2019年7月5日(金)に公開された、映画『Diner ダイナー』。本作では、最新テクノロジーを積極的に採り入れることでフォトリアルと様式美、そして即興的なアイデアを融合させた斬新なビジュアルが誕生した。リードVFXスタジオを務めた、エヌ・デザインをはじめとする中核スタッフにそのこだわりを聞いた。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 253(2019年9月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©2019「Diner ダイナー」製作委員会
映画『Diner ダイナー』
原作:平山夢明『ダイナー』(ポプラ社「ポプラ文庫」)/脚本:後藤ひろひと、杉山嘉一、蜷川実花/監督:蜷川実花/撮影:相馬大輔/プロダクションデザイナー:enzo/食堂の装飾美術:横尾忠則/照明:佐藤浩太/編集:森下博昭/アクション監督:川澄朋章/VFXスーパーバイザー:野﨑宏二/リードVFXスタジオ:エヌ・デザイン/企画・製作幹事:日本テレビ放送網/制作プロダクション:シネバザール/配給:ワーナー・ブラザース映画
diner-movie.jp
日本を代表するVFXスタジオ、エヌ・デザインの新たな幕開け
第28回「日本冒険小説協会」大賞と第13回「大藪春彦賞」を受賞した平山夢明氏の長編ノワール小説「ダイナー」。プロの殺し屋が集う会員制ダイナーを舞台に殺し屋たちが殺し合いをくり広げるという奇抜な設定、そして過激な描写が多いことから"映像化不可能"と言われてきた本作を実写映画化したのが『Diner ダイナー』(以下、ダイナー)である。鮮やかな色彩とこだわりぬかれた映像美に定評ある蜷川実花監督が、初の男性主人公、初のアクションシーン、初のサスペンスに挑んだ意欲作だが、実写映像化にあたっては主人公ボンベロ(藤原竜也)の相棒であり、躊躇なく人を殺すタフなブルドッグ「菊千代」をフルCGで描くなど、VFXも重要な役回りを担っている。
〈前列〉左から、山本智彬アニメーター、常 平PM、向後 憲モデラー、基 荘一郎ライティングリード、藤原源人VFX Dir.(NEWPOT PICTURES)、野﨑宏二VFX SV/〈後列〉左から、原田 誠ライティングアーティスト、是松尚貴3DスキャンSV(CGSLAB)、阪上和也アニメーター、与那嶺 まこエフェクトアーティスト、川瀬基之VFXエディター、柴 亜佳里コンポジットDir.、寶村雅彦リギングアーティスト、藻垣香子コンポジター、稲垣充育コンポジター
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そんな『ダイナー』のリードVFXスタジオを務めたのは、エヌ・デザイン。2001年創立後、映画『CASSHERN』(2004)をはじめとする紀里谷和明監督作品や、『本格科学冒険映画 20世紀少年』3部作(2008〜2009)に代表される堤 幸彦監督作品など、実写映画を中心に多くのCG・VFXを手がけてきた。
本作では、エヌ・デザイン代表取締役の野﨑宏二氏が、3年ぶりにVFXスーパーバイザーを務め、菊千代、そして全身整形を施し見た目は幼い子供の殺し屋キッド(本郷奏多)という難しい表現を、Image EngineでVFX/CGスーパーバイザーとして活躍する清水雄太氏たちの協力を得ながら見事に描き出している。全編フルCGの菊千代、そしてキッドのデジタルヒューマン制作では、ハリウッドでスタンダードになっている手法、技術を用いつつ英Esper Designが開発したフェイス3Dスキャニングシステム"LightCage"をクレッセントの協力の下、導入するなど、ツール面でも新たな試みが実践された。「菊千代については脚本の段階から本物の犬に演技をさせるのは非現実的であり、CGが必須だろうということで、2018年2月頃に相談をいただきました。菊千代とキッドのデジタルヒューマンが大きなチャレンジとなりましたが、自分たちにとっても実りの多い特別な作品になりました」(野﨑氏)。菊千代、キッドのデジタルヒューマン、いずれも命が宿ったキャラクターに仕上がっている、ぜひ劇場で確かめてもらいたい。
<1>プリプロ&撮影現場での対応
実績のある確かな手法でフォトリアルに真っ向勝負
VFXのボリュームとしては全体で約550ショット。そのうち3DCGが介在するものは200弱だったという。VFXプロダクション編成は、リードVFXスタジオのエヌ・デザイン、エヌ・デザインのグループ企業でありフィリピンに拠点をかまえるDawnPurpleに加え、神央薬品、アンダーグラフなどが参加。撮影は、2018年4月24日から6月19日までの約1ヶ月半にわたり行われた。大半のシーンがダイナーという閉ざされた空間でくり広げられるため、その撮影も東宝スタジオに建てられたダイナーのセットで行われた。そこで、レーザースキャナFAROによるセットのリアリティキャプチャを実施、撮影の合間にはIBL用HDRI、銀玉、カラーチャート、環境光(青い光)を各シーンはもちろんのこと、大半はカットごとに撮影、データの収集を行なったという。カメラ/オブジェクトのトラッキングについてはセット内にターゲットにしやすい小道具が数多く配置されていたことから専用のマーカーを置く必要はなかったそうだ。
