欧米の最新シーンで磨き上げたモーショングラフィックスの妙技を独自のセンスで進化させた意欲作。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 223(2017年3月号)からの転載となります
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
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『Beyond the Moment of Beauty - Into the Galaxy』
Direction, Concept, Design and Animation: Takayuki Sato
Starring: Miho /Director of Photography: Tsutomu Fujimoto /Makeup & Hair:Shinya Kumazaki/Live Action: Iino Mediapro/Music: Martin Riopel
プロフェッショナルとしての新たなステージの幕開けに
『Beyond the Moment of Beauty - Into the Galaxy(以下、Beyond~)』は、元Prologue Filmsで、現在は日本を拠点にフリーランスのモーションデザイナー/ディレクターとして活動する佐藤隆之氏のオリジナル最新作だ。2014年に発表した佐藤氏にとって初のオリジナル短編『The Moment of Beauty(以下、TMoB)』の続編にあたるが、実は独立した別作品としてつくりはじめていたそうだ。
佐藤隆之氏(フリーランス)
otas.tv
「"前作以上にインパクトのあるものを"と、構想を練っていく中で、全5章のシリーズものというアイデアにたどりついたんです(後述)。『Beyond~』はその第2章になるのですが、前作『TMoB』は、Prologue Films在籍時代から現在までにモーションデザイナーとして培ってきたノウハウをあますところなく活用しようと、After Effectsによる表現が主体でした。一方、新作では新たな技能習得を目的として、CINEMA 4Dを中心に3DCGを積極的に活用するという方針の下、作業を進めていきました」。近年、モーショングラフィックスにおいても3DCGを多用した作品が増えているが、日本の現場では予算やスケジュール面との兼ね合いからまだまだ2Dベースでつくるケースが多い。そこで、オリジナル作品という利点を活かすべく3DCG主体のモーショングラフィックスに挑戦しようと考えたのだという。
オリジナル企画という意味では予算の工面も気になるところ。『TMoB』では、チュートリアルコンテンツなどの提供を条件に、フラッシュバックジャパンのスポンサードやツールベンダーからの機材協力を得たそうだが、「結果的に今回は純然たる個人制作になりました。プランニングからCG・VFXの実作業までのほぼ全てを自分だけで対応していますが、実写撮影の費用についても自己負担しました。ひとえに"自分が表現したいものをとことん追求する"という目的があってのことでしたが、プロフェッショナルとして作品を制作する上では何でも自分でやろうとするのはかえって非効率な面もあることを思い知りましたね(苦笑)。このシリーズは全5章という構想ですが、特に最終章はかなり大きなスケールで制作したいと思っていますし、仕事においても今後は仲間を募ってチームで活動していくことを計画中です」。ひき続き要注目のプロジェクトだ。
01 Phase 1(初期の構想) from 2015 July to August
手描きスケッチでイマジネーションを高める
佐藤氏の制作スタイルの原点は、手描きのスケッチだという。「オリジナルでも商業制作でも、どんな表現にするか、どんなデザインが良いのか、まずは思いつくままに紙に描いていきます。実はSurface Pro 3を購入してデジタルで描いてみたりもしたのですが、自分にはアナログの方が性に合っているみたいですね」。そうして描きためたスケッチをベースに「スタイルフレーム(イメージボード的なもの)」が作成されていく。『Beyond~』の制作は、結果的に3つのフェーズにわたったが、フェーズ1となるこの時期(2015年7~8月)は、コンセプトアーティストに近い感覚で思いつくままにどんどん描いていったそうだ。また、個人制作ということもあり、アナログとデジタルの作業の区分けもシームレスに、思い浮かんだビジュアルを具体化する過程で、臨機応変に進めていったとのこと。
先述したとおり、本作では3DCGを積極的に用いるというコンセプトもあったことから、景観作成ツールとして定評あるVueを導入した。「前作は見た目的に閉じられた空間だったので、今回は開放的な世界観にしようと、リアルな自然景観をつくる目的で試しにVueを使ってみました。ですが、本制作で使うデータとしては重すぎたことに加え、世界観をつくり込むためにも最終的には市販データを改良したり、前作のアセットを利用しながら背景セットを作成しました」。また、コンセプトワークと並行して、宇宙空間やネビュラ(星雲)エフェクトをCINEMA 4D(以下、C4D)ベースで作成するためのR&Dも行われた。「実は、当初の計画ではこの時期に完成させるつもりだったので、こうしたR&Dも必然でした。ですが、作成したスタイルフレームをPremiere Proに読み込み、『ボードマティック(Boardmatic、イメージボードで構成されたアニマティクスを指す、Prologue Films界隈で使われている専門用語)』を作成してみたところ、シーンやカットごとに世界観のギャップが大きすぎてまとまりがないことに気づいたのです。イメージビデオとしてなら成立できるかもしれませんが、ストーリーをもった映像作品として仕上げる上では、この路線で作業を進 めるのはリスキーだという結論に達しました。正直、ショックでしたが(苦笑)、ちょうど秋口にはいって仕事も忙しくなってきた頃だったので、コンセプトを固めるための冷却期間を設けることにしました」。こうして『Beyond~』プロジェクトは、フェーズ2へと歩を進めることになる。
