Phoenix FDによる流体表現とUnreal Engine 4によるリアルタイムCGを活用することで誕生したフォトリアルかつ躍動感あふれる意欲作。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 268(2020年12月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©DENKI GROOVE
電気グルーヴ『Set you Free』MV
Director:田中秀幸(FrameGraphics)/Producer:稲垣 護(GEEK PICTURES /geekpark)/Assistant Producer:大野瑞樹(GEEK PICTURES / geekpark)/CG Director:髙橋勇佑(FLUX)/CG Producer:宮武泰明(FLUX)/CG Production Manager:岩崎皐平(FLUX)/Compositor:加藤忠重(FLUX)/Technical Director:津守俊一郎(FLUX)/CG Designer:渡部慎也、石橋勇人、大住啓司、ジョナサン、飯尾亮晴、中山敬太、高見明宏、朴 鍾善、髙橋 陸(以上、FLUX)/3D Scaninng:CyberHuman Productions
再始動を鮮烈に印象づけたフルCGアニメーション
今年9月9日(水)にYouTubeで公開された電気グルーヴの新曲『Set you Free』ミュージックビデオ。フルCGで仕上げれた本作を一手に引き受けたFLUX(フラックス)は、2013年創立、CMや映画を中心にハイエンドかつ魅力ある作品を産み出し続けているCGプロダクションである。
▲左から、中山敬太氏、髙橋 陸氏、渡部慎也氏、岩崎皐平氏、朴 鍾善氏、髙橋勇佑CGディレクター、飯尾亮晴氏、大住啓司氏、高見明宏氏、ジョナサン氏、加藤忠重氏、宮武泰明CGプロデューサー。以上、FLUX
flux-inc.jp
本作のCGディレクターを務めた髙橋勇佑氏が企画の経緯について語る。「監督の田中秀幸さんとはコンスタントにお仕事をさせていただいているのですが、今回は7月中旬にLINEで直接相談をいただきました。最初の納品はフジロック開催のタイミングに合わせた8月14日(金)だったので、フルCGでいくと決まった7月30日(木)からは実質2週間ほどしかなく、かなりタイトなプロジェクトでした。当初、海岸の実写プレートに3DCGを合成する案と、背景を含めて全要素を3DCGで作成する(フルCG)案の2つがあったのですが、後者で進めることになりました。そのタイミングで、先んじて試作しておいた本作の肝になる水飛沫の流体シミュレーション映像を監督に見てもらったのですが、とても気に入ってくださり、実写合成ではなくフルCGで制作することが決まったのです。フルCGであれば実写プレートを待つことなく、すぐにスタートできるので、今回のスケジュールから考えると結果的には良かったと思います」。
納品はフジロックのタイミングに間に合わせたバージョンと、その後さらにクオリティを高めた完全版の2段階で行われたが、先行したフジロック版もしっかりと成立していたため、完全版の作業は、クライマックスに登場する電気グルーヴの巨像にリップシンクを施すことと、新幹線の表現が主となり、大幅な変更はなかったそうだ。レンダリングコストへの対応としては、監督たちとも相談の上、フジロック版は960×540、最終納品版は1,280×720でレンダリングし、After Effectsによるアップスケール処理でフルHDサイズで完パケたという。「田中秀幸さんは、すごく柔軟な方です。勝算があると感じると積極的に賛同してくれるので、新しいチャレンジも積極的に行えます。レスポンスが早く、密にコミュニケーションのとれる素晴らしい監督だと改めて思いました」(髙橋氏)。
<1>プリプロ&アセット制作
Phoenix FDを中心にMayaと3ds Maxを使い分け
本作で使用したアセットのうち、シンセサイザー、ギター、ピアノなどは市販モデルを加工し、リギングを施している。CGディレクター高橋氏のメインツールがMayaということもあり、モデリングからアニメーションまでの工程はMayaで行われたが、ショットワークは3ds Maxで行われた。3ds Max導入の主な理由は、本作の肝となる水飛沫などの流体表現にPhoenix FD 4 for 3ds Maxを利用したから。中核スタッフが3ds Max使いということも大きかったという。流体表現のR&Dとベースの作成はCGデザイナーのジョナサン氏が担当。Mayaで作成したアニメーションならびにレイアウト情報をAlembic形式でエクスポートし、3ds Max上で画づくりが行われた(レンダラはV-Rayを採用)。
