広大なセットエクステンション、100種類以上の画像や文字が同時に映るモニターグラフィックスなど、一筋縄ではいかないVFXワークを完遂した力作。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 261(2020年05月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©2019映画「AI崩壊」製作委員
映画『AI崩壊』Blu-ray & DVD 5月20日(水)リリース
出演:大沢たかお 賀来賢人 岩田剛典
監督・脚本:入江 悠/企画・プロデューサー:北島直明/撮影:阿藤正一/照明:市川徳充/美術:小島伸介/装飾:酒井拓磨/編集:今井 剛/VFXスーパーバイザー:赤羽智史/監督補:岸塚祐季/助監督:山岸一行/制作担当:吉田信一郎/製作幹事:日本テレビ放送網/制作プロダクション:CREDEUS/配給:ワーナー・ブラザース映画
AI-houkai.jp #AI崩壊
【初回仕様】AI崩壊 Blu-ray&DVD プレミアム・エディション(3枚組)
静と動、いずれにおいても実在感のあるVFXを追求
『22年目の告白−私が殺人犯です−』(2017)の入江 悠監督がオリジナル脚本でAIを題材に描いた近未来サスペンス映画『AI崩壊』。今から10年後の2030年、天才科学者の桐生浩介(大沢たかお)が開発した医療AI『のぞみ』は、全国民の年齢、年収、家族構成、病歴、犯罪歴といった個人情報、健康を管理している。社会インフラとして欠かせない存在となった『のぞみ』が突然暴走を開始し、AIが個人情報から人間の生きる価値を選別して殺戮しようとする物語だ。本作のリードVFXスタジオは、昨年大ヒットした映画『翔んで埼玉』のVFXを手がけたIMAGICA Lab.である。
右から、赤羽智史VFXスーパーバイザー(IMAGICA Lab.)、五十嵐丈久氏(SiBaFu)、髙橋裕紀氏(IMAGICA Lab.)、田中聡美氏(フリーランス)、吹谷 健氏(デジタル・アトム・ラボ)、渡 美緒氏(IMAGICA Lab.)
www.imagicalab.co.jp
VFXスーパーバイザーを務めた赤羽智史氏が本企画の経緯を次のように語る。「本作の企画・プロデューサーである日本テレビの北島(直明)さんから入江監督のオリジナル脚本で近未来を舞台にしたサスペンス作品を『22年目の告白〜』のチームでやりたいと、2018年の春にお話をいただきました。その後、同年12月にクランクイン、2019年2月末にクランクアップ。編集が行われた後、4〜7月の約4ヶ月間がポスプロ作業期間でした。『22年目の告白〜』ではニュース映像やSNSなど、モニターグラフィックス表現を数多くつくりましたが、今回もそこは期待されていたと思います。ただ、近未来ということでより複雑で物量も膨大だったのでShotgunによる管理を行いつつ、協力会社さんとしっかりと連携をとることを心がけました」。主な外部パートナーは、デジタル・アトム・ラボ、SiBaFu、トゥエンティイレブン、NEWPOT PICTURES、CHICA、そしてフリーランスのアーティストが参加。『のぞみ』のサーバルーム、警視庁が開発したAI監視システム『百眼(ひゃくめ)』をはじめ、セットエクステンションや画面合成等のインビジブルエフェクトが随所に凝らされているが、赤羽氏いわく「1カット内に様々な映像素材が多重合成しているものが大半」だったそうだ。そのほかにも、序盤の見せ場である高速道路シーンのアクション表現、監視ドローン『フライ』のキャラクター的なアニメーションなど、多種多様なVFXが登場するが(VFXショットの総数は約900とのこと)、いずれも確かな実在感が込められており、必見だ。
01 医療AI 『のぞみ』サーバルーム
平常時の青、異常時の赤、様々な表情を見せる広大なシーン
