合い言葉は、知恵と勇気をふりしぼる! オーソドックスな手法を巧みに組み合わせてフォトリアルかつ幻想的なホムンクルスが誕生した。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 275(2021年7月号)からの転載となります。
TEXT_石井勇夫(ねぎぞうデザイン)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamda
映画『ホムンクルス』
原作:山本英夫『ホムンクルス』(小学館「ビッグスピリッツコミックス」刊)/監督:清水 崇/脚本:内藤瑛亮、松久育紀、清水 崇/撮影:福本 淳/照明:市川徳充/美術:寒河江陽子/編集:鈴木 理/特殊スタイリスト:百武朋/VFXプロデューサー / VFXディレクター:平田耕一/VFXスーパーバイザー:髙橋直太郎/助監督:岸塚祐季、加瀬 聡 In assosiation with Netflix /制作プロダクション:ブースタープロジェクト/製作・配給:エイベックス・ピクチャーズ
homunculus-movie.com
©2021 山本英夫・小学館/エイベックス・ピクチャーズ
困難な状況を知恵と勇気の下、少数精鋭のVFXチームが完遂
今年4月2日(金)に劇場公開され、現在はNetflixでも好評配信中の『ホムンクルス』。ビッグコミックスピリッツで連載されたサイコミステリーの大ヒット漫画原作を、国内外で活躍する清水 崇監督が実写映画化した注目作だ。主人公・名越 進(綾野 剛)は、トレパネーションを施されたことにより、ホムンクルス(他人の深層心理が視覚化された異様な姿)が見えるようになる。そのホムンクルス表現は、巧みなCG・VFXワークによって創り出されたものだが、諸事情から急遽クランクインが決まったため、プリプロ期間は約半月と、非常に短期。さらに予算や制作スケジュールにも限りがあるため、CG・VFXの中核スタッフは5名という少数精鋭で取り組むことになったという。その内訳は、 VFXプロデューサー /VFXディレクターを務めた平田耕一氏をはじめとするVOXEL所属の3名と、VFXスーパーバイザーを務めた髙橋直太郎氏ともう1名のフリーランス2名。実は5名とも以前はピクチャーエレメント(以下、PE)に在籍しており、本作ではPEが豊富な実績を有したフォトグラメトリーを積極的に用いることで、多種多様なホムンクルスVFXを効率良くつくり出している。「とは言ってもPEが所有していたようなハイエンドの機材は使えず、費用対効果を高める上では3DCGの使いどころはできるだけ限定して、コンポジットワークでリッチな見た目に仕上げることを心がけました」(平田氏)。
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上段右から、VFXプロデューサー / VFXディレクター 平田耕一氏(VOXEL)、コンポジター 大野俊太郎氏(VOXEL)、中段右から、VFXアーティスト 潮 杏二氏(VOXEL)、VFXアーティスト 林 優佑氏(フリーランス)、下段、VFXスーパーバイザー 髙橋直太郎氏(フリーランス)
voxel.co.jp
VFXカット数は100弱だが、作品を観ると、女子高生1775のシーンを筆頭に実数以上に多くのVFXワークが施されているように感じる。「できるだけ最新の技術を用いた方が作業効率とクオリティのどちらも上がりますが、相応の予算が求められます。今回は、これまでのキャリアの中で蓄積してきた知恵、そして"勇気"でなんとか乗りきりました(苦笑)」(平田氏)。「撮影現場のスタッフが協力的だったことで、乗り越えられました。ですが、製作サイドの方々にはできるだけ企画の初期から相談をしてもらいたいというのが正直なところです」と、VFXSVを務めた高橋氏。こと、ホムンクルスのようなキャラクター表現では、事前の検証や、実写撮影時の段取りが鍵となるのは言うまでもない。
<1>フォトグラメトリーの活用
撮影時の質感の重要度に応じて内製と外部委託を使い分ける
