けし、納品の日時や、未納品カットの確認まで行えるようににしていました」(白石氏)。基本的には、白石氏が各ショットのプロジェクトを出力し、各コンポジターが割り振られたショットの作業・完成出力を行なっている。ディレクターが設定したパス・命名規則に従って作業が行われるため、各ショットのチェック用素材はシークエンス上で自動的に更新されるようになっている
[[SplitPage]]02 荒野シーン
地道な作業の積み重ねによって確かな成果を導き出す
カーアクションに関わる各種CG・VFX処理や列車まわりの窓抜け合成をはじめ、最も作業量が多くなったのが荒野シーンである。マッチムーブにはPFTrackを使用。360度カメラが回転するショットへの対応なども求められたが、特別な解決策があるわけではないため、基本的には正攻法で地道にマスク処理とトラッキング作業に取り組んでいたという。ただし、映画VFX案件を主業務とするSpade&Co.では大量のショットワークを、一定のクオリティを保ちながら量産するためのノウハウを相応に有しているという。例えば、全体通して背景が非常に広範囲なシーンであれば、中間から奥の背景に関しては、カメラの動きによるパララックスがほとんどないため連番では出力せず、各シーンごとに20KのパノラマレンダリングをしてNUKE上で簡易オブジェクトにカメラマッピングすることで対応するといった具合だ。手前のしっかり見える所に関しては、プレーンの地面に対してディスプレイスメントマップなどで細かい凹凸を加え、さらにMASHで小石、草などを配置し、レンダリング。当初は列車の窓外風景もCGで作成する案もあったそうだが、制作期間とのバランスを考え、実写素材をVFXで加工することになった。一定の速度で前進し続けるという列車の走行特性に合わせるべくドローンによる360度空撮を実施。「通り過ぎていく背景とはいえ、近代物が映り込むことが多々あったので、それらのバレ消し作業にも時間を費やしました(苦笑)」(白石氏)。メインツールについてはMayaとNUKE、特にレンダラについてはV-Rayで統一しているが(白組のみCGのメインツールに3ds Maxを使用)、エフェクトツールについては、外部パートナー各社が精通しているものを自由に選んでもらったという。社内ではPhoenixFDを、アニマの鉄橋爆破シーンはHoudiniを使用。
「事前の計画立てが機能して、短い期間でも大量のショットワークに対応することができました。実作業については、ひとえに当社メンバーと外部パートナーの皆さんががんばってくれたおかげです。近年、今作のように短い制作期間の中で物量の多いCGが必要とされることが増えているので今後は新しいツールも積極的に導入していき、より効率化を図っていきたいです。特に大量のアセットを配置する背景制作において、インスタンス機能が強力なClarisse iFXなどは今後使っていきたいツールのひとつですね」(木川氏)。
鬼兵隊の車輌アセット例
M1025型ハンヴィー
トラック。「鬼兵隊の車輌については、約10車種の候補からCG的に作りやすいもの4車種を選び、tsumikiさんに制作していただきました」(白石氏)。スケジュールを考慮し、市販モデルをリファインすることで、着実にハイクオリティに仕上げられた
江戸幕府のパトカーは実在しないデザインのため、加工を施した実車のフォトグラメトリーで生成したメッシュをガイドに作成
フォトグラメトリー用のマーカーを貼った実車。識別しづらい模様やボディカラーのため、マーカーが貼られた
銀時たちが奪取するパトカーの壊れモデル
背景をフル3DCGで作成した荒野シーンのショット例(Mayaシーンのプレビューとレンダリングイメージ)。「カメラが360度回転するショットのため、どのアングルでも破綻しないように作成しています。カットごとに手法は変えていますが、このショットではプレーンの地面に対してディスプレイスメントマップなどで細かい凹凸を加え、MASHでさらに小石、草などを配置しました」(木川氏)。抜けの山についてはマットペイントで対応している
荒野シーンのショットワークをリードした白組向けに作成した、各ショットにおける列車ならびにクルマの相関を図示した資料より。これらをガイドに、ショットごとに良い見映えになるよう画づくりが進められた
列車内の構造や進行方向を示した参考画像。「向いている方向によって、ガラスの見え方の変化や抜けてくる背景の見え方を考える必要があるため、常に進行方向を意識して作業するようにしていました」(白石氏)
荒野シーンに登場する、銀時が運転するパトカーがドリフトする様を俯瞰で捉えたショットのブレイクダウン
[[SplitPage]]
03 江戸城シーン
自由なカメラワークに対応するフル3D化された背景
江戸城シーンのエンバイロンメント制作は3月から本格的にスタートしたという。クライマックスの決戦舞台となる天守閣の裏側に配置された回廊シーンでは、美術部からデザイン画を提供してもらいそれを参考に作成。「作業時間は限られた一方で、大量生産だったので、ベースは市販のモデルを購入し、それをブラッシュアップして作成しました。細かいデザインはCG班に一任していただけました。こちらからの提案も採用していただけたりと非常にやりがいがありました」(木川氏)。江戸城シーンは、近未来の建物と城との融合ということでその境目を自然に、さらにリアルなセットとも綺麗に繋げないと駄目なので苦労があったようだ。「セットエクステンションカットでのマッチムーブにはとても気を遣いました。また、アクションシーンではカメラが自由に動くため3D空間を完全に360°対応できるように作成しています。見えないところは2D処理 を併用するなど簡略化するのがセオリーですが、今回は後工程で作り直すといった二度手間が発生しないよう、見えない箇所にも必要に応じてアセットやライトを配置するようにもしていました」(木川氏)。
