楽曲の譜割りから音像まで、その全てを極限までビジュアライゼーションさせる。辻川幸一郎×MARKが創り出した、静かなる大作。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 229(2017年9月号)からの転載となります

TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

Cornelius『あなたがいるなら』MV
プロデューサー:浅野早苗(GLASSLOFT)、矢野健一(Spoon.)/制作:広野 拓、藤本麻子(共にSpoon.)/演出:辻川幸一郎/撮影:重森豊太郎/照明:中須岳士/美術:柳町建夫(TATEO)/オフラインエディター:瀬谷さくら(オクトパス)/カラリスト:長谷川将広(カンフー・スカル)/オンラインエディター:格内俊輔/CG・VFX:MARK(貞原能文、古畑達也、犬童宗恒、斉藤壮平)
youtu.be/Hgel5HLe_sU sp.wmg.jp/cornelius

楽曲を立体的に映像化させるためのCG・VFXワークとは

独特の譜割りや演奏に着想を得たという、楽曲の音色や音像と極限までシンクロさせたビジュアルが魅力のCornelius『あなたがいるなら』MV。約11年ぶりとなる、Cornelius(小山田圭吾)ファン待望の今作のMVを制作したのは、辻川幸一郎監督が率いるチーム。中核スタッフの多くが、2006年に発表されて話題をあつめたCornelius『Fit Song』MV制作にも参加しており、CG・VFXワークをリードした、犬童宗恒氏が率いるMARKも同様だ。辻川監督には、曲ができた直後のタイミングでCorneliusからオファーが届いており、アルバムということもあり具外的にどの曲をやるのか決まったのは年末くらいだったという。企画の時点から、この表現を実現させるためには犬童氏の協力が必須だと思いながら企画を練っていたそうだ。

CGW229連載VFXアナトミー:Cornelius『あなたがいるなら』MV

左から、貞原能文CGプロデューサー、辻川幸一郎監督、犬童宗恒CGディレクター、斉藤壮平CGディレクター、古畑達也CGアシスタントプロデューサー
tsujikawakoichiro.com
mark-inc.jp

音は、重ならず、まばら。音像全体としてはトレモロみたいなエフェクトがかかっていて隙間は埋まっている。そういう雰囲気を出すために、家具など全体に歪みをかけることになる。アタックのある音と、持続系の音と、サイマティクス(スピーカーの上に砂を撒いたときの振動の表現)など、音にまつわる物理現象をお題としての制作となった。今回非常に苦戦したのは馴染ませの部分だったようだ。実際のライティングでネックレスを入れると暗くて見えないので成立しない。本気で馴染ませると、見えない。つくっていると、美意識的に馴染ませたくなるのだが......音像に合って気持ち良く見せることが今回最優先だったので、落としどころが非常に難しかったという。また、MVの視聴形態・環境の変化も実感したという。現在ではスマートフォンやタブレットでYouTubeにアップされたMVを観るのが主流だが、画面サイズによって見え方がかわってくるので、アップする媒体ごとにコントラスト等の色味の調整が必須だったそうだ。「今後の展開としてはVR、MR版をぜひやりたい。全ての物を、再配置、再現できるようにサイズ感も気にしながら、今回制作に臨みました。フレーミングされない自由な解放された空間で、このネックレスが動くと非常に面白いと思う。出現して消失していくのが、VRやMR向きだと思います」と、辻川監督。

01 プリプロダクション

映像演出プランに基づいた綿密なR&D

2016年末に楽曲が決まり、企画がスタート。おおまかなスケジュールとしては、2017年1~3月にプリプロダクション、4月3日(月)と4日(火)の2日間で撮影(4月4日(火)と5日(水)の2日間でオフライン編集)。そこからの1ヶ月弱でポストプロダクションが行われた(5月10日(水)完パケ)。辻川監督とMARKは10年以上にわたって様々なプロジェクトで協業しているが、過去に類を見ない表現のため、撮影日を当初の予定よりも延ばして(3月下旬から4月上旬へリスケ)綿密な検証が行われた。演出プランとしては、「(あなたの)不在」をコンセプトとして、「あなた」を想起させる物を動かすことによって不在している「あなた」を感じさせるようにプランが詰められていった。構造としてのテーマは、物理シミュレーションと、質感のあるものを使用し、音像に完全に合わせて物がふり分けられるようにしている。その音にシンクロして、出て、消えるをくり返す。さらに楽曲の譜割りが非常に独特なので、伸ばしたり、止めたり、回したり、音像に合わせて工夫したという。

