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    前作のノウハウを活かしたCGワークに、ミニチュアワークやコマ撮りなど、白組らしい手法を織り交ぜて完成した『寄生獣 完結編』のVFXワークを紹介する

    これまでのノウハウが活きた完結編

    今回のVFXアナトミーは、現在公開中である映画『寄生獣 完結編』のVFXワークを紹介する。

    本作は昨年11月に公開された映画『寄生獣』の続編だ。前作からどのようなVFXワークの変化があったのか、白組 調布スタジオのスタッフに話を聞いた。

    1列目左から、大久保榮真、吉川剛生、早川胤男、小髙慶人。2列目左から、鈴木健之、金本有里彩、鈴木 勝、渋谷紀世子、舟橋 奨。3列目左から、前 和佳子(フリー)、河原佑樹(フリー)、山口拓洋、高橋正紀、武坂耕二(IMAGICA)平 昌都。4列目左から、並木隆男(D・A・G)、加藤真一(D・A・G)、松本圭、山崎 貴、早崎達矢。5列目左から、江村美香、宮内貴広、山口拓史、米本玲男奈、稲垣充育(フリー)、吉川 辰平(フリー)、植木孝行(敬称略)

    完結編のVFXショット数は約340カット、VFXの制作は昨年12月から3ヶ月半をかけて行われている。

    「完結編は1作目に比べて制作カット数は少ないのですが、アクションも多く一瞬で終わるようなカットの積み重ねでできている作品になっています。クライマックスではワンシーン全てがVFXショットで70カットもあるようなシーンもあったり。その分いろいろと観どころがある、盛りだくさんの映画になっていると思います。ただ、前作の経験があったからといって余裕はなかったですね」とVFXディレクターの渋谷紀世子氏は語る。

    登場する寄生生物の種類も多く、「前作同様にPFTrackがなければ制作が厳しいものになったと思います」と渋谷氏。またグリーンバックで撮影された背景構築を必要とするカットが多かったのも1作目と大きく異なる部分だ。

    「現代劇なんですけれども、後半に登場するゴミピットが設定上とても巨大だったので、演技に必要な部分だけセットを作ってもらい、ほかはグリーンバックで撮影しました。映画のクライマックスシーンでもあるので、臨場感あふれるドラマティックな背景をどう用意できるか、そこが重要でした」と渋谷氏。

    背景に40分の1のミニチュアを作成して撮影し、マットペイントで細かなディテールを加えるなど、長年特撮を手がけてきたプロダクションのノウハウが活きる作品となっている。また後藤のアクションにMVNを使ったモーションキャプチャを利用するなど、新たな試みもなされた。ミギーの制作に関しても前作である程度のノウハウが貯まっていたため、より演技を深める部分に力が入れられているというが、前作に増してミギーの変形バリエーションが増え、表情豊かに仕上がっている。

    「CGであらゆる形状変化に対応させるというのは難しいですが、ミギーは変幻自在だという原作の設定に納得がいくようなボリュームにはなったと思います」と渋谷氏も自負してくれた。

    それでは、代表的なVFXショットのメイキングを紹介しよう。

    01:表情豊かなミギーの表現

    料理をするミギー

    前作ではあまり人間的な感情を出さなかったミギーだが、完結編ではミギーが人間的な感情表現や演技をするカットが多くなっている。

    その中でも注目したいのは、ミギーが新一(染谷将太)と協力して味噌汁を作るというシーンだ。ミギーが腕を包丁型に変形させてネギを刻んだり、味噌のチューブを絞って鍋に味噌を入れたりするショットは、実写素材とCG素材の絶妙なコンポジットで表現されている。ネギが切れる様子などは、CGで作成しているように見えるが、実物のネギをコマ撮りで撮影してアニメーションさせているのだという。

    「ネギを切るショットは、渋谷の設計の勝利。白組ならではのテクニックだと思います。なかなかネギを切るショットをコマ撮りでやろうと思う人は少ないでしょう。CGでやってやれないことはないですが、あれを現場でコマ撮りしているというのが、とてもいい雰囲気のあるショットの出来につながっているのでは」と高橋正紀氏は話す。

    味噌チューブから味噌を出す動きもスタッフが実際にチューブを絞っているプレートを使って制作されている。またほかにも豆腐をミギーが切るショットもあるのだが、現場で切った豆腐を上手くくっつけあたかもミギーが切ったように見せているのだという。