初期に描かれたスケッチの例
フェーズ1で作成したスタイルフレームの例(時系列順にまとめてある)
どこの惑星かわからないような砂漠のシーンから始まる。その後空が晴れて空中の世界が登場
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主人公がその空を円盤に乗って突き進み、途中で宙に浮かぶ城に導かれる。城内に入ると奥の方で輝くエネルギーのようなものに出会い、そこから扉が出現。その扉を過ぎると森林地帯のような世界にたどり着き、大木に遭遇する
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大木のエネルギーがポータルを作り出し、宇宙空間へとワープする
3DCGによるネビュラ(星雲)のR&D。主にTurbulenceFDを使用し、生成
TurbulenceFDのSmokeを併用することで、ライトの影が反映されてよりネビュラらしい描写になった
レンダリング後、AEで明るさを調整し、グローを追加したテストイメージ
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02 Phase 2(再構築) from 2016 January to February
02 Phase 2(再構築) from 2016 January to February
宇宙と地球の自然の中にある"美"を探し求める
「フェーズ2」がスタートしたのは、2016年1月のこと。「フェーズ1」の終盤は落ち込んだという佐藤氏だが、まずは腰を据えてコンセプトワークに集中したそうだ。「今、自分がつくりたいものを考えたときに、大きなものとして『宇宙』がありました。そして、宇宙の表現を考えていくなかで、2014年に発表した『TMoB』で描いた世界観とのつながりを感じ、最終的に"Beauty(美)"をテーマに5つの世界を描いていくという構想にたどり着きました。本作は"宇宙"の美ですが、第3章では"サイバー空間"を、第4章では"和のデザイン"を、そして第5章では表現としても新たなものを描こうと"新世界"をテーマに描いていこうと計画中です」。
時間が前後するが、「フェーズ1」と同時期に「フランクフルト モーターショー(IAA)2015」向け展示映像の制作に携わっていた佐藤氏は、その現地視察の後にドイツ、スイス、そしてアイスランドを旅行したという。そして各地で訪れた大自然から大きなインスピレーションを受けたことが、『Beyond~』の制作を再開するきっかけにもなったそうだ。「特にアイスランドで見たセリャラントスフォスの滝には衝撃を受けました。そのスケールと現実の自然がもつ密度(ハイディテールさ)を『Beyond~』にも反映したいと思いました。なんというか、3DCGなどデジタルによる表現であればこの程度だろうと無意識にわりきってしまっていた自分に対して、『そんなことじゃダメだろ!』と、大自然に渇を入れられた気がしますね」。そして、この思いが実作業のアプローチにも影響を与えた。「今回は3DCGを活用する。それと同時に、実は"使い慣れているParticularはNG"というルールを自分に課していたのですが、作品クオリティを高める上では自分の武器をフル活用するべきだという考えに改めました」。また、情報量を高める手立てとして、自然景観の背景セットを制作する際にはQuixel Megascansの岩オブジェクトを利用したり、C4Dのスカルプト機能で岩肌のディテール等がつくり込まれた。
「大自然から得たインスピレーションとしては、オーロラも大きかったですね。オーロラは太陽風の影響によって生まれる現象ですが、まさに宇宙とのつながりを感じるものだなと」。そうした思いから浮かび上がったイメージを、AEのペイントツールでスタイルフレームに描き込んでいきながら、本制作に向けたアニマティクスの作成も進められていった。なお「フェーズ2」終了の段階で全体としての完成度は70%ほどだったそうだ。
フェーズ2にて作成したストーリーボード。その過程で全5章のシリーズとして制作するという構想も生まれた
フェーズ2の初期に作成したもの
さらに詰めていき、フェーズ2の最終的なアニマティクスに近いかたちへとブラッシュアップしたもの
スタイルフレームを制作する前段階として、ストーリーボードの各コマのスキャン画像に対してAEのペイントツールを使い、映像演出プランやエフェクトの指針を描き込んだもの
同じくクライマックスシーンの検証。どのような印象に見えるのか、事前にしっかりと確認しておくことが重要だという
フェーズ2における最終的なアニマティクス(仮のコンポジション)より
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フェーズ2にて、想像上の宇宙、銀河空間を旅するような物語にしていくことが決定。それに伴いサブタイトルも「Into the Galaxy」に
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宇宙空間を旅していくと、もうひとりの自分(分身のような存在)に遭遇する。最終的にこのシーンがクライマックスとなった(後述)
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03 Phase 3(本制作) from 2016 September to December
03 Phase 3(本制作) from 2016 September to December
