インビジブルエフェクトは建物や乗り物だけではない。無頼の徒の"シノギ"として登場する、虎とライオンをフルCGで描いた野心作の舞台裏。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 269(2021年1月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©「無頼」製作委員会、チッチオフィルム
映画『無頼』
2020年12月12日(土)ロードショー
監督:井筒和幸/脚本:佐野宜志、都築直飛、井筒和幸/製作:増田悟司、小木曽仁、湊谷恭史/VFXスーパーバイザー:オダイッセイ
製作・配給:チッチオフィルム/配給協力:ラビットハウス/制作プロダクション:サムアス24
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昭和を生き抜いた無頼の徒の画に高度なCG技術が活躍
井筒和幸監督8年ぶりの新作『無頼』が12月12日(土)より全国順次ロードショーされる。敗戦後の高度経済成長を経て、バブル崩壊まで欲望のままに生き抜き、昭和という時代を駆け抜けた無頼の徒たちの人生を描いた群像劇である。そんな井筒監督の真骨頂にして集大成とも言える本作品のVFXを支えたのがVFXスーパーバイザーを務めたオダイッセイ氏率いるナイス・デー。そして難易度の高い3DCGに関しては『燃えよ剣』でもタッグを組んだ、オダ氏が絶大なる信頼を寄せているコラットが力を発揮した。オダ氏が企画の経緯を語る。「監督自ら時間をかけて下調べを綿密にされていたようで、こちらに話がきてからはトントン拍子で早かったです。2018年にはスタートしていて、完成は2019年5~6月くらいでした。井筒監督とは前作『黄金を抱いて翔べ』(2012)に続いて2作目ですが、さらにチャレンジできたと思います。コロナ禍の影響で公開が延期になっていたのですが、ようやく日の目を見ることになり良かったです」。
左から、VFXディレクター 影山達也氏、VFXスーパーバイザー オダイッセイ氏(以上、ナイス・デー)。アニメーション・ディレクター 野沢正人氏、CGIプロデューサー 山元太陽氏(以上、コラット)
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座組としては、リードVFXスタジオのナイス・デーが全体を取りまとめ、イメージボードからコンポジットの仕上げまで、コラットが難易度の高い虎とライオンなどの3DCGを担当した(監督の熱い要望で実現することに)。この2社をメインに体制が組まれ、マット画やグラフィックデザイン、ロトスコープなどは他の経験豊富な国内外の外部のパートナーに協力を仰いだ。
本作のVFXで最もチャレンジだったのは中盤に登場する虎とライオンである。「もし実物の動物を撮影するとなると、動物の演技は水物ですし大変になることが想定されたので、こちらから『ここまでリアルにできます』と、提案をしてCGでやることになりました。仮に撮影するとなると、虎とライオンがいる香川と岡山のロケ地に行き、檻の準備やライティングなど、建て込みも入れると4泊6日とかなりのコストになるんです。一方、動物表現をフルCGでつくれば確実に意図した演技をさせられるし、動物の実写撮影分のコストは発生しません。もちろん、CGとしての難易度はかなり高くなるし、制作サイドでも予算が潤沢にあるわけではないので、完成後の動物CGに対する著作権はコラット帰属とさせていただきました」(オダ氏)。
<1>動物アセットの制作
制作初期のヒアリングと高品質な納品物で修正を最小限に
まず最初に、コラットの野沢正人アニメーションディレクターと近藤直樹セットアップスーパーバイザーが茨城県日立市と千葉県千葉市の動物園に赴き、虎とライオンのリファレンスを収集した。「リアルなCGをつくる上で実物に勝るものはないので、まずは本物を見に行くところからスタートしました。固定観念に囚われず幅広い視点の下、ネットで探したものも含め多くのリファレンスを揃えました。虎は一般的なベンガルトラではなく、毛並みも面白い感じの種にする一方、ライオンはスタンダードな種をベースに、立髪はあまりフワフワしていないデザインにしました。念のため、最初にベースモデルを購入して進め始めたのですが、結局のところそのモデルはバランスをとる程度にしか使っていなくて、ほぼほぼイチからつくったかたちになりました。表情付けの際には、やはり実際見に行った経験が非常に大きくて、改めて実物を見るに限ると思いました」と野沢氏はふり返る。収集した映像資料は40GBを超え、体の動きや表情については1ヶ月以上かけて検証が行われた。
