物理的な正確さや、映像演出のセオリーに囚われない。圧倒的なビジュアルインパクトを追求することによって誕生した絵心あふれるVFX。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 248(2019年4月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©2019映画「翔んで埼玉」製作委員会
映画『翔んで埼玉』好評上映中
監督:武内英樹/原作:魔夜峰央「このマンガがすごい!comics 翔んで埼玉」(宝島社)/脚本:徳永友一/VFXプロデューサー:赤羽智史/VFX制作:IMAGICA Lab.、CHICA、トムス・ジーニーズ、トゥエンティイレブンほか
tondesaitama.com
セオリーにしばられずにビジュアルインパクトを追求
漫画『パタリロ!』で有名な魔夜峰央氏が1982~1983年にかけて発表した『翔んで埼玉』。未完の作品なれど、誰もが抱く郷土愛、そして地方出身者なら程度の差こそあれど抱くであろう東京(都会)へのコンプレックス。そうした普遍的な題材を、魔夜氏の独創的なセンスによって描かれる東京人による埼玉へのディスりぶりが、2015年にインターネット発で話題となり、約30年ぶりに復刊された。そんな本作を、同じく漫画原作である『テルマエ・ロマエ』シリーズや『のだめカンタービレ』シリーズをヒットさせたことでも知られる武内英樹監督が実写化したのが映画『翔んで埼玉』だ。
左から、古橋由衣氏、小口祥直氏、ナワラトネ アロカ氏、園田 豊氏、齊藤結衣氏、山際久嗣氏(CHICA)、廣本 麗氏、赤羽智史VFXプロデューサー、辻野理恵氏(CHICA)、山本雅之氏(FILM)、田中聡美氏(フリーランス)、木村 卓氏、佐竹 淳氏(トムス・ジーニーズ)。
※所属の併記がない方は全てIMAGICA Lab.所属
※写真なし:CHICA/渡川豊也氏
本作のリードVFXスタジオを務めたのが、IMAGICA Lab.である。「武内監督の前作『今夜、ロマンス劇場で』のVFX制作にも参加させていただことから自然なかたちで本作も担当させていただきました。武内監督の画づくりでは、必ずしも写実的であったり、物理的な整合性が求められるわけではありません。本作では、東京の都会らしさ、埼玉や千葉の田舎らしさ、などを極端なまでに圧倒的なインパクトで描く必要がありました。具体的な表現手法はまかせていただけるのですが、必然的にリテイクが多くなるので多くの苦労も強いられたものの、笑いの絶えないクリエイティビティあふれる良い現場をつくれたかなと思っています」と、VFXプロデューサーを務めた赤羽智史氏はふり返る。赤羽氏はVFXプロデューサーという肩書きだが、撮影現場への立ち会い、リファレンスの収集、VFX面からの撮影手法の提案など、VFXスーパーバイザーの顔も併せもったマルチプレイヤーだ。IMAGICA Lab.の協力会社として、CHICAが数多くのマットペイントとコンポジットワークを担当。トムス・ジーニーズが池袋シーン、トゥエンティイレブンがクライマックスに登場する埼玉解放戦線アジトといった、劇中の要となるCG・VFXを手がけている。そして、タイトルバックをはじめとするモーショングラフィックスは、制作プロダクションであるFILMの山本雅之氏が一手に引き受けた。「IMAGICAのメンバーはもちろん、外部パートナーの皆さんにも画づくりにおけるアイデアをたくさん出していただきました。そうした努力の甲斐も あり、映像的にもエッジの効いた作品に仕上がっているはずです」(赤羽氏)。
01 プリプロ&ワークフロー
できるだけ効率良くリテイク対応するために
映画『翔んで埼玉』の総VFXショット数は481。そのうち3DCGが介在するものは約120にのぼったという。スケジュールとしては、2018年2月からロケハンを開始。2018年3月にクランクイン、5月末にクランクアップ。そして、6~8月までの約3ヶ月にわたりポストプロダクションが行われた。赤羽氏は業界内でもいち早く2008年頃からSHOTGUNによるプロダクションマネジメントを導入しており、本作でも外部パートナーを含めてSHOTGUNによってデータ管理を一元化している。「監督チェックにもSHOTGUNを用いることで、リテイク内容を手早く確実に担当アーティストと共有できました。武内監督は現場サイドの意見を尊重してくださいますが、デッドラインまで良い画を追求される方でもあります。結果的にリテイクも増えますが、過去プロジェクトの経験から今回もそうなることが最初からわかっていたので、素材の差し替えや色味ちがい等の別バージョンの制作をできるだけ効率的に行えるような作業ファイルのつくり方を心がけていました」(赤羽氏)。「私としては相応に準備して臨んだつもりだったのですが、埼玉と千葉の軍勢が河川敷を挟んで対峙するシーンの制作では、カメラトラッキングの作業負荷が想定よりも大きくなってしまいました。コンポジターさんに助けていただきながらなんとかつくりきることができたのですが、今後に向けてより良い制作手法を考えたいと思っています」とは、IMAGICA Lab.の廣本 麗CGデザイナー。
ビジュアルインパクト最優先で、物理的な正確さは必ずしも求められない画づくりが実践された本作。その意味では、マットペイントや背景のCG・VFXワークは自ずと独特の作業になったと、CHICAの渡川豊也氏は語る。「武内監督のプロジェクトは、今回で4~5作目になります。基本的には美術部からいただいたイメージボードを指針として、こちらから積極的に提案させていただけるのでクリエイター冥利につきます。ですがインパクトを優先した結果、パースやフォーカス的には不自然なものを良しとされることも多かったので、『作品を観た同業者から下手だと思われるかも』と葛藤することもありました(苦笑)」。監督が求めるビジュアルと、それを実現するために必要な作業について、適切に仲介することがポイントになったわけだが、その点についても赤羽氏が要所要所しっかりとコントロールし、スタッフに必要以上のストレスを与えないよう配慮することによって、最後まで良い雰囲気を保つことができたそうだ。
美術部が作成したイメージボードの例。これらの設定資料を指針として画づくりが進められた
ロケハンや実写撮影時に収集したリファレンス写真の例
現場で実際に飛ばしたハト。3Dモデルとしても作成する必要があったため、モデル、テクスチャの参考として360度スチール撮影を実施。シラコバトの特徴である首の黒い横線模様は、劇中の実物のハトにも加工が施されている
池袋シーンのロケ資料ならびにスタジオセット。「TOBU」「SEIBU」「サンシャイン60」など、池袋のランドマークとして知られる看板、ビル素材を撮影。劇中では「サンシャイン120」などへとデフォルメされて登場する
SHOTGUNによる作業管理の例、カットリストUI。基本的に全ての情報をこちらに記載し、外部パートナーと共有しながら作業が進められた
[[SplitPage]]02 世界観の構築
都会らしさと田舎らしさグラフィカルな画づくりを徹底
東京都内のシーンは、モダンな高層ビル群で構成したり、王宮のような豪華絢爛さを強調した画づくりの一方、埼玉や千葉は田んぼや砂浜といった自然の景観を強調した画づくりが行われた(群馬にいたっては怪鳥が飛ぶ秘境として描かれる)。都会と田舎の対比を、徹底的にスペクタクルを高めた世界観によって描かれていることが本作の大きな魅力となっているわけだ。本作のタイトルバックは、"田舎路線の画づくり"の好例だろう。丸文字フォントの田んぼアートとして「翔んで埼玉」という文字が突如出現するインパクトをぜひ劇場スクリーンで確かめてほしい。「田んぼアートというアイデアは、撮影の3日前にこちらから提案したものでした。ドローンで空撮した実写プレートをトラッキングしてタイトルのフォントやレイアウトのベースをつくった後、IMAGICA Lab.さんに引き継いでいただき、田んぼアートとして自然な見た目になるように調整してもらいました。私自身もディレクターとして活動することが多く、一連の作業を自らAfter Effectsで行い完結させているシーンもあります。3D処理も昔に比べると敷居が低くなりましたが、私の場合はBlenderを使って3DCG作業を自分で行うこともあります」と、FILMの山本氏はふり返る。
続いては、"都会路線の画づくり"の例を紹介したい。「麻実 麗(GACKT)の自宅マンションの窓抜けの街並みの制作では、室内のライティングを考慮しつつ、都会のきらびやかさを両立させることに苦労しました。基本的には街並みの写真をカメラマップ等で配置しています。見た目のインパクトありきの画づくりですね。東京と埼玉の対比ということで極端にビルを増やしていますが、建物の重なり具合など物理的にあり得ないことになっています(苦笑)。写真素材についてはアーカイブや市販のものを使いつつ、プライベートで撮影したものも活用しました。群馬の県境シーンに利用した写真は、僕がギリシアを旅行した際にメテオラで撮ってきたものです」と語るのは、CHICAの山際久嗣氏。そして、中盤に登場する池袋シーンも印象的だ。劇中のセリフを借りれば「(池袋は)ある意味で埼玉の首都」ということで、池袋駅前のランドマークとして知られるTOBUやSEIBUの看板をレイアウトしつつも、SF的な近未来感も感じる無国籍な雰囲気を追求したと、池袋シーンのCG・VFXを担当したトムス・ジーニーズの佐竹 淳氏は語ってくれた。
田んぼアートとして描かれる本作タイトルバック
一連のコンポジット処理が施された完成形。カット尺が長く、アングル的にもタイトルが見えてから間延び感があるため、CGのシラコバトを追加。さらにタイトルの視認性を高めるべく、田んぼの色味を調整。田んぼアートとしての実在感あるタイトルバックが完成した
PFTrackによるカメラトラッキング作業の例
図中のキューブはトラッキングポイント。全体的に田んぼを緑色にしたいとの要望を受け、草の生えていないポイントは3Dで立体感を出しつつ草原の斑な感じも出したかったので今回はヘアー&ファーで対応。色味調整のみで問題なさそうな箇所はコンポジットで対応したという
常にカメラが動くため、2Dトラッキングでは、奥行き感があることから精度がイマイチだったため、3ds Maxでカラコレしたい箇所の位置情報をAEへ読み込むことができるプラグイン「After3dsMax」を併用。その位置情報の箇所に調整レイヤーを置き、カラコレする方式が採られた。修正対応も一度のトラッキングで全体が取り直せるためスムーズだったという
コンポジット作業の例
実写プレートに対して、田んぼの3DCG素材を合成しつつ全体的に青々と健康的な見た目にカラコレ
田んぼの間の道をタイトルで埋めないようにひと区切りずつ調整。ここでもAfter3dsMaxで読み込んだ田んぼの位置情報を基に、マスクすることで対応
トムス・ジーニーズがCG・VFX作業をリードした池袋シーンのマスターショット
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下手の抜けにビルを追加、TOBUの看板を傾ける等のレイアウトを修正。ライティングも潜伏感が高まる方向へと調整された
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【左画像】で追加した下手のビルを排除し、潜伏感を強調するためにセットの奥に3Dで造形物(給水塔や看板の裏など)を増やして隣にビルがもう1棟あるように(繁華街から少し離れた路地裏に位置するように)見せる方向でブラッシュアップされた
IMAGICA Lab.がCG・VFX作業をリードした埼玉と群馬の県境シーンのマスターショット
アマゾンのジャングルをイメージして試作された別案。両パターンを確認して、切り立った崖の路線でブラッシュアップすることに決定
比較的長尺のためCGで作成した怪鳥を合成することに。図は遠方にレイアウトしたテイク
完成形。ビジュアルインパクトを重視し、カメラ手前を大きく横切る怪鳥でOKに。怪鳥のアニメーションやタイミングなどに細かいチェックが入った末に完成。中央に立つ壇ノ浦百美(二階堂ふみ)の背後をカメラがフォローアップして抜けが見えてくるショットのため、意外性を演出するにあたっては、背景マットの見え方についても細かくチェックが入ったという
[[SplitPage]]03 群衆表現
3DCGによる正攻法からスポーツイベントの実写まで制作手法もフリースタイル
圧倒的なビジュアルインパクトを、文字通りの"数量"で実践したのが群衆表現だ。本作のVFX表現の中でも、3DCGという意味では後半の大きな見せ場となる、埼玉解放戦線と千葉解放戦線の両軍勢が河川敷を挟んで 対峙するショット(予告編にも登場する)はひときわ細かな調整が求められたものだったという。「武内監督からは、地面いっぱいに両軍を埋めつくしてほしいというオーダーでした。そこで地平線の限りまで人を増やそうということになり、最終的には全体で7万人を超えたと思います(苦笑)。作業アプローチとしては、撮影現場でエキストラさんたちを数人ずつグリーンバックで撮影したものを素材として、3ds Maxでパーティクルにして配置しています。尺もかなりありますし、ロケ地は河原なので地面は平坦ではありません。かなり細かくトラッキングを取らないと奥の地平線近くがずれてくるため苦労しました。最終的には、トラッキングが上手くいっているデータを近景、中景、遠景など3~4種類に分けて合成しています」(廣本氏)。
クライマックスの舞台となる都庁シーンの群衆表現については、ユニークな素材が活用された。「本作の製作委員会に名を連ねるフジテレビジョンさんが『東京マラソン』を担当されていたので各所