記事の目次

    YP監督と、SNSを通じて集まった2000年前後生まれのVFXアーティスト集団UNDEFINEDが、同世代のアーティストと共に手がけたMVの舞台裏を紐解く。

    ※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 267(2020年11月号)掲載の「VFX Anatomy Gorilla Attack『隔世 gorilla』MV」を再編集したものです。

    TEXT_村上 浩(夢幻PICTURES)
    EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
    ©A.S.A.B

    Gorilla Attack『隔世 gorilla』MV
    Lyrics: ヒガシローランド&ニシローランド/Music: Loyly Lewis (ケンカイヨシ), ヒガシローランド&ニシローランド/Director: YP/CG Director: MIZUNO CABBAGE (UNDEFINED)/Modeler, TextureArtist: Kou Nakamura(UNDEFINED)/LightingArtist, Compositor: iwaburi(UNDEFINED), nagafujiriku(UNDEFINED)/MotionDesigner, Compositor: NAKAKEN(UNDEFINED)/Point Cloud Designer: TakutoNio/Compositor, Sho Watanabe(UNDEFINED)/EffectsArtist,Compositor: Satsuki/MotionDesigner: marirui(UNDEFINED)

    リアルとバーチャルの混在世界をボリューメトリックで表現

    Gorilla Attackはヒガシローランドとニシローランドによるラップユニットで、2020年9月9日(水)リリースの1st EP『GORILLA CITY』に先立って配信された『隔世 gorilla』MVでは、Gorilla Attackによって覚醒していく渋谷の街が、ボリューメトリックキャプチャなどの最新の3DCG技術を駆使して描かれた。

    ▲左から、Sho Watanabe(UNDEFINED)、iwaburi(UNDEFINED)、Kou Nakamura(UNDEFINED)、YP、MIZUNO CABBAGE(UNDEFINED)、TakutoNio、NAKAKEN(UNDEFINED)/右下、nagafujiriku(UNDEFINED)
    ※nagafuji氏のみ、ビデオ会議にて取材参加


    本作のディレクションを務めたのは、Gorilla Attackのコスチュームデザインやアートディレクションなども手がけるYP監督。「本作のために描いたアートワークは、実写素材に手描きでレタッチを加えており、リアル(現実)とバーチャル(フィクション)が混在した世界観を表現しています。映像自体も、同じコンセプトで制作することにしました。企画段階でボリューメトリックキャプチャを使えるスタジオの存在を知り、そのユニークな技術が本作のコンセプトに合致すると考え、ヒガシローランドとニシローランドのキャプチャに使用することも決めました」(YP監督)。

    ▲ YP監督がアートディレクションを行い、イラストレーターのSOLANINE氏が描き上げたGorilla Attackのアーティスト写真


    MVの映像制作を担当したVFXアーティスト集団のUNDEFINEDは、メンバーの得意とする技術を結集し、ハイクオリティな映像制作を行なっている。UNDEFINEDのつくり出す映像に惚れたYP監督が、リーダーのMIZUNO CABBAGE氏にコンタクトをとり、制作を依頼したという。物心がついた頃から自主制作映画を制作してきたMIZUNO氏は、中学生のときに独学でVFX制作を始め、2020年3月にUNDEFINEDを起ち上げた。「1年半ほど前にSNSでYP監督と知り合い、交流するようになりました。いつか一緒に仕事をしたいと思っていたので、二つ返事でCGディレクターをお引き受けしましたが、スケジュールがタイトな上、VFXの物量も多かったので不安もありました。YP監督が描いた絵コンテは未完成のシークエンスもあったので、皆でアイデアを出し合い、打ち合わせを重ねながらYP監督の脳裏にあるイメージを具現化していきました」(MIZUNO氏)。

    相談を受けた時点で納期まで1ヶ月半ほどしかなく、UNDEFINEDのメンバーを総動員して制作にあたったが、それでも手が足りなかったため、YP監督の紹介でNAKAKEN氏(※)とTakutoNio氏も参加。総勢9名のチームで制作を進めることとなった。