本作のVFX表現は、「序盤の歌舞伎町シーンに登場する複数体のホムンクルス」「組長(ロボット)」「1775(砂の女子高生)」「謎の女(のっぺらぼう)」「伊藤 学(金魚の水槽)」という5種類のホムンクルスと、「バレ消しや血足し、画面ハメ込み等の2DベースのVFX」に大別された。実写撮影は2019年12月末から2020年1月末までの1ヶ月間、カメラはRED Geminiを使って4Kで撮影された。ポスプロ期間は、2020年2月から11月の納品までの約10ヶ月とのこと。ホムンクルスの表現は、フルCGではなく特殊造形も用いることでコストダウンが図られた。そして、撮影現場でカメラや演出プランを組み立てていく清水組のスタイルは、CG・VFXチームにも協力的で臨機応変に対応してもらえたそうだ。
ホムンクルスの表現は、基本的には演者のフォトグラメトリーから生成した3Dモデルを加工するかたちで作成された。ただし、フォトグラメトリーについてもショットワーク時に質感を根本から作り替えることになる、組長、伊藤、伊藤の父親はVOXEL社内でフォトグラメトリーを行い、撮影時の質感を反映する必要があったり、できるだけ高精度のデータが求められた、歌舞伎町シーンのモブキャラクターのホムンクルス2体と1775については、CyberHuman Productions(CHP)の出張型スキャニングサービスによるフォトグラメトリーによって、ベースモデルが作成された。CHP委託分は、撮影から3D化、リトポ、テクスチャワークまで行われた、リグのない3Dモデルが納品された。一方、内製分のフォトグラメトリー作業はフリーランスの林 優佑氏が一手に引き受けた。「手順としては、自分たちで撮影した静止画や動画を基にRealityCaptureでメッシュ化し、ZBrushで整え、Mayaでリギングというながれです。PE時代はハイエンドの機材が使えましたが、今回、組長ロボの左腕部分の特殊造形の撮影ではターンテーブルがなかったため背もたれを外した事務椅子で代用しました(苦笑)。社内での撮影では照明をフラットに当てるのが厳しいため、見た目合わせで時には力技で仕上げたりと、いろいろと工夫しながら作業を進めました」(林氏)。ホムンクルスのボディリグは、HumanIKをベースにカスタマイズしたもので対応。1775のフェイシャルはブレンドシェイプを作成。iOSアプリのFaceAppによるフェイシャルキャプチャデータとブレンドシェイプを組み合わせて表情が付けられた。フェイシャルキャプチャは林氏自身が演じたそうだが、実写撮影時に1775を演じた石井杏奈氏にホムンクルス状態を演じてもらったリファレンス動画を撮影しておくことで意図した動きに仕上げられたそうだ。
レンダリング用HDRI素材
CGキャラクターのレンダリング用HDRI素材。作業で使用したオリジナルデータは7,380×3,690のHDR素材(異空間はOpenEXRの連番)で、参照用に8bitのJPGに変換してある。全てRICOH THETA Z1で撮影
▲組長の部屋
3Dモデル
フォトグラメトリーから作成したホムンクルスの3Dモデル例
フォトグラメトリー
RealityCaptureを使ったVOXEL社内でのフォトグラメトリー。各パーツの撮影枚数は200~400枚、椅子の背を取り外して即席のターンテーブルを作り、カメラを固定で撮影した。スタジオではないためフラットに照明を当てることはできなかったが、スキャン後デライト作業を行なったという
▲腕のスキャン画像。引き・寄り・俯瞰・煽り・フォーカスちがいなど6アングルから撮影
Mayaによる調整
スキャンしたメッシュをZBrushで整えた後、Mayaで調整を行う
▲Mayaに読み込んだ腕のメッシュデータ
▲腕のルックデヴ後
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<2>歌舞伎町シーン&組長のホムンクルス
自主的なブラッシュアップでリッチな表現に仕上げる
名越が初めて自分の新たな能力(右目をつぶって左目だけで見ると、ホムンクルスが見える)に気づく歌舞伎町シーンは序盤の見せ場だ。このシーンには、複数のホムンクルス(以下、モブンクルス)が登場するが、全てを3DCGで描くのは非現実的だったため、特殊造形を施した演者をコンポジットワークで仕上げるという手法も併用された。CG主体で作成されたモブンクルスについては、平田氏と潮 杏二氏(VOXEL)で分担。ペラペラ男と呼ばれたホムンクルスは、平田氏がMayaで作成。回転ギャル、モザイク女、チェーン女、眼鏡男と呼ばれた4体は潮氏がHoudiniで作成した。