    ミギーがネギを切るカットのショットブレイク。

    ▲(左)コマ撮りで撮影された実写プレート
    ▲(右)新一の右手を消去した実写プレート

    ▲(左)ミギーのCG素材
    ▲(右)ミギーのアニメーション作業画面

    ▲完成形

    ▲(左)実写プレート。スタッフが味噌チューブを絞っている
    ▲(右)チューブを絞る手などを除去した実写プレート

    ▲(左)ミギーのCG素材
    ▲(右)ミギーのアニメーション作業画面。チューブの本体もCGに置き換わっている。ミギーの手がかなり長く伸びるので、リグの変化も大きく難しいVFXワークだ

    ▲完成形

    指先ミギーや手のひらミギー

    寄生獣では、ミギーが目や唇だけの状態になることも多く、それらの表現が完結編でも多く登場する。これらのミギーはD・A・Gが担当している。

    「指先ミギーは肌との連続性の違和感をなくすのがとても難しかったです。ちょっとした角度のちがいやライティングのちがいで肌の色が変わってしまったり。ミギーの色味は本当に難しかったです」とD・A・Gディレクターの並木隆男氏は話す。

    トラッキングも回り込む動きが多いため非常に難しかったそうだ。

    ▲手のひらにミギーの目玉だけがあるショットの実写プレート

    ▲目玉だけのミギーのCG素材

    ▲完成形

    ▲様々なシーンに登場する指先ミギー

    02:ゴミピットでの対決シーン

    ミニチュアを駆使した背景制作

    後藤(浅野忠信)と新一が戦うゴミピットのシーンでは、背景にミニチュア素材が用いられている。ミニチュアは美術の林田裕至氏のデザインを一度CGで立体化し、それを基に図面を起こして作成された。

    「かなり巨大な空間であることと、シーンのカット数も多いという理由でミニチュアを撮影しています。白組の十八番とも言えるVFXです」と渋谷氏は話す。
    細かいディテールが施されているが、ゴミ袋などさらに細かい部分はマットペイントで描き込まれている。

    「ミニチュアを撮影する段階で実写プレートのトラッキングを済ませていたので、カメラプロジェクションのポジションなどを細かく指定して撮影することができました。そのためNUKEでカメラプロジェクションをする際もそのまま投影することができましたし、CGで背景を起こしたときのテクスチャや、レンダリング時には、ルックのリファレンスとして使うことができるなど、とても合理的な方法でした」と平 昌都氏は言う。

    オレンジ色の照り返しが印象的なショットに仕上がっているが、光の当たり具合や色を変えたミニチュアを4パターン撮影し、NUKEで調整して炎の照り返しを作成しているのだとか。また、周囲を飛んでいる火の粉はNUKEのパーティクルを使って制作されている。

    ▲(左)制作されたゴミ処理場内のミニチュア。
    ▲(右)照明の状態を変えて撮影されたミニチュアの撮影素材。この照明のほかに照り返し用に3パターン撮影されている

    ▲(左)ブリッジの下部はNUKE内で梁のジオメトリにマッピングを施して作成されている
    ▲(右)CGで作成された背景素材

    ▲(左)炎は実写素材が使用されている
    ▲(右)ブリッジ下部の素材。ミニチュアにレタッチを施したマット画素材

    ▲(左)グリーンバックで撮影された実写プレート
    ▲(右)完成ショット

    MVNを利用した新たな試み

    初めての試みとして、MVNを使ったモーションキャプチャでクリーチャー化する後藤のアニメーションを作成している。

    後藤を演じる浅野忠信氏にMVNを装着することで、浅野氏の演技を継承した状態でCGモデルのアニメーションを作成することが可能になった。基本となる浅野氏の動きにアニメーションを手付けした触手部分の動きが加わり、シーンを通じて違和感のない演技が表現されている。

