<2>実在感を追求する~ショットワーク~
「プレート待ち」を削減して品質アップのための時間を確保
CGの介在したカットは虎・ライオンが12カット、そのほか背景の差し替えやマット作業、熊の合成などで約320カット。追加の消し作業を加えて全体で360カットに達したという。なお、虎とライオンは1カットあたり平均3~5秒と、フルCGとしては比較的長めである。「虎とライオンは、実はカットごとにスケーリングしたりもしています。カメラの位置や、手前にキャストがいるかいないかによって見え方が変わるので、迫力を損なわないように、12カットの中で違和感が出ないように調整を加えています」と、野沢氏はふり返った。
ファーのシミュレーションにはMaya用プラグインのYetiを使用。さすがに作業時には重くなるため、アニメーションを付ける際は非表示にしておき、ルックのチェックが必要になったタイミングでレンダリングして確認したという。オダ氏の進め方の特徴のひとつとして、毎回撮影が終わった直後に独自の判断でプレートを持ち帰るということがある。制作サイドの待ち時間のひとつ「プレート待ち」を削減し、十分な作業時間を確保できるため、結果的にクオリティアップにかけられる時間が増えたそうだ。
コラットのメンバーはモデラー、セットアップ、アニメーター野沢氏、コンポジット兼Yetiと、各セクション約1名ずつで虎とライオンをつくり上げた。オダ氏から依頼を受け難易度の高い虎とライオンを見事に完成させたコラット。コラット山元太陽CGIプロデューサーは次のようにふり返ってくれた。「今回のモデルのクオリティについて、オダから映画を例に、『ライオン・キング』は擬人化に寄りすぎているので、どちらかというとリアル路線の『ジャングル・ブック』並のものをつくりたい、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』を超えるものをと、かなり高いハードルを求められました。実際スタートしてみたところ、想像通りなかなか大変でした(笑)。最初に相談をいただいた時点で少し不安もありました。でも結果的に、ここまで真面目にリアルなVFXを追求することができたと思っていますし、大変実りのあるプロジェクトになりました。個人的にプロデューサーとして気にしたのは、できるだけスタッフを固定化させないこと。初めて参加するスタッフも交えることで属人化を避けるようにしました。特定のアーティストに頼りすぎることなく、誰が関わっても質の高いものを提供できるように、コラットという組織として経験と技術を積み重ねていけていると思います」。
虎のレイアウト
▲Mayaでの虎のレイアウト。レイアウト用にはライオンのモデルを使用している
アニメーション作業
▲Mayaでの虎のアニメーション作業。檻が開き威嚇しながらゆっくりと登場するシーン
▲ライオンのアニメーション作業。ライオンが檻の中で長い舌で鼻先を濡らすシーン
毛の表現
ライオンと虎の毛の表現には、Peregrine Labs社によるノードベースのプロシージャルファープラグインYetiを使用。ライオンと虎、それぞれにベースの毛を設定し、カットやポーズに合わせてYetiのノードツリーを調整した
Nukeによる仮コンポ制作
▲Nukeによる仮コンポ制作の様子。今回、最終コンポは別会社による担当のため、この仮コンポまでを制作し納品した
<3>昭和の空気を再現する~インビジブルエフェクト~
地味だが重要な多数のカットをCGが大きく下支え
今作は見た目が派手な虎やライオンに目が行きがちであるが、実はその他300カットを超えるインビジブルエフェクトも必見だ。例えば、銀行襲撃のシーンでバキュームカーの放水シーンがあるが、トイレットペーパーや便のCGを合成してリアルに見せたり、ユンボがセットに突っ込むシーンでは、撮影テスト時に間違えてセットを壊してしまったのでCGで2階部分を破壊前の状態に戻していたりもしている。とても自然な見た目でプロでも気づかない可能性もあるが、VFXが世界観を高める上で確かな役割を果たしている。
最終的なコンポジットはオダ氏が長年にわたって頼りにしているフリーランスのコンポジターたちが、After Effectsで仕上げている。地面のマットペイント、バキュームカーの色、電柱や看板の変更、ロトスコープなど、きめ細やかなコンポジットが施された。
オダ氏がプロジェクトを総括してくれた。「国内でリアルな動物をCGでつくるのはなかなか厳しいのが現状だと思います。そんな状況に負けてはいけないという思いが強くあって、やるならキャラクターとしても成立していて、お芝居もしっかりできる動物CGを提供したい、と考えていました。コラットとならやれる自信もありましたし、監督の期待にも応えられたと思います。自分の役割としては、現場から時間と予算をしっかりと確保して、みんなに気持ち良くチャレンジしてもらう場をつくることだったと思います。実験的な内容を伴う案件の場合、先行投資的にR&Dとしてやって上手くいけば良いですが、仕事の合間にモチベーションを保って、スケジュールを確保してとなるとなかなか難しいです。今回はそういったチャレンジする姿勢を含め、ビジネスとして成り立たせた上で、良いものができたと思っています。VFXスーパーバイザーは、いかに面白いことを提案するかを求められている役どころです。今作を機に、次は動物を人間と絡めてお芝居させたりしてみたいですね。そういったことが可能になれば、日本の映画VFXの可能性もさらに広がっていくはずです」。
家屋が取り壊され跡地になっていく様子
映画では家屋が取り壊され跡地になっていく様子が段階を追って登場する。最初に登場する解体前の家屋は現存する古民家を借りて撮影するため、解体前と跡地(解体中・解体後)は別々の場所で撮影した。作中ではこの2つのロケーションを同一の場所と認識してもらうため、解体前と解体中の両方に共通する箇所をフレームの中につくる必要があり、跡地のロケーションの建物と特徴的な杉の木を解体前の家屋の奥に合成するという計画が立てられ、それぞれのシーンのマット画を作成した
後に登場する跡地のロケーションに存在する建物と杉の木を合成し、背景もマット画で描き換えている。なお、杉の木は解体中のシーンよりも若い状態のため背が低く描いてある
残されている建物を解体前の雰囲気に合わせるため、マット画で修正した。パラボラアンテナなどの現代物の描き換えも施している
更地に描き換えるため、解体中に残っていた建物や杉の木を消したマット画を合成した
商店街カットのブレイクダウン
昭和38年、田舎町の商店街カットのブレイクダウン。昭和の雰囲気を残す商店街で撮影が行われ、昭和38年当時の資料を基に看板や電灯を描き換えるマット画を作成した。行き交う人々のマスクは全てロトスコーピングで作成
▲グレーディング後(最終形)
血飛沫シーンのブレイクダウン
銃撃シーン、弾着による血飛沫シーンのブレイクダウン。素肌に弾着の仕掛けは使えないため、特殊メイクで弾痕のみを仕込み撮影した
▲After Effectsでの血飛沫合成
▲グレーディング後(最終形)
熊登場シーンのブレイクダウン
檻の中に熊がいるシーンのブレイクダウン。実写プレートは熊がいない状態での撮影で、現場でカメラデータの記録後クマ牧場に向かい、檻の中の壁をサウスシーブルーに塗った状態で檻越しに熊素材を撮影、鉄格子ごと合成している