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    トランジスタ・スタジオがフルコミットして制作した、ロックバンドHigh Speed Boyzの未来感あふれるミュージックビデオのメイキングを紹介する。

    [お知らせ]
    3月21日 CGWORLD Live in 札幌にてトランジスタ・スタジオの秋元氏、森江氏によるMaiking of 「I wanna rock」のセッションが行われます!
    札幌近郊お住まいの方ぜひご来場者ください(無料)
    詳細はこちら→ http://cgworld.jp/news/event/321cgworld-live-in-exsa.html

    演出からポスプロまでワンストップで手がける

    今回のVFXアナトミーでは、ミュージックビデオ(MV)におけるVFXを紹介する。

    取り上げるのは、High SpeedBoyzの『I wanna rock』だ。
    MVでは、ボーカロイドが自分のオリジナルである死んでしまったアーティストの魂を追い求めていくという物語が、ストイックかつ無機質な未来感あふれる空間で展開する。

    このMVを制作したのは、本誌連載でもお馴染みのトランジスタ・スタジオだ。
    森江康太ディレクター、秋元純一VFXスーパーバイザー、柴野剛宏デザイナーにお話を伺った。

    本作を手がけたきっかけは、あるイベントでVJとしてトランジスタ・スタジオが参加したときに、出演していたHighSpeed Boyzの目に留まり、自分たちのMVもつくってほしいと依頼されたことだという。

    昨年の8月末に一度完成したのだが、全面リテイクとなったためイチからつくり直し11月末に完成品が納品された。

    「とてもアーティスティックな人たちなので、ぶっ飛んだアイデアをその場で思いつく。われわれにとっては、彼らの言った言葉が全てなので、その中からキーワードを紡ぎながら、自分たちの色や映像として整理していきました」と森江氏。

    単純に映像が動いているだけのMVではなく、きちんとしたストーリー性のある作品に仕上げたいということで、ストーリーづくりに時間を割き、悩みぬいた作品だというが、映像の方向性が見えたところからの制作はとても早かったという。

    携わったスタッフは、今回お話を伺った3名とほか1名の4名という少人数制作。受注から納品までを考えると数ヶ月の制作期間がかかっているが、実作業としては1ヶ月かかっていないという。

    「ここ数年、自社の指標として社内で監督から編集、ポスプロまで全部自分たちだけで、映像制作にフルコミットできるような体制を組んできました。そのような体制づくりが、今回の作品制作につながったのだと思います。特に今回の作品では、CG技術を見せるような映像作品ではなく、きちんとしたストーリーテリングによって物語を伝えることができたので、ひとつの成果だと実感しています。これからも自分たちの作品と言えるものをコンスタントにつくっていきたいですね」と森江氏は語る。

    それでは、本作のメイキングを紹介していこう。

    01:プリプロダクション
    モーションキャプチャデータを利用したプリビズ制作

    本作の制作は、まず楽曲に合わせてアーティストがギターを弾く動きをモーションキャプチャし、データ化するところから始まった。

    通常の映像制作では、絵コンテなどで演出が固まった状態からモーションキャプチャを行うことが多いが、本作では映像演出がまだ決まっていなかったため、このキャプチャしたデータを使ってプリビズを作成しながら、全体の演出を考えていったのだという。

    High Speed Boyzは、これまでにもモーションキャプチャを使った映像制作なども行なっているため、キャプチャスタジオの手配を含め、とても効率良く作業を進めていくことができたそうだ。

    「今回は絵コンテを作成する代わりに、モーションキャプチャしたデータをMayaに読み込んでアニメーションさせて、キャラクターの動きを見ながらカメラの切り替えやカメラワークをつくり込みました。どちらかというとライブ映像の編集に近い感じで、カメラマン兼編集を監督自身で担うイメージです。完成したプリビズを見ながら、ステージをデザインしたりエフェクトをどうするかなどを検討していっています」と秋元氏。

    「モーションキャプチャデータの映像編集は数日で終わったため時間がかからなかったのですが、難しかったのは、MVの後半にもうひとりのキャラクター"Sun Forever"(後述)が登場し、新たな展開をさせる必要があったこと。このキャラクターは手付けでアニメーションさせているため、ストーリーを考えつつ、カメラワークとアニメーションを同時並行で付けていくという作業になりました。非常に悩みましたが、CGなのでカメラワークを好きにできたのは良かったです。現実には撮影できないような撮り方もできますからね」と森江氏は言う。

    ▲MotionBuilderによるモーションキャプチャのデータ編集画面。キャプチャはMOZOO(www.mozoo.jp)で行われた

    ▲編集されたキャプチャデータをMayaに読み込み、カメラワークやカット割りを検討



    ▲制作されたMayaのPlayblastによるプリビズからの抜粋。
    このビデオコンテのモデルデータを差し替えていったり、動きをブラッシュアップしながら制作が進められていった