アセットが揃った時点で高橋氏自らプリビズ作成を担当し、Mayaでアニメーションを付け、ポジションやスケールなどの情報をもったロケーターを3ds Maxにもっていき、Mayaでのプリビズを3ds Maxで正確に再現した。「FLUXは、全スタッフ23名中、Mayaメインのアーティストが10名、3ds Maxメインのアーティストが6名、あとはコンポジターと営業スタッフで構成されています。本作は全8カット、約4分という構成ですが、その多くが長尺カットのため、のべ14人名くらいが関わりました。僕はMayaメインですが、社内のベテランは3ds Maxユーザーが多いこともあり、今回はショットワーク以降は3ds Maxで仕上げるワークフローを採りました。日頃から案件ごとにクオリティ重視で優先的に使用するツールを使い分けることを意識しています」と、高橋氏。また、トップカットやインサートカットなど、流体シミュレーションを必要としないカットのショットワークには、Unreal Engine 4(以下、UE4)を採用。UE4による制作は別進行で、納品直前まで臨機応変に修正が行える体制を構築したそうだ。本作はフルCGということで、最終的なグレーディングもFLUXで行われた。データフローとしては、リニアのsRGB、32bitで書き出してALEXAのLog C用のLUTを使用して、極力情報を残したまま作業できるように配慮。ポスプロの納品クオリティに対して、After Effectsで監督が最終調整とカラコレを施したが、影で潰れていた箇所も持ち上げると表情が出たため、田中監督もフルCG完パケに手応えを感じていたようだ。さらにコロナ禍中のプロジェクトとなったため、一連の作業はリモートワークで行い、クランチタイムのみ出社して一気に仕上げるというかたちで対応。リモートワークには使用ツールに応じてSoliton製テレワークソリューションとリモートデスクトップアプリケーションのAnyDeskを使い分けたそうだ。
演出コンテ
▲田中秀幸ディレクターによる演出コンテ
初期プリビズのカット
カット03、05、06のインサートカットは納品直前にUE4で作成し、初期プリビズにはダミーのフッテージが用いられた
▲カット01
▲カット02(MV本編0:49~1:25付近)
▲カット04(MV本編1:45~2:11付近)
▲カット07(MV本編2:36~3:25付近)
▲カット08
新幹線とラジカセの3DCGモデル
3ds Maxでモデリングし、ルックデヴにはSubstance Painterを使用
▲新幹線のモデル
▲Substance Painterでの作業(汚しなし、汚しあり)。このほかに錆びた質感のバージョンも作成したが、不採用となった
▲ラジカセのモデル(近景用のハイポリと遠景用のローポリ)
曲がる新幹線のリグ
▲クライマックスとなるMV本編2:57から登場する、ぐにゃりと曲がった新幹線を表現するためのリグ。Path Deformによる基本的な変形アニメだが、「新幹線の先端だけは硬いままが良い」という監督の意向に沿うため、エッジの間隔が非等間隔な簡易モデルにSkin Wrapで新幹線を貼り付け、先端は曲がらないように工夫されている
[[SplitPage]]<2>アニメーション&ショットワーク
シミュレーション時間を要する水飛沫のトライ&エラー
先述のとおり、波飛沫等の流体シミュレーションはジョナサン氏がリード。まずは、クルマのモデルを使い水面から飛んで着水するテスト映像が試作されたが、このテスト映像の出来映えを田中監督に気に入ってもらえたことからフルCGで仕上げることに決まった。ジョナサン氏は次のようにふり返る。「基本的にはリアルスケールでシミュレーションを行なって、どこまでコントロールできるかバランスを考えながら、パーティクルの数を増減させたりしつつトライ&エラーのくり返しでした。今までPhoenix FDでは炎と煙しかやってこなかったので、新しいチャレンジとなりました。今回ノウハウが蓄積されて、新しい引き出しが増えたと思います」。水飛沫はカットごとにレイアウトしていくが、数が多すぎるとメモリ64GBのマシンでもメモリ不足でレンダリングが回らないエラーが頻発したため、シーンを分けたりしながら対応した。