先述のとおり、フォトリアルな菊千代、キッドのデジタルヒューマンを制作するにあたっては、清水氏を中心とするバンクーバーを拠点にハリウッド映画のVFXを手がけるアーティストたちが参加した。なお清水氏は、Image Engine での活動と並行してフリーランスのアーティストたちとMini Engineと名付けたチームを結成したそうで、本プロジェクトにはMini Engineとして参加した。「バンクーバーで野﨑さんたちにお会いしたことをきっかけに交流をさせていただいているのですが、今回は映画『LOGAN/ローガン』(2017)(※Image Engineが手がけたウルヴァリンのデジタルヒューマンが話題をあつめた。清水氏はCGスーパーバイザーとして参加)のようなデジタルダブルをつくりたいということでお話をいただきました。ツールやレンダラの選定についてアドバイスさせていただくことからはじめて、最終的に菊千代についてはいくつかのショットも担当させていただきました」(清水氏)。菊千代の制作では、Mr. Xでキャラクター/クリーチャーアーティストとして活躍する渡嘉敷拓馬氏がコンセプトアートから本番モデルの制作まで一手に引き受けた。
「まずはコンセプトモデルとして、標準、太め、筋肉質など数バリエーションを作成し、監督にチェックしていただきました。結果的に、標準的なプロポーションが選ばれたので、シワの入り方、目の近くの毛並みに歌舞伎の隈取のニュアンスを若干加えることで、個性を出すことを心がけました」と、渡嘉敷氏。当初は、実写の中に違和感なく存在させる案としてブルドック以外の犬種やあえてカートゥーン調に仕上げることも検討されたが、VFXチームとしては逃げずに真っ向勝負。そして、素晴らしい菊千代が誕生したことは本記事のメインカットの通りだ。
菊千代コンセプトモデル
3DレーザースキャナFAROによるセットのリアリティキャプチャ例
ホール(メッシュ表示)
ホール(カラー表示)
【ホール(カラー表示)】に貼られているテクスチャ例。いずれも8Kサイズ
3Dスキャンデータに合わせてMayaでリトポしたホールの背景セット。こうしたデータが、トラッキングやショットのライティングに利用されている
LightCageによる3Dフェイススキャニング
LightCageによるキッドを演じた本郷さんの3Dフェイススキャニングの様子。LightCageは1テイクで47アングルのカメラから複数枚の画像を撮影できる。本作では、(1)無表情の顔(2〜3テイク)、(2)表情パターン。ブレンドシェイプ作成用の「あ」「い」「う」「え」「お」と劇中に登場する極端な表情を数バリエーション撮影された
LightCageから取得した生データのコンタクトシートより。図は、菊千代がキッドの頭に噛みついたときの表情のもの
GSLABにより、LightCageから取得したデータから作成されたテクスチャ素材
Specular。これらのテクスチャは基本的にレタッチを行わず、撮影した画像を基に作成されている
[[SplitPage]]<2>アセット制作&キャラクターアニメーション
カットに応じてアプローチを使い分ける
本郷さんが演じる一見幼い子供のような姿だが、それは大人の男性が全身整形やホルモン注射、さらには骨格にまで手を加えた結果という殺し屋のキッドについては、登場カットの演技内容や撮影手法に応じて次の3つのアプローチで制作された;
〈1〉バストアップは、本郷さんを全身撮影して体だけ2D合成でリサイズ
〈2〉子役・竹沢悠真さんで撮影し、極力同じ環境で撮影した本郷さんの顔を2Dで合成(この場合は、可能な限りカメラはFIXで撮影)
〈3〉子役が演じたプレートに対して、本郷さんのデジタルヒューマン(頭部)を合成(余談だが、VFXチーム内では「ローガンカット」と呼んでいたそうだ)
......〈3〉が最も難易度が高く、ハイコストな手法のため、4カットに厳選。キッドのデジタルヒューマン用の頭部モデルについては先述のとおりLightCageでスキャンしたメッシュモデルとテクスチャをベースに作成された。キッドの頭部モデル制作も渡嘉敷氏がリード。「3Dスキャンデータからデジタルヒューマン用モデルを作成するのは初めての経験でしたが、非常にやりやすかったです。フルスクラッチで同等クオリティを出そうとしたら約2倍の時間が必要になったと思います。一番大事な本人に似せるという意味でも、スキャンデータが正解なので迷いなくスムーズに作業を進めることができました。眼球、耳の中、口の中については3Dスキャンできないのでイチから手作業になりますが、3Dスキャンを利用できたので、それらのつくり込みに時間を費やすことができました。細かなシワなどは、ZBrushのアルファで描き込んだり、ディスプレイスメントマップを出したりして精度を高めています」(渡嘉敷氏)。キッドのアニメーションをリードした阪上和也氏いわく「全て手付けですが、フェイシャルパターンとリファレンスが良質で種類も十分用意されていたので困ることはありませんでした。歯並びが見えるカットについては、違和感が出ないようにご本人の写真などを参考にカットバイで並べ直したりもしています」。
