80年代サイバーパンクテイストとモダンなUIグラフィックスが織り成すツボを押さえた匠たちのVFXワーク
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 228(2017年8月号)からの転載となります
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
CRAZYBOY『NEOTOKYO』MV
監督:東 弘明(stoicsense)/VFX:デジデリック、Khaki/制作プロダクション:ダンス・ノット・アクト
crazyboy.jp
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ダイナミックな実写映像の魅力を高密度なVFXワークで高める
三代目 J Soul Brothersのメンバー、ELLYのヒップホップアーティストとしての別名義であるCRAZYBOY。そんなCRAZYBOYの『NEOTOKYO』MVは、『ブレードランナー』(1982)や『GHOSTIN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995)などを彷彿とさせるサイバーパンク的なビジュアルが力強い個性を放った良作だ。「今年の1月中旬にオファーをいただいたのですが、『NEOTOKYO』という曲タイトル、日本のサブカルチャーを彷彿とさせる歌詞が多用されていることから、80年代SF小説のような"サイバーパンクMV"をつくろうと考えました」と、監督を務めた東 弘明氏(stoicsense)はふり返る。具体的には、日本的なデザイン要素をベースに、英語と(中国語としての)漢字のタイポグラフィを加えるかたちで世界観をまとめていったという。「NEOTOKYOだからといって、新宿や渋谷で撮影するのは予定調和で面白くないなと。歌詞と同じように、カオスなエネルギーを映像で表現するために様々な人種やカルチャー、新旧が混じり合うアジアの街並みをベースに、VFXを使って現代とはちがう未来の東京を描こうと考えました」(東監督)。
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〈前列〉右から、小嶋裕士氏(デジデリック)、相澤大樹氏(デジデリック)、田崎陽太氏(Khaki)/〈後列〉右から、東 弘明監督(stoicsense)、大山俊輔氏(デジデリック)、川上大輔氏(デジデリック)
stoicsense.co.jp
www.digidelic.jp
www.khak1.tv
そんな本作のVFXをリードしたのは、大山俊輔CGディレクターを中心としたデジデリック。東監督とは10年来の間柄であり、今回も阿吽の呼吸で息の合った画づくりが行えたという。「ただ、スケジュールが非常にタイトだったので大変でしたね。1月下旬にお話をいただいたのですが、まずは前半の舞台となる夜市シーンのアセット作成から着手しました。撮影から完パケまでのポストプロダクションの期間は20日弱しかなかったので、撮影前にできることは率先してやっておきました。また、当初の説明ではVFXショットは100ぐらい、カメラはFIXで撮るということだったのですが、最終的には約150、どのショットもカメラがダイナミックに動きまわっていました(苦笑)。東監督とはこれまでにも多くの作品でご一緒させていただいているので、ある程度は覚悟をしていましたけれど」(大山氏)。難易度が高まることを辞さず、ダイナミックなカメラワークの実写プレートに対してツボを押さえたVFXが適確に施されたからこそ、魅力的な世界観に仕上がっていることは言うまでもない。
01 プリプロダクション&撮影
Storyboard ProとSlackを活用し効率的にイメージを共有東監督は今回初めてToon Boom Storyboard Proを使って、ビデオコンテと絵コンテを作成したという。「最初にビデオコンテを作成し、Storyboard ProのPDF書き出し機能を使って絵コンテを仕上げたのですが、ミュージックビデオのような歌詞やメロディに合わせて細かなカット割りが必要な映像制作には特に有効だと思いました」。ビジュアルデベロップメントにおいては、マットペイントの作成を含めてデジデリックが一括して担当した。「撮影前に東監督との打ち合わせを重ねながら目指す世界観をすり合わせ、その上で、未来カーやドローンなどの3DCGモデル、サインディスプレイ&UI素材を作成していきました。アセットについてはスケジュールを考慮して、社内のアーカイブや市販モデルを加工するかたちで作成しています。マットペイントは遠景にも対応できるよう8Kで描きました」(大山氏)。特に「夜市」シーンでは、ファーストカットを筆頭に世界観を見せるのがねらいのカットが多くあるため、東監督も細部までこだわったという。「そこで、実写プレートに対して監督自身でペイントオーバーしてもらった画像を用意していただき、それをレイアウトのガイドにしました。画面奥を行き交う未来カーなどは街のにぎやかさに直結する要素なので特に気を遣いましたね」(大山氏)。