「ひたすら数との戦いでした。Deadline(レンダリングジョブのディスパッチャー)に投げて確認すると水飛沫だけなかったり、エラーを探しながらどこを削減して回るように調整するか、いかに効率良くエラーを潰していくかが重要でした」と中山敬太CGデザイナー。水飛沫のシミュレーションはループではなく全尺に対して行われ、電気グルーヴの2人を模した巨像が海上に浮上するシーンでは、10時間以上ものシミュレーション時間を要したそうだ。最初はDeadlineにキューを投げていたが、トライ&エラーの結果、メモリ搭載量が多くCPU性能(コア数よりクロックスピード重視)に優れた2~3台を使って、ローカルで一気に回したという。ほかにも、時間との戦いとなることが最初から予想できていたため、最悪の場合、パース感が失われ面白みに欠けるものの、遠目の要素は書き割りを検討。100mm程度のレンズで極力パースを付けない方向でスタートした。しかし検証の結果、レンダリング時間がスケジュールに収まりそうだと判り、ダイナミックにカメラアニメーションを付けることに。作品のクオリティを保つことに成功した。
ライティングはVRaySunとVRaySkyを使用してキーとなる光源を当てつつ、空の素材取得と海などへのリフレクションにだけHDRIを使用。VRayPhysicalCameraでVrayExposureを使用、露出を制御して整えている。VRaySunとVRaySkyは短時間で十分にリアルな表現ができるので他案件でも頻繁に使用しているそうだ。コンポジットはAfter Effectsで行われ、少しノイジーに見えた海の奥にデノイズをかけたり、露出の制御、レンズフレアなどの演出が施された。
流体ダイナミクス
▲流体ダイナミクスはPhoenix FDを使用。海洋と水飛沫を3ds Max上でシミュレーションしている
Mayaによるレイアウト作業
▲ロケーターとアニメーション付きAlembicファイル(A・B・C)をセットで配置。ロケーターにはA・B・Cの場所、回転、スケール、アニメーションのタイミングの情報を格納している
▲水のシミュレーションは複製して使いまわすため、1回のジャンプにつき1個のオブジェクトを配置。1つの群れを表現するのに130体ほどのロケーター付きA・B・Cを配置している。プリビズはこの状態で行い、OK後ロケーターのみエクスポート。3ds Max上で、プリビズと共通のA・B・Cと水のシミュレーションをロケーターの情報に従い再配置した
オブジェクトとPhoenix FD
▲3ds Maxに配置したオブジェクトとPhoenix FD
After Effectsによるコンポジット作業とブレイクダウン
V-Rayによるライティング設定
▲リアルな光量を得るためにVRaySunとVRaySkyを使用し、VRayExposureで適切な露出に調整。Dome LightのHDRIは今回は空素材取得と海などへの映り込み用に限定して使用した
▲MV本編前半、日中の写り込み用に使用したHDRI画像とVRayDomeの設定。映り込みとして使用するので、Affect ReflectionのみをONにしている
本MV制作の作業PCおよびレンダーファームのスペック一覧
▲作業PC
▲レンダーファーム(42台)
[[SplitPage]]<3>フォトグラメトリー&UE4の活用
電気グルーヴの2人の魅力をフォトグラメトリで引き出す
水飛沫のないカット3・5・6と、つなぎのインサートカット(トータルで約1分30秒)は、納品までの時間が少ないことからUE4を活用して、レンダリング負荷を節減。クオリティを落とすことなくレンダリング時間を短縮できるということで非常に重宝したという。FLUXでは以前からリアルタイム系の勉強を各スタッフが行なっており、ここ1年くらいは仕事でもしっかりと使い始めているとのことだ。
MV本編2:36頃、電気グルーヴの2人を模した巨像が海から浮上するという印象深いシーンでは、3Dスキャンも活用された。アーティストのモデルは8月上旬に、CyberHuman Productionsでフォトグラメトリ(3Dスキャン撮影)が行われ、一連の調整が施された状態でFLUXに提供された。最終的にはリップシンクにも対応する必要があったため、ZBrushのZWrapを使用して、綺麗なメッシュのながれを意識したリトポロジーが行われた。相応に質感にもこだわっており、リアルなSSS(サブサーフェス・スキャタリング)を適用した人肌の質感ではなく、海中から浮かび上がってくることから船を意識した鉄っぽい質感を目指し、Substance Painterを使用してテクスチャとマテリアルの設定を行なっている(スケール感としては大仏を意識しているとのこと)。
