柔軟な発想の下、最新ツールを駆使して日本でハリウッドクオリティを目指す。"攻めの群衆表現"を堪能できる快作。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 262(2020年06月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
© 2020「 燃えよ剣」製作委員会
映画『燃えよ剣』近日公開
原作:司馬遼太郎『燃えよ剣』(新潮文庫刊 / 文藝春秋刊)/監督・脚本:原田眞人/撮影:柴主高秀/照明:宮西孝明/美術:原田哲男/編集:原田遊人/VFXスーパーバイザー:オダイッセイ/装飾:籠尾和人/衣装デザイン:宮本まさ江/ヘアー&メイクアップ / SFXデザイナー:渡辺典子/床山・美粧HOD:高嵜光代/Bカメラ撮影 /ステディカム:堂前徹之(SOG / SOC)/殺陣:森聖二/スタントコーディネーター:中村健人/助監督:谷口正行、増田伸弥/配給:東宝、アスミック・エース/製作プロダクション:東宝映画/製作:「燃えよ剣」製作委員会
moeyoken-movie.com
既成概念を打破する世界標準の群衆表現
1964年に発売された累計500万部を超える司馬遼太郎の国民的ベストセラー「燃えよ剣」が、『日本のいちばん長い日』(2015)、『関ヶ原』(2017)をヒットさせた名匠・原田眞人監督によってついに映画化された。原田監督が描く日本の三大変革期の最終章である。幕末の激動期、京都守護職である松平容保の配下に置かれ、治安維持や尊攘派志士の警護活動を行なった史上最強の剣客集団「新選組」、その中心人物だった土方歳三の壮絶な生涯を描いている。
右から、オダイッセイVFX SV、白 智雲FX SV、のざわあつこCGI SV、江本亘隆アニメーションSV、米山和利CGIプロデューサー、ラザロット・クリストファー アニメーター、篠本圭恵アニメーター、山元太陽CGIプロデューサー、山下潤一コンポジター、鈴木理之Golaemエンジニア(クレッセント)
そんな本作のCG・VFX的な見どころは、土方が属する旧幕府勢力と薩摩藩を中心とした新政府勢力がくり広げる戊辰戦争シーンだ。躍動感あふれる兵士たちの群衆表現には3DCGキャラクターアニメーションが積極的に導入されているが、一連の群衆表現をリードしたのがコラットだ。過去の2作に続きVFXスーパーバイザーを務めたオダイッセイ氏が企画の経緯をふり返った。「原田監督の『関ヶ原』と同じチームでやりたいという要望を受け、2018年の夏頃からお話をいただいていました。その後、クランクアップ(2019年4月頃)のタイミングでまずは兵士キャラクターをD4Aさんにお願いして、フォトグラメトリーから制作に着手しました。コラットのメンバーたちに群衆表現のR&Aに取り組みはじめてもらったのは5月末頃でした」。
実は、オダ氏は2年ほど前にコラットの取締役に就任し、日本の映画VFXの発展に腰を据えて取り組んでおり、群衆表現はその取り組みの成果のひとつだ。「戦闘描写にリアリティをもたせるべく、多数の兵士をCGで表現する必要がありましたし、群衆の中でもポイントとなるキャラにはしっかり演技させています」(オダ氏)。一連の群衆表現には、定評あるGolaemを採用。ちょうどポストプロダクションが始まるタイミングでバージョン7へとアップデートされたこともあり、国内ではいち早くGolaem 7を導入したプロジェクトになったが、日本国内の正規販売代理店であるクレッセントが技術サポートすることで、新機能や強化された機能を上手く活用することができたという。作品全体で約2,500カットのうちVFXが介在したのは約1,200。マスク切りなどの細かい作業を含めると、参加プロダクションはゆうに15社を超えることとなった。
01 フォトグラメトリーベースの兵士アセット
ロケ地からほど近い京都のD4Aで3Dスキャン
『関ヶ原』の群衆表現も非常にリアルな仕上がりだったが、今回はそのリアリティをさらに高めるべく兵士のキャラクターアセット制作にはフォトグラメトリーが導入された。3Dスキャンからモデルのリファインまでを担当したのが京都を拠点とするD4Aであった。「ロケ地の多くが京都周辺ということもありますが、地元京都のアーティストがつくるということにも意味があると思い、D4Aさんにお願いしました。今回初めてご一緒させてもらったのですが、3Dスキャン担当の田嶋一夫さんは、東映の美術部に長年いらした方で、スキャン当日も実写撮影現場の段取りや、衣装や小道具の扱いを的確に把握されていたので、とてもスムーズでした」(オダ氏)。
