アニメ版で好評を博した、IBMたちを現実世界に誕生させるべく、Houdiniを中心に据えたプロシージャルなCG・VFXワークフローを構築。そんな本プロジェクトの舞台裏にせまる。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 231(2017年11月号)からの転載となります
TEXT_福井隆弘 / Takahiro Fukui
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
映画『亜人』好評上映中
監督:本広克行/脚本:瀬古浩司、山浦雅大/原作:桜井画門(講談社「good!アフタヌーン」連載)/音楽:菅野祐悟/アクション監督:大内貴仁/撮影:佐光 朗/照明:加瀬弘行/編集:岸野由佳子/VFXスーパーバイザー:荻島秀明/CGスーパーバイザー:宗片純二/リードVFXプロダクション:オムニバス・ジャパン/製作:映画「亜人」製作委員会/製作プロダクション:東宝映画、Production I.G/配給:東宝
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©2017映画「亜人」製作委員会
©桜井画門/講談社
アニメ版のIBMを継承しつつ原作漫画のエッセンスも込める
2012年から原作漫画の連載がスタート。2015年から2016年にはアニメ化された、カリスマ的人気を誇る漫画「亜人」が満を持して実写映画化された。今回の実写映画プロジェクトは、アニメ版『亜人』におけるIBM(インビジブル・ブラック・マター)の表現が好評だったことに端を発するとか。そんな本作のVFXワークをリードしたのは、本誌でもおなじみのオムニバス・ジャパン(以下、OJ)。OJに本プロジェクトのオファーがあったのは、2016年7月のことだという。長年にわたり本広克行監督作品のVFXを担当してきたこと、そしてIBMのVFXについてはHoudiniベースで作成されたアニメ版のIBMアセットを流用することが前提条件になっていたが、TVシリーズ『牙狼〈GARO〉 GOLD STORM -翔- 』(2015)OP制作などを通じてHoudiniを積極的に活用しているOJはまさに適任だったと言えるだろう。
右から、侭田日吉CGプロデューサー、井上信行Houdiniアーティスト(フリーランス)、後藤美沙モデラー(フリーランス)、荻島秀明VFXスーパーバイザー、宗片純二CGスーパーバイザー、村田由宇麻モデラー、瀬賀誠一ルックデヴSV、若杉 亮リードFXアーティスト、青木拓也FXアーティスト、星野直哉マッチムーブ担当、田中孝典アニメーター、稲垣充育コンポジター、田中絵里FXアーティスト、稲村忠憲リードアニメーター、田中健大リードモデラー。以上、オムニバス・ジャパン
www.omnibusjp.com
アニメ版の制作を手がけたポリゴン・ピクチュアズ(以下、PPI)が採用していたワークフローは、Mayaをベースに、エフェクト表現についてはHoudiniで作成するというもの。一方、本作でOJでは、アセット制作、レイアウト&アニメーション工程は3ds Maxを使用、そして前工程で作成した各種データをHoudiniに読み込み仕上げるというワークフローが構築された。上述のとおりIBM表現についてはPPIから支給されたアセットを流用するかたちでの制作となったが、言うまでもなくアニメと実写VFXでは求められる様式が異なる。生身の役者とのインタラクションなど、乗り越えるべき課題は多岐にわたった。「アニメ版のIBMでは粒子の表現が印象的でしたが、今回の実写化ではそちらもふまえつつ原作漫画のIBMを忠実に再現しようというアプローチで臨みました。その象徴と言えるのが、包帯状にまかれる、ほどけるという表現です。フォトリアルに仕上げる上では相応に複雑なセットアップが必要になったのですが、ルックデヴ(モデリング)、アニメーションの実作業を進める際もHoudiniによるエフェクトワークの仕様に配慮する必要がありました」とは、宗片純二CGスーパーバイザー。ここまで主要なキャラクター表現をHoudiniベースで制作したのはOJでも初めてだったようだが、その出来映えは、ぜひ劇場で確かめてほしい。
01 プリプロダクション
