記事の目次

    人間味あふれるロボット工場長を実写と見まごうVFXで描いた本作。かぎられた条件の下、"ツボ"をおさえたクリエイティブワークの一端を紹介する。

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 218(2016年10月号)からの転載となります

    TEXT_村上 浩(夢幻PICTURES
    EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

    『FUTURE FACTORY - ロボット工場長、採用。』
    futurefactory.goodsmile15th.jp

    ハイディテールなメカ表現と豊かなキャラクター性の融合

    本PVは、2014年に竣工したグッスマことグッドスマイルカンパニーにとって国内初のフィギュア工場「楽月工場」(鳥取県倉吉市)という、実在する工場のロボット工場長「L.U.C.K.Y(通称:らっさん)」が各設備をユーモーラスに紹介していく様を描いた作品である。手持ちカメラ主体でドキュメンタリータッチを用いることでハイディテールなロボットの実在感が効果的に高められている。工場のオートメーション化という、グッスマが想い描くフィギュア生産工場の未来像をコンセプトにロボットアームの進化形としての"フォトリアルなロボット工場長"というアイデアが生まれたわけだが、一連のVFXを手がけたのはModelingCafe/ AnimaitonCafeの通称Cafeグループ(以下、Cafe)。メカ表現のコンセプトデザインからショットワークまで一括して担当している。


    前列・右から、遠藤基次CGスーパーバイザー、安田大地ディレクター(フリーランス)、金城侑香コーディネーター、北野修平モデリング スーパーバイザー/後列・右から、石丸将太プロダクション マネージャー(ピラミッドフィルム)、佐藤大洋CGプロデューサー、岸本浩一CGプロデューサー、宮田祐樹アニメーションスーパーバイザー、本間玄一ゼネラリスト。
    以上、ModelingCafe / AnimaitonCafe
    www.facebook.com/CafeGroup.CG

    「描かれるキャラは基本的にロボット工場長の1体。クローズショットもあるので、誤魔化しがききません。そこでリアルなロボット表現を創り出せるワークフローを確立されていて、なおかつ最終的な仕上がりを共有できるプロダクションということで、以前から注目していたCafeさんにお願いしました」と、安田大地監督。今年3月のシナリオハンティング時に応対してくれた実際の工場長の人柄に惹かれたことから、「らっさん」は、クールなデザインでありながらローカル感のある語り口という人 間味のあるキャラクターとして描れることに。ただし、コミカルになり過ぎないようリアリティや説得力を意識した画づくりを心がけたという。「これまでメカ表現にはひときわ強いこだわりをもって活動してきましたし、コンセプトから仕上げまで一貫して制作してみたいとも常々思っていたので絶好の機会でした。事前に綿密な打ち合わせを重ねることで、無駄を削った結果が映像に反映されたと 思います」とCafeグループを率いる岸本浩一氏はふり返る。「リアリティをどこまで追求できるのか当初は不安もありましたが、Cafeさんの前向きな姿勢の甲斐あって高いクオリティに仕上げることが できました。今回の経験を活かしてよりスケールアップした面白い作品をつくりたいと思っています。もちろん、予算もアップさせないといけませんが(笑)」と、安田監督。このチームによる、さらなる新作をぜひ期待したいところだ。

    01 プリプロダクション

    事前の綿密なプランニングがハイクオリティを導く

    2016年4月からプリプロが本格的に始動したという本プロジェクト。5月下旬に楽月工場で撮影を行なった後、オフライン編集を組んでVFXが必要となるカット数や尺を割り出しが行われたそうだが、安田監督とCafeのスタッフたちは撮影前から綿密に打ち合わせを重ねていたという。「尺やカット数だけでなく、ショットリストを確認しながら足元(接地)を映さない、演技については物に触れる等の環境の影響を受けないようにしてもらうなど、監督と制作部の皆さんにはVFX側からのお願いをいろいろと受け容れていただきました。監督にとってはストレスもあったと思うのですが(苦笑)、とてもありがたかったですね」とは、岸本氏。しかし、そうしたVFXサイドからのリクエストが怠慢によるものではなく、目指す表現を成り立たせるキーファクターに注力するためのものであることかどうかを的確に判断できたのは、STUDIO4℃のCGI部からキャリアをスタートさせたという安田監督だからこそ成し得たことだと言えよう。実写撮影では、まずは反射を抑えるため全身グレーのタイツを纏った役者による演技を撮影。そのOKテイクをリファレンスとして、今度は空舞台の状態(=役者にはカメラの背後で同様の演技をしてもらう)で、同様のカメラワークで撮影したテイクにCGを合成させるという手法が採られた。「モーションコントロールカメラの導入や人物の消し込みも考えましたが、コストの問題もありましたし、何よりもガッチリ決め込むのではなく即興的な芝居によるリアリティを活かしたかったので、アナログな手法を選択しました」(安田監督)。