菊千代のリグ&セットアップはMini Engineが自作したリグを採用。ショットワークについてはMini Engineとエヌ・デザインチームでアニメーション以降の作業が分岐したため、エヌ・デザインの環境に合わせて調整したリグも用意された。「早さを追求するためにリグ自体をシンプルにしました。もちろん様々なコントローラやシミュレーションに対応する必要もあったので、最終的には複雑化していますが、レイヤーに分けることでブロッキングの際には不要なジオメトリやスキニングの情報が読み込まれないように設定するなど、アニメーション作業のステージに応じてリグの重さを制御できる方法を採っています」と、清水氏が説明してくれた。
Mayaで形状と質感がブラッシュアップされた菊千代の本番モデル
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Yetiで生成した毛あり(メッシュ表示)
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【左の画像】のレンダリングイメージ
自然な毛並みを作成するにあたっては、Yeti作業時にノイズ関数が使用された。図では、GrowNodeのLength Multiplierにhash(id)を追加
菊千代のリグ&セットアップ
ボディのセットアップUI。早さを追求するためにリグ自体をシンプルに。もちろん様々なコントローラやシミュレーションに対応する必要もあったが、レイヤーを分けることで、ブロッキングの際には不要のジオメトリやスキニングの情報が読み込まれないように設定し、アニメーションのステージに分けてリグの重さを制御できる方法が採用された
フェイシャルセットアップUI
nClothによる筋肉シミュレーション例
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セカンダリ用のコントローラで耳や唇、まぶたの動きを手付けする
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シミュレーション用モデルを使い、カットごとにInputAttractをペイントして調整。皮のシワに沿って影響を受ける数値を変動させたりもしている
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シミュレーションの結果をレンダリング用モデルに反映。シミュレーションの皮がたるみすぎていたり、めりこみなどが目立っている
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アニメーションの形とシミュレーションの形をブレンドしてちょうど良い数値を探っていく
どうしてもめり込みが解消できない箇所についてはMush3Dを用いてモデルを修正。図のキッドの頭に噛みつくカットでは、プライマリシミュレーションの後にMush3Dで形状の調整した上でセカンダリシミュレーションを実行している
キッドのデジタルヒューマン(完成モデル)
LightCage撮影時の本人(図中・左)とレンダリングイメージ(図中・右)を比較したもの
【上の画像】に対して質感調整用に、Maya上でLightCageのライティング環境を再現してレンダリングした画像
テストライティング環境(Mayaのシーンファイル)
キッドのフェイシャルリグ&セットアップ
より細かく調整できるように追加したオフセットコントローラ。スカルプトによる調整を前提としたセットアップになっている
菊千代のアニメーション作業例。図は、クライマックスに描かれる下手にある椅子から飛び降りてカメラ側にボンベロ&カナコと歩いてくるカット。「飛び跳ねるときや走っているときなど、ピンと体を反らすタイミングでしっかりと手足や背中を伸ばしてブルドッグの分厚くたるんだ皮膚に隠れてしまいがちな犬の骨格や筋肉を感じるしなやかなポーズを意識しました。胴体部分はひときわ関節がわかりにくく、1つの塊に見えてしまいがちなので特に意識しました。また、レンダリングして体毛が加わると、さらに埋もれてしまうため再度ポーズを付け直した箇所もあります」(山本智彬氏)
キッド(デジタルヒューマン)のアニメーション作業例。Maya上で、リグを使いアニメート。BlendShapeベースのコントローラおよび各部位の調整コントローラを使用して、実写(図中・右)の表情や演技を参照しながら動きが詰められた