特殊造形ベースのホムンクルスを担当したのは、コンポジターの大野俊太郎氏(VOXEL)である。通称・木オンナは、操演者を消して表情などを修正。通称・真っ二つ男は、手をつないだ双子の演者の実写プレートを2D処理で作り替えたものだ。そして、複数のホムンクルスの様子をワンカットに収めたロングショットも、大野氏のコンポジットワークなしには完成しなかっただろう。このカットは、4Kで撮影した実写プレートにデジタルパンを付けて臨場感あるカメラワークを創り出しているが、実は各ホムンクルスごとに異なるテイクを使用しており、コンポジットワークでワンカットに(同ポジに)見えるように細かな加工が施された。「同じホムンクルスでも変身前と後で別テイクを使ったりもしています。切り替えるタイミングでモーフィング的な処理を加えることで自然な見た目になるように心がけました」(大野氏)。
超合金ロボのようなヤクザの組長のホムンクルス(通称・組長ロボ)については、独自のワークフローを採用。先述の通り、ロボットの左腕は特殊造形が作成されたが、この造形は組長の回想シーンに登場するロボット玩具(小道具)のデザインを踏襲している。実はこの小道具は、林氏が作成したロボットのローポリモデルを3Dプリンティングで作成したものだったので、組長ロボのモデルについては小道具用のローポリモデルに特殊造形の左腕のフォトグラメトリーモデルに合わせたディテールを加えていくという要領で仕上げられた。組長ロボのパーツが徐々に壊れていくカットでは、大きいパーツは手付けで、小さい部品はシミュレーションによって作成された。監督チェックの度に自主的にブラッシュアップを重ねていく林氏の姿勢は監督にも好評だったという。「組長ロボは、細部の詰めは自発的につくらせていただけました。大変さも増したのですが、知恵を絞って提案したものがOKになることも多くてやりがいがありました」(林氏)。
デフォーム
ペラペラ男はPFTrackでマッチムーブを行い、Substance Painterで質感設定、Mayaでセットアップとアニメーション、Arnoldでレンダリング。Mayaではシンプルにセットアップした後、全身を潰すブレンドシェイプとウェーブデフォーマを組み込んだ
▲デフォーム前
▲デフォーム後
ブレイクダウン
Houdiniによるシミュレーションカットのブレイクダウン。実写素材の人物の動きをMayaでトレースし、Houdiniでシミュレーションと配置作業を行なってMantraでレンダリングした
▲メガネ男のHoudiniでの作業画面。Mayaで実写の演者をロトスコープして合わせたモデルデータをHoudiniにエクスポートし、メガネモデルをボディに沿うように配置。メガネの配置換えなどを簡単に制御できるようにプロシージャルに作成した
▲Nukeでコンポジット
▲モザイク女のHoudiniでの作業画面。歩く軌跡に沿ってモザイクが発生し、縮小して消えるようにpoints from volumやattribute wrangleなどでモザイクの動き・サイズなどを制御している。実写プレートから演者を切り出したモザイクモデルに対して、カラー情報をマッピングして作成。修正指示に対応できるよう、モザイクのサイズや動きをプロシージャルに作成
▲Nukeでコンポジット
完成モデルとセットアップ
組長ロボの完成モデルとセットアップ。腕と鎌は前述の通りフォトグラメトリーをベースにモデリングした
▲セットアップ
レンダリング
組長ロボの質感設定はSubstance Painterで行い、Mayaで最終調整してからライティングとレンダリングを行なった
▲歌舞伎町シーンでのルックデヴ作業
▲歌舞伎町シーンのテストレンダリング
▲組長の部屋でのルックデヴ作業
▲手の質感設定
ARの活用
▲ロボの大きさがどのように見えるかを検証するため、ARを活用。簡易モデルをUSDフォーマットで作成し、それをiPhoneやiPadに読み込ませるだけでARでの配置が可能になる
Nukeでの合成作業
▲ロボのレンダリング素材と実写プレートのNukeでの合成作業
ブレイクダウン
コンポジットのブレイクダウン
▲完成ショット
[[SplitPage]]<3>女子高生1775&伊藤 学のホムンクルス
定評ある技法を組み合わせてモダンかつリッチな表現に