アクション部ならびに外部パートナーとの密なる連携プリプロプロダクションがスタートしたのは、2016年10月のこと。まずはPPIから支給されたアセットを活用して、3DCGでコンセプトアートを作成。かなりのバリエーションが描かれたそうだが、ワークフローが確立されたのは2017年1月と、実に3ヶ月以上を要したという。「IBMの表現についてはレンダラもMantraを採用し、ワンストップで対応できるワークフローを構築することで効率化を目指しました」(瀬賀誠一ルックデヴSV)。その一方では、2016年11月にクランクイン、年明け1月上旬にはクランクアップということで、VFX班にとってはプランが決まりきらない中での撮影現場への対応となったため綱渡り的な面もあったそうだが、マッチムーブ担当の星野直哉氏がリファレンスデータやロケ現場の写真をしっかりと収集することで対応したという。
ポストプロダクションは今年8月中旬まで。最終的な物量としてはVFX全体で580強、そのうち3DCGが介在するのは約231(IBM表現は約100)ショット。モーションキャプチャ(以下、MOCAP)も検討したそうだが、後からブラッシュアップする上での効率などを考慮して、全て手付け(キーフレーム)で作成することにしたという。生身の役者とのインタラクションについては、アクション部主体で演技やカメラワークを考案。実際にスタントマンたちによるアクションを撮影、編集したムービーが指針となった。「IBMが具体的にどのような動きをするのか、レイアウトも含めてアクション部主導でテストムービーで作成していただけたのは、監督にとってもCGアニメーターにとってもわかりやすく、効率的に目指すビジュアルを共有できたと思います。本広監督は各分野のエキスパートの意見を尊重してくださる方なので、今回もやりやすかったですね」(荻島秀明VFXスーパーバイザー)。実写版IBM表現では、粒子感(アニメ版から継承)に加えて、包帯エフェクトが核となった。「表面の包帯の部分に繊維的なものが編み込まれているような印象に仕上げたかったのですが、それを実現させるためのワークフローについてはトランジスタ・スタジオさんに協力していただきました」(瀬賀氏)。トランジスタ・スタジオがシェーダのしくみを試作したものをブラッシュアップするかたちでR&Dが進められた。IBMのボディに巻かれた包帯の任意の箇所に穴が空くといったアニメーションにも対応させるなど、クオリティと効率性の両面から担当アーティストたちの自主的なリテイクが重ねられた。「質感の詰めとワークフローの考案で、おおよそ3:7ぐらいの開発期間でした。包帯の巻き方(巻かれ方)、色味、太さのそれぞれで3種類のバリエーションを用意して、それらを細かく組み合わせて、複雑な表現にも対応できるようにしました」とは、エフェクトワークをリードした若杉 亮氏。
IBMのルックデヴをリードした瀬賀氏が初期に作成したIBMのコンセプトアート。この表現、クオリティをいかにして本制作で成り立たせるかが焦点となった
チュウチュウ・コンビナートが作成したIBMアクションシーンの演出コンテ例(病室における泉と田中のIBMバトルシーン)
撮影時にグリーンマン込みで撮影するというワークフローで制作可能か検討するために試作したアニメーション
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02 モデリング&アニメーション
下流工程オリエンテッドのアセット&アニメーション制作モデリングに関しては、田中健大リードモデラーを中心に3~4名で担当。PPIから支給された圭のIBMモデルをベースとして、それを実写VFX用にブラッシュアップしつつ、本作に登場する4体のIBMが作成された。圭のIBMを全高185cmとして作成した上で、残りの3体は肩の高さを揃えるかたちでディテールやプロポーションを調整。また、実在感を高める施策のひとつとして、各IBMたちにキーカラーが込められた。4キャラとも純粋な黒ではどうしても見た目的に違和感が残る。同じショット、シーン内でIBMたちを描き分ける上でも英断と言えよう。撮影現場でのリファレンス収集については、マッチムーブ担当の星野直哉氏が一手に引き受けた。各シーンやショットごとにリファレンスデータやロケ現場の写真をしっかりと収集。ユニークなものでは、序盤の見せ場となる亜人研究所の地下施設のシーンでは、パノラマカメラを使用し360°動画も記録された。VRモードを利用すればロケ現場での計測作業からもれた場所の形状が後からでも確認できるのでモデリングや環境作成の際、重宝したそうだ。