    ▲Playblastによって作成されたアニメーションは、PremiereProで編集を行いプリビズに仕上げられた

    02:アセットモデリング
    キャラデザから一括して担当

    本作のアーティストとして登場するギターを持ったキャラクターは、森江氏によるデザイン画を基に、秋元氏がMODOを使ってモデリングしている。

    「キャラクターのディテール部分は、デザイン画や形状のリファレンスとなるような格好良いデザインの資料からイメージを拾いながら、細かいデザインを考えていく必要がありました。しかし、時間が限られていることもあり、何となく手が勝手に動いていったという感じでしたね。キャラクターのモデリングはだいぶ御無沙汰だったのですが、久しぶりにモデリングするとつくり込むところがいっぱいあるなと思ったり。マテリアルの状態など、最終形態を想像しながら、監督とやりとりしつつモデリングしていきました。特に大変だったわけではなく、意外とすんなりつくれた感じです」と秋元氏は語る。

    秋元氏がモデリングしたキャラクターがギターを奏でている、ステージやスピーカーなどのセットやプロップのモデリングは森江氏が担当、ギターは森江氏の後輩による作だという。

    また後半に登場するSun Foreverは、もともとHigh Speed Boyzがステージでバンドのメンバーとして使っていたキャラクターでモデルデータが存在していたため、そのデータを手直しして利用しているとのこと。

    ▲ギターを持ったキャラクターのデザイン画。
    左のモノトーンのデザインはHigh Speed BoyzのJIN氏よるもの。JIN氏のラフをベースに森江氏がデザインを起こしている

    ▲MODOによるモデリング作業画面

    ▲モデリングデータをシェーディング表示したもの

    ▲キャラクターモデルのワイヤーフレーム。デザイン画を基にして細かいディテールがつくり込まれている

    ▲マテリアルが施された完成モデル

    ▲ステージとスピーカーモデルのワイヤーフレーム

    ▲ステージとスピーカーをレンダリングしたもの。スピーカーは開閉アクションができるような構造になっているが、作品中ではアニメーションされなかったという

    ▲ギターのモデルのワイヤーフレーム

    ▲ギターのモデルのレンダリング画像。非常にSF風で近未来的なデザインだが、実際にアーティストが使用しているギターをそのままのデザインでモデリングされている

    03:アニメーション制作
    モーションキャプチャと手付けのハイブリッド

    モデリングされたキャラクターモデルは、Mayaに読み込まれてアニメーション用のリグが施される。

    アニメーションの作業は、主に森江氏が自ら担当。今回のキャラクターモデルは、モーションキャプチャデータと手付のハイブリッドになるので、モーションキャプチャ用のリグと、手付け用のリグを切り替えながらアニメーション付けを行なっているという。

    モーションキャプチャ用のリグはMaya のHumanIKを使用し、手付け用のリグにはAdvancedSkeletonを使っている。

    AdvancedSkeletonは森江氏が本誌で連載している「アニメーションスタイル」でも使用されているリグだが、様々な設定のリグを切り替えて使うことができるなど、非常に使いやすいリグセットなのだとか。今回は複数のリグを切り替えながらの作業となったため、非常に役立ったという。

    キャラクターのアニメーション付けの作業で難しかったのは、ギターの動きと腕の動きとのインタラクションの部分とのこと。モーションキャプチャのデータはもともと音楽に合わせてギターを弾いている状態でキャプチャされているため、音と映像のリズムは合っているのだが、ギターに沿う指などの動きの修正は非常に手間がかかる作業となった。

    「普通のオブジェクトの構造であれば、手に持っているものを手の下の階層としてリンクさせてアニメーション付けをしますが、ギターの場合は、ギターによって手が制御されたり、逆に手でギターを制御したりと動きによって親子関係を切り替えないと上手く動きが付けられない。ギターを演奏するためのリグを作成するなど、とても難しいアニメーションでした」と森江氏は語る。

    ▲HumanIKでリグを作成したSun Foreverのモデル

    ▲AdvancedSkeletonで作成した手付け用リグ

    ▲ギター自体にGuitarAllCntGripという名前でギターと手のインタラクション用のリグを作成

    ▲GuitarAllCntGrp にモーションキャプチャデータを流し込み、下の階層のコントローラで微調整を行なっている。また左手首のHIKのコントローラで、ギターと手の位置ズレを調整している

    ▲Mayaによるアニメーション付け作業画面。キャプチャデータをSun Foreverに流し込み、必要に応じてめり込み解消などの微調整などを行なっている



    ▲アニメーションをレンダリングした完成ショット

    ▲手付けのアニメーションでは、手の微妙な動きのニュアンスなど、フェイシャルの表情がないキャラクターでも感情が伝わるように調整されている



    ▲アニメーションをレンダリングした完成ショット

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    04:エフェクト制作
    Houdiniによるエフェクト制作