良質な実写素材を得るためにアニマティクスをつくり込む2016年の春頃から再び仕事が多忙を極めるようになり、『Beyond~』の制作は再び中断することになった。だが、その間に携わった案件を通じて、「『Beyond~』を必ず完成させよう」と決意する機会にもめぐまれたそうだ。「カイル(※Prologue Filmsの創設者であり、オーナーのカイル・クーパー)に誘われて、映画『スター・トレック BEYOND』タイトルバックの制作に参加しました。制作中はLAのオフィスで作業していたのですが、同僚が担当したネビュラの表現が素晴らしい出来映えで感銘を受けたのです。彼はKrakatoaをベースに作成していたのですが、『これに負けない表現をつくってやる! 今度こそ必ず『Beyond~』を完成させるんだ!』と」。また、昨年はアッシュ・ソープなど、Prologue時代のかつての同僚たちが意欲作を立て続けに発表するというビッグイヤーだったことにも後押しされたそうだ。
こうして、2016年9月から「フェーズ3」の制作がスタート。10月1日(土)に実写撮影を行うことが決まったため、まずはそれまでに演者が介在するシーンのアニマティクスを完成させることに注力したという。このシリーズ特有のユニークな制作手法になっているのが、撮影前に一般的なアニマティクスの範疇を大きく超えたハイクオリティのアニマティクス(事実上の本番3Dレイアウト)を用意すること。これにより、撮影時はアニマティクスのモニタアウトを見比べながらの目合わせで、実写とCGのパースやタイミングはほぼ合致できるのだそうだ。「とは言え、撮影時には思わぬアクシデントもありました。クライマックスでヒロインが自分の分身と向き合うカットがあるのですが、その撮影には電動制御のレールを用意したところ、いざ撮影しようとしたら故障してしまいました(苦笑)。やむなく手動のカメラワークで撮ったのですが、AEのスタビライザと3Dトラッキングを組み合わせることで何とか対応しました」。
CG作業では、流体シミュレーションやパーティクルエフェクトが積極的に活用された。ネビュラやクライマックスに登場するトーラス状のポータルエフェクトの表現は、X-Particlesをベースに、TurbulenceFDとKrakatoaを併用。「Krakatoaも今回初めて使ったのですが、3ds Max版で高名なツールということもあり、C4D版に関する情報が非常に限られていたので苦労しましたね。新しいツールの習得には相応の時間と労力が必要ですが、その意味では『フェーズ1』でR&Dを行えたことが役立ちました」。本作は、昨年12月中旬に無事完成し、現在はVimeoで公開中である。
フェーズ3でスケッチしたものをまとめた画像
フェーズ3におけるスタイルフレームのブラッシュアップ例
中盤に登場する滝シーンの初期デザイン(フェーズ2で作成したもの)
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AEのペイントツールで改善案を思いつくままに描き込む。「シリーズ作品であることをビジュアルとしても表現しようと、前作(第1章)に登場させた曼荼羅のようなデザインを追加することにしました」
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先ほどのペイントオーバーをガイドとして、AE上でリデザインしたもの
中盤に登場する滝のシミュレーション作業例
滝の水流はC4DプラグインX-Particlesで作成し、フィジカルレンダラでレンダリング。「滝はレイアウト的に遠方のため、それほど具体的に見えないので、シミュレーション速度を向上させるためにもエミッタ(黄色)やコライダーオブジェクトは極力シンプルにまとめました」
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雲のボリュームエフェクトはPhoenixFDで作成。「スモークを使い、影も計算しています。ただ、ライトの数を増やすとレンダリング負荷が膨大になってしまうので、可能な限り減らしました」。雲については、クオリティ的にも遜色なかったことから標準レンダラを用いている
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シーン全体を表示させた状態。実際には各要素ごとに分けてレンダリングを行うが、大半のオブジェクトがひとつのプロジェクトファイルにまとめてある
ブレイクダウン
2016年10月1日(土)にイイノ 南青山スタジオで行われた実写撮影の様子
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クライマックスのヒロインが自分の分身と向き合うショットの撮影模様。電動制御が可能なカメラレールが用意されたが、機材トラブルにより手動での撮影が余儀なくされてしまったそうだ
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「演者に対して実際に風を当てて撮影することで実写とCGの間にインタラクションが生まれ、最終的な作品クオリティを高めることができました」
クライマックスシーンのオブジェクトトラッキング例
さらにカメラの位置などを調整した上で、ガイド用オブジェクトを配置
Krakatoaをベースに作成したトーラス状のポータルエフェクト作業例
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ポータルエフェクトの外側。KrakatoaにX-Particlesでシミュレーションしたデータを読み込む。X-Particlesで生成したパーティクルを制御するために、TurbulenceFDで作成した煙も後から合成する
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同じ要領で作成したポータルエフェクトの内側
制作過程を図示したもの
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フェーズ3初期に作成したアニマティクス。この段階ではヒロインを単身で描く計画だった
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ヒロインを演じるモデルの方とのディスカッションから、「宇宙が創り出すもうひとりの自分」というアイデアが生まれた。図は撮影ガイド用の仮コンプ