「360度動画はフルCGショットを制作する上で役立ちましたね。マッチムーブについては、約180ショットをPF-Trackで、2、3カットをboujouと手付けで作業しました」(星野氏)。アニメーション作業は、稲村忠憲リードアニメーターを中心とする3名が担当。完成した映像を観ると非常に多彩な動きが登場するが、アニメーターとしてはトリッキーな手法は避けるように心がけたという。「Houdiniによるエフェクト表現を筆頭に、その他の工程で複雑な処理が求められていたのでアニメーション工程については可能な限りシンプルにまとめるようにしました」(稲村氏)。そうした中、ひとつ特別な対応が求められたのが、可変やハイスピードの表現が求められるショットは、ハイレート(=実写プレートのコマ数)で動きを仕上げることであった。その理由は、やはりエフェクト表現のため。「IBMのエフェクトはシミュレーションも含まれるため、キャラクターアニメーションのデータが可変された状態だとコマ飛びして見えてしまう恐れや、その都度タイムスケールにキーを打たなければなりません。また、IBMに漂う粒子表現についてはシミュレーション開始からのりしろを確保する必要があったので、アニメーターにはその分余計に動きを付けてもらう必要もありました」(若杉氏)。「つまり、スローモーションの状態で動きを付けるわけですが、その動きを確認するためには、3ds Maxから連番を書き出し、NUKEで可変をかける必要がありました。3ds Max上ですぐにプレビューできないもどかしさはありましたが、最終的にはコツをつかむことができました」(稲村氏)。そうした苦労の甲斐もあって、試写を観た人からは「アニメ版以上にアニメーションしている」という感想も聞かれたそうだ。
全IBMのベースとなった圭のIBMボディリグ。各レイヤーの役割は次の通り、(赤)キーを打ってアニメーション可能なもの/(青)リグに必要なものだが、直接アニメーションキーを打つことはできないもの/(緑)モデル、ジオメトリ。特段、新規にUIを作成するのではなく、Bipedのセレクター(Bipedsel)以外はシンプルなものを目指したという
関節の捻じれ用ツイストヘルパーを表示させた状態
腕をストレッチさせた例。腕や脚に仕込んだコントローラを移動させると伸縮するしくみになっている
IBMのボディリグは基本的には同じ仕様だが、田中のみ噛みつかせたいというアクション部のリクエストを受けて口の開閉リグが追加された
極端に大きく開かせたい場合は「IBM_TNK_upper_jaw_Bone」を回転させることで上顎も開かせることができる(通常は使わない)
ストレッチリグのテストムービーより
レンダリング中のスクリーンショット
シェーダツリー。Mantraをレンダラに採用していたことから、各アトリビュートを自由に引っ張って質感に反映させていたという
キャラクターからプロップ、背景セットまで様々なモデルが作成されたが、各モデルのルックデヴをHoudiniで行なったことも本プロジェクトの特色となった。図は切断された佐藤の左腕モデルのルックデヴ作業の例。浮き上がる血管まで精巧に形作られた上で、フォトリアルな質感が施されていることがわかる
序盤の見せ場となる厚生労働省管轄の亜人研究センター地下シーン。圭が初めてIBMを出現させて、佐藤のIBMと激しいバトルをくり広げる舞台となるが、一連の撮影に立ち会った星野氏が各種リファレンスデータを基に、精密なマッチムーブを施した。(上段)PF-Track 2017によるカメラトラッキング作業の例/(下段)フルCGショット用に作成されたモデルデータに対して、Softimageを使いカメラの位置合わせを行う作業の例
完成した3DCG空間
3DCG空間を用いたフルCGショットを織り交ぜることで迫力のバトルシーンが実現した
[[SplitPage]]03 ショットワーク
