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    日本の実写VFXをリードするエキスパートたちが、アートとテクノロジーの両面からスタンドの"実在感"にこだわりぬいた力作。VFX制作&ポストプロダクションをリードした、オー・エル・エム・デジタルとIMAGICA中核スタッフに話を聞いた。

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 230(2017年10月号)からの転載となります

    TEXT_福井隆弘 / Takahiro Fukui
    EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

    映画『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』上映中
    原作:荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」(集英社ジャンプ コミックス刊)/監督:三池崇史/企画プロデュース:平野 隆/撮影:北 信康(J.S.C.)/照明:渡部 嘉/美術:林田裕至、佐久嶋依里/編集:山下健治/キャラクタースーパーバイザー:前田勇弥/画コンテ:相馬宏光/VFXスーパーバイザー:太田垣香織/コンポジットスーパーバイザー:細川貴史/VFXコーディネーター:川出 海/配給:東宝、ワーナー・ブラザース映画/制作プロダクション:OLM/制作協力:楽映舎、b-mount film/製作:映画『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』製作委員会
    jojo-movie.jp
    ©2017 映画「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」製作委員会
    ©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

    完全なシーンリニアワークフローを日本映画でいち早く実現

    シリーズ累計発行部数1億部を超える「ジョジョの奇妙な冒険」。連載開始から30年となるジョジョイヤーの今年、ついに実写映画となった。監督は、カンヌ国際映画祭やヴェネツィア国際映画祭など海外でも高い評価をあつめる三池崇史。ハイペースでバラエティに富んだ作品を発表し続ける三池監督だが、『ヤッターマン』(2009)や『テラフォーマーズ』(2016)など、VFXヘビーな作品もコンスタントに手がけている。


    左から、中野悟郎リードコンポジター、高橋 護リードコンポジター、太田垣香織VFXスーパーバイザー、酒井教援テクニカルディレクター、山下哲司カラーグレーダー、山田圭佑プロダクション・マネージャー
    olm.co.jp
    www.imagica.com

    その原動力は三池組を構成する中核スタッフが長年にわたり継続して協業していることだと、本作のリードVFXスタジオを務めたオー・エル・エム・デジタル(以下、OLMデジタル)の太田垣香織VFXスーパーバイザーは語る。「本作のポストプロダクションをコーディネートしていただいたIMAGICAの酒井(教援)さんも90年代から三池作品に継続して参加されています。各スタッフが阿吽の呼吸で動くし、そもそも三池監督の決断が早い。不要な画は撮りませんし、理不尽な修正リクエストもまずありません。VFXスタッフとしても非常にやりやすいんです」。

    しかし、そんな三池組にとっても本作特有のスタンドのVFXは、非常に難易度が高いことがわかっていたため、ストーリーボードの段階から各ショットごとに必要なコストの算出を細かく行なっていたという。さらには技術面でも確かな進化を実践。撮影からポストプロダクションまでの全工程で完全なシーンリニアワークフローを実現させたのだ。「そこにいるようにしてほしい」という原作者・荒木飛呂彦氏の明快なリクエストに応えるべく、本作ではフルCGによるフォトリアルなスタンドが実写の役者たちと非常に自然な見た目で馴染んでおり、一体感のあるビジュアルに仕上がっているのだが、完全なシーンリニアワークフローが支えとなったのはまちがいない。「IMAGICAにとっても初の事例です。OLMデジタルさんは国内でいち早く NUKEを導入されていたので2年ほど前から一緒に検証を行なっていました。また、われわれが運用しているデジタルカラーグレーディングシステムBaselightのNUKE用プラグインが無償配布されていることも決め手になりましたね」(酒井TD)。経験豊富なエキスパートたちが新たな技法を採り入れたことによって、ブレイクスルーをもたらした。