    L.U.C.K.Yや後半に登場する宅配ドローンなどのメカデザインについては、ModelingCafeバンクーバー支社の代表として活躍する山家 遼氏が安田監督とのSkypeミーティングを重ねながらコンセプトアートを描いていき、その上でコンセプトモデルを作成。一連のデザインが決定したら、コンセプトモデルに手を加える形でアセットを制作したという。「当初からクローズショットが登場することがわかっていたのでモデルとしても細密に作成しました。必然的にパーツ数が多くなるので、顔や胴体といった部位ごとにモデラー3名で分業。キットバッシングを用いながら作り込んでもらいつつ、全体のバランスが崩れないよう注意しました」(北野修平モデリングスーパーバイザー)。特に頭部は表情を見せる必要もあり細部まで丁寧に作り込んだそうだが、プリプロの段階から参加できたことにより、アップになる箇所を把握しながらパーツごとに作り込み具合を調整するといった具合に無駄な作業を省くこととができたとのこと。テクスチャリングではQuixelのDDO(マテリアルライブラリ)による自動化を活用、不自然な箇所だけに手を加えることで作業の効率化が図られた。


    安田監督が描いた絵コンテ


    初期に描かれたL.U.C.K.Yのコンセプトアート


    ドローンのコンセプトアート


    コンセプトモデルにペイントオーバーするかたちで作成されたデザイン設定

    L.U.C.K.Yのコンセプトモデル

    コンセプトモデルをベースにブラッシュアップが施された完成モデル。タイトなスケジュール下で作成されたとは思えないほどハイディテールだ

    MOCAPならびにアニメーション作業用に作成されたローモデル

    頭部用の完成テクスチャの例



    • アルベド



    • グロス



    • ノーマル



    • スペキュラ

    画像はオレンジ色のパーツ部分用のものだが、同じ要領でブラック(金属質)、ブラック(ベタ塗り)、シルバー用のテクスチャが、手や脚といった各部位ごとに描かれた

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    02 セットアップ&アニメーション

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    02 セットアップ&アニメーション

    生身の役者のニュアンスをロボットの動きに込める

    オフライン編集後にスタジオイブキ(アニマロイド)にて、モーションキャプチャ(以下、MOCAP)を実施。収録の際は、イブキが独自に開発したシステムを用いることで、役者の演技だけでなく、カメラワークもオフラインのそれに近づけたという。ヴァーチャルカメラほどの精度でないとのことだが、その場で完成時の雰囲気が確認できるのでスムーズに収録が行えたそうだ。L.U.C.K.Yのリグについては、MOCAPを使用するためMotionBuilder(以下、MB)とMayaで共有できるものを構築。HumanIKをベースにしたそうだが、デフォルトのままではロボット特有の二重関節等の複雑な関節が扱えないため、ベクトル演算を用いて独自にカスタマイズする必要もあったという。「以前からロボットにMOCAPのデータが流せるリグ構造を研究していたのですが、今回実用することができて嬉しかったですね。MOCAPのタイミングではモデルが未完成の状態でリギングしなければならなかったのでモデルの変更や修正に対応できるよう、そのときに定めた命名規則に応じて後からパーツを差し替えるためのツールも作成しました」とは、リギングと約 20カットのアニメーションを一手に引き受けたという宮田祐樹アニメーションスーパーバイザー。キャラクターアニメーションを付ける上ではロボットらしい直線的な動きのニュアンスは特には意識していないとのこと。それよりは、MOCAPに込められた生身の役者の中年男性らしい仕草やポージングを活かすことを心がけ、猫背などを強調することで人間味が演出された。「工場スタッフと挨拶を交わすシーンがあるのですが、MOCAPのままではオフラインと同じ位置に来ないのでモデル自体の位置を調整させました。接地が見えていないからこそ成せる技ですね」(宮田氏)。なお、終盤に登場する数十体ものドローン群が飛び回るアニメーションは、全体の動きをパーティクルで制御しつつ、腕の揺れなどの細かな表現を手付けで作成しているとのこと。