    ※2021年1月現在、NAKAKEN氏はUNDEFINED所属となっている。

    <1>YP監督の設定資料や絵コンテからイメージを具現化

    バラバラのツールとレンダラによる画づくりをDiscordで管理

    本作は『隔世 gorilla』という楽曲タイトルが示す通り、Gorilla AttackがGolden Banana(覚醒爆弾)で生命と街を覚醒させる様を描いており、生命のモチーフであるDNAの螺旋構造をFluorescent Light(蛍光灯)で表現している。さらに「うごめく Gorilla の群れ 倍増」「うずまく Gorilla の軍団 倍増」という歌詞から、Golden Bananaの投下によってGorillaが街中に増殖していくといったアイデアを膨らませた。「絵コンテの未完成シークエンスのアイデア出しでは、YP監督の設定資料、ビデオコンテ、字コンテなどがいい糸口になりました。各シークエンスをシームレスにつなげられるか不安があったので、トランジション部分はプリビズを作成し、映像のつながりと楽曲のリズムがマッチするか検証を重ねました」(MIZUNO氏)。

    ▲ YP監督による本作の設定資料。蛍光灯を組み合わせることでDNAの螺旋構造を表現するアイデアや、Fluorescent Light(蛍光灯)・Golden Banana・Gorillaの3要素を重要アイテムとして扱うことなどが示されている


    YP監督と9名のチームメンバーはそれぞれ異なる場所で作業していたため、打ち合わせやチェックはボイスチャットアプリのDiscord上で行われた。同アプリはゲーマー用のグループチャットとして2015年にリリースされ、近年はあらゆるコミュニティが使えるコミュニケーションツールへと進化している。進捗確認、データ管理などは主にMIZUNO氏が担当し、同アプリを介して全メンバーに共有された。各々の使用ツールは3ds Max、Blender、Cinema 4D(以下、C4D)、Houdini、Unreal Engine 4(以下、UE4)などバラバラで、データの変換・受け渡しが複雑になりがちだった。制作管理の際にはビデオコンテを確認し、シークエンスごとに必要なアセットを洗い出し、スプレッドシートにまとめていったという。

    「UNDEFINEDでは、普段からDiscord上でコミュニケーションをとりながら制作するスタイルを採用しています。リアルタイムにリファレンスやプレビューなどの情報を共有できるし、画面共有も可能なので、YP監督に作業画面を見せ、カメラワークなどを細かく指示してもらうことも可能です。本作のようなタイトなスケジュールの場合は、このような制作スタイルが力を発揮すると感じています」(MIZUNO氏)。なお、前述のツールに加え各メンバーが使用するレンダラもバラバラだったので、画の仕上がりに若干の差異が生じたが、After Effects(以下、AE)でのコンポジットやカラーグレーディングの際に各シークエンスを馴染ませた。

    「UNDEFINEDのメンバーは音に対する理解度も高く、この音のタイミングで光を走らせたい、明滅させたいといった演出指示を出す前に、期待以上のイメージで仕上げてくれたのでとても助かりました。今後も機会があれば、UNDEFINEDと一緒に新しい挑戦をしたいと思っています」(YP監督)。

    ▲ ヒガシローランドがリアル(渋谷の街)からバーチャルにダイブし、内在するGorillaを一瞬だけ表出させた後、渋谷にGolden Bananaを投下、覚醒粒子が拡散していくシークエンスの絵コンテ


    ▲先の絵コンテの完成画像。実写パートからCGパートへとシームレスにつなげるため、実写素材をトラッキングしたカメラデータをC4Dに読み込み、CGパートが作成された。「納期直前に良い素材が撮影できたので、なんとかシームレスにつなげてくれないかと依頼しました。担当してくれたiwaburiさんには苦労をかけましたが、ヒガシローランドがCGに切り替わっていることに気づかない人も多く、期待以上のトランジションになりました」(YP監督)


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    <2> ボリューメトリックキャプチャの特性を演出にも活かす

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    <2> ボリューメトリックキャプチャの特性を演出にも活かす