    随所に合成された数々のエフェクトは、秋元氏がHoudiniを使って制作。

    具体的には、Mayaで作成したアニメーションをAlembicを使ってHoudiniに読み込みエフェクトを作成している。
    下記に掲載したキャラクターのボディが崩壊するようなエフェクトも、Houdiniで作成したエフェクトのキャッシュを、Mayaに読み込んでレンダリングしてコンポジットの素材としている。

    「キャラクターの動きに沿うように電流が走ったり、崩壊するようなエフェクト制作はMayaでは難しい。Houdiniはそのようなエフェクト制作がとても得意なので、キャッシュをAlembicでやりとりすれば、そんなにストレスを感じることなく作成することができます」と秋元氏は言う。

    ▲Houdiniによるエフェクト制作の作業画面

    ▲Hounidiで作成されたエフェクトは、図のようにキャッシュをAlembicでMayaに読み込みレンダリングを行う

    ▲ワイヤーフレーム素材

    ▲オブジェクト識別用マスク素材

    ▲デプス素材。ほかにも崩壊する部分の境界を抽出するためのマスクなどが出力されている

    ▲エフェクトの完成ショット

    モーションタイポのエフェクト制作

    本作はMVということでモーションタイポも多用されている。
    これらの文字を使ったエフェクトアニメーションも、Houdiniを使って制作されている。

    数が多かったため、あらかじめアルファベットの出現と消失のアセットを作成しておき、テキストを差し替えて微調整すれば利用できるように作成されているという。
    作成されたテキストのエフェクトは、歌詞ごとに小分けにしてMayaに読み込み、ベンドさせたりアニメーション付けを行なっている。

    ▲Houdiniによるテキストのエフェクト制作画面

    ▲Houdiniで作成されたテキストのアニメーションは、Mayaによって、ベンドなどで変形加工してアニメーション付けされる。レイアウトやアニメーションのタイミングなどは、アニメーターに任せられている

    ▲テキストのアウトライン素材

    ▲半透明のシェーディング素材

    ▲エフェクトの完成ショット

    05:ルックデヴ&コンポジット
    強烈に未来感のあるルックを作り出す

    森江氏が作成したイメージリファレンスを基に、MayaによるライティングやレンダリングといったフィニッシングとAfterEffectsによるコンポジットは、デザイナーの柴野氏が中心となって行なっている。

    「強烈な未来感を出してほしいというのがアーティストからの要望だったので、未来的な画になるようなハイライトの入り方を表現するという方向でマテリアルやライティングを決めていきました。個人的に青系が好きなので全体的に青っぽいルックになるようにしています」と森江氏は話す。

    森江氏の要望に、柴野氏は「シンプルな画であっても魅力的なものにするためにはどうしたらよいのか、リファレンスとなるような画像を探しながら結構悩んでつくっていた気がします。一番リファレンスで参考にしてのは『トロン・レガシー』です」という。

    「現実的に考えてしまうと、ハイライトの入り方などが本当は不自然なのですが、あえて嘘をついた画づくりもしています。例えばステージを真上から撮影しているカットでは、背景の映り込みが床にはっきり出るので、画的にダサくなる。映り込むはずの光源の影響は受けたいけど、光源の映り込みはやめようとか、下からのライトのバランスを考えて、何もないはずなのに格好良く映り込みが起きるような処理を柴野さんにお願いしていました」と森江氏は語る。

    スタジオのライティングセットのようなHDRを使って森江氏の考えるルックを表現しているというが、カットや角度によってはそれだけでは不自然になるので、カットごとにHDR素材を変えているのだという。またコンポジットでは、重ねるレイヤーがかなりの数となったため、シンプルになるようにエクスプレッションを組んで工夫しながら、エフェクトが綺麗に見えるように組まれている。

    MV冒頭のSun Foreverの主観カットのコンポジット例。

    ▲基本使用しているHDR素材

    ▲不要な映り込みをなくすためのHDR素材

    ▲背景の外側に走る光のリングを映り込ませるためのHDR素材

    ▲ビューティ素材

    ▲グロー用マスク素材

    ▲オブジェクト識別用のマスク素材

    ▲ワイヤーフレーム素材

    ▲通常使用のHDR素材を使ってレンダリングし、コンポジットした画像

    ▲HDRを2 のHDRに差し替えてレンダリングし、明るさの微調整を行なった状態。不必要な映り込みがなくなっている

    ▲色収差やノイズなどSun Foreverの主観エフェクトを追加した完成ショット

    完成映像からの抜粋








    Information
    MV『I wanna rock』(High Speed Boyz)
    アーティスト:High Speed Boyz/ディレクター:森江康太/
    制作:トランジスタ・スタジオ
    ©Transistor Studio Co.,Ltd.

    STUDIO
    株式会社トランジスタ・スタジオ
    www.transistorstudio.co.jp

    TEXT_大河原 浩一(ビットプランクス)