技法と表現の両面におけるドローンへの対応とインビジブルエフェクトの範疇を超えたVFX。マリンポストが実践する少数精鋭の画づくりを紹介する。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 259(2020年03月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©福本伸行・講談社/2020映画「カイジ ファイナルゲーム」製作委員会
映画『カイジ ファイナルゲーム』大ヒット上映中
原作・脚本:福本伸行「カイジ」(講談社ヤンマガKC刊)/監督:佐藤東弥/脚本:徳永友一/音楽:菅野祐悟/撮影:小原崇資/照明:木村明生/録音:菊地啓太/美術:樫山智恵子/装飾:高橋 光/編集:佐藤 崇/VE:弓削 聡/VFXスーパーバイザー:堀尾知徳/VFXプロダクション:マリンポスト/記録:初山澄乃/助監督:伊野部陽平/制作担当:芳野峻大/企画製作:日本テレビ放送網/製作:日本テレビ放送網、ホリプロ、東宝、読売テレビ放送、講談社、ヒント/STV・MMT・SDT・CTV・HTV・FBS/制作プロダクション:日テレ アックスオン
配給:東宝
kaiji-final-game.jp
実写シリーズの最終回に進化したVFXが華を添える
1996年より「ヤングマガジン」にて連載が開始され、シリーズ累計発行部数2,100万部を超える大ヒットコミックス「カイジ」。その実写映画化・第1弾『カイジ 人生逆転ゲーム』(2009)は興収22.5億、続く『カイジ2 人生奪回ゲーム』(2011)も興収16.1億という大ヒットを記録した(※日本映画製作者連盟公表データより)。そんな実写シリーズのラストをかざる『カイジ ファイナルゲーム』が好評上映中だ。
左から、堀尾知徳VFXスーパーバイザー、桑本祥一リードデジタルアーティスト、伊藤創志コンポジットリード、篠澤昂樹デジタルアーティスト。以上、マリンポスト
www.malin.co.jp
実に9年ぶりの新作であるが、本作のVFXワークは過去2作も手がけてきたマリンポストが一手に引き受けた。同社取締役 社長であり、本作のVFXプロデューサーを務めた田中貴志氏は企画の経緯を次のように語る。「2018年の夏にお話をいただきました。マリンポストとしては1作目、2作目に続き、集大成になればという思いで全力で取り組みました」。「本作のVFX的なチャレンジはドローンに尽きます。撮影手法としてだけでなく、劇中の重要なアイテムとしてドローンが登場するため、クランクイン前からいろいろと試行錯誤することになりました」と、VFXスーパーバイザーを務めた堀尾知徳氏も続ける。
VFXショット数は、全354ショット。そのうち3DCGが介在するものが107ショットだったという。マリンポストのチーム編成は、VFXプロデューサー1名、VFXスーパーバイザー1名、コンポジター2名、デジタルアーティスト2名、マットペインター1名、デスク1名の計8名。少数精鋭で臨んだが、2018年夏からプリプロに着手。実写撮影は11月~12月に実施、2019年1月からCG・VFX本制作がはじまり、9月に最終仕上げ(10月に0号試写)という比較的腰を据えて作業を進めることができるスケジュールだったという。これにより、事前の検証を入念に行い、本制作でもNUKEによるレイアウト兼アニマティクス作業(後述)をはじめとする新たな手法やワークフローにチャレンジすることができるなど、マリンポストにとっても実りの多いプロジェクトになったそうだ。
役者たちの演技と実に自然なかたちで共存するドローンのCGアニメーションをはじめ、一連のVFXワークはとても良質に仕上がっているので、ぜひ劇場で確かめてもらいたい。
01 3DCGベースで荒廃した東京を描く|オープニング~
事前の綿密な検証と適切なリファレンス
2018年11~12月にわたって行われた実写撮影には堀尾VFXスーパーバイザーが立会い、HDRI、フォトグラメトリー用の写真(3Dデータ化にはPhotoScanを使用)、撮影カメラのレンズのミリ数やアングル、撮影位置といった必要な情報とリファンレンス素材を収集。コインや金塊などの小道具についても美術班にお願いして提供してもらえるものはできるだけ持ち帰ったそうだ。「今回は、助監督の伊野部陽平さんがドローンの撮影手法やカメラワークを事前に詰めておくべきだと強く思っていただいたことに助けられました。そこで背景となるロケ撮影実施後に、役者さんのグリーンバック撮影前に佐藤東弥監督と小原崇資撮影監督、そして伊野部さんにマリンポストへお越しいただき、プリビズを確認してもらいながらグリーンバック撮影の段取りを決めていただくことができました。また、伊野部さんは撮影時にリファレンスを撮ることの重要性もしっかりと理解されていました。特に「バベルの塔」シーンは夜のため、ライティングでは良質なリファレンスが必須でした。佐藤監督をはじめ中核スタッフのみなさんがCG・VFX作業に理解を示してくださったことで画づくりに集中することができて本当にありがたかったです」(堀尾氏)。なお、メインのカメラはSony F55、ドローンはDJI Inspire 2を使用しているとのこと。