各工程でしか成し得ない"創作"に注力する先述のとおり、IBMのエフェクト表現のR&Dはプリプロ段階から入念に進められた。「当初は一連の表現をアセットに組み込もうと、シミュレーションベースで構築することも考えたのですが、IBMのジオメトリが重すぎたのでSOPで対応することにしました。チーム内で包帯状に巻かれた形状を『コイル状態』と呼んでいたのですが、PPIさんにご提供いただいたデータ自体が、素体をくり抜くかたちで表現する仕様になっていたのでコイルのアニメーションを作成するにあたって、まず包帯に"芯"を作成するかたちで対応しました」(若杉氏)。つまりコイル形状をギュッと圧縮させて一箇所に集めて"芯"を作成、それをいったんキャッシュとして配置しておき、素体の方にCd情報をペイント。それが様々なエフェクト作成のトリガーとなるように設定したわけだ。エフェクトの動きを付ける際は、芯になるポイントをノイズアニメーションさせたり、消したり、芯に対してメッシュ(コイル)をアタッチ。このしくみにより、意図した場所から出現、消失させることが可能になった。この手法は、佐藤の腕の再生など、様々なバリエーションを創り出すことにもなった(後述)。「できるだけ漫画の表現に近づけよう、原作漫画ファンの方にも納得してもらえるものをつくりたいという一心でした」という、若杉氏の情熱の賜物である。
そして、コンポジットワーク。実作業については、OJ赤坂ビデオセンターを拠点とする荻島VFXスーパーバイザー直轄のコンポジットチームがリードしたが、複雑な3DCG素材を整理し、コンポジットデータの仕様を固める必要があった。その役割を担ったのが、稲垣充育コンポジター(フリーランス)である。「アニメーションデータを3ds MaxからHoudiniに書き出し、Mantraでレンダリングするというのは初めてのワークフローでした。また、エフェクト表現用の素材も多くあったので、できるだけ3DCG工程に戻らずにコンポジット側で質感を追い込めるように、そのためにはどのようなレンダーパスが有効かといったことを考えながら作業を進めていきました」と、稲垣氏。「最終的なクオリティの追い込みは、やはりコンポジット工程が決め手になります」と、侭田日吉CGプロデューサーが語るように、3DCG工程では、3DCGでしか不可能な作業に注力し、全体的な画づくりはコンポジットワークにできるだけ集約させるという戦略が功を奏した。
「COIL」と名付けられたIBMの形状を包帯化させるツール。アニメーションを読み込み、素体と包帯をキャッシュ化。「IBM_DUST_GENERATOR」(後述)にキャッシュを渡す
3ds Maxから書き出したアニメーションのAlembicを読み込み、包帯化するツールのUI
「COIL_SPFX」と名付けられた、IBMの出現/消滅、包帯が解ける表現用のツール
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ペイント情報を基にポイントをアニメーション
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元の包帯のキャッシュをPointDeformノードでアタッチ。以上の工程を経て、解けた包帯とペイントした素体をキャッシュ化したデータを「IBM_DUST_GENERATOR」に渡している
完成CUTの例
「IBM_DUST_GENERATOR」と名付けられた、粒状表現を制御するためのツール
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デジタルアセット。包帯状態になったIBMのabcを読み込むことによってオートマチックに粒子のシミュレーションキャッシュをとる
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このデジタルアセットの中でシミュレーション、ライティング、シェーディングを完結している。この一式を作業者が取りまわすことによってクオリティを各カットで保つようにされた
制御例。2体のIBMが介在する場合は、速度と、ぶつかった箇所を検出し、衝突粒子をプロシージャルに発生させている
包帯エフェクトの応用として、佐藤の腕が再生する表現が挙げられる
ペイント情報を基に、指先や包帯からエミッタを作成
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シミュレーションした粒子。多めに発生させた上で、SHOPネットワークでageやlifeなどで量や密度を調整する
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レンダリングしたFX素材。Cdをペイントした情報を基に、手の解けるアニメーション、内部の結晶作成、粒子のエミッタ作成、そしてシミュレーションをプロシージャルに行なっている
完成CUTの例
IBMのレンダーパス(AOV)