    01 プリプロダクション

    適材適所と一括して委託することで高いパフォーマンスを引き出す

    本作のVFXショットはトータル382。昨年、OLMデジタルがVFX制作をリードした『テラフォーマーズ』が約870ショットだったと聞くと、少なく感じるかもしれないが、その大半が生身の役者たちと密接に関わる「スタンド」というキャラクター表現であること、さらに各スタンドの能力は「アクア・ネックレス」の水表現から「バッド・カンパニー」のミリタリーまで様々。その全てをフォトリアルに描くのは至難の業だ。「VFXについては、自分たちで指針となるものを担当しつつ全体を管理。一方で、登場ショットが多く、流体シミュレーションが必須のアクア・ネックレスのVFXはグリオグルーヴさんに一括して担当していただきました。外部パートナーさんに委託する場合は、シークエンス単位で3DCGからコンポジットまで一括して担当していただくことを心がけています。アニメーションだけなど、特定の工程だけお願いすると管理の面でも手間が増えますし、これまでの経験上、まとめてご担当いただいた方がモチベーションや費用対効果としても良い結果につながるので」(太田垣氏)。グリオグルーヴのほかに、アストロブロスジーニーズFLUX、SMZ PRODUCTION、Annex Digitalインテグラルビジョン・グラフィックスアンダーグラフマリンポスト(順不同)がVFX制作に参加した。

    2016年6月からプリプロダクションを開始。まずは、主人公・東方仗助(山﨑賢人)のスタンド「クレイジー・ダイヤモンド」を対象として、スタンドの透明感やオーラ的な表現の度合いなど、多くのイメージボードを作成しながらビジュアル・デベロップメントが進められた。クランクインは2016年10月、クランクアップが2016年12月中旬。一部のスタジオセットでの撮影を除き、大半がシッチェス(スペイン・カタルーニャ地方の海沿いの町)でのロケーション撮影である。1.5ヶ月にわたるシッチェスロケには太田垣氏が立ち会い、それと並行するかたちで、R&Dやアセット制作が進められた。アセット制作(モデリング&リギング)はModelingCafe/AnimationCafeが一手に担当。「Cafeグループさんはプレゼンテーションも上手いんですよね。例えばモデルチェックのときは、Tポーズではなく、しっかりとポージングした状態のアートを描いてくださるし、修正リクエストが入ったときもその場でペイントオーバーされたりと、CG・VFXに精通していない人たちにもわかりやすく提案してくれたので助かりました」(太田垣氏)。なお、ポストプロダクションは昨年11月下旬から本格的にスタートし、最終的に納品したのは今年の6月上旬だったそうだ。

    ストーリーボードの例(絵コンテ制作:相馬宏光)。VFXが介在するシーンについては全てストーリーボードを描いたという

    プロジェクト当初に作成したスタンド「クレイジー・ダイヤモンド」のイメージボード例。「形ある超能力」という原作の設定に実在感をもたせるべく、各スタンドごとに細かな検証が重ねられた

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    02 シーンリニアワークフロ

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    02 シーンリニアワークフロ

    クリエイティブワークに直結しない余計な時間やコストを節減する

    先述のとおり、シーンリニアワークフローの完全化を実践するにあたっては、OLMデジタルがコンポジットワークのメインツールとするNUKE用のプラグインが、Baselight開発元のFilmLightから無償配布されていたことが大きな後押しとなったという。本プロジェクトのシーンリニアワークフローは下図のとおり。「従来はプリグレーディングを行なった上で、連番ファイルをVFX班に納品する必要がありました。ですが、NUKE用プラグインで扱えるBLGノードは、Baselightで行なったグレーディングの作業内容をダイレクトに読み込むことができるので、今回は撮影データ(ARRIRAW)を先にお渡ししてしまい、グレーディングパラメータは追っかけでお渡しすることが可能になりました。これにより、制作途中でグレーディングが変更された場合も、3DCGやコンポジット作業をイチから作り直す必要はなくなります。データ量はもちろん、データの受け渡しに要する時間を節約することができました」とは、今回のシーンリニアワークフローを設計した酒井TD。