3DCGワークでは、メインキャラクターといっても過言ではないネックレスのアニメーションが一番のチャレンジになったそうだ。歌詞からイメージした「あなた」の持ち物を譜割りや音像に合わせたアニメーションならびにエフェクトを施すことで、楽曲を映像で表現することが目指された。具体的にはHoudiniを使い、手付けのニュアンス(魚がヒレを動かす感じ)とシミュレーションのさじ加減を複雑に制御させている。「ネックレス先端の動きは手付けで生物のようなニュアンスをつくる。一方、それに追従するチェーンの尾っぽ部分は、シミュレーションをベースに、重さの設定にグラデーションを付けて軌道を追うのと、物理シミュレーションを混ぜて、良い頃合いをパラメータ化して調整しました。どうすれば自然な見た目になるのか、それに加えて譜割りに合わせて細かく制御させる必要があったので試行錯誤をくり返しました。僕は3ds Maxを長年メインツールにしているのですが、今回はHoudiniを利用しました。3ds Maxでも同様の表現はできると思うのですが、Houdiniで作成することで全ての調整要素をパラメータ化してプロシージャルに作成できたので、限られた時間内で監督のオーダーに応えることができたと思います」(犬童氏)。このコメントからも窺えるようにかなり複雑な設定のため、ネックレスのアニメーションは犬童氏自ら手がけたという。撮影時には方向性が定まったテストムービーを用意することができたので、撮影現場のスタッフたちとのイメージの共有がはかどり、スムーズに撮影が行えたそうだ。「動きに豊かさが出ていた。くるっと回った後のたわみが落ちる動きとか、上に上がるフニャフニャの感じとかが気持ちよかったり、キャメラマンとの、意識の共有ができたので助かりました」と、辻川監督。

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    辻川監督が描いた映像や動きの演出案を描いたスケッチ

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    辻川監督が描いた譜割りに対するネックレスのモーション案をまとめたもの。かなり詳細に図示されている

一連のプランをまとめた演出コンテ

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ロケハンで得た情報を下に作成された、プロップ制作向け資料の例

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ネックレスのテストアニメーション(動画キャプチャ)。撮影前からリグのR&Dと動きの検証が綿密に行われていた

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02 アセット制作&アニメーション

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02 アセット制作&アニメーション

監督が思い描いたビジュアルを阿吽の呼吸で発展させる

一連のCG・VFXワークは、犬童氏が全体を監修しつつ、主に実写空間シーンをリード。そして銅版画シーンは斉藤壮平氏がリードするかたちで、各々4~6名のチームで作業が進められた。実写空間シーンはHoudiniと3ds Maxで、版画シーンはMayaベースで作成された。プリプロダクションと並行してアセット制作をスタート。既存のモデルを本作向けに加工したりしながら用意された。

実写空間シーンのトラッキングについて。撮影現場のフォトグラメトリーやサイバースキャンはあえて行わずに、現場に貼ったマーカーをターゲットにSynthEyesでトラッキングしている。マーカーは、Null値をFlameアーティストに渡して消してもらっている。「しっかり計測してSynthEyesで物と物の距離の数値を入れ、どのカットでも矛盾がないようにしています。原点を決めてそれぞれの位置を計測して値を入力しており、今回、マーカーのXYZを5ポイントも設定すれば、そこそこバチっと合いました。HDRIを原点から投影するとピッタリくるようになるまで追い込んでいます。写真ベースでスティッチする方法より、今回はこの方が精度が高いだろうと判断しました」と、犬童氏。