フォトグラメトリーの撮影はクランクアップ後すぐに実施。D4A社内にある3Dスキャンスタジオ「SCANBA!KYOTO(スキャンバ京都)」にて、兵士6体分のスキャンが行われた。「映画案件の3Dスキャンは初めてでしたが、2018年6月に東映の太秦撮影所の近郊に移転したことが功を奏しました」(田嶋氏)。「スキャンデータをRealityCaptureで作成した後、Wrap3でリメッシュやデータ容量の調整を行いました。元データは約1,500万ポリゴンでしたが、コラットさんに監修していただきながら約1~10万ポリゴンを目安にリトポを行いました。今後も京都という地の利を活かして時代劇作品にも携わっていければと思います」と、スキャン後のモデル制作を手がけた栢分(かやわけ)瞭成氏。キャラクターアセットの制作は1体1週間ほどのペースで約2ヶ月にわたって行われた。アップカット以外はしっかりと芝居をさせたらそこまでポリゴン数が多くなくてもリアルに見えるという過去の経験の下、目標のポリゴン数は設定されている。コラット側からは、どういうデータ構成が良いのか、的確な指示があり、とても上手く誘導してもらえたそうだ。「人 の手を入れすぎてしまうと、スキャンの良さであるハイディテールさ、リアリティが失われてしまう恐れもあるので、そこは丁寧に気をつけながらの作業になりました。試行錯誤はもちろんしましたが、リアルさを損なわず綺麗にリトポできたかなと思います。今後もより良いワークフローを模索していきます」(栢分氏)。
D4Aの3Dスキャンスタジオ「SCANBA!KYOTO」内観
www.scanba.kyoto
フォトグラメトリーで取得されたリメッシュ前のモデル例。「撮って出しの状態でも造形的にはかなり綺麗でした。リグを入れ、Golaemによるレイアウトやレンダリング作業を行う際の使い勝手を考慮して、 ポリゴン数の調整、リトポロジー、テクスチャリング等をお願いしました」と、のざわあつこCGIスーパーバイザー(コラット)
D4Aから提供されたリメッシュ後のモデルを、コラット内でルックデヴを施したモデル例
Golaem上でのセットアップを考慮した、Mayaのジオメトリ・ノードツリー例。武器や旗など、切り替えが発生するモデルは、それぞれをグループにしてから"prop"としてグループ化している
フォトグラメトリーをベースに新作された兵士モデルのバリエーション。9体のうち、フォトグラメトリーで作成したものは7体で、残りの2体はパーツの組み換えで作成
会津藩兵の主要テクスチャ例。(左)ビューティ/(右)スペキュラ。今回はアップショットにも対応できるハイモデルを使用しているため、キャラクターモデルにはノーマルなどは当てず、シンプルなつくりになっている。一方、武器プロップについてはSubstance Painterなどを使い、ノーマル、リフレクション、グロシネスも作成された
兵馬の完成モデル。コラットのアーカイブモデルのフォルムを調整した後(背面がヨリで映るショットがあったため、尻部分の見え方を調整)、再セットアップ。馬についてはGolaemは使わず、キーフレームで動きを付けているとのこと
兵士アセット制作時のチェックバック例
[[SplitPage]]02 鳥羽・伏見の戦いシーン
群衆の中にも確かな個性を込めていく
ここからは具体的なシーンメイキングとして、コラットがリードしたショットワークを紹介したい。まずは中盤の見どころ「鳥羽・伏見の戦い」シーンだ。先述の通り、2019年5月頃からコラットの作業が本格的に開始となり、アニメーションSVを務めた江本亘隆氏を筆頭とする5名ほどのチームでGolaem 7を使い群衆アニメーションをつくり上げていったという。Mayaでリグを組み、GolaemCharacterMakerというツールでJointをリターゲットして、用意をしておいたいた動きの素材を入れ込んで、さらにカットごとにブラッシュアップしていった。江本氏は次のようにふり返る。「ベースとなる動きは、CGCGスタジオさんに作成していただいたモーションキャプチャデータ約70種類を基に、そこからアレンジしてモーションパターンを増やしていきました。それでもモーションのバリエーションが足りず、Adobe MixamoからのモーションをベースにさらにMotionBuilderでモーションパターンを増やし、オダさんからリクエストされた複雑な演技に仕上げていきました。7にバー ジョンアップしたGolaemがとても優秀で、地面に沿って走らせるといった動きも手早く設定できたし、シミュレーションをかけた後でも様々な調整が利き、さらにノードベースになったことで効率良く動きを付けることができました。オダさんが求める群衆表現はパターン化されたモブではありません。兵士ひとりひとりがどのような思考の下で動くのか、そうした個性を込めることで全体としてのリアリティを高めていく必要がありました。そのため、Golaemという群衆シミュレーションツールを利用しているにもかかわらず、1体1体のキャラクターを個別に動きを付けるカットも多くありました(苦笑)」。