    実写プレートと3DCGの一体感を高める上では撮影現場におけるリファレンスの収集が鍵となる。しかし、"スタンド"のVFXだからといって何か特別なものを用意したわけではないと太田垣氏は語る。「ロケ現場の状況を記録する目的から、かなりの枚数の写真を撮ってはいますが、基本的にはいつもと同じ要領でした。カラーチャートやHDR素材の撮影は助監督さんたちに協力していただき、VFXが関わるシーンについては全カットでリファレンスを撮影しています」。また、スタンドの実在感を成り立たせる上では、原作漫画にも描かれるオーラ的な表現や透明感、そして各スタンド特有の質感が鍵をにぎったそうだ。特にクレイジー・ダイヤモンドのダイヤモンド的な質感については、現在はオートデスクのSolid Angleチームに籍を置く元OLMデジタルの大垣真二氏と、OLMデジタルの若手シェーダライターが協業してカスタムシェーダを開発。ダイヤモンドの中のキラキラ感など詰めていくとレンダリングコストの増大に直結してしまうため、マテリアルやレンダリング設定を細かく調整することで予算内に収めることができたという。

    さらに、スタンドのキャラクターモデル制作に際しては、バンダイナムコエンターテインメントの協力も得たという。「キャラクターのデザインを検討する段階でゲームタイトル用のモデルを提供していただいたのです。これらをリファレンスとして活用することで、様々な検証を効率的に行うことができました」(太田垣氏)。


    今回、IMAGICAが設計したシーンリニアワークフローを図示したもの。本文でも述べたように、撮影からポスプロまでの全工程で完全なシーンリニアワークフローを実現したIMAGICAとしても初めての事例となった

    スタンド「クレイジー・ダイヤモンド」モデル変遷


    初期バージョン。漫画のデザインを忠実に再現しているが、フォトリアルになったことで裸の印象が強まってしまった

    修正デザイン。OLMデジタルのプロテクトスーツを着用しているという案が採用された


    完成モデル。ダイヤモンドの質感を高めるためにカスタムシェーダが開発された

    虹村億泰のスタンド「ザ・ハンド」モデル変遷

    初回チェック時のアート。TやAスタンスではなく、必ずしも3DCGに精通していない監督や原作者が効率的に良し悪しを判断できるようにポーズや質感がしっかりと描き込まれてい


    完成モデル


    1ヶ月半にわたるシッチェスのロケ現場で収集されたHDR素材の例(カラースペースはいずれもsRGBリニア)。その他にカラーチャートや現場環境を収めたスチールなども収集したというが、本作独自のリファレンスはなかったそうだ


    クライマックスに登場する「シアーハートアタック」のレンダーパスをまとめたAOV/ブレイクダウン



    • ガイドの造形を撮影した実写プレート



    • ライティングComp



    • 一連の調整を施したコンポジットとしての完成形



    • BLGのプリグレーディングに加えて、最終カラーグレーディングを施した完成形


    当該ショットのFlame作業UI。シアハートアタックのレンダーエレメントをBatch上で合成している

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    03 コンポジット&グレーディング

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    03 コンポジット&グレーディング

    カットやシーンのつながりを意識することの重要性

    グレーディング作業は、スクリーンによるデジタルカラーグレーディングが可能なIMAGICAの「Hokusai」(北斎)を利用。「三池組のルックは実写だけど劇画っぽさもあるんです。現在はデジタルシネマですが、グレーディングの際はフィルムのテイストを加えたりと、世界観の中で成立するのか違和感になるのか、試行錯誤しながら三池作品特有の個性を込めることを心がけています」とは、山下哲司氏カラーグレーダー。