FLUX代表取締役で、本作のCGプロデューサーを務めた宮武泰明氏は本作の制作についてこう語る。「納期の短さが何よりも大変でしたね、この短期間でクオリティを落とすことなくよく仕上げられたなと思います。水表現の案件はけっこうやってきましたが、細かいところまで丁寧にできましたし、スタッフのみんなが本当によくがんばってくれました」。最後に、CGディレクターの高橋氏が総括してくれた。「今回のプロジェクトで、期間的に厳しい案件をどのようにして上手く終わらせるかということを非常に考えさせられました。時間との関係で、オブジェクトの数などに制限はかけさせてもらいましたが、端折るとか手を抜くとかいうことはせず、画に対して真摯に向き合うことが大事だと思っています。短期間でしたが、チームのみんなで最後までやりきることができました。そして改めて、UE4のレスポンスの速さがすごいと感じた案件でもありました。納品ギリギリの2時間前までカメラを修正しても大丈夫だったりと、全体的にクオリティを高めることができました。BlenderやNiagara、Houdiniなど、ほかにも気になるツールがたくさんあるので、ひき続きチャレンジしていきたいです」。
石野卓球のキャラクター制作
石野卓球のフォトグラメトリ撮影、キャラクターモデル制作、テクスチャリングのブレイクダウン
▲フォトグラメトリ撮影
▲ZBrushにPhotoScanデータをインポート(ソリッド/ワイヤーフレーム)
▲Substance Painterによるテクスチャリング。まずはPhotoScanデータをインポートし、その上からペイント
▲ZBrushでZWrapによるテクスチャプロジェクションを実行
▲リトポロジーしたモデルとプロジェクションしたテクスチャをベースに、Substance Painterでテクスチャリング作業を行なった
ピエール瀧のキャラクター制作
ピエール瀧のキャラクターモデル制作とテクスチャリングのブレイクダウン。手順は石野卓球のモデルと同様
▲ZWrapによるテクスチャプロジェクション
▲Substance Painterによるテクスチャリング作業
ショットワークのブレイクダウン
3ds Maxによるショットワークのブレイクダウン
▲3ds Maxの作業UI
▲完成形
UE4によるインサートカット
UE4によるインサートカットは基本的にMayaとUE4でやりとりを行いながらの制作となった。全アクタはムーバブルなため、UVの重なりなどをいっさい気にせずやり取りできたという。レンダリングはリフラクションも含めてレイトレ―スで行なった
▲Mayaのプロシージャルエフェクトシステム「MASH」でアニメーションとレイアウトを行なった後、インスタンスをオブジェクト化してUE4にエクスポート。数の多いラジカセは一括で、ギターは個別にスケルタルメッシュで読み込んでいる。なお、ラジカセは数が多いため、テクスチャベイクツールのxNormalでベイクしたローポリモデルを使用した
▲当初背景の陸地はマットで表現していたが、平面感がぬぐえず、納品直前にモデリングすることに変更。マーケットプレイスで購入したオブジェクトを3つほどインスタンスコピーして配置、UE4のHDRバックドロップを使って、3ds Maxと同じ環境でライティング。数時間でコンプに連番素材を渡すことができたという
UE4上でのカラコレ作業例
UE4上でのカラコレ作業例。今回、UE4のパートは素材分けをせずに、きた要望に対して迅速に対応するかたちで進める方針とし、一例としてカラコレの2時間前にカメラワークを変えるといった対応をしたという。素材はムービーレンダーキューを使い、グレーディング用に16bitのリニアで出力。また、今回はカラコレのベースにLUT集を用意し、そのベースを詰めていった。具体的には、OCIOでリニアのCG素材をALEXAのlog Cに変換後、良さそうなALEXA用のLUTを適用、グレーディング作業を行なった。UE4以外のカットについても同様に進められた
▲カラコレに加えてALEXAのlog C用のLUTを適用
▲UE4からの連番出力。[Disable Tone Curve]にチェックを入れて書き出した