群衆の中でもリーダー的な存在のキャラが集団を引っ張り、それについていこうとする兵士、追い抜く兵士、中には死にたくないので遅れをとる兵士など、細かい部分のニュアンスまで考え抜かれ表現されている。もちろん撮影現場にもエキストラが動員されたが、エキストラに攻撃を受けて倒れるといった危険の伴う演技をさせることはできない。しかし、現実の戦闘描写には必須の演技である。そうしたエキストラでは不可能な動きもCGキャラクターアニメーションによって(必要であればイチから手付けで)動きが付けられていった。
実写撮影に用いられたカメラが3種類(ARRI ALEXA Mini、DJI Zenmuse、DJI Osmo)あり、それぞれで撮影解像度・コンポサイズ・CGレンダリングサイズ・納品サイズが異なっていたことから図式したもの。作業を進める際は、作業フレーム範囲等の全ての情報をShotgunで一元管理しておくことで、作業者は、ワンクリックで該当する設定がシーンファイルに反映されるため、ほぼ意識することなく画づくりに集中できたという
Golaem向けリグ調整例
Character Makerを使い、Golaemのリグにジョイントをアサイン
ジョイントのアサインが終わると、リグとフィジックスのバウンティングボックスが表示される
旧幕府軍の姿を側面から捉えたショット向け群衆シミュレーション。図は、Terrain(地形作成ツール)で坂から下ってくる兵士たちの走りを制御。旗の動きはクロスシミュレーションさせたジオメトリキャッシュをGolaemで群集にアサインしている
NUKEによるコンポジット作業例
地形に合わせた地面のモデルを作成し、Golaemの走る地面として適用したり、影素材を作成するために使用
レンダーエレメント。用意はされたが、結局使用しなかったものもあるという
Keyライト(図・左)と、Domeライト(図・右)を別エレメントで書き出すことで、コンポジットワークで色調整を柔軟に行えるように配慮
ライティングシーン作成のため作成された、ビルドツール。Golaemやその他アセットの読み込み、Crowdレイヤーごとのレンダーレイヤーの作成などをワンストップで行える。過去プロジェクトでは、Golaemのレイアウトシーンをライティングアーティストに受け渡していたそうだが、Golaemデータをエクスポートしてライティングシーンでリファレンスすることにより、Golaem Crowdに変更が発生しても、リファレンスの入れ替えで、 素早く再レンダリングすることが可能になった
リアリティを追求する上では、モブキャラを大胆にレイアウトすることも多いという。図はカメラ手前を走り抜けるアニメーションの例。奥への群衆の配置と共に、カメラ前に通過させることで奥行き感が演出された
カメラビュー
パースビュー。「足下の接地が見えないため、比較的自由に配置できます。ただし、地続き感がないとバレるので何をしてもいいというわけではないですが、カメラからの見え方ありきでスケールをかけたり、速度の調整をしています」(江本氏)
合成前
合成後(完成形)
ブレイクダウン
[[SplitPage]]
03 五稜郭の戦いシーン
画づくりに専念できるワークフローを構築
クライマックスの舞台、「五稜郭の戦い」シーンは、物量としても作業負荷としても難易度の高いカットが多くなった。撮影現場に集められるエキストラは最大でも約150名のため、ロングショットでは相当な数のCG兵士を足すこととなったという。さらに躍動感を高める上では、馬に乗った兵士のアニメーションや爆破エフェクトも求められた。馬のモデルはコラットのアーカイブ素材をベースに本作に合わせてリファイン、馬の動きにも細かな手が加えられた。また、砲撃の着弾による爆破表現では、CG兵士を使い爆風で吹き飛ぶ動きを加えたりもしているので、ぜひ劇場で確かめてもらいたい。