ここからは各シーンごとにVFX的な見どころを紹介したい。まずはオープニングシーンだ。荒廃した東京の街並みのロングショットから、街の中心に立つ伊藤カイジ(藤原竜也)へと回り込みながらクイックズームしていくカットである。街並みについてはフルCGで作成されたが、かなり遠景からカットがはじまるため、データ負荷を考慮しながら画づくりを進めたという。「非常に広範囲の街をつくる必要があったので、後半のヨリ構図の背景はハイポリで、中景はややハイポリ、遠景はローポリという3層に分けて作成しました。近景用のハイディテールな街並みは市販モデルをキットバッシュすることで手早く作業を終えることを心がけました。中景用の街は3ds MaxプラングインのGhostTownを使い、遠景用(ローポリ)部分はGreebleを使用しています。各層ごとに街並みを作成し、個別にV-Rayでレンダリングしたものをコンポジットで調整しました」と、リードデジタルアーティストを務めた桑本祥一氏。CG要素が大半のシーンのため、佐藤監督のイメージをいかにして具現化するのか、カメラワークをはじめマリンポスト側から積極的に提案するかたちで一連の制作が進められた。
オープニングシーンの3DCGワークの変遷
OPのブレイクダウン(俯瞰)
遠景~中景用の街並みCG
航空障害灯のビューティパス
一連のコンポジットワークが施された最終形。計画停電という設定だが、ところどころに炎の灯りでビルのシルエットが際立つように仕上げられた
OPのブレイクダウン(ヨリ)
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02 ドローン撮影への対応|バベルの塔&ドリームジャンプ~
02 ドローン撮影への対応|バベルの塔&ドリームジャンプ~
リファレンスだけではなく実際に"体験する"ことも重要
前半の見せ場となる、巨大な棒のてっぺんに貼り付けられたカードを奪い合うゲーム「バベルの塔」シーン。ここではカードを奪取しようと、ドローンを操縦する若者が登場するが、ドローンは全てCGで描かれている。ドローンのモデルについては過去に制作したものをベースに、クレーン(アーム)部分を追加。劇中の設定に応じたカラーリングやデカールを施し完成させた。「私物のドローンがあったので、CGスタッフたちに操縦してもらいつつ、本番カットに近いアングルで参考動画も撮りました。その上でアニメーションを付けてもらいました」と、伊藤創志コンポジットリード。飛んできて止まる際の挙動など、自分たちで操縦してみて気づいたことも多々あったそうだが、それらの知見がアニメーションに込められた結果、リアルなシーンが完成した。また、バベルの塔は全高8mという設定だったが、ロケ地となった山下埠頭のビルの隣に立つビルが高すぎたため、カットごとに見た目合わせで塔の高さをCGで調整されたものの、ドローンと同じく良質なリファレンスのおかげで実に自然なビジュアルに仕上がっている。
帝愛ランドのシーンに登場する「ドリームジャンプ」は、挑戦者(自殺志願者)たちがバンジージャンプのように体にロープをくくりつけ、高所から飛ぶというゲーム。10人中9人が死ぬ(ひとりだけが大金を手にする)という過酷なギャンブルだが、このシーンでもドローンによる撮影が行われたため、役者たちのグリーンバック撮影の前にプリビズが作成された。「バベルの塔と同様に、監督、撮影監督、助監督にお越しいただき、3ds Maxで作成したプリビズを見てもらいながらカメラワークやカット構成を詰めていきました。グリーンバック撮影前にレンズ、アングル、カメラワークや、素材の分け方などが把握できたので、その後の作業もスムーズでした」と、堀尾氏。また、落下途中のカットについては役者を正面と側面から捉えた2種類の実写プレートが用意されたが、正面のカットはNUKEで、側面のカットはオフラインの段階で挑戦者たちへのズームアップを加えたいという監督の意向が確認できていたので、そうしたダイナミックなカメラワークを後から付けるのが得意なAfter Effectsで作業が進められた。「側面のカットはコンポジットで大胆にカメラワークを加えていったのですが、自分のアニメ撮影の経験が活かせたのかもしれません。そして、なによりも佐藤監督がこちらの提案を積極的に採り入れてくださったからこそ実現した表現だと思います。個人的にも遊び心を込めることができた思い入れのあるカットになりました」(伊藤氏)。