    フェイシャルリグについては、油圧シリンダーなどはボーンをセットしaimConstraintコマンドでパイプ同士をルックアットさせることで自動で伸縮させたという。特に苦労したのは、瞬きの表現。瞼のシャッターと目(レンズ)の挙動が複雑に絡み合ったギミックのため、MBとMayaで同じリグを構築するのに苦心したそうだ。「ギミックが多い方がロボットを魅力的に見せることができるし瞼や瞳孔の表現で可愛さや人間味が増すんです。表情に関しては山家氏と細部までデザインを追求しました」(安田監督)。口を表現したバーの動きについては、役者のセリフを聞きながら目立つ音に合わせ動 きを加えセリフの抑揚や話し始めの音を注意深く拾うことで表情を作り上げていったという。

    Maya上のボディリグ


    骨構造を示したもの。HumanIKのボディ用の骨(左)と、二重関節やシリンダーなどの骨とフェイシャルコントローラ(右)



    • 腕の自動回転のセットアップ。デフォルトポーズ(上)と、モーキャプが流し込まれた際の稼働イメージ(下)。回転値の分解にはベクトル演算を使用



    • シリンダーの伸縮のセットアップ。伸びる部分に骨を通した後、aimConstraintsでお互いを見るように仕込まれた




    • MB上でHumanIKをセットアップした状態



    • MOCAPデータを流し込んだ状態(青色のモデルはMB上のActor)。二重関節やシリン ダー等は可能な限りMayaと同じ挙動が再現された




    • フェイシャルコントローラを示したもの。単純なFKコントローラで構成しているとのこと



    • MB上のコントローラ。Mayaの挙動が再現されている。まぶたのギミックはRelationConstraintを利用



    まぶたのギミックを示したもの。通常状態(左)から、目のレンズが引っ込みつつ上下からシャッターが出て(中)、シャッターが90度回転し閉じる(右)、というしくみ。まぶたと目のレンズは、ドリブンキーで制御されている




    • スタジオイブキで行われたMOCAP収録の様子。イブキが独自に開発したシステム(図・左上)により、演者の動きに合わせてCGキャラクターのアニメーションとカメラワークがリアルタイムで再現される



    • 本カットの完成形



    フェイシャルアニメーションの例。MBで作業後、Mayaにてプレイブラストを連番で書き出し、After Effects上でオフライン編集に重ねて、役者の演技のエッセンスが着実に反映されているか確認したという


    完成したフェイシャル表現の例




    • 未修正のMOCAPデータを流し込んだ状態。Mayaからコンバートしたカメラを元に立ち位置を調整する



    • MB上でアニメーションを修正した状態。ボディとフェイシャルを整え、Mayaへコンバート


    Maya上のアニメーションとしての完成形。名札の揺れをシミュレーションし、パイプ等食い込み修正等を施す




    • パーティクルでインスタンスされたドローン群。パーティクルフローを用いているが、キャッシュを取る際にネットワークレンダリングを考慮して、nParticleに変換している



    • パーティクルフロー用カーブと、ドローンのアップベクター用のカーブの画像。パーティクルを発生させているカーブ(白)と、傾き制御用のカーブ(緑)。インスタンスのアップベクターをカーブを用いて計算している


