悪霊・虚〈ホロウ〉たちをはじめとする、フォトリアリスティックなVFXと生身のアクションを巧みに融合させる。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 241(2018年9月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
© 久保帯人 / 集英社 © 2018 映画「BLEACH」製作委員会
映画『BLEACH』 好評上映中
出演:福士蒼汰、杉咲 花、吉沢 亮ほか
監督・脚本:佐藤信介/脚本:羽原大介/原作:「BLEACH」久保帯人(集英社ジャンプ コミックス刊 )/撮影監督:河津太郎/編集:今井 剛/VFXプロデューサー:道木信隆/CGプロデューサー:豊嶋勇作、鈴木伸広/VFXスーパーバイザー:神谷 誠、土井 淳/アクション監督:下村勇二/製作:映画「BLEACH」製作委員会/制作プロダクション:シネバザール
bleach-movie.jp
実写と3DCGをシームレスに一体化
「ONE PIECE」や「NARUTO -ナルト-」と並び「週刊少年ジャンプ」で約16年という長期にわたり、若い世代を中心に圧倒的人気を誇った久保帯人原作コミック「BLEACH」。2016年の連載終了から2年近く経ったこの夏、満を持して実写映画化され、好評上映中だ。
監督を務めたのは、漫画原作の映画化でヒットメーカーとして知られる佐藤信介氏。ハイエンドなVFXと実写を巧みに融合させることで、死神たちのケレン味あふれるアクション、3DCGなしには実現不可能な悪霊・虚〈ホロウ〉など、独創的な原作「BLEACH」の世界観を見事に描き出している。そして、本作のリードVFXスタジオを務めたのは、デジタル・フロンティア(以下、DF)だ。
【写真・左から】吉井博之氏、鈴木伸広CGプロデューサー、神田 遼氏、森田健介氏、矢舩貴之氏、高谷圭吾氏、草本健介氏、土井 淳VFXスーパーバイザー、安藤弘樹氏、小野寺 丞氏、佐藤 傑氏。以上、デジタル・フロンティア
www.dfx.co.jp
佐藤監督とは『GANTZ』シリーズ(2010・2011)を皮切りに、『アイアムアヒーロー」(2015)、『デスノート Light up the NEW world』(2016)、そして『いぬやしき』(2018)と、近年コンスタントにタッグを組んできているのは周知の通り。「本作では、要の表現となる、悪霊・虚〈ホロウ〉のVFXを中心に担当させていただきました。同じく佐藤監督作品の『いぬやしき』とほぼ同時進行になったので、スケジュールやスタッフの調整には悩まされましたが、クライマックスのグランドフィッシャー戦のシーンでは日本映画としては異例な規模で3DCG主体の背景を構築するといった新たなチャレンジをやりとげることができました」と、神谷 誠氏と共にVFXスーパーバイザーを務めた土井 淳氏はふり返る。
トータルのVFXショットは約500。そのうち、DFが一手に引き受けた悪霊・虚〈ホロウ〉が介在するのは約160ショットだという。なお、死神たちが携える残魄刀(ざんぱくとう)の武器プロップについては、DFのキャラクター班が制作したものを外部パートナーとなるCGプロダクション各社に提供していたりもするとのこと。
また、『BLEACH』プロジェクトの方が、今年4月に公開された『いぬやしき』よりも先にスタート。納品も本作が先になったという。そうした意味では本プロジェクトで得た知見が、『いぬやしき』にて初導入されたDFの最新パイプライン「PL2.0」を構築する際にも活かされているそうだ。
01 悪霊・虚〈ホロウ〉デザイン&モデル制作
多種多様な「和」によって悪霊たちを具現化する