女子高生1775のホムンクルスは、演者にホムンクルス状態も含めた一連の芝居を通しで演じてもらった実写プレートに対して、砂表現のCG・VFXを施すというアプローチが採られた。空舞台ではなく、演者込みの状態のプレートを用いるためロト処理等の手間は増えてしまうが、あえて選択した理由は、現場で演出やカメラワークを決めていく清水組のスタイルに合わせるためだったという。「作業の手間は増えますが、監督、現場スタッフ、そして役者さんたちはイメージしやすかったはずなので、結果的には良かったと思います」(平田氏)。
1775の砂表現は、当初Houdiniで作成する予定だったが、シミュレーション時間や最終的には見た目合わせで仕上げることを考慮し、MayaのnParticleやBifrostを使うことにしたという。一部の砂表現にはAEやNukeのパーティクルも用いているとのこと。1775の身体が徐々に砂化していく表現には、NukeのSmart Vectorツールが効果を発揮した。この機能は、表情など実写プレート中の特定部位の動きや形状の変形に応じて、マッピングする2D画像を自然な見た目に変形させるため、立体的な表現に仕上げることができたという。なお、一部のカットのコンポジットはAEで行われているが、AEの場合は同様の処理が行えるプラグイン「Lockdown 2」が使用された。1775の思いが砂のモーションタイポとして表れるカットについては、Mayaのパーティクル機能でモーションタイポ素材を作成し、それをCHPが作成した1775のメッシュにディスプレイスメントマッピングしてレンダリングしている。まさに知恵を絞ることで、オー ソドックスな手法によってモダンかつリッチな表現を創り出した好例である。
伊藤のホムンクルスは、一見、透明だが実は金魚が泳ぐ水槽というもの。伊藤のフォトグラメトリーモデルに対してMayaのノーマルのAOVでレンダリングするという、光学迷彩的な手法が用いられた。泡は実写素材とCG素材をカットによって使い分けているが、体内を泳ぐ金魚は全て実写素材とのこと。伊藤のホムンクルスは透明度が高いため、本番用の実写プレートは空舞台が必須となった。そこで伊藤を演じた成田 凌氏が入った状態のリファレンスと、演者が立っていた位置にマーカーとしてテグスを吊した状態の空舞台を撮影。「最終的に、かなりのアップショットになりました。マッチムーブのターゲットとなる背景の表示面積が小さくなったため、手付けベースで合わせるほかなく、非常に手間がかかっています(苦笑)」(平田氏)。
AEの使用
1775の異空間シーン。本作での合成作業は基本的にNukeを使用したが、1775に関しては砂や煙の合成が多いため、Trapcode Particularなどプラグインが豊富なAEを使用。タイミング調整などの面でAEの方がフットワークが軽いことも理由のひとつだ
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▲AEで見える部分のマーカーや背景などを消し込み、CG素材のベースを合成
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▲Mayaで作成した砂素材や実写の砂埃素材を合成して完成。場面によっては、Trapcode Particularで砂を少し足す
フェイシャル
フェイシャルはiOSアプリのFaceAppで作成した
▲1775のフェイシャル作業
▲伊藤父のフェイシャル作業
ブレイクダウン
1775のブレイクダウン
モーションタイポグラフィ
砂塵が文字になっているというモーションタイポグラフィ
▲テクスチャの基になる、文字が動き回るダイナミクスのシミュレーションを実行。続いて質感とノーマルマップをレンダリングしてテクスチャ素材を作成する
▲ノーマルマップ
▲テクスチャを貼る前の足のモデル。読ませたい文字だけはアニメーションを手付けする。周囲に散らばってるのは、降り落ちる文字たちのパーティクル
▲足のモデルにテクスチャを貼った状態
▲レンダリング結果
泡のエフェクト
▲伊藤に浮かぶ泡のエフェクトはMayaで作成した
金魚
▲水槽(伊藤)の中を泳ぐ金魚の表現。Mayaでノーマルマップを書き出してNuke上で屈折させ、さらにその上にハイライトやデフォーカスの処理を乗せている
ブレイクダウン
名越が伊藤のホムンクルスを見るカットのブレイクダウン
▲完成ショット