制作進行とデータ管理にはShotgunを活用。ショットのスタート/エンドや、各ショットごとのカメラ(フレームサイズ)の管理といった仕様については、できるだけアーティストの手を煩わせないように細かくタグ付けを行い、シーンを開けば自動的に反映されるように整理された。コラットのレンダーサーバは8台で構成(いずれもAMD Ryzen Threadripper搭載マシン)されているが、夜間等は未使用の作業マシンもレンダリングに利用することで対応したという。「3DCGのレンダリング時間は、重いシーンでも1フレーム20~30分でした。3DCGよりもNUKEによるコンポジット作業の方が重くなりました。これは3DCGで画づくりを詰めるのではなく、コンポジット工程で細かな調整に対応できるようにしたためです」と、のざわ氏。コラットのチームは、ピーク時で20名規模に達したそうだが、オダ氏の豊かなネットワークを活用することでマスク切りはナイス・デーの海外拠点(グループ企業)の協力を仰ぐなど、コラットしか対応できない難易度の高い作業に注力することができたそうだ。「劇中でも重要なシーンのVFXを、3DCG作業だけでなく最終的なコンポジットまで社内でやりきれたことが大きな自信につながりました。今後もより良い画づくりを実践していきたいです」と、コラットの山元太陽CGIプロデューサー。そして、オダ氏は次のように総括した。「原田監督が描く日本の三大変革期・最終章のVFXを、コラットをはじめとするチーム総出で全てを出しきるつもりで取り組みました。みんなががんばってくれたことで、とても良い作品に仕上がったと思います。映像クオリティも海外に引けを取らないと自負しているので、ワールドワイドに展開していければと願っています」。
細かな仕草を表現するためのAdobe Mixamoを活用
リターゲット例(その1)。MotionBuilderでキャラクタライズすることで、Mixamoで作成したモーションをリターゲットできるようになる
リターゲット例(その2)
いくつかのモーションをブレンドし、身を伏せていたキャラが走り出すといった、オダ氏のリクエストに応える複雑なモーションへと仕上げていく
Houdiniによる砲撃の着弾(爆破)エフェクト作業例
-
lineをEmitterとして、爆発の方向と距離をセットアップ
-
(ノードツリー・上部)【画像左】を利用して爆発のVelocityとVolumeサイズをコントロール、(ノードツリー・下部)レンダリングはMantrだけでなく、MayaによるV-Rayでも行えるようにOpenVDBデータを出力する
五稜郭シーンのマスターショット向けGolaem作業例。このカットではTerrainは使わず、見た目でスケール等を使って群集が実写の背景に馴染むよう調整
マスターショットのブレイクダウン
五稜郭シーンの中でも群衆の数が多いショット
-
モブキャラのバラツキを調整したり、ポーズが同じキャラを近くに配置しないようにすることでリアルな動きが追求された
-
足元に生える草のマスク出力用Mayaレイヤー。「実写プレートの草の生え具合に合わせて草のCGモデルを置き、マスクをレンダリングしています」(のざわ氏)
斜面のロケ地に対するGolaemシミュレーション例。「手前を走る兵士にはTerrainを適用して地面の高さを背景に合わせています。丘の向こうからくる兵士たちは接地が見えないのでrotateで角度を調整して登ってきているように仕上げました。倒れるタイミングや位置を1体ずつ細かく調整しているので、かなり強引な方法だとは思うのですが、1体ずつキャッシュを出して、それぞれのノードでコントロールすることでGolaemのノードエディタがノードで埋まってしまうことを回避しました」(江本氏)。表示が軽いため、複数のキャラを本来のMayaデータで読み込むよりも位置やアニメーションのタイミング調整を容易に行えたそうだ
NUKEによるコンポジット作業例
-
Shotgunからショットの情報を取得するノード
-
ShotInfoノードからエクスプレッションで、自動でフレームオフセットや各種設定を行う(上から放射上に伸びている、明るいグリーンの線がエクスプレッション)
各素材でLUT情報が異なるため、コンポ途中のリニアのノードを、簡単にLUT適用後の色で確認できるようにViwerProcessをそれぞれ用意して、選択できるようにされた(sRGB変換では最終の色味での確認ができないため)。図・左が合成フロー途中のリニア状態のView、図・右が同じノードにViewerProcessでLUT適用後のプレビュー(Linear→Log→LUT)。図・上部の"None"、"MKO_AlexaOP1B"がViewerProcessの種類
海外のプロダクションに委託したロト素材。煙や草なども細かく分けられている
丘陵ショットのブレイクダウン
手前(下手)に兵士を追加した完成形