    ▲(左)グリーンバックで撮影された実写プレート。足を見るとMNV用のスーツを着ていることがわかる
    ▲(右)背景が合成されたプレート

    ▲(左)MNVでキャプチャされたモーションデータと手付けによって作成されたCGアニメーションの素材
    ▲(右)完成ショット

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    03:森林でのバトルシーン

    難しい環境下でのCG合成

    物語のひとつの山場でもある森でのミギーと後藤のバトルシーンは、細かい樹木や枝が茂っているという複雑な環境でのショット制作となった。

    ここでの後藤に頭部の変形などはないので、浅野氏は手にマーカーを付けた状態のみで演技している。ミギーと絡むようなショットでは、木の枝に繋げたロープを引っ張る状態で演技が撮影された。ミギーや後藤の触手のアニメーションは、PFTrackによってトラッキングした実写プレートを基に付けられていくのだが、カメラワークが限定された空間でのバトル表現はとても困難な作業になったという。

    「ミギー単体が木の枝に掴まった状態で後藤と戦うという設定なので、寄りのカットなどは特に背景との兼ね合いや、後藤の触手とのスケール差もあって、触手を受け止めたりする際の反動などが表現しづらかったです。限定された状況の中でいかに激しい攻防のやりとりをしている感じを出すかがとても難しかったですね」とアニメーターの河原佑樹氏は話す。

    撮影時にはミギーの位置にマーカーを置いて撮影しているが、距離感がわかりにくかったり、枝の前後関係が難しかったりと、森の中という環境ゆえの難しさがあったという。

    コンポジットにおいても、森の中という環境は難しい条件となったようだ。森の中での撮影では、日照が時間によってかなり変化するために、時間との勝負になったという。

    「隣接したカット同士でも照明の状態が異なるので肌の色が変わってしまったり、カットごとの擦り合わせが難しいシーンでした。ショットに合成するCG素材はまずそのショットの肌色の調子に合わせておき、最終グレーディングでシーンを通して同じ色調になるように調整しています」とコンポジターの前 和佳子氏は語る。

    ミギーと後藤の対決ショット。

    ▲(左)実写プレート。ミギーの代わりに枝に繋げたロープを引っ張っている
    ▲(右)ロープや手の部分を消去した実写プレート

    ▲(左)ミギーのCGプレート
    ▲(右)色調整用シャドウマスク

    ▲完成ショット。ミギーと後藤は5mぐらい離れている設定だが、スケール感や距離感の調整が難しかったそうだ

    後藤と激しいバトルをするミギーのアップ。木漏れ日がミギーに落ちているという難しいVFXだ。

    ▲実写プレート

    ▲(左)ミギーのCG素材
    ▲(右)木漏れ日の影を乗せた状態のミギーのCG素材

    ▲完成形

    04:卓越したデジタルリムーブによるショット構築

    触手によって運ばれる赤ちゃん

    本作は不要物を映像中から除去するデジタルリムーブ、いわゆる消し込みが必要になるショットも多い。その中でも特に難易度が高かったという、田宮良子(深津絵里)が触手で赤ちゃんを受け取るシーンを紹介したい。

    この一連のシーンのデジタルリムーブを担当したのがIMAGICAの武坂耕二氏をはじめとするクリエイティブプロダクションユニット五反田VFXグループだ。このショットでは、本物の赤ちゃんを使って撮影をしたいという監督からのオーダーがあり、実際の撮影では田宮の触手の代わりにスタッフが手を使って赤ちゃんを抱えて運んでいる。

    「深津さんが赤ちゃんを抱えている演技のショットを空画としていただいて、あとは赤ちゃんの入ったショットをもらって合わせていくのですが、現場は風が強かったようで背景にある樹木の揺れ方が合わなかったりと、難しいショットでした。樹木の揺れは枝葉の塊を切り取って合成することで整合性をとっています」と武坂氏は語る。

    また、赤ちゃんを包む布はスタッフの持っている状態と、CGの触手が持った状態に置き換えた時では形状が変わってくるので、布の形状修正が非常に難しかったそうだ。IMAGICAではこれらの作業をFlameで行なっている。

    このような撮影条件の厳しいショットの消し込みのコツは「これらのショットでは、レンズディストーションを一度外して、カメラワーク全体を大きな1枚の画として捉え、必要な部分の消し込み作業をし、作業が終わったら元に戻して合成していきます。ショットによってレンズの歪み方が異なるので、1枚画にして歪みをなくすことで安定した作業を行うことが可能です」と武坂氏は話す。

