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    KPPのデビュー5周年の節目にリリースされた本MV。質量とも妥協をゆるさない高品質のVFXが随所に凝らされた近年まれに見る大作だ。


    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 217(2016年9月号)からの転載となります

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    EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

    きゃりーぱみゅぱみゅ 12thシングル『最&高』好評発売中
    Produced by Yasutaka Nakata(CAPSULE)/価格:2,160円(初回限定盤)、1,296円(通常盤)
    kyary.asobisystem.com

    "本当にチャレンジング"な企画には優れた技能が結集するもの

    絶妙なシュールをまとった現代の"カワイイ"を牽引し、リリースのたびに世界的な注目を集め続ける、きゃりーぱみゅぱみゅ(KPP)の新作MV。2016年4月20日(水)にリリースされた12thシングル『最&高』のMVは、田中秀幸氏のディレクションの下、十十(ジット)がポストプロダクションをリードするかたちで制作された。


    前列・左から、藤井久子氏(Editor)、川元健太郎氏(Editor)、恵美孝彦氏(CG Designer)、柳生大志氏(CG Designer)、神田剛志氏(VFX Supervisor/Editor)、塚本時彦氏(VFXプロ デューサー)/後列・左から、坂本和之氏(CG Designer)、橋本祥文氏(Editor)、高野直樹氏(CG Director)、床井 悟氏(Technical Director/Programmer)、尹 剛志氏(Chief CG Director)、西沢竜太氏(CG Director)。以上、十十。
    jitto.jp

    十十が得意とするフォトリアルなCG・VFXは本作でも遺憾なく発揮されているのだが、本制作は実質2週間ほどという、非常にタイトな制作条件の下でも田中監督独自のデザインセンスがあふれた、強力なビジュアルインパクトを放つ逸品に仕上がっている(未見の読者はぜひ観てほしい)。映像のベースは実写だが、アーティストの周りを動き回るキャラクターの大半はフルCGで作成されており、なおかつ各キャラがマスゲームのように複雑な動きを織り成すため、実写撮影を終えるまでレイアウト以降の本格的なCG・VFX制作を待たざるをえなかったという。「本作は約80カット(約4分)で構成されています。必然的にレンダリングコストが高くなるフォトリアルなVFXを2週間ほどで仕上げなければならないという進行でしたが、幸い、他案件とのスケジュールのかぶりが少なかったので、十十中核メンバーの多くが本作に参加できました。ただ、それでも物量の多さから、キャラクターのセットアップは神央薬品さんにお願いするなど、様々なCGプロダクションさんにも助けていただきました」(尹 剛志メインCGディレクター)。

    「挑戦はしたい、でも現実的に考えると、それでは納期までに終わらせられない。じゃあ降りるかという話になるんですが、今回は、『このままじゃ終わらない!』と騒ぐことによって、"頼もしい助っ人"たちに協力していただきました(笑)。これだけチャレンジングな内容、実験的な映像だとビジネスの面では正直辛さがあるのですが、その分楽しみながらトライできるのと同時に、新しいことをやれば先々のプロモーションにつなげることもできるはず。MVは、CMや映画以上にアーティスティックな画づくりに挑戦ができる場でもあるので、もっと勝負した作品が出てくると業界も盛り上がってくるのではないかと思っています」(神田剛志メインコンポジター)。すでに確固たる地位を築きつつも、その歩みを止めることのない十十のさらなる挑戦に期待したい。

    01 Maya & 3ds Maxによる3DCG制作

    新たなチャレンジを確かな成功へと導く秘訣とは

    最も多数のカットでは400体以上という大量のCGキャラクターたち(しかも大小様々だ)が登場する本作だが、いずれも色彩としても造形としても田中秀幸監督ならではのルックに仕上がっている。「先ほどお話したとおり、実写撮影を終えてみないことにはレイアウトや最終的なキャラクターの頭身やサイズを決めることができませんでした。そこでアセット制作についてはできるだけ効率化を図り、アニメーション以降のショットワークに最大限のリソースを割くというねらいから、ベースモデルは市販のモデルデータを利用し、その質感や細かな造形を調整することで田中監督らしいデザインに仕上げるようにしました」(尹氏)。いうまでもなく市販モデルに独自の魅力をもたせる決め手となったのが、田中監督の采配だ。「田中監督は『造形としては不十分かもしれないけど、ベースカラーを金に変えれば絶対に良くなるから』などと、CG的にラフな状態からゴールを見定める能力がずば抜けていらっしゃるといつも感じています。『チェックできるタイミングになったら、いつでもすぐに見に行くよ』と、深夜でもスタジオにお越しになられて、その場で重要事項をどんどん決めていかれるんです」(尹氏)。こうして約10種類のベースモデルが作り出され、さらに色やサイズちがいなどのバリエーションが増やされた。ちなみに大きさが異なれば歩幅も変わってくるわけだが、それらを同じ歩調で登場させると移動スピードに差異が生じてしまう。そこで、実際のステージアクトも務める振付師とダンサーたちによるモーションキャプチャ(以下、MOCAP)を行うのに先立ち、アドビのMixamoを使った検証を行なったそうだ。