メイン舞台のひとつ、総合型医療AIシステム『のぞみ』のサーバルーム。189カット登場するが、ベースとなる平常時のシーンをIMAGICA Lab.が手がけ、暴走を開始した異常時のシーンをデジタル・アトム・ラボが担当した。中央に据えられた本体と、その周辺に配置された分散コンピュータは美術部によってロケセットが組まれたが、入江監督の「とても広い空間にしたい」というリクエストを受け、VFXチームがセットエクステンションを施した。「まずは美術部が作成してくれた想定図面どおりに拡張したレンダリングイメージを監督に見てもらったのですが、もっと広くしたいということで最終的には当初の設定比で縦横2.5倍ずつ(6.25倍)まで拡張しました。要のシーンなので、できるだけデータ容量を抑えながらも、ロケセットとCGの質感を馴染ませていくことを心がけました」と、髙橋裕紀氏(IMAGICA Lab.)はふり返る。「のぞみ」のモニターグラフィックス表現では、コンピュータでありながらもキャラクター性を込めることを意識したという。「誰かの語りかけに対するロゴアニメーションなど、製薬会社のデザインなどを参考にした清潔感のある自然な感じをベースに数多くのバリエーションを検証しました。一方、警察庁のサイバー犯罪対策課が開発したAI監視システム『百眼』(後述)については、『のぞみ』とは逆に機械的で無表情な雰囲気を意識しました。ただし、悪役っぽくならないようには気をつけました」(赤羽氏)。
デジタル・アトム・ラボが担当した異常時のシーンについては、IMAGICA Lab.から提供されたシーンファイルを基に作業が進められた。なお、メインのDCCツールはIMAGICA Lab.が使用する3ds MaxとV-Rayだが、デジタル・アトム・ラボではレンダラはRedshiftを使用するなど、使用ツールは各社の裁量に委ねられていたという。「サーバルームは非常に広大なシーンのため、支給されたシーンを当社の環境で正直にライティングしてレンダリングすると1フレーム4時間ほど要しました。このままでは負荷が大きすぎるため、ライトの数やレンダリング設定を調整しつつ、Redshiftプロキシを利用してコンポジット工程でリライティングを施せるようにセットアップすることで最終的には1フレーム15分にまで効率化させました」と、デジタル・アトム・ラボの吹谷 健氏。異常時のシーンとひとくちに言っても、警告灯とのインタラクション、サーバ保全のために室内の気温が下がったことによるガラス面に凍った表現を施す必要があるカットなど、複数のルックが求められたため、レンダリングコストの管理にはかなり気を遣ったそうだ。
プリプロ段階で作成された『のぞみ』サーバルームのイメージボード例。図中の図面は仮のもので、最終的に縦横2.5倍ずつまで拡げられた
最終的なセット図面。劇中に登場するサーバルームがいかに広大であるのかが窺える
プリビズ用シーンレイアウトと各カメラの位置を図示したもの
プリビズの例
平常時のサーバルーム
3DCGシーン
完成形
デジタル・アトム・ラボが担当した、異常時シーンのサーバルーム
リライティング用のポイントクラウド。IMAGICA Lab.から提供された3DCGシーンファイルから生成
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【リライティング用のポイントクラウド】を基にNUKEで作成したリライティング素材
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背景素材
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02 AI監視システム『百眼』
数千もの素材を組み合わせて近未来の監視システムを表現
『百眼』のシーンは111カット。そのモニターグラフィックス表現では、10年後(2030年)の近未来のため、いわゆるSF映画のような極端な技術の飛躍はないはずという方針の下、ボイスコントロールの延長という路線で画づくりが進められたという。『百眼』のモニターグラフィックスは、各所に配置された監視カメラやデータサーバから取得した画像や文字情報、それらを基に分析した結果に基づく桐生の逃走ルートのシミュレーション等が常時表示されるため、多重合成の負荷と、物語の展開や登場人物たちの言動との整合性を保つ手間が求められた。必然的に入江監督の演出指示は細部にまでおよんだそうだ。「撮影の途中から、監督補を務めた岸塚(祐季)さんを中心とするB班が編成されました。B班では、主に『百眼』のモニタ演出に必要な実写素材やキャストが介在しない状況説明シーン向けの撮影を担当されたのですが、撮影者によって機材やフォーマットが異なるため、効率良くプレビューや編集を行う目的でDaVinci Resolveを追加で導入しました」(赤羽氏)。『百眼』シーンを担当したIMAGICA Lab.の渡 美緒氏は次のように語る。「B班の素材は4,000ファイルに達しました。例えば、『ひまわり』に関するモニターグラフィックスでは1カット中に100以上の素材を使用しました。撮影時のモニタ操演用の素材作成から参加されていた田中(聡美)さんがベースをつくってくださっていたので助かりました」。