    田宮が赤ちゃんを触手で受け取るショットのショットブレイク。

    ▲(左)実写プレート。赤ちゃんをスタッフが手で運んでいる
    ▲(右)スタッフの手を消去した実写プレート

    ▲(左)触手のCG素材。日中の屋外というごまかしの利かない状況だが、肉の質感などがとても上手く表現されている
    ▲(右)完成ショット

    田宮の手元に赤ちゃんが戻るショットのショットブレイク。

    ▲(左)赤ちゃんと田宮の実写プレート。触手が赤ちゃんをまだ抱いている状態なので、スタッフが手で赤ちゃんを支えている
    ▲(右)空画を使ってスタッフを除去し、CG素材の触手を合成してもおかしくないように、赤ちゃんを包む布の形状を変形させている

    ▲(左)触手のCG素材
    ▲(右)完成ショット

    05:VFXによって創出されたカーチェイス

    手法にこだわらないVFX

    新一とミギーが後藤からクルマで逃げるカーチェイスのシーンでは、背景からクルマまで多くの要素をVFXによって構築している。とても多くの要素が絡んでいるシーンのため、数カットなのだが大がかりな制作体制で挑まれた。

    このシーンは、車内のカットと車外のカットに分かれているが、車内のカットはスタジオにクルマを置いて停めて撮り、外を走るクルマは実車をカメラカーで撮影している。車内カットの窓外から見える背景は、360度の視界をカバーするように配置された7台のGoProを使って山道を撮影。その映像をNUKE内に構築した天球にプロジェクションしている。

    GoProの動画はそれぞれ4K解像度で撮影しているが、それでも解像感が低く合成に苦労したという。また、背景の変化に合わせてボンネットやハンドルなど車内の照り返しを表現するのが非常に手間のかかる作業となった。

    クルマがガードレールを突き破って落下し爆発するカットでは、クルマとガードレールはフル3DCGで作成されているが、爆発するクルマや飛び出す新一は実写素材を使っており、CGと実写の素材が入り交じる状態だったことから、動きの整合性をとるための調整が大変だったとのこと。全てがCGであれば、クルマの落下も自由に動きが付けられたが、それでも実写の爆発の説得力が優先された。

    本作ではこのように素材を臨機応変に使い分けて作られているVFXが多い。「うちのチームは画を見てどのような素材を使うか判断するので、CGがダメなら実写を使うし、実写がダメならCGを使います。手法にこだわりはなくて、あくまでも画の完成度だけを考えて作業するのです」と高橋氏は語る。CGだけではない白組 調布スタジオならではのこだわりが感じられる作品だ。

    ミギーがクルマを運転する車内のショット。

    ▲車内の実写プレート

    ▲(左)7台のGoProで撮影した背景素材を天球に貼り込んで、360度視野の背景を作成
    ▲(右)GoProで撮影した素材で対応できない場合は、撮影された映像から使いどころをチョイスして組み合わせることで背景を作成している

    ▲(左)ミギーのCG素材
    ▲(右)ミギーのデプス素材。背景変化による日差し感を出さないといけないため、このほかにもいくつかのパスが使われている

    ▲完成形。フロントガラスへの映り込みなどもつくり込まれている

    クルマがガードレールを突き破るショット。

    ▲(左)クルマと後藤のCG素材。通常調布スタジオではビューティしか出力しないそうだが、ここでは複数のパスが出力されている
    ▲(右)ガードレールのCG素材。変形はMayaのシミュレーションで行われた

    ▲(左)道路の実写素材
    ▲(右)完成ショット

    クルマが爆発するショット。

    ▲(左)脱出する新一の実写プレート
    ▲(右)クルマが爆発する実写プレート

    ▲ミギーのCG素材を合成した新一の素材

    ▲完成ショット

    TEXT_大河原 浩一(ビットプランクス)

    Information
    映画『寄生獣 完結編』
    2015年4月25日全国東宝系で公開中
    監督・VFX:山崎 貴/脚本:古沢良太、山崎 貴/原作:岩明 均「寄生獣」(講談社刊)/音楽:佐藤直紀/撮影:阿藤正一/美術:林田裕至/VFXディレクター:渋谷紀世子/
    出演:染谷将太、深津絵里、阿部サダヲ、橋本 愛、浅野忠信ほか/制作プロダクション:ROBOT/配給:東宝
    ©2015映画「寄生獣」製作委員会 kiseiju.com