街中のビルの屋上に巨大な棒が立てられ、てっぺんに貼り付けられたカードを若者たちが奪い合う"若者救済イベント"こと、「バベルの塔」シーンより。俯瞰ショット向けCG・VFX作業の例
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ドローンで空撮した実写プレート
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隣のビルから伸びる鉄骨をCGで追加したが、隣のビルが高すぎるため、全高8mという設定では塔の高さが足りなくなってしまった。そこで塔のCGを追加で作成。各ショットごとの見た目に合わせて調整された
カイジを捉えたショット向けCG・VFX作業の例
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ドローンのCGアニメーション素材。実写プレートのマッチムーブはboujouで行われた
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一連のコンポジットワークが施された最終形。本文でも述べたとおり、「バベルの塔」と「ドリームジャンプ」シーンの制作では、プリビズを基に実写撮影が行われたため、グリーンバック素材をキーイングして合成するだけで完成に近い画が出来上がっていたそうだ
一発逆転の"死のギャンブル"「ドリームジャンプ」シーンより。バンジージャンプ台をアオリで捉えたマスターショット
グリーンバック撮影に先立ち作成されたプリビズより
一連のコンポジットワークが施された最終形
10人の挑戦者たちをドリーで捉えたショット
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実写プレート。ジャンプ台の足場に支えのグリーンが被っていることがわかる。単純にキーイングすると、足場の根元や側面の素材がなくなってしまう
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そこでNUKEの3D機能を使い、実写素材を加工して上からかぶせる足場素材を作成
挑戦者たちが落下する様を側面から捉えたショット。各挑戦者にズームアップしていくカメラワークは伊藤氏によって、AE上で付けられた
挑戦者10人分の実写プレート(ノーマルスピードで撮影)
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AEのタイムライン。カメラのNullは、じわりとズームするものとクイックズームするものとを親子関係にしている
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最終形。「カメラがダイナミックに動くので、NUKEによる作業はキーイングに止め、アニメーションが得意なAE上で一連の作業を行いました」(伊藤氏)
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03 NUKEによる方針固め|最後の審判~人間秤~
03 NUKEによる方針固め|最後の審判~人間秤~
アニマティクスをコンポジットワークで作成
先述のとおり、ワークフローと技法の両面で新たな試みが実践された。特筆したいのが、本項で紹介するNUKEによるCGアニメーション制作向けのレイアウト兼アニマティクス作業だ。ポスプロの作業期間としては2019年1月~9月までと比較的長期間が割り当てられたが、その一方では3DCGスタッフが全面的に参加できるタイミングが7月になってしまうという事情もあったことから、伊藤氏の提案でコンポジットワークで対応できることは可能なかぎり進めておくという戦術が採られた。この戦術が特に効果を発揮したのが「最後の審判~人間秤」シーンである。支援者たちが投じたコインが巨大な秤を転がり落ちていくカットやドローンのCGアニメーションについて、レイアウトとアタリの動き(アニマティクス)を伊藤氏がNUKEの3D機能を駆使して付けていった。これにより、先だって監督に画づくりの方向性を確認してもらうことができ、CGスタッフは細かな動きの調整や質感といった3DCGならではのつくり込みに注力することができたという。