[[SplitPage]]<3>エフェクト、ライティング&コンポジット
モダンなテクノロジーを積極的に導入する
3DCGエフェクトは、エヌ・デザインの与那嶺まこ氏と、フリーランスとして大型案件のエフェクトを数多く手がけている北川茂臣氏と村上勝和氏の3氏で担当した。破壊や煙の表現を中心に、主にはHoudiniを使用したという。
「エヌ・デザインが担当したものについては3ds MaxのFXプラグインも利用しています。本作特有のエフェクトとして、菊千代のよだれがあるのですが、こちらにはHoudiniのFLIPを利用しました」(与那嶺氏)。
菊千代の毛並みとキッドの髪の毛についてはYetiを採用。「大きく映るカットも多いので、キッドは標準的な成人男性と同等の約10万本。菊千代の毛もリアルになるよう数十万本を設定しました。作業負荷も考慮してシミュレーションはさせていません。普段はモデラーとして活動しているのですが、ヘア表現について見識を深める良い機会になりました。今後の仕事にも活かしていきたいです」(向後 憲氏)。
レンダラはArnoldが採用された。「これまでV-Rayを主に利用していたのですが、『LOGAN』でImage EngineがArnoldを採用していたことが決め手になりました」(野﨑氏)。エヌ・デザインとしては、Arnold+Yeti(毛はヘアシェーダを使用)という組み合わせの案件は初となったため、最初の1ヶ月ほどは様々な検証を行なったという。「パラメータがシンプルなので、迷うことなく作業を進めることができたのですが、従来はあまり用いてこなかったレンダーパスが必要になったことに加え、毛のパスが集約されて出てきたりと少し戸惑ったところもありました。またワークフロー面では、藤原(源人)さんがMayaのシーンファイルを直接開かずにテキストベースで編集できるしくみを構築してくれたことにとても助けられました」と、ライティングリードを務めた基 荘一郎氏はふり返る。レンダーサーバは社内約20台(クランチタイムにはレンタルPCを追加)、レンダリング時間は1フレーム約1時間、クローズドショットでは最大6時間に達したという。コンポジット作業は、柴亜佳里コンポジットディレクターを中心とする3名にフリーランスを加えた約10名が担当(メインツールはNUKE)。撮影時に菊千代を演じたアクション俳優が着たグリーンマンの消し込み作業には何かと苦労したそうだが、パースマップ等を利用しながら完遂したという。
最後に野﨑氏が本プロジェクトを総括してくれた。「清水さんや渡嘉敷さんたち海外で活躍するアーティストの方々にも参加していただき、ハリウッド映画のVFXにも利用されている手法を用いることでリアルな菊千代とキッドをつくり出すことができました。作品を観ていただいた方に『菊千代がかわいかった』と言ってもらえたときは嬉しかったですね。ツールやワークフロー面でも新しい試みが実践できましたし、うちのスタッフもとても良い刺激を受けたと思います」。
キッドの表現パターン1
キッドの表現パターン1(役者自身の身体をリサイズ&合成)によるNUKE作業の例。SplineWarpで本郷さんのボディを縮小。「最初はなるべく大げさに小さくして、後からSplineWarpのrootwarpで大きさを調整できるようにしていました」(柴氏)
キッドの表現パターン2
キッドの表現パターン2(子役の身体に、本郷さん自身の頭を合成)によるNUKE作業の例
キッドの表現パターン3
キッドの表現パターン3(子役の身体に、3DCGの頭部を合成)におけるCGワーク例
デジタルヒューマン(メッシュ表示)
デジタルヒューマンショットのコンポジットのワークフロー。NUKEの作業UI。上から、キッドのbeauty、カラーコレクション、タートルネックの合成、マスクを足している
ブレイクダウン
菊千代のショットワーク
菊千代の3Dエフェクト作業例。HoudiniのFLIPでよだれの飛沫をシミュレーション。その結果をメッシュ化した後、Maya(Arnold)でレンダリングするためにAlembicで書き出す
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菊千代のビューティパスをまとめたコンタクトシート。データ系の素材は別途書き出している
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NUKEの作業UI。実写プレートにshadowを落とし、CG素材(菊千代、よだれ)を合成。実写プレートには、グロー系のフィルタがかかっていたため、下の方でフィルタを再現している
ブレイクダウン
ディープコンポジットによるマットアウト利用例
Deepを使用して、よだれの飛沫を菊千代でマットアウト
一連のコンポジットワークが施された完成形
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