コンポジットワークは、撮影した人物プレートに合わせるというよりは、ビルのガラスに反射するハイライトや、回廊の中のコントラストを強めにつけたり、眩しさが強調されるように心がけていたという。江戸城シーンのレンダリングは1フレーム約1~2時間ほど。それが200ショットほどあったが、社内のサーバー10台でなんとか対応できたという。「基本的には、3DCGの段階でそこそこリアルな見映えになるように一発レンダリングで仕上げることを心がけました。先ほどもお話したとおり、コンポジット工程ではフォグやグロー処理を足す程度に止めて、3DCG要素については誰が担当しても一定のクオリティを保てるワークフローを構築しています」(木川氏)。
日本映画としてはトップクラスのVFX大作に挑み、見事、リードVFXスタジオとしての役目を完遂したSpade&Co.。最後に、代表取締役の小坂氏が今後の展望を率直に語ってくれた。「今後どうしていこうといった事業方針的なものは、あまり具体的には決めないようにしています。例えば、来期に人員を2倍にするといった目標をたててしまうと、それがノルマとなって、本来のVFX制作が束縛されてしまう気がするので......。個人として海外で活躍する日本人アーティストは増えていますが、プロダクションという組織として海外の案件、特に映画プロジェクトに携われると面白いかなと思っています」。
美術部が作成したイメージボード
美術部が作成した撮影セット参考用のSketchUpモデル。「このデータを提供していただけたので、撮影セットに対してかなり正確なCGセットを作成することができました」(木川氏)
【上画像:SketchUpモデル】をMayaに読み込み、トラッキング用マーカーの配置を確認。時間的な制約からカットバイでターゲットを貼ることが困難だったため、どのショットでも最低限のポイントが映るように実際に使用するカメラ、レンズによる簡易的なプリビズが作成された
初期にテストしたレンダリングイメージ。「各シーンごとに見えてくる箇所が異なるため、数地点から360度レンダリングを行いデザインや密度感などを詰めていきました」(木川氏)
完成した背景セット(メッシュ表示)。特にクライマックスのバトルシーンではカメラワークが激しくなることが決まっていたため、細かなディテールよりも全体の密度感を重視して構築したという
遠景、中景用のパノラマ素材
【上画像:遠景、中景用のパノラマ素材】をNUKE上でカメラマップした例。「中景以降に対してはカメラワークによるパララックスがほとんど生じないため、連番ではレンダリングせずに各シーンごとに20Kサイズでパノラマレンダリングしました。それらをNUKEに読み込み、簡易オブジェクトに対してカメラマップすることで対応しました」(木川氏)
ショットワークを担当する外部パートナー向けに提供したマスターショットのMayaシーンファイル。マスターデータ内でレンダーレイヤーやAOVの設定を行い、それをリファレンスで読み込むかたちで用いられた。ライティングについても担当者によってバラツキが生じないようにSpade&Co.側で各シーン用のライティングデータを作成している。「回廊(撮影セット)部分のモデルに合わせてマッチムーブしたカメラを配置してい るので、背景データを読み込むだけで必要なアングルにピッタリと合うようになっています。ショット数が膨大だったので、各ショットごとの個別の調整や設定が極力不要となるセットアップを心がけました」(木川氏)
各種プリセットを用意することで作業効率が高められた
PFTrackのディストーションプリセット作成画面。PFTrackではXML形式で各レンズのディストーションプリセットを作成できるため、事前に撮影したディストーションチャートを基にプリセット化している
NUKE上でレンズディストーションを戻すためのGizmo。ショットごとにレンズのミリ数、収録サイズなどを選択すると、それに合ったディストーションが適用されるしくみ
クライマックスに描かれる江戸城バトルシーンのブレイクダウン例
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全体的なカラーコレクション&空気感の素材を合成
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一連のコンポジットワークを施した完成形(グレーディング処理前)。「ラストバトルの舞台は、天守閣の裏に構築された屋外の回廊という設定だったのでスタジオセットで撮影した人物素材(実写プレート)に合わせるというよりは、光量の弱さが出ないように屋外特有の眩しさが強調されるようなコンポジットを心がけました」(白石氏)。フルCGの建物が続く中でも、ビルのガラスに反射するハイライトや、撮影セットをエクステンションした白い回廊内でもコントラストが強めに出るように明暗を強調するという画づくりが施された