    ボリューメトリックを活用しファーのなびきまでキャプチャ

    ボリューメトリックキャプチャは、スタジオの360度方向に配置された数十台のカメラで撮影した人物・物体・空間を3DCGデータに変換し、任意の方向から撮影した映像として再現できる技術だ。写真から再現するフォトグラメトリーとは異なり、動いている対象を空間も含めて3D化できる。ヒガシローランドとニシローランドが登場するショットの多くは、この技術を用いて制作されている。「ボリューメトリックキャプチャを導入したことで、アニメーションはもちろん、3Dモデルやテクスチャの作成、クロスシミュレーションなどの手間も省けましたが、撮影データが届くまでに3週間ほどかかったので、納期を守れるか不安でした」(MIZUNO氏)。

    ニシローランドがバイクで高速道路を疾走するシークエンスでは、バイクの3Dモデルからグリップやシートなどの位置・角度・スケールを計測。スタジオにバイクのガイドとなるモックを作成し、それにまたがるヒガシローランドに送風機をあてて疾走感を演出した。キャプチャ後は、撮影データとバイクや高速道路の3Dモデルを組み合わせるだけでシーンを作成できたので、作業負荷が大幅に軽減された。「衣装に付いているファーのなびきまで撮影データに反映されており、その精度に驚かされました。撮影時には実写撮影と同じ感覚で演出指示が出せたので、非常にやりやすかったです」(YP監督)。

    ▲【左上】バイクの3Dモデル/【右上】【左下】【右下】3Dモデルの計測情報


    ▲計測情報を基にスタジオにモックを作成。本作のボリューメトリックキャプチャは、70台以上のカメラを設置した、最大5㎡の収録可能範囲をもつスタジオで実施された。なお、グリーンバックでの撮影となるため、衣装の色などには制限が生じる


    ▲撮影データからモックの情報をブーリアン演算で削除し、バイクの3Dモデルに置換。衣装のファーのなびきまでしっかり再現されている


    納期に間に合わせるため、アセット作成では市販データを積極的に活用し、足りないアセットのみKou Nakamura氏がモデリングした。「まずは多くのショットに登場する蛍光灯の作成から着手し、地下鉄の駅や高速道路なども作成しました。モデリングには3ds Max、テクスチャ作成にはSubstance Painterを使っています。時間が限られていたので、一方向からしか見えない高速道路の遮音壁やビル群などは、板ポリゴンに写真を貼り付けて作成しました」(Nakamura氏)。一連のアセットは各メンバーが愛用するバラバラのツールで使用されたため、各ツールのフォーマットに合わせて出力された。

    ▲蛍光灯を作成中のSubstance Painterの作業画面


    ▲地下鉄の駅を作成中のSubstance Painterの作業画面


    • ◀▲高速道路のアセットを作成中のSubstance Painterの作業画面。細部の資料として、高架下まで見回せるGoogleマップを活用した


    高速道路のシーンは、MIZUNO氏がベースのデータを構築し、カメラワークを設定した後、nagafujiriku氏がライティングとコンポジットを担当。リアリティのあるカメラワークと非現実的な無人の高速道路を組み合わせ、クールな映像を目指したという。「高速道路のシーンデータはとてもリアルな仕上がりでしたが、照明が暗くおとなしい印象だったので、遮音壁の下部に重要アイテムの蛍光灯を組み込み、近未来的なイメージをつくり上げました。カメラワークに応じて蛍光灯が後方へながれることで、疾走感も同時に演出できました」(nagafuji氏)。

    ▲【左上】【右上】初期のシーンデータ/【左下】【右下】完成画像。蛍光灯を追加したことで、ニシローランドのシルエットが際立ち、立体感が強調されている


    ▲カメラワークを確認中のYP監督と、ダンスのリハーサルをするヒガシローランド


    ▲ダンスと楽曲が少しでもずれると違和感が生じてしまうため、各撮影テイクのフレーム数と楽曲のタイムコードを合わせたプレビューを作成。この情報を基に、プロジェクトファイルのフレーム数と楽曲が合わせられた