『百眼』のモニタは3画面で構成されており、両脇のモニタには監視カメラなどから取得した映像を表示、中央のメインモニタには『百眼』が実行する分析結果等が表示される。合成する中画の加工はAfter Effects(以下、AE)で行い、ショットとしてのコンポジット作業はNUKEを利用。画面内にAEで作成した素材をランダムに表示させるためのスクリプトを組むことで作業効率を高めたりもしたそうだ。「ベースが定まるまで時間がかかりました。何のためにこの映像が表示されているのか、いただいた原稿を基に表示される画像や文字情報のひとつひとつに整合性が保たれているか確認しながら作業を進めました。当初から参加させていただいたこともあって、最後まで楽しくやり遂げることができました」と、田中氏。そして、制作全体の進行管理を務めた古橋由衣氏は次のようにふり返る。「クオリティに関しては、アーティストの皆さんが優秀なので安心しておまかせできました。私自身が心がけていたのは"間違えないこと"です。特に『百眼』の素材は膨大な量だったので、作品全体のタイムラインやシーン状況を考えながら、作業内容を正しく伝えることに気を遣いました」。
実写撮影時にセット内のモニタに表示された叩き台のモニターグラフィックス(コアフレームが制作)。これらをベースに、各シーンに応じた改良が重ねられた
同・中央。『百眼』は3つのモニタで構成されているが、左右には監視カメラから取得したイメージ、中央には監視情報に基づく分析や指示に対する結果が表示されるという設定
劇中に登場する完成形
同・中央。なお地図についてはゼンリン協力の下、現実のデータを参照することができたという
モニターグラフィックス作業を担当するアーティスト向けに作成された原稿(映像演出の段取りをまとめたもの)の例。シーン設定に基づき、内容が細部まで詰められていたことがわかる
モニターグラフィックスのブラッシュアップ例
途中段階。中画を仮ではめ込みながら、表示させる内容やスピード・数など、テイクを重ねて表現を模索していく
完成形。GPSや船のスペック、衛星画像、ネットから引用した写真など、実際にこんなAIがあったらどんな情報を集積するだろうかと考えながら内容を構成
『百眼』を構成する3つのモニタを捉えたロングショットの作業変遷
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途中段階。このときの監督からのフィードバックは「地図をわかりやすく、道路の境界がはっきり見えるように、監視カメラが発見した赤い円状のマークに濃淡を、モニタが全体的にちょっと暗い」というものだった
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【左画像】のフィードバックに対応した上でマスク、キーイングを詰めつつ、監視カメラの差し替えといった微調整を施した完成形
『百眼』の「3D演算モード」のテスト。2030年の監視システムであれば、2D画像から3Dデータを生成できるのではないかというアイデアから生まれた表現である
本編に登場する「3D演算モード」の例。監視カメラ〜ドローン素材〜芝居素材と、カット途中で切り替わるカメラを繋いで構成している
[[SplitPage]]03 監視ドローン『フライ』ほか
その形状や機構にも物理的な整合性を保つ
本作のVFXはインビジブルエフェクトが中心だが、警視庁の監視用・小型ドローン『フライ』はキャラクター性のあるユニークな表現に仕上がっている(劇中でも重要な役割を担う)。モデリングからショットワークまで担当したのは、五十嵐丈久氏が率いたSiBaFuのチーム(最終的なコンポジットワークはCHICAが担当)。まずは、別のデザイナーが担当したコンセプトモデルをブラッシュアップしていったという。「2030年という近未来に、監視用途のドローンはどのようなかたちで運用されているのか、ファンタジーにならないように気をつけながらリアリティを追求しました。本物の蜂やドローンの動きをリファレンスにしつつ、モデリングでは全てのパーツに意味をもたせた構造に仕上げました。アニメーションでは、桐生を見つけたときのアップショットの際に、レンズの絞りを変える動きを加えることで表情を出したりして無機質なメカでありながらもキャラクター性が出るように工夫 しています。"10年後に答え合わせができること"をSiBaFu独自の裏テーマに掲げていたのですが、どれだけ正解に近づけたのか今から楽しみです」(五十嵐氏)。
『翔んで埼玉』VFXメイキング記事(本誌248号に掲載)中でも言及したが、赤羽氏は国内でいち早くShotgunを導入しており、今回も約900ショットというも大物量かつ、『百眼』を中心とする複雑なVFX制作を効率良く管理する上で役立ったようだ。デジタル・アトム・ラボの吹谷氏いわく「今回初めてご一緒させていただきましたが、Shotgunだけでは上手く伝えられないニュアンスなども赤羽さんと古橋さんは非常にわかりやすく、丁寧に説明してくださったので助かりました。赤羽さんの"最後にはしっかりと終わらせる力"は本当にすごいと思います」。ポスプロ工程の監督チェックは週1ペースで行われたそうだが、とにかく物量が多いことに加え、入江監督のリアリティへの強いこだわりから、毎回長時間を費やしたそうだ。最後に赤羽氏が本プロジェクトを総括してくれた。「医療や監視システムといった、専門性の高い内容をVFXによって明快に表現することが本作のミッションだったと思います。3ヶ月で約900ショットを制作、ひとつひとつのVFXも1カットに対する作業負荷としては重いものが多かったのでなかなか大変な案件でしたが、皆で協力することでやりきれました。好評いただいているようですし、参加できて良かったです」。
※映画『AI崩壊』のVFXに関する詳細は、Blu-ray & DVD プレミアム・エディション映像特典 『必見!VFXプロデューサーが語るVFXの舞台裏』に収録されています。
監視用の小型ドローン『フライ』のコンセプトモデル
コンセプトモデルをベースにブラッシュアップした3DCGモデル
デザイン案
最終的に採用されたデザイン。ここからさらにディテール調整が施された
『フライ』完成モデル
前半に登場するアップショットの作業変遷
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初期のアニメーション。モデリングと並行して作業が行われたため、形状が異なる
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モデルの変更に伴い、カメラが目であることをを認識させるべく絞りを変えるような動きやグルッと正面に目が向くなどのアニメーションを調整
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視認しやすくするため、サイズをひと回り拡大しつつ、マイク部分を動かしたりするなどの微調整&ブラッシュアップ。羽の動きの周波数にも留意したという
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完成形。コンポジット作業では、車窓外に迫るフライを表現するために窓ガラス越しでも視認性が保たれるように配慮された
桐生が逃亡に利用したRO-RO船「ひまわり」の表現では、3DCGで作成した船を用いたショット(モデリングからコンポジットまで一括してトゥエンティイレブンが担当)に加え、精巧な模型を素材にしたショット(図)も登場する。こちらは、笠原由起氏(フリーランス)が担当した
模型の実写素材。横倒しにした状態で撮影
一連のコンポジットワークが施された完成形。主には、1.模型をレタッチ(現実の船らしく)、2.別カットで登場するCGの船との整合性、3.実写素材(海面、航跡波、上昇する際の雲)との合成、4.ナイトシーンへの加工(※暗闇での海上の撮影は不可能なため)という4つのポイントを中心に作業が行われた。またこのカットは上空へと大きくカメラが引いていくため、タイミングやスピードといったカメラワークの設計も求められた