    ショットワークは、後述する通りHoudiniが全体の4割、後の6割のうち4割がMaya、2割が3ds Maxによって仕上げられた。大きくは、空を飛ぶ表現やモデルの制作などをMayaで、終盤のダンスシーンやプロップ制作には3ds Max、そして残りの床の接地を伴うキャラクター表現をHoudiniという分担だ。「宙を舞う動きは手付けですし、終 盤のダンスシーンはかなり早い段階でレイアウトが固まっていました。つまりどちらもMOCAPを待たずに制作を進めることができたのですが、今回はHoudiniで群衆アニメーションを制作するという、未知数の表現に挑戦する上でも確かなノウハウを蓄積しているMayaと3ds Maxでその他の表現を制作することが支えになりました」(尹氏)。なお、基本的には各ツールにてレンダリングまで済ませた上でNUKEに出荷するというワークフローをとっていたため、ツールの混在によるトラブルは発生しなかったそうだ。

    クライマックスに登場するイチゴのキャラクターモデル。「このキャラクターは監督がデザインしたもので、最もこだわっていたキャラでした。『質感は顔の部分をフェルト調にしたい』、『ちょっとおしゃれな爪楊枝を頭に挿したい』など制作過程で、様々なアイデアが追加されていきました」(尹氏)

    比較的シンプルなデザインであるモブキャラクターやプロップは、市販されているモデルデータを加工するかたちで作成することで効率化が図られたという。図はセットアップまでを終えたモデルの例(メッシュ表示)

    Mayaによるエフェクト作業の例。後半に『黒ひげ危機一発』を彷彿とさせるおもちゃのナイフがスカート台に刺さると、KPPが発射され段ボールのタワーに激突するというカットが登場するのだが、物理シミュレーションを使ってリアルな段ボールの飛び散り方が再現された

    本文でもふれたとおり、終盤のダンスシーンは当初から目指すビジュアルが具体的だったことから、豊富なノウハウを有する3ds Maxで地上にいる各種キャラクターを配置し、レンダリングされた

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    02 Houdiniによるショットワーク

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    Houdiniによるショットワーク

    MVにおけるキャラクターアニメーションをHoudiniで作成したねらい

    先述のとおり3DCGワークにはMaya、3ds Max、Houdiniが適材適所に使われている。使用ツールのラインナップとしては昨今では珍しい組み合わせでもないが、特筆すべきは、ショット単位でツールが分担されている点だ。すなわち、HoudiniもMayaや3ds Maxと同様「ショットワーク用のツール」としてフローの中核に据えられているのである。「実作業2週間の案件でこれだけHoudiniをガッツリ使ったのは、かなりロックだなと僕ら自身が思っています」(尹氏)。そんなHoudiniワークの水先案内人となったのが、Houdini歴15年以上というTD兼プログラマーとして活躍する床井 悟氏と、Houdiniチームの若手として活躍する柳生大志氏だ。プロシージャルなCG制作を大きな特徴とするHoudiniだが、今回は物量のあるダンスシーンなどがその特性と合致した。「例えば、KPPさんを中心に円陣を組んで踊る(動き回る)といったショットであれば、円の径・人数・配色・踊りのテンポなど監督から調整が入りそうな箇所に、どんなリクエストを受けても対応できるようプロシージャルにアセットを構築しておいて、それを使ってレイアウトを一緒に決めていくことで、スケジュールとクオリティを両立することができました」(柳生氏)。筆者の私見だが、ショット内の一部の要素等ではなくショットワークそのものに用いた点、かつMVという、ひときわスピード感が求められる案件における導入事例というのは業界へのインパクトが大きいと思う。「原点となる要素に手を加えても、破綻せずに末端まで変更が反映できるというのがHoudiniの強みのひとつだと思います。アセットを蓄積さえしておけば、調整次第で柔軟に必要な結果を引き出すことができます。今回大々的に使ってみて、スピード感を求められる制作にこそ、むしろ向いているのではないかという思いを強めました」(床井氏)。