モデリングはモデラーの内藤心平氏が、セットアップは先述の近藤氏が担当。野沢氏と密にコミュニケーションをとりながら、購入した骨格見本のモデルも活用しつつ、口の開け方、肋骨や肩甲骨の動き方も研究して再現していった。セットアップ後は野沢氏がアニメーション作業をリード。「予算が潤沢にあるわけではないので、ボーンを虎とライオンで共通にして、工数をコントロールすることにしました。リグについては、ライオンは寝そべっているので上半身は同じもの、下半身は別のものを用意しています。筋肉については今回マッスルシミュレーションは使用せずに、お腹と顔まわりにリグを仕込んで揺らすようにしています。舌を出してペロリとさせたり、振り返るアニメーションを付けたりと、監督が望むと思われる動きに対応できるセットアップを仕込んでおきました。オダさんと密にコミュニケーションをとりながら進めているので、監督から『あくびはほしいね』といったちょっとした要望に対応した程度で、大幅な修正もなく順調に仕上げることができたと思います」と野沢氏は語る。オダ氏は「監督からの修正指示がほとんど発生しなかったのは、制作の初期段階で監督からしっかりとヒアリングを行なっていたことと、きっちりとそれに応えるのはもちろん、それ以上の成果物を提出していたおかげです」と、ふり返った。
なお、撮影時のリファレンスとしてRICOH THETAを使用して360度の環境用の画像を撮影。それ以外に特別なものは採取しておらず、制作に支障も出なかったそうだ。
ライオンのブレイクダウン
実写合成用の動物、まずはライオンのモデリングのブレイクダウン。コラットのスタッフがリファレンスとして動物園で写真撮影を行い、それを基にモデリングした
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▲Mayaで制作したプロポーションモデル
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▲データをZBrushにインポートし、スカルプトでディテールを追加
▲再びMayaに持ち込みテクスチャ制作、モデルとしては完成
虎のブレイクダウン
続いて虎のブレイクダウン。ライオン同様ネコ科で似ているため、プロポーションのちがいに気を遣って制作した
▲Mayaでテクスチャ制作、モデル完成
虎のセットアップ
▲Mayaでの虎のセットアップ。図はデフォルトポーズ
フェイシャルのセットアップ
▲同じくMayaでのフェイシャルのセットアップ。毛が生えた最終ルックを念頭に、モデルは凹凸がはっきりとわかるようにハイメッシュで納品しており、フェイシャルでもシワがくっきりと刻まれることから、ターゲットはZBrushのスカルプトで用意しておいた
[[SplitPage]]<2>実在感を追求する~ショットワーク~
「プレート待ち」を削減して品質アップのための時間を確保
CGの介在したカットは虎・ライオンが12カット、そのほか背景の差し替えやマット作業、熊の合成などで約320カット。追加の消し作業を加えて全体で360カットに達したという。なお、虎とライオンは1カットあたり平均3~5秒と、フルCGとしては比較的長めである。「虎とライオンは、実はカットごとにスケーリングしたりもしています。カメラの位置や、手前にキャストがいるかいないかによって見え方が変わるので、迫力を損なわないように、12カットの中で違和感が出ないように調整を加えています」と、野沢氏はふり返った。
ファーのシミュレーションにはMaya用プラグインのYetiを使用。さすがに作業時には重くなるため、アニメーションを付ける際は非表示にしておき、ルックのチェックが必要になったタイミングでレンダリングして確認したという。オダ氏の進め方の特徴のひとつとして、毎回撮影が終わった直後に独自の判断でプレートを持ち帰るということがある。制作サイドの待ち時間のひとつ「プレート待ち」を削減し、十分な作業時間を確保できるため、結果的にクオリティアップにかけられる時間が増えたそうだ。
コラットのメンバーはモデラー、セットアップ、アニメーター野沢氏、コンポジット兼Yetiと、各セクション約1名ずつで虎とライオンをつくり上げた。オダ氏から依頼を受け難易度の高い虎とライオンを見事に完成させたコラット。コラット山元太陽CGIプロデューサーは次のようにふり返ってくれた。「今回のモデルのクオリティについて、オダから映画を例に、『ライオン・キング』は擬人化に寄りすぎているので、どちらかというとリアル路線の『ジャングル・ブック』並のものをつくりたい、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』を超えるものをと、かなり高いハードルを求められました。実際スタートしてみたところ、想像通りなかなか大変でした(笑)。最初に相談をいただいた時点で少し不安もありました。でも結果的に、ここまで真面目にリアルなVFXを追求することができたと思っていますし、大変実りのあるプロジェクトになりました。個人的にプロデューサーとして気にしたのは、できるだけスタッフを固定化させないこと。初めて参加するスタッフも交えることで属人化を避けるようにしました。特定のアーティストに頼りすぎることなく、誰が関わっても質の高いものを提供できるように、コラットという組織として経験と技術を積み重ねていけていると思います」。