ユニークなアセットとしては、本編の中盤に登場する、中林忠良氏の銅版画2作品をスキャンしたものが挙げられる。「元の版画作品は解像度が実はとても大きくて、情報量も圧倒的に多く、そこで情報量の差が出てしまうのではないかと心配していましたが、密度のあるパーティクルなどを上手く使い、リプルもダサくならず、センスよく斉藤くんが仕上げてくれました。実のところ、このシーンは苦戦すると思っていたのですが、嬉しい誤算でしたね」と、辻川監督も絶賛する。「絵の線とか点とかはいったん消して、要素をバラして3Dで再構築し直しています。ぐるぐる回すのも、かなり効いたかなと。上手く絵画的な表現になったかと思います。全体的にはあくまでも、版画の元の世界観を壊すことなく、かつチープにならないように、詰め込みすぎないように気をつけていました」と、斉藤氏はふり返る。

一方、主となる実写空間シーン(本作のアートディレクターを務めた柳町建夫氏の新オフィスで撮影)のアニメーション作業では、3D的にレイアウトを詰める必要があった(=調整要素が複雑、多岐にわたる)ため、絵画シーンよりも自ずと作業が難航したという。「物の出現、消失のタイミングは、ほんの数フレームで印象がガラっと変わるし、犬童くんが、感覚で上手く動かしてくれた。センスです」と、辻川監督。「結局、深度も入れてみないと最終イメージがなかなかつかめず、位置関係やサイズ感も明確ではなかったので、制作中は終始不安でした。ようやく見通しがついたのは最終週でした。『あー、こうなるんだって(笑)』」と、犬童氏はふり返る。未知なる表現への道のりはいつでも険しいのだ。

ボーカルとシンクロするネックレスの完成モデル

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    レンダリングイメージ

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    メッシュ表示

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Houdiniでによるネックレスのセットアップ。(画面・左)DOP Network。wire solverがネックレスの物理的な挙動をシミュレートし、並列にあるsop solverがヘッドの軌道(手付けアニメーション)に沿う動きを担う。(画面・右):sop solver内のVOP Network。ヘッドに近いほど軌道に沿う動きが強く、ヘッドから遠いほど物理的な挙動になるように制御している

その他の小物アセットの例。(左)レンダリングイメージ/(右)メッシュ表示。ドラムはフォトフレームや鍵といった金属製の物、シンセサイザーはコーヒー(カップ)やタバコ&煙、ガラス製の香水ボトルといった具合に、各音像に合わせて用意された

シンセサイザーの音像を表現するコーヒーや香水ボトルは、音の伸びや震動に合わせて流体シミュレーションのセットアップが施された

【上段画像】実物を棒の先に付けて撮影したリハーサル動画のキャプチャより。(左)冒頭カットのピアノの音像に合わせたサイマティクス(cymatics)的な表現のレイアウトガイド/(右)辻川監督自身によるネックレスの演技リファレンス/【下段画像】リハーサルに相対する各々の本番用実写プレート

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冒頭カットのSynthEyesによるトラッキング作業例

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Houdiniによるアニメーション作業例。小物系アセットをdelayedloadで配置し、アニメーションさせている

【上段画像】最初に登場する1つめの銅版画パートのブリッジとなる撮影プレート(左)と、撮影用美術のスキャニングデータを基にMayaで作成した3Dシーン(右)/ 【下段画像】同様に後半に登場するギターパート用の銅版画シーン向け撮影プレート(左)と、3Dシーン(右)

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03 エフェクト、ライティング&コンポジット

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03 エフェクト、ライティング&コンポジット

監督はバンドマスター、デジタルアーティストは奏者

CG・VFXワークは約1ヶ月。途中チェックは3回行われたが、1回あたりの打ち合わせは非常に細かく行われたため、4~5時間を要したという。「他のチームだと、あと10回リテイクしてもこうはならないと思う。いろいろ汲み取って、自主的に進めてくれる犬童くんのチームだからこそ応えてくれたと思います」と、辻川監督はふり返る。