    本カットの完成形

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    03 背景セット

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    03 ライティング&コンポジット

    必要十分に徹することでクリエイティブワークに専念できる

    本作ではライティング作業の軽減と実写プレートとのマッチングを考慮し、イメージ・ベースト・ライティング(IBL)を用いたレンダリングが行われた。そこで、ほぼ全てのシーンで、各ショットに応じたHDRI撮影を実施したという。一連のHDRIを基に工場内のマスターショットが作成されたが、比較的早い段階で監督のOKが取れたため、迷いもなく楽しみながら作業が行えたと、コンポジットワークをリードした本間氏はふり返る。「後半に登場する、L.U.C.K.Yが半透明のスクリーン幕を通り抜けるショットについては、スクリーン越しに飛び回るドローンを合成させる必要があるだけでなく、L.U.C.K.Yのアニメーション連番は、手前の部屋と奥の部屋それぞれのIBLでレンダリングしたものをAE上でオーバーラップさせることで自然に見せるなど、最も手間がかかりました」(本間氏)。ライティングとコンポジット作業は、本間氏を含めた3名で分業。なお冒頭の暗いシーンとラストの田園シーンについては、Cafeのバンクバー支社がショットワークから一括して手がけているとのこと。

    話は前後するが、実写撮影にはドキュメンタリータッチをするねらいからSony α7s II(デジタル一眼)が用いられた。当初は実写プレート(コンポジット素材)としてのコンディション面での不安もあったというが、実際に作業をしてみたところ何の支障もなかったそうだ。マッチムーブにはSynthEyesを使い、トラッキング時に生成されたトラックポイントを基に柱や壁など背景モデルを作成し影や映り込みの素材が作成された。「実在感を出すためには壁など背景への映り込みや落ち影は欠かせない重要な要素ですね。実写プレートにはノイズも乗っているので黒バックでノイズだけを撮影しレンズの歪みなども含め後処理で馴染ませています。フォーカスやブラー具合などは実写プレートを参考に目合わせで調整しているんです」と、本間氏が語るように今回はHDRIの撮影時にカラーチャートの撮影は行わず実写プレートを参考に感覚で色味を合わせるといったアナログな手法で組み上げていったとのこと。くり返すが、初期から監督や制作部と目指す表現を共有し、それを実現させるための最短の作業アプローチをとることが徹底されたことが、本作を成功に導いたことがうかがえる。「撮影からポストプロダクションまでの一連のワークフローが確立されていたので、不安もなく想定通りの完成度に仕上げられたと思います。今回は予算の都合でやり残したこともあるので、この路線でより難易度の高い表現にチャレンジしていきたいですね」と、ルックデヴをリードした遠藤基次CGスーパー バイザー(AnimationCafe)。



    本作で用いられたHDRIの例。撮影現場における実際の光源の位置や映り込みを表現するべく、各ショットごとにCGキャラが立つ位置から撮影された



    SynthEyesを使い、撮影時の計測データを基にトラッキング。レンズディストーションの情報もショットごとに出しており、コンポジット作業時に、CG素材に対してレンズによる歪みが反映された


    トラッキングデータをMayaに読み込み、ライティングを行なっているところ。影を出すための背景オブジェクトも、トラックポイントを元に配置されている



    L.U.C.K.Yのレンダーパス。今回は図の12種類が書き出された


    コンポジット作業の例



    • ビューティーパスのみ



    • 一連のレンダーパスを組み合わせて、調整した状態



    • レンズの歪み、モーションブラー、デプス、グレイン等の処理を加えた状態



    • 実写プレートと合成し、カラコレ等の微調整を施した完成形


    ノーマルマップを用いたリライティング作業の例



    • ドローンのノーマルマップ。AEプラグイン「Normality」を用いて、追加のラィティ ングを施す



    • このショットでは、建物の外から差し込む光が表現された


    リライティング適用前(左)と後(右)の比較。このようにちょっとした馴染みなどの調整を後から加えたいときにノーマルマップとNoramlityが活用された



    • 『FUTURE FACTORY』

      15周年スペシャルサイト内で公開中
      futurefactory.goodsmile15th.jp
      Executive Producer:安藝貴範(GOOD SMILE COMPANY)
      Creative Director:齋藤精一(Rhizomatiks)/Producer : 飯田昭雄(Dentsu isobar)、堀江佳輝(Pyramid Film)/Director:安田大地/CG:ModelingCafe、AnimaitonCafe
      Project Manager:渡辺綾子(Rhizomatiks)

    • 月刊CGWORLD + digital video vol.218(2016年10月号)
      第1特集:映画『君の名は。』
      第2特集:3Dペイントのススメ

      定価:1,512円(税込)
      判型:A4ワイド
      総ページ数:152
      発売日:2016年9月10日
      ASIN:B01IW56U7G