実写撮影は、大半のシーンがタイのバンコクで行われた。「まず現地のコーディネーターに香港、台湾、バンコクのロケ写真を大量に集めてもらいました。そこからCGの合成を踏まえた空の抜け感や、別シチュエーションのロケーション候補を比較していき、最終的にバンコクに決定しました。繁華街のドローンによる空撮許可が下りることも決め手になりましたね」(東監督)。ちなみにバジェットやスケジュールとの兼ね合いにより、デジデリックは撮影現場に立ち会うことができなかったため、リファレンス収集やVFXワークに関わる現場判断は東監督自身で対応したそうだ。「今回は、撮影中もCG・VFX作業を並行して進める必要があったのでチャットツールのSlackを利用しました。お互いの意識にズレを出さないため、綿密に連絡を取っていたのですが、ロケハンのときには東監督がiPhoneで撮影した写真に対してセットエクステンションのアイデアをペイントオーバーした画像をその場で送ってくださったりと、迅速な意思疎通をはかることができました」(大山氏)。
Storyboard Proで作成したビデオコンテから生成した絵コンテの一部
ロケハン時に撮影した資料写真に対して東監督がペイントオーバーを施したレイアウト案
デジデリックがエンバイロンメントを作成するにあたり、東監督から提供されたレイアウトガイドの例
当該カットの最終形。その他の「夜市」ショットも同じ要領で制作したという
[[SplitPage]]02 夜市シーン
目指す表現と制作条件に対する最適解を求めて近景の特徴的な建物は、カメラワーク(画角の変化)との整合性が求められるため3DCGをベースにしているが、3Dシーンとして作成するのではなく、実写プレートに対して部分的に3DCG素材を合成するのが基本方針となった。そのアプローチで作業を行うにあたっては、Adobe CC 2014から対応した3ds MaxのステートセットとAfter Effects(以下、AE)間でのデータ互換を可能にする「Compositor Link」を活用したという。サインディスプレイは世界観のキーファクターだが、一連のUIグラフィックスを手がけた小嶋裕士CGディレクターのディレクションの下、デジデリックの2DデザイナーがIllustratorで素材(最終的に100種類上に達したそうだ)を作成し、それらにモーションタイポとしてアニメーションまで施したものをAEに読み込んで合成している。「サインディスプレイを合成する際も3ds Maxで作成したカメラデータやNu(ll 位置情報)をCompositor Linkで読み込み、AE上で質感を高めていきました」(相澤大樹3DCGデザイナー)。
VFXが介在しないのはほんの数カット、全編にわたってVFXワークが施された本作。その一方では、先述のとおりポストプロダクション期間は20日ほどだったことから、クランチタイムはデジデリックのCGスタッフ総出でトラッキングやマスクワークを行なっていたそうだ。さらに「夜市」シーンのコンポジットワークにはKhakiの田崎陽太氏が助っ人として急遽参加した。「アーティストが街中を歩くパートのコンポジット作業を50ショットほど担当させていただきました。非常に多くのサインディスプレイが配置されていたのでマスクワークに苦労させられましたね。mocha Proで正直にトラッキングしていたのでは納期に間に合わないそうになかったのでキーイングとロトブラシも積極的に活用しました。大変でしたけど、お祭りみたいで楽しかったです(笑)」(田崎氏)。日頃からコンポジットを手がけることが多いという田崎氏だが、「できることはなんでもやってみたい」と、プロジェクトの制作条件や作風に応じて臨機応変にツールやアプローチを使い分けることを自然体で行なっているため、今回もそうした経験が役立ったそうだ。
相澤氏が作成した未来カー完成モデル(3タイプ)
カラーバリエーションを加え、全20種が用意された
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「夜市」シーン用のマットペイントの例
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建物CGモデルの例。「ある程度質感を付けたものをビル単位で書き出し、AE上でレイアウトしています」(大山氏)。Compositor Link機能を使い、テクスチャ素材のマッピングもAE上で行うことで効率化が図られた
冒頭カットに対する東監督の修正指示の例。基本的にグループチャットSlackを介してレビューが行われたが、チェック用画像に対してペイントオーバーやテキストによって明確に指示されていたことが窺える
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AEにCGカメラワークを読み込み、建物のCG素材に対してテクスチャ素材を追加して質感を高める
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主立ったサインディスプレイ素材。細かなサイン素材はAE上で合成するようにすることで、デザイン修正が発生した場合も単純な差し替えで対応できるようにされた
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電線素材。「ドローンによる空撮カットなのですが、『空間(奥行き)を感じさせたいよね!」という、東監督の鶴のひと声で、急遽加えました(笑)。手間はかかりましたが、カメラが空間を抜けていく感じを高めることができたと思います」(大山氏)
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グレーディング処理を施した最終形
AEの3Dカメラトラッカーによるトラッキング作業例。ショットの特性に応じてPFTrackなども利用された
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03 アーティストとのインタラクション
確かな信頼関係の下、"無茶"をする実写プレートのトラッキングは、各ショットのコンディションに応じてAEのモーショントラッキングとPFTrackを使い分けたという。「夜市」シーンからクライマックスの舞台へと移動する場面転換のシーンでは、アーティストが宙を飛ぶ未来型バイクに乗るのだが、このショットのマッチムーブが最も大変だったそうだ。「単純なパンではなく、三次元的なカメラワークだったのでフレーム単位で追いかける必要がありました。グリーンバックをかぶせたオートバイに乗ってもらい撮影しているのですが、アーティストさんのハンドルの動きに合わせてCGバイクのハンドルも動かせるようにリグも組みました」(大山氏)。
UIグラフィックスについては、小嶋氏がUIデザインからショットワークまで一括して担当。「『攻殻機動隊 新劇場版 VIRTUAL REALITY DIVER』(2016)など、東監督のプロジェクトではUIを担当させていただく機会が多いのですが、少しずつノウハウを蓄積できていると思っています。誰かに真似されるようなUIをつくり出せるよう、今後も積極的にチャレンジしていきたいです」(小嶋氏)。クライマックスの舞台となる「King's Room」向けのUIでは、柱が多くある建物がロケ地のため、膨大なマスクワークが発生したそうだが、アーティストのフォトグラメトリー素材(PhotoScanを利用)も組み合わせることでインパクトのあるUIに仕上がっている。
ほぼ全カットにVFXが介在するという大物量のため、できるだけレンダリングコストを抑えることも必須だったという。「3DCGのレンダリングはV-Rayで行なったのですが、最初の設定では1フレームに1時間半くらいかかってしまったので、画面には映らない要素を省くかたちで細々とダイエットを行い、最終的には1フレーム3~5分くらいで回せるようになりました。そうした意味でもCompositor Linkは重宝しましたね。僕はCG歴15年ぐらいになるのですが、DCCツールの進化には目覚ましいものを感じています。より効率的にクオリティを高められるようになっているわけですが、今後は個人のアーティストとしてもプロダクションとしてもよりいっそうデザインセンスが問われるようになっていくと思います」(大山氏)。「大山さんも田崎さんもアートディレクションからおまかせできる、ディレクター気質のアーティスト。自分としては、そうした方々とのコラボレーションによって予想を超えた表現が生まれることを楽しみにしているんです。4年に1本ぐらいのペースで"無茶なプロジェクト"に取り組んでいるのですが、本作もまさにそうしたプロジェクトになりました。嬉しいことにアーティストさん、そしてファンの方々にも好評です。今後も機会をみつけてぜひ無茶をしていきたいですね(笑)」と、東監督は総括してくれた。
「夜市」からのシーン展開のフックとなる未来バイクの走行シーンのブレイクダウン
「King's Room」のアクセス解除プログラムを実行するUIグラフィックスのコンポジット作業例
ブレイクダウン
「King's Room」用のUI素材(一部)
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ホログラムとして浮かび上がるアーティストのフォトグラメトリー素材(PhotoScanを利用)
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スケジュールと作業量との兼ね合いであえてリトポせずに用いられたが、ノイジーさが独特の風合いを引き出している
UI素材をレイアウトした3ds Maxシーンファイル
クライマックスのストーリー的に重要なショット(※YouTube版では未公開)のブレイクダウン