    大量のキャラクターが登場するシーンでも、複雑なモデルを1プリミティブとして扱う「Pack Object」により、Houdiniのシーンは軽いままに保つことができたそうだ。Houdiniにおけるもうひとつのメイントピックが、年始に正式リリースされたばかりの「Octane Render for Houdini」で全てのレンダリングを行なったことだと、尹氏は語る。「海外でも事例が少ない中で導入したのですが、特に設定などを調整せずとも、HDRIでの環境撮りがちゃんとできていれば雰囲気のある画を出してくれました。レンダーパスもアーティスト的に『こういうのが必要だよね』といったかゆいところに手が届くパスがあらかじめ用意されていたので、気になるものには多目にチェックを入れておき、いらなければ切るという感じで気軽に使えました」。ネックは計算力が完全にGPUに依存する点で、基本的にはひとつジョブを投げたらそれに専念させる必要がある(並行してジョブを投げると順当に計算が遅くなる)。これに対応するため、レンダリングが済んだら順序良く次のジョブが走るようなしくみを床井氏が構築、Backburner経由でレンダリングがか けられるようにして対応したそうだ。「(床井氏に対して)このしくみ、売れるんじゃないですか?」(尹氏)。「うーん......Deadlineを購入した方が良いと思います(笑)」(床井氏)。


    ロケハン時に舞台となるであろう場所を全方向から複数枚写真を撮っておき、その素材と美術部が作成した図面を基に撮影前に舞台を3D化させたという。このモデルを全ショットで共有して利用することで、それぞれのステージごとのセットアップをスムーズに進めることができたそうだ



    事実上、本制作に割り当てられたのは約2週間という非常にタイトなスケジュールの下で制作された本プロジェクト。チェックバックのタイムロスを減らすのと同時にステージ上でもカットごとに美味しいレイアウトを作る必要もあった。「そこで、田中監督に十十にお越しいただき、一緒にPC画面を見ながらその場でレイアウトを調整していけるようなしくみをHoudiniで構築しました」(尹氏)。具体的には、各キャラクターをPackした後、レイアウトしたPointに対してCopy SOPを使って配置したという



    バレ消し作業もHoudiniで行うことで効率化が図られた。図は、本番素材と空舞台をそれぞれマッチムーブして、それらのカメラを読み込んだ状態。「ツールとしては特に開発していませんが、空舞台の素材を本番の素材に合わせるのにHoudiniのSOP、CHOP、COPを使って作業しています」(床井氏)


    空舞台のカメラ位置を本番素材のカメラ位置に近づくように、CHOPを使ってアニメーションをストレッチさせている


    ストレッチしたカメラから床面に対して素材をカメラマップし、本番のカメラから見た状態。カメラマップしている素材もCOPで同じようにストレッチしていることがわかる


    Houdiniシーンのキャラクターたちのルックデヴ。シンプルなノード構成で割とさらっと良い質感がでることに加えて、IPRのレスポンスがとても速いので質感の調整が効率的に行えたという



    Octane for Houdiniは現状pack primitiveに対応していないので、最終的にレンダリングするジオメトリはunpackする必要があったそうだが、Network Renderingを使って複数台のGPUを利用することで、1フレームあたり1~2分でレンダリングをすることができたとのこと


    HoudiniからネットワークレンダリングするためのBackburnerにジョブを投げるツール。ifdの書き出しも同時にジョブとして投げられるので、Mayaや3ds Maxと同じ感覚でネットワークレンダリングが可能になった

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    03 コンポジットワーク

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    03 コンポジットワーク

    コンポジターとデジタルアーティストの密な連携で複雑な合成を成し遂げる

    実写の撮影は大井町の倉庫にて、アングルチェック1日、撮影1日という日程で行われた。当初一部カットは窓からの外光を活かして撮影されたが、時間経過などによる変化を考慮し、より安定した環境を構築できるLEDによる照明に切り替えられた。HDRIも撮影し、IBLによるCG素材との馴染ませに使用。撮影はモーションコントロールカメラなどによらないカメラワークとなっているが、電飾や台座(ターンテーブルになっていて給電する必要がある)のためのケーブルなどの消し込みに加えて、3DCG作業向けのマッチムーブ(3Dトラッキング)といった作業が膨大なものになったという。最も作業量が膨らんだのが太鼓を叩く細い腕に関連する作業だ。大々的に外部に協力を仰ぎ、「アニメーション」「カットを割る」「質感・消し込み」「マッチムーブ」などの作業に分けて4社に協力を依頼、これを神田氏がVFX面の監修を行う体制となった。「腕をしまって撮れないかとも考えたんですが、どうしても無理だったので、グリーンの手袋をしてもらって。そこへ合成するCGアニメーションについては、外部パートナーさんにお願いしたのですが、本当に助かりました」(神田氏)。