「作品づくりはチームワーク。自分たちぐらいの規模のプロダクションでは細かな分業はかえって非効率です。だからこそ、各人が得意なスキルを持ち寄って、上手く補間し合えるチームをつくることが大切だと思っています」(伊藤氏)。このシーンの後半には9台ものドローンが登場し、支援者たちがコインを投じる中、金塊を運んでいく。実写プレートとのインタラクションを考慮することが必須の非常に難しい表現だ。「ドローン9台で84個もの金塊を運ぶ必要がありました。(クライマックスの盛り上がりを演出する)ワチャワチャ感を出したいという監督のリクエストに応えるべく、アニメーションを付けていきました。実写との一体感を高める上では、ドローンが秤に金塊を落とす際に、どこにも当たらず落ちるのでは不自然だと思い、ドローンが落とした金塊が当たって別の金塊が追加して落ちる表現を加えたりもしています」(堀尾氏)。リファレンスとして提供してもらった小道具の金塊が手元にあったので、それを社内でグリーンバック撮影した実写素材を合成することで効率化を図った。「動きを付ける際は、金塊を落としたときの効果音がセリフと被らないようにも配慮しました。ドローンのカットは30ほどあったので大変でしたが、良い表現に仕上げることができたと思います」(桑本氏)。最後に堀尾氏が次のように総括してくれた。「ドローンの表現については、ありがちなビジュアルにならないことを心がけましたが、今後も研究を重ねて、表現としてもクオリティとしてもより良いものを追求していきます」。
帝愛アイランドで開催されているものの中で最も過酷なギャンブル「最後の審判~人間秤~」シーンより
NUKEによるレイアウト兼アニマティクス作業。CG班からローポリのドローンモデルと金塊モデルを出してもらい、NUKEに読み込み9台分の動きが付けられた。ショットごとにサイズ感が変わらないよう、天秤のモデルもノードで作成している
9台分のレイアウトを行なっているカットのノードツリー。複雑なノード群にならないよう、cameraはクローンを使って見やすさを優先
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NUKEで作成したレイアウト兼アニマティクス
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一連のコンポジットワークが施された最終形。Alembic形式でアニメーションをベイクした状態のデータをNUKEから出力し、それをガイドにCGアニメーション作業が行われた
ドローンが金塊をクレーンで吊り上げるショットより
クライマックスに登場する転がるコインのアップショット。ポスプロ工程に入ってから、監督のリクエストを受けて新たに作成された。別カット用の実写プレートをNUKEで加工し、そこへコインのCGアニメーションを合成している
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NUKEでコインの動きを付ける。背景のガーコイルは視差がつくようにレイヤーを分けて配置している(中央に見えるのがコイン)
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CylinderノードとCardノードを使い、仮合成用のコインを作成。大きく映るため、最終的にはCG班が作成したハイディテールなものへ置き換える
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NUKEで作成した仮のコインを使い、アニメーションとしてのOKが出るまで詰めていく
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CGで作成したハイディテールのコインに置き換えた最終形。コインのエッジにハイライトが格好良く入るようにモデリングとライティングが施された
劇中に登場するゲームを表現したモーショングラフィックスもマリンポストが担当。映画美術のキャリアをもつスタッフがデザインが手がけることで、デザインから完成までワンストップで対応された。図は初期に作成されたモーションデザイン案で、3案が用意された
案3。フラクタルノイズのエフェクト主体で実写的なイメージ。最終的にこちらの方向で画づくりが進められた
本制作の変遷
マリンポストのスタッフがデザインしたタロットのグラフィック素材。AEで厚みと動きを付けられるようにレイヤー分けされている
タロットのフレームに質感を追加した完成形