    透明度があり、オーラ的な光沢表現を併せもつスタンドという3DCGキャラクターと、実写プレートを自然な見た目で共存するビジュアルを創り出す上でもシーンリニアワークフローが有効だったという。「結果的に、質感の馴染みに関する色調整はほとんど行わずに済みました。北 信康撮影監督と渡部 嘉照明監督が創り出す画が、実写プレートの時点で格好良いんですよ。屋内シーンであれば窓から差し込む光などは、VFXを加える上では必ずしも好都合ではありませんが、そうした場合もシーンリニアは色情報を損なわないので助かりました」(太田垣氏)。一連のコンポジットワークは、高橋 護リードコンポジターと中野悟郎リードコンポジターを中心にOLMデジタル内では7名で分業。虹村形兆(岡田将生)のスタンド「バッド・カンパニー」は、体長8cmほどの兵隊たちから成る軍隊で構成されるのだが、「小さなサイズのキャラクターのため、クローズドショットではディテール不足に見えてしまうことがありました。そんなときはエフェクト班から提供されたホコリのCG素材や実写のアーカイブ素材を加えることで対応しました。また、バッド・カンパニーのアクション表現には、マズルフラッシュ、着弾、曳光弾などのエフェクトが膨大に求められたのですが、そうした表現にはNUKEのパーティクル機能を重宝しました」(高橋氏)。そのほかにもミリタリーアクション特有の臨場感を高めるべく、手持ちカメラで撮影したような画ブレや偶発的なズーム、パンなどをコンポジット作業で積極的に加えていったという。「ショット単位ではなく、前後するショットとのつながり、シーンや作品全体としてクオリティを管理することが重要です。OLMデジタルでは、NUKE STUDIOを利用して、必ず一連の動きの中でチェックするようにしています」(太田垣氏)。VFX工程でもフレーム単位で編集点を調整しているのだとか。

    最後に今後の展望を聞いた。「フィルタなしで撮影したプレートを用いて、完全なシーンリニアワークフローで制作してみたいです。VFXが介在するショットについては現在もフィルタなしで撮ってもらっているのですが、フィルタを用いた非合成ショットとの一体感についてはどうしても追い込みきれないという課題があるんです。撮影監督の理解と協力が不可欠ですが、今ではフィルタ特有の表現とほぼ同等のものをポストプロセスで作成できるようにもなっているので、ぜひチャレンジしたいですね」(太田垣氏)。


    Flameによるトラッキング作業例。Planar Trackerを用いて、血素材を貼り付けている。OLMデジタルでは、トラッキングやロトスコープといったベース処理についても各ショットを担当するコンポジターが一括して手がける方針を採っているそうだ


    Baselightによるプリグレーディング作業の例。クレイジー・ダイヤモンドが初めて登場するという、このショットが作品全体のルックやスタンドの実在感(ビジュアル的な落としどころ)の指針となった



    • プリグレーディング前のARRI純正709LUTによる標準的なルック



    • 合成用プリグレーディングを適用した状態

    FilmLightが提供しているプラグインを使い、BaselightのグレーディングデータをNUKEに読み込んだ例。BLGというノードに一連のグレーディング作業情報が含まれている。これにより、従来よりも効率的にグレーディング作業と並行してVFXワークを進めることが可能になった

    本ショットのブレイクダウン



    • 実写プレート(BG)



    • クレイジー・ダイヤモンド(ライティングComp)を合成



    • クレイジー・ダイヤモンド本体の質感を調整



    • オーラ素材のみ



    • オーラ素材を合成



    • 東方仗助(FG)のグリーンバック素材



    • キーイングし、オーラ素材を合成したFG



    • 一連のコンポジット処理を施し、プリグレーディングのBLGを適用した状態

    後半の見せ場となる、クレイジー・ダイヤモンド対バッド・カンパニーのバトルシーンより



    • ガイドの造形を配置したリファレンス



    • 兵士キャラクターのライティングComp



    • 兵士・本体の質感を調整



    • NUKEによるエフェクト処理を加え、プリグレーディングのBLGを適用した状態

    当該ショットのNUKE作業UI


    パーティクル機能で作成した曳光弾エフェクト


    バッド・カンパニー(兵士)のAOVを展開したノードツリー



    • 月刊CGWORLD + digital video vol.229(2017年9月号)
      第1特集:劇場アニメ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 激突 ルウム会戦』
      第2特集:ワンランク上のキャラクターリギング

      定価:1,512円(税込)
      判型:A4ワイド
      総ページ数:144
      発売日:2017年9月8日
      ASIN:B074WTYF4P