    NUKEによるコンポジットでは、全員がゼネラリストという十十の体制が奏功した。キャラクターが大量に登場するため、前後関係が非常に複雑なものになってしまったが、CG素材に対するプライオリティのマットのほか、結局は手作業によるロト作業も大量に発生した。「そんなときに、全員がNUKEを使えたために、手が空いた人から「カット◯◯やりまーす」といったフレキシブルな対応が終盤たくさんあって、1時間ごとに着々と作品が出来上がっていくようなライブ感を感じました」(尹氏)。

    なお、レンダリング素材は可能な限り少なく1素材で完結するようにしつつ、調整用にシャドウ、リフレクションやノーマル、Z深度といったオーソドックスな構成。Octane Rneder for Houdiniによる素材分けが好評だった点は前項のとおりで、Mayaと3ds MaxではV-Rayでレンダリングが行われた。出力するツール間の差異の吸収はフォトリアルに強い十十の蓄積の賜物だと言えるだろう。なお、カラーグレーディングは神田氏立会いの下、作業最終日に行われた。

    CUT34におけるKPPの両腕のロトスコープ例



    • 撮影されたプレート



    • エディターから支給された腕部分をロトスコープした素材



    • Maya上でCGの腕を当てはめた状態



    • 一連の素材を合成し、グレーディングを施した完成形



    マッチムーブの例。複数枚の現場写真からboujouでポイントを算出し、マッチムーブ用のモデルを作成している。「基本的に同じ舞台に対して様々なアングルで撮影しているので、あらかじめ現場で撮影した写真からマッチムーブ用のターゲットモデルを作成し、そのモデルを使って各カット合わせています。こうすることによって、boujouでも1つのシーンに対して各カットのカメラを作成することができます」(床井氏)


    ターゲットモデルを基にboujouでジオメトリベースのトラッキングを行う


    CUT39の主要レンダーパス



    • ビューティ



    • リフレクション



    • ライト



    • シャドウ



    • Flameエディターから支給された背景部分(実写素材)のマスク素材



    • 一連のパスを合成した完成ショット


    前半と後半、それぞれの環境素材。これら2種類に加えて、柱で隠れてしまう部分の環境など、計8種類のHDRIが作成された


    CUT53のブレイクダウン



    • 撮影されたプレート(KPPの両腕はCG合成済み)



    • KPPより奥に配置されているCGレイヤーを合成



    • KPPより手前に配置されているCGレイヤーを合成



    • 空舞台に配置されているCGレイヤーを合成したコンポジットとしての完成形(グレーディング前)



    • きゃりーぱみゅぱみゅ 12thシングル『最&高』好評発売中

      Produced by Yasutaka Nakata(CAPSULE)/価格:2,160円(初回限定盤)、1,296円(通常盤)
      kyary.asobisystem.com
      〈MUSIC VIDEO〉
      Director:田中秀幸(フレイムグラフィックス)/撮影監督:田島一成(MILD)/照明監督:HIGASIX/美術監督:柳町建夫、酒井俊英(TATEO)/オフライン編集:小林真理(メガネフィルム)/メイン・コンポジター:神田剛志(十十)/メインCGディレクター:尹 剛志(十十)/VFXプロデューサー:土屋真治、塚本時彦(十十)/制作:TYO drive/モーションキャプチャ:Animaroid/STUDIO IBUKI/CG制作:十十、オムニバス・ジャパン、IMAGICA、シネグーリオ、StudioGOONEYS、Studio Dessa、LiNDA、回、神央薬品

    • 月刊CGWORLD + digital video vol.217(2016年9月号)
      第1特集 映画『シン・ゴジラ』
      第2特集 3DCGで描くアニメ背景

      定価:1,512円(税込)
      判型:A4ワイド
      総ページ数:144
      発売日:2016年8月10日
      ASIN:B01H2AIW6E