    ▲Alembic形式の撮影データと連番テクスチャを読み込んだC4Dの作業画面


    ▲C4Dのモーションカメラ機能を使用し、リアルな手ブレやダイナミックな動きを演出。ダンスシーンは複数の撮影テイクを組み合わせて構成しているが、ボリューメトリックキャプチャでは人物の位置を完全に合わせられないため、テイクのつなぎ目では様々な処理を加えてひとつながりの動きに見せている


    ▲C4Dの粉砕エフェクトを使用し、砂のように崩れ落ちる演出を追加。テイクのつなぎ目を逆手にとった奇怪な演出を施した。そのままではチープに見えるため、コンポジット時にパーティクル素材を足している


    ▲このつなぎ目では、C4Dのツイストエフェクトを使用


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    <3>画のインパクトを高めるエフェクトやコンポジット

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    <3>画のインパクトを高めるエフェクトやコンポジット

    ボリューメトリックのデータに手描きエフェクトを加筆

    ヒガシローランドとニシローランドによるダンスシークエンスは、ボリューメトリックキャプチャならではの演出を盛り込んだインパクトのある仕上がりになっている。「ダンスの見せ場となるシークエンスなので、単調にならないよう、実写ならありえない縦横無尽なカメラワークで構成しました。さらにSOLANINEさんが描いたGorilla Attackのアーティスト写真からインスピレーションを得て、手描きのエフェクトを加筆することでアクセントを加えています。エフェクトの作画は初めてでしたが、思った以上の効果が出せて自分でも驚きました」(MIZUNO氏)。iPadアプリのProcreateを使い、VFXのロトスコープの要領で、1フレームずつ人物の輪郭をトレースしたという。

    ▲【左上】実写では不可能な床下からのアングルまで撮影できる点は、ボリューメトリックキャプチャのメリットのひとつだ/【右上】iPadアプリのProcreateで1フレームずつ人物の輪郭をトレースし、ラインエフェクトを加筆している/【下】完成画像


    ▲AE上で【左】レンダリング画像の【右】色味を調整


    ▲【左】背景と輪郭線を追加/【右】さらにカートゥーンエフェクトを追加


    ▲【左】先のiPadアプリで描いたラインを合成/【右】ラインにグローを追加


    ▲【左】画面全体に紙のテクスチャを合成/【右】カラーグレーディングを行なって完成


    ヒガシローランドが渋谷の街で踊るシークエンスの撮影は納期3日前に行われた。実写パートはビル群やネオンなどの要素があるものの、CGパートと比べるとおとなしい印象だったため、急遽エフェクトを追加することになった。「実写パートとCGパートの差をなくすことは、本作の課題のひとつでした。そのままつなぐとビジュアルに差が生じてしまうため、CGパートのポイントクラウドのテイストを実写パートにも加え、違和感を抑えることにしました」(MIZUNO氏)。

    ▲AE上で【左】深夜の渋谷にて撮影された実写素材の【右】色味を調整


    ▲【左】デジタルノイズのようなエフェクトを追加/【右】画面全体にも細かなノイズを加える


    ▲カラーグレーディングを行なって完成。後述するCGパートのポイントクラウドのテイストを実写パートにも加えることで、実写とCGの世界観に差が生じないように調整している


    iwaburi氏がライティングとコンポジットを担当した導入シークエンスは、地面と蛍光灯だけでシーンを構成しなければならず、YP監督と何度もイメージの共有を図りながら作業が進められた。「蛍光灯の配置とフォグで空間に奥行き感をもたせつつ、コントラストの強い重厚感のあるビジュアルを目指しました。Blenderでフォグを作成すると処理負荷が高くなるので、AEでフォグを作成し、グロー、レンズのディストーション、ダストなどを加えて仕上げました。楽曲のリズムに合わせて明滅する蛍光灯をキーフレームで管理すると複雑になってしまうため、楽曲のフレーム数を基にコントロールしました」(iwaburi氏)。本シークエンスのボリューメトリックキャプチャ時には、収録可能範囲から出たニシローランドが撮影データから消える様子を目にしたYP監督が、それをフレームアウトの演出として取り入れることを発案。iwaburi氏がエッジ部分にエフェクトを加えることで実現させた。