虎のレイアウト
▲Mayaでの虎のレイアウト。レイアウト用にはライオンのモデルを使用している
アニメーション作業
▲Mayaでの虎のアニメーション作業。檻が開き威嚇しながらゆっくりと登場するシーン
▲ライオンのアニメーション作業。ライオンが檻の中で長い舌で鼻先を濡らすシーン
毛の表現
ライオンと虎の毛の表現には、Peregrine Labs社によるノードベースのプロシージャルファープラグインYetiを使用。ライオンと虎、それぞれにベースの毛を設定し、カットやポーズに合わせてYetiのノードツリーを調整した
Nukeによる仮コンポ制作
▲Nukeによる仮コンポ制作の様子。今回、最終コンポは別会社による担当のため、この仮コンポまでを制作し納品した
<3>昭和の空気を再現する~インビジブルエフェクト~
地味だが重要な多数のカットをCGが大きく下支え
今作は見た目が派手な虎やライオンに目が行きがちであるが、実はその他300カットを超えるインビジブルエフェクトも必見だ。例えば、銀行襲撃のシーンでバキュームカーの放水シーンがあるが、トイレットペーパーや便のCGを合成してリアルに見せたり、ユンボがセットに突っ込むシーンでは、撮影テスト時に間違えてセットを壊してしまったのでCGで2階部分を破壊前の状態に戻していたりもしている。とても自然な見た目でプロでも気づかない可能性もあるが、VFXが世界観を高める上で確かな役割を果たしている。
最終的なコンポジットはオダ氏が長年にわたって頼りにしているフリーランスのコンポジターたちが、After Effectsで仕上げている。地面のマットペイント、バキュームカーの色、電柱や看板の変更、ロトスコープなど、きめ細やかなコンポジットが施された。
オダ氏がプロジェクトを総括してくれた。「国内でリアルな動物をCGでつくるのはなかなか厳しいのが現状だと思います。そんな状況に負けてはいけないという思いが強くあって、やるならキャラクターとしても成立していて、お芝居もしっかりできる動物CGを提供したい、と考えていました。コラットとならやれる自信もありましたし、監督の期待にも応えられたと思います。自分の役割としては、現場から時間と予算をしっかりと確保して、みんなに気持ち良くチャレンジしてもらう場をつくることだったと思います。実験的な内容を伴う案件の場合、先行投資的にR&Dとしてやって上手くいけば良いですが、仕事の合間にモチベーションを保って、スケジュールを確保してとなるとなかなか難しいです。今回はそういったチャレンジする姿勢を含め、ビジネスとして成り立たせた上で、良いものができたと思っています。VFXスーパーバイザーは、いかに面白いことを提案するかを求められている役どころです。今作を機に、次は動物を人間と絡めてお芝居させたりしてみたいですね。そういったことが可能になれば、日本の映画VFXの可能性もさらに広がっていくはずです」。
家屋が取り壊され跡地になっていく様子
映画では家屋が取り壊され跡地になっていく様子が段階を追って登場する。最初に登場する解体前の家屋は現存する古民家を借りて撮影するため、解体前と跡地(解体中・解体後)は別々の場所で撮影した。作中ではこの2つのロケーションを同一の場所と認識してもらうため、解体前と解体中の両方に共通する箇所をフレームの中につくる必要があり、跡地のロケーションの建物と特徴的な杉の木を解体前の家屋の奥に合成するという計画が立てられ、それぞれのシーンのマット画を作成した
後に登場する跡地のロケーションに存在する建物と杉の木を合成し、背景もマット画で描き換えている。なお、杉の木は解体中のシーンよりも若い状態のため背が低く描いてある
残されている建物を解体前の雰囲気に合わせるため、マット画で修正した。パラボラアンテナなどの現代物の描き換えも施している
更地に描き換えるため、解体中に残っていた建物や杉の木を消したマット画を合成した
商店街カットのブレイクダウン
昭和38年、田舎町の商店街カットのブレイクダウン。昭和の雰囲気を残す商店街で撮影が行われ、昭和38年当時の資料を基に看板や電灯を描き換えるマット画を作成した。行き交う人々のマスクは全てロトスコーピングで作成
▲グレーディング後(最終形)
血飛沫シーンのブレイクダウン
銃撃シーン、弾着による血飛沫シーンのブレイクダウン。素肌に弾着の仕掛けは使えないため、特殊メイクで弾痕のみを仕込み撮影した
▲After Effectsでの血飛沫合成
▲グレーディング後(最終形)
熊登場シーンのブレイクダウン
檻の中に熊がいるシーンのブレイクダウン。実写プレートは熊がいない状態での撮影で、現場でカメラデータの記録後クマ牧場に向かい、檻の中の壁をサウスシーブルーに塗った状態で檻越しに熊素材を撮影、鉄格子ごと合成している