エフェクトについて。溶けるものに関してはパーティクルでつくって、質感やUVなどをそれに与えて溶ける前のオブジェクトと乗り換えるなどしている。波エフェクト等はHoudiniで、メッシュをしっかり細分化して作成。ひとつマスターとなるしくみを作成し、それを流用するかたちで作成。また、版画の箇所のリボンだけClothシミュレーションも使用されたが、物理シミュレーションの要素をさりげなく加えることでそのショットのクオリティがグッと上がるのだと、犬童氏。また、3DCGのレンダリングは、Houdiniによる表現にはMantraを使用。これまでMARKでは、Houdiniで作成したデータをAlembic形式で3ds Maxに読み込み、V-Rayでレンダリングすることが多かったそうだが、今回は最初からMantraでやるつもりだったという。「特にvelocityの受け渡しが気になったので。アトリビュートを抜き出してやればできるんですが、今回はそのままMantraでやることにしました」(犬童氏)。一方のMayaベースで作成した銅版画パートは、V-Rayとソフトウェアレンダーを併用しているとのこと。レンダリングは32bitのOpenEXR形式を採用し、データ上の劣化が生じないように配慮。ただし、After Effectsでマルチチャンネルを扱うと動作がかなり重くなってしまうため、最終的には素材を各要素にバラしてコンポジット作業で詰めたそうだ。「一見地味に見えますが、多くのレンダーエレメントを書き出しています。いずれも不可欠の要素でしたので、プロの方にご覧になっていただくと非常に細かい処理を随所に施していることをわかっていただけるかと。プロデューサーとしては、犬童ができるだけ作業に集中できるようにスケジュールを組むことを心がけました。MVの制作はスケジュールがタイトなのが常ですし、本当に難易度の高いプロジェクトでしたが無事に終わって良かったです。ぜひ、何度もくり返し観てください。ジワジワと伝わるものがあるはず」とは、貞原能文氏。

最後に、辻川監督が独特の表現でプロジェクトを総括してくれた。「今回は、バンドとして演奏したものを一発録りしたような感じでした。生演奏特有の、コントロールしきれない部分がかえって良かったのかなと。それぞれが音に合わせて作成してガッチャンコするのがセッション的で楽しく、それが音像に合わさって、上手く融合した気がする。ヒエラルキーが良い感じに散るので、自分が予想していなかったところに散る感 じがカオティックで有機的な作品に仕上がったのかな」。

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特徴的な音像である「トレモロ(奏法)」の可視化というコンセプトで作成されたエフェクト作業の例。部屋に配置した家具に波紋エフェクトを施している

サイマティクス(cymatics:流体、粒子等の物体による音の可視化)がコンセプトのエフェクト作業例。(左)HoudiniによるシミュレーションのR&D。WrangleノードによるVEX言語での実装/(右)サイマティクスが出現する冒頭カット。最終的には2次元でのR&Dを応用して、立体的な模様が生成されるように3次元的なサイマティクスを実装した

鍵が溶けて消えるエフェクト作業の例。(左)POPnetwork/(右)メッシュ化した状態

水銀が弾けるエフェクト作業の例。(左)POP Network/(右)メッシュ化した状態

実写プレートに対するHoudiniのライティング設定。(左)部屋のモデルに撮影したHDRを貼り付けたシーンファイル/(右)撮影素材に合わせて、家具や小物に影響するライトを配置したシーンファイル

実写空間シーンのブレイクダウン

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    実写プレート

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    家具の影素材を合成

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    家具のCGモデルを合成

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    小物やエフェクト素材を合成

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ラコレを施したコンポジットとしての完成形(グレーディング処理前)

銅版画シーン(1つめ)のブレイクダウン

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    背景のみ

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    描かれた人物等の要素を合成

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    元データにある横線のタッチを合成

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    手前の人物(女性)の輪郭に追加のタッチを合成

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    元データにある背景に対するドット状のタッチを合成

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    ブラー処理を施したコンポジットとしての完成形(グレーディング処理前)



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  • 月刊CGWORLD + digital video vol.229(2017年9月号)
    第1特集:映画『東京喰種 トーキョーグール』
    第2特集:キャラデザからCGまで

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2017年8月10日
    ASIN:B07451M2QW