    ▲AE上で【左】レンダリング画像に【右】フォグを追加


    ▲【左】グローを追加/【右】カラーグレーディングを行う


    ▲レンズのディストーションやダストを追加して完成。このショットでは、ニシローランドがボリューメトリックキャプチャの収録可能範囲から出ていく様子を、フレームアウトの演出として取り入れている


    ▲BlenderのDriverを使用し、楽曲のフレーム数を取得。この値を基に、楽曲に同期して蛍光灯が明滅するアニメーションを作成している


    地下鉄のシークエンスのライティングとコンポジットはnagafuji氏が担当。「奥行きを感じるライティングを意識しつつ、暗転の前後でライティングの変化を強調しています。フォトリアルでありながらドラマティックなムードを演出するため、補色のカラースキームを意識したライティングやカラーグレーディングを施しました」(nagafuji氏)。

    ▲C4Dの作業画面。地下鉄の車両は、市販データをC4Dで加工して作成された。暗転後は全体を通してライトの動きが激しくなるため、低精度の設定で何度もレンダリングし、アニメーションと楽曲の同期をくり返し確認したという


    ▲AEの作業画面。フォグやブルームの強調、スモークの合成、モーションブラーなどを適用している。オレンジと緑で構成された補色のカラースキームが印象的だ。レンダラはOctaneRenderを使用。本作の制作に合わせてNVIDIAのGeForce RTX 2080 Tiを2枚搭載したPCを導入したこともあり、1フレームあたりのレンダリング時間は3~4分程度に抑えることができたという


    ▲レンダリングの各成分。上段左から、beauty、diffuse、reflection。中段左から、emission、remainder、volume。下段左から、post、depth、cryptopass


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    <4>渋谷の街に出現するGorillaと、その結晶化

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    <4>渋谷の街に出現するGorillaと、その結晶化

    ポイントクラウドで渋谷の街をコラージュ

    Gorillaが渋谷の街中に増殖していくシークエンスでは、MIZUNO氏がGorillaの出現エフェクトのテスト映像をC4Dで作成。そのイメージを基に、Houdiniで完成版の出現エフェクトが作成された。

    ▲Cinema 4Dで作成したGorillaの出現エフェクトのテスト映像


    ▲Houdiniで作成した完成版のGorillaの出現エフェクト


    ▲After Effects上で実写素材と合成したGorillaの出現エフェクト


    納期5日前にはクライアントから看板などのバレ消し依頼が入り、Sho Watanabe氏が急ぎ対応することになった。渋谷の街は看板が多いのに加え、手間のかかる液晶看板もあったので苦労したという。「シャッターのロゴを『GORILLA CITY』のロゴに差し替える際には、シャッターにロゴ画像を重ねただけでは貼り付けた感が出てしまうので、シャッターの凹凸に合わせた歪み用のディスプレイスメントマップを作成し、ロゴ画像に適用することで実在感を高めています。看板を差し替える際には、元データから反射部分の情報を抽出し、差し替え後の画像にも反映させることで、よく馴染むようになり、違和感のないルックにできました」(Watanabe氏)。

    ▲【左】バレ消し後の渋谷の街/【右】完成画像。シャッターには『GORILLA CITY』のロゴ、路上には増殖していくGorillaが追加されている


    ▲【左】元データの輝度チャンネルやRGBチャンネルから看板の反射部分の情報を抽出する一方で、不要な部分をレタッチで消していく/【右】元データのパースに合わせつつ、Gorilla Attackのアーティスト写真を配置。画像の差し替えや変形に耐えられるよう、スマートオブジェクトを使って作業している


    ▲【左】元データの輝度レベルとRGB値を確認し、アーティスト写真を調整。俗に言うガンマスラミングを行い、馴染み具合を確認する/【右】完成画像


    ポイントクラウドによる渋谷の街の再現は、YP監督とは旧知の仲のNio氏が担当した。「YP監督と一緒に手がけた以前の仕事でも、ポイントクラウドを使った映像を制作しており、その後も研究を重ねてきました。本作でもポイントクラウドによる表現を取り入れたいという依頼があり、参加することになりました。渋谷の街を渋谷のアイテムでコラージュするというのが今回のコンセプトで、例えばSHIBUYA109の背後に浮かぶ無数の星屑は、渋谷のスクランブル交差点のポイントクラウドを重ねて表現しています」(Nio氏)。以前は3ds Maxでポイントクラウドを扱っていたが、本作ではUE4を導入。データ変換やレンダリングの時間を削減できたのに加え、ライティングやフォグの設定も容易で、作業効率が向上したという。