実写撮影は、2016年9月末から11月頭までの約2ヶ月にわたって行われた。それに先立ち、「フィッシュボーン」「ヘキサポダス」「グランドフィッシャー」という、劇中に登場する悪霊・虚〈ホロウ〉3体のアート制作が進められた。佐藤監督が求めたのは「和のテイスト」をもたせることだったという。まず、共通の要素となるお面については、原作のそれよりも凹凸を深く刻み、顔を形成する各パーツが異なる情動を表現することで観る者に多様な表情(感情)の印象を抱かせるという、能面に通じるアプローチが採られた。その上で、各悪霊たちのキャラクタライズとして、「フィッシュボーン」の場合は、その名のとおり鱗や背びれをデザイン。そして和の要素として、ふんどしや腰みのを加えて、鬼のイメージが加えられた。さらに最初に登場する悪霊ということで、巨大感や圧迫感を押し出すべく、常に前傾姿勢のポーズに仕上げられた。次に登場するヘキサポダスの場合は、老女や女郎蜘蛛の要素を。そして、最後に登場する「グランドフィッシャー」は、秋田のなまはげをイメージ。ファーストカットでは球状の風にゆらぐ華のような状態。そして全貌を現すと獰猛な獣さながらのため、体毛は常に揺らぎ、光沢感をもたせることでシーンによって様々な表情が出るようにルックを調整。"最凶の虚〈ホロウ〉"として、力強さと不気味さのベストバランスを追求したという。「3体とも表情の出しにくいデザインのため、モデリングの段階でなるべく凹凸を付けて陰影によって感情が出るように工夫しています。また、フィッシュボーンは青魚のような特殊な質感ですが、登場するのが暗い夜のシーンのため、マテリアルやテクスチャに加えて、ライティングの設定も調整したりと、最後まで試行錯誤をくり返しました」と、佐藤 傑リードキャラクターアーティストはふり返る。悪霊3体のモデル制作は、アート班から提供された豊富なコンセプトアートやコンセプトモデルをベースに、モデラー5名体制で対応。先述した武器プロップや、アクションシーン用のデジタルダブルなど、劇中に登場するキャラクターに関するアセットを包括的に手がけているとのこと。
DFアートチームが描いた、悪霊・虚〈ホロウ〉のコンセプトアート例
フィッシュボーン
ヘキサポダス
グランドフィッシャー
悪霊・虚〈ホロウ〉の完成モデル。原作漫画のデザインをふまえつつ、実在感をもたせるためのディテールや質感がつくり込まれた
グランドフィッシャー
ZBrushによるスカルプト例
Substance Painterによる質感付けの例
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02 リギング&アニメーション
触手のように動くグランドフィッシャーの体毛
セットアップは、2016年10月から開始。まずグランドフィッシャーの毛の表現のR&Dから着手したという。「Maya 2016を使用し、Maya Hair、XGen、Yetiという3つのツールを1ヶ月ほどかけて検証しました。カーブは同じものを使い、ジェネレーションをそれぞれ試したのですがシミュレーション自体は全部同じでも揺れる結果が異なってきました。また、最初は約1万本で試したところ、データ負荷が重過ぎてしまい揺らすだけで精一杯に(苦笑)。トライ&エラーも困難な域に達してしまったので、最終的に約4,800本までリダクションしました」と、森田健介キャラクターリギング&シミュレーションSV。一連の検証結果をふまえ、Maya Hairは毛の本数を増やすためには、カーブも増やす必要があったためデータ負荷的に却下。XGenは、一定のクオリティに達したが仕様が独特であり、Maya 2016上でのパフォーマンスも重く感じたため、本プロジェクトではYetiを採用。任意の箇所に容易に毛を追加できることに加え、制御のしやすさも決め手になったという。
グランドフィッシャーのリギング&セットアップでは、毛束が触手のように動く表現にも悩まされたそうだ。こちらについては、デフォーマベースから検証をはじめ、ノイズ、シミュレーション、ストレッチ、セルフコリジョンなどが段階的に加えられた。また、触手の表現は、何かを掴んだり、叩いたりするとき意図したところに触手の形状がくる必要があるため、ピン留めの要領で先端部分と根元を任意のポジションで止められるようにセットアップが施された。「そのため、根元はYeti、掴むところはMaya Hairでセットアップしています」(森田氏)。アニメーション作業用のローモデル、本番用のハイモデル、さらに中間のモデルを用意。用途に応じて使い分けることで、複雑な表現を可能にしているとのこと。
アニメーションについては、グランドフィッシャーとフィッシュボーンは、モーションキャプチャがベース。多足のヘキサポダスについては、手付けベースで動きが付けられた。「アニメーション作業は、全てMotionBuilderで行いました。そのため、ヘキサポダス向けにキーフレームアニメーション用のリグを作成してもらいました」(矢舩貴之アニメーションリード)。アニメーターは平均して15名体制。グランドフィッシャーの触手表現など、難易度の高い動きが求められるショットが多数あったため、クランチタイムでは20名体制に達したそうだ。
フィッシュボーンの手まわりのセットアップ例。「作品内で手元がアップになるカットが多かったため、関節の形状、筋の隆起を、補助骨とターゲットを用いてより自然に見えるようにセットアップしました」(神田 遼氏)
擬似筋肉表現の例。筋肉のながれに合わせた伸縮する補助骨が仕込まれた
フィッシュボーンのデザイン的な特徴のひとつに腰みのが挙げられる。腰みのの動きはシミュレーションではなく、足の動きをドライバにしたターゲットを用意することで自然な動きに仕上げている
ヘキサポダスの脚部セットアップ例。多関節の脚をアニメーションさせるために、複数のIKを組み合わせた専用リグを作成。この専用リグ向けにIK/FK切り替えツール「IKFKManager」が自社開発された。このツールを使えば、IKで付けたアニメーションの位置を保持したままFKコントローラへの切り替えが可能になるという(その逆も可能)
死神(代行)たちが携える斬魄刀(ざんぱくとう)によって切断される表現については、2体読み込んで対応された(フィッシュボーンも同様)
グランドフィッシャーのセットアップ
nHairを用いて筋肉の揺れを表現。図ではCurveをジグル的なかたちでHairシミュレーションを施している
グランドフィッシャーの毛並みの表現
nHair(curve)でシミュレーション。シミュレーション用カーブは約4,800本に達した
シミュレーション後、Mayaのビューポート上でYeti(グランドフィッシャー本体)とMaya Hair(触手)を表示させた例
最終レンダリングイメージ
モーションキャプチャ収録の例(フィッシュボーン戦)
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フィッシュボーンの収録(フロント)
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フィッシュボーンに握られている朽木ルキア(杉咲 花)のデジタルダブル用の収録(フロント)。DFの収録スタジオ「OPAKIS」には、リアルタイムで簡易モデルによるプレビューが可能なシステムが構築されている
MotionBuilderによるアニメーションのブラッシュアップ
グランドフィッシャーの毛束が触手のように動く表現の作業手順をまとめた仕様書より。DF内で初めてYetiを導入した案件であったため、他チームとの情報共有の目的でデータ構造やライセンス関連の仕様が文書化された。「触手はパターン分けの種類も多く、4段階でシミュレーションが行える仕様にしていたため、こうしたドキュメントが必須でした」(森田氏)
触手の動きにノイズ感を出すために、デフォーマとエクスプレッションを用いてセットアップ。図は担当アーティストが使用するアトリビュートを説明したもの
触手の伸び縮み表現の例。黒崎一護(福士蒼汰)の妹たち、夏梨(安藤美優)と遊子(平澤宏々路)を掴む触手が、先端を止めた状態でのうごめく様を検証した画像
路線バスを掴むために、先端を止めているカットより
背景も含めて3DCG主体で描かれるグランドフィッシャー戦はプリビズが作成された
プリビズの例。余談だが、プリプロの段階では原作漫画のデザインに近いモデルが用意された
本番のアニメーション作業例
[[SplitPage]]03 3D主体の背景セット&ショットワーク
クローズドショットにも対応できる3DCG背景
グランドフィッシャーと主人公・黒崎一護(福士蒼汰)の決戦の舞台となるバスロータリーのシーンは、実写撮影時に建てられた3店舗分のオープンセットと地面以外は3DCGベースで仕上げられた。「当初は、1階だけは全てセットに建てるという案もあったのですが、最終的に3DCGで制作することになりました。背景が大きく映るカットが多数あったので、建物内のインテリアや窓、照明まで細かく作成しています」と、高谷圭吾バックグラウンドリードはふり返る。背景チームは5名体制、クランチタイムで7名に達したという。まずはロケハンに同行して、10ロケーションほどで収集した3Dレザースキャナによるリアルティキャプチャから得たデータなども活用しながらモデル制作が進められた。完成したバスロータリーのエンバイロンメントは、全エリアをまとめて読み込むと、重すぎてファイルを展開することすら困難のため、4つのエリアに分けてShotgunに登録。ショットワークの際は、アングルに応じて該当するエリアが自動的に読み込まれるように設定したという。特に、建物が破壊され始めた後の、瓦礫オブジェクトが多数存在するシーンが重く、取り回しには最後まで苦労したそうだ。
エフェクト制作は、2017年5月からスタートした。FXリードを務めた草本健介氏を中心に約5名で担当。ヘキサポダスの足下に起こる土煙エフェクトのみFumeFX、そのほかはHoudiniベースで制作しているとのこと。「他プロジェクトとの兼ね合いもありますが、ピークでは10名近くで対応していました。グランドフィッシャーのシーンは背景が3Dベースのため、自ずと破壊エフェクトも多く求められたので、今年2月末の最終納品ギリギリまで作業をしていました(苦笑)」(草本氏)。
コンポジット工程でも、グランドフィッシャー戦の作業が難航したという。「触手の動きが非常に高速なことから、ベクター情報が欠損するという不具合が発生しました。そこでNUKE上でブラーの度合いを弱めたものを下に敷いて補完するといった細かな調整が求められました」(小野寺 丞コンポジター)。取材の最後に、土井VFXスーパーバイザーに本プロジェクトを総括してもらった。「今回もスタッフががんばってくれたことで、悪霊・虚〈ホロウ〉だけでなく、3D背景もハイクオリティに仕上げることができました。ですが、3DCGの割合が高くなればなるほど作業負荷が大きくなるため、実写VFXの背景をフルCGで作成するためにはいろいろと課題があります。パイプラインのさらなる改良など、プロダクションとしてさらに発展していきたいですね。レンダリングコストへの対応としては、V-Ray NextやRedshit等のGPUレンダラにも興味があります。今後もチャンスをみつけて新しい技術を積極的に採り入れていければと思います」。
撮影時に導入された「Ncam」による、カメラトラッキング例。カメラが撮影している方向の背景映像から特徴点を自動的に算出し、カメラ座標を書き出すことが可能。これにより、悪霊・虚〈ホロウ〉のアセットやプリビズデータをリアルタイムで合成できるため、役者や撮影スタッフには好評だったという。しかし、現行システムではNTSCでしかビデオ出力が行えないため、CG・VFX本制作用のデータとしては精度不足とのこと
グランドフィッシャー戦の舞台となる空座町(からくらちょう)バスロータリー前のシーンより
建て込み中のオープンセット。向かって右奥の建物3棟以外は3DCGベースで作成されたことがわかる
破壊処理を加えた店舗の3DCGモデル
本番用にレイアウトされた背景セット
完成した本編カット
Houdiniによるエフェクト作業の例
実写プレート内のカラーチャートとCG環境のルック合わせ、そして3Dレーザースキャナー「FARO FocusS」によるリアリティキャプチャデータを用いたライティング環境の構築例
撮影されたチャートとMayaでレンダリングした画像をNUKEに読み込み比較、調整
3Dスキャンデータに対してHDRをプロジェクション
光源を抜いたHDRと、抜き出した光源をライトに貼り、撮影現場の環境を再現。グリーンバックの箇所は3Dの背景をlatolongでレンダリングしたものを合成してHDRIを作成
チェック画像の例
上記で作成したLightSetを用いたライティングの例
コンポジット工程に出荷されたグランドフィッシャーのAOV
ブレイクダウン