    ▲【上】Metashapeから受け取ったポイントクラウドデータを【下】UE4に読み込み、ライティングを施し、渋谷の街を再現


    ▲AE上で【左】レンダリング画像全体に【右】細かなノイズフィルタを適用。


    ▲【左】プラグインのPixel Sorterでピクセルソートのエフェクトを追加/【右】カラーグレーディングを行なって完成


    増殖したGorillaと蛍光灯が結晶化し、朝焼けに染まる渋谷の空に浮遊するシークエンスはNAKAKEN氏が担当した。同氏は点や線で構成された抽象的な映像(アブストラクト映像)の制作を得意としており、本作でもその手腕が発揮された。「結晶化のアニメーションは、C4Dで作成した八面体を変形させ、頂点と稜線にクローナーでGorillaと蛍光灯を複製することで作成しています。本作のラストを飾る重要なシークエンスなので、インパクトのある画を目指しました」(NAKAKEN氏)。望遠レンズでレンダリングした渋谷の街は奥行き感やスケール感が伝わりにくかったため、AE上でdepth、reflection素材などを調整したという。「慣れているアブストラクト映像の制作とはちがい、経験の少ない街並みの表現には苦労しましたが、MIZUNOさんの助言を受けつつ試行錯誤を重ねていき、YP監督がイメージする渋谷の朝焼けを表現できました」(NAKAKEN氏)。

    ▲【左上】結晶化のテストアニメーションを作成中のC4Dの作業画面/【右上】まずは八面体をシェーダエフェクタのノイズでディスプレイスメントさせ、頂点と稜線にクローナーでGorillaと蛍光灯を複製する手法を試した。ノイズの明暗を変えることで、バラバラだった要素が徐々に組み合わさり、結晶化していくアニメーションを作成している/【下】最終的には、最初の数ショットでのみ本手法を使用した。後半のショットでは結晶のサイズをもっと大きくして、密度も上げてほしいという要望がYP監督から出されたため、本手法では違和感が出るようになり、後述する別の手法で対応した


    ▲終盤に登場するビルの両脇部分は市販データを活用。中央の連絡橋はBlenderでモデリングし、Substance Painterでテクスチャを作成


    ▲半ショットの結晶化のアニメーションは、複製したGorillaと蛍光灯をC4Dのランダムエフェクタなどでバラバラにした後、フォールオフの範囲を狭めていくことで作成。OctaneRenderでレンダリングし、AEでコンポジットしている


    ▲レンダリングの各成分。【左上】beauty/【右上】normal/【左下】refraction/【右下】完成画像。beautyのままでは絵に立体感が出なかったため、normalを使って結晶の左側の面だけを明るくした。さらにrefractionの色に青味を追加することで、神秘的かつ巨大なルックを実現した


    ▲背景のビル群は、オープンソースの渋谷のフォトグラメトリーモデルをOctane Scatterで複製することで作成。ライティングは、HDRIを使わず、Octane daylightを使用した


    ▲レンダリングの各成分。【左上】beauty/【右上】depth/【左下】reflection/【右下】depthと、プラグインのTrapcode Shine、Optical Flaresを使って作成したフレア素材


    ▲reflectionやフレア素材やを使用し、MIZUNO氏のディレクションの下で朝焼けに染まる渋谷の空を表現した



    info.

    • 月刊CGWORLD + digital video vol.267(2020年11月号)
      第1特集:バーチャルヒューマン・エッセンシャルズ
      第2特集:ニュースタンダード特化型ツールの現在地

      定価:1,540円(税込)
      判型:A4ワイド
      総ページ数:128
      発売日:2020年10月10日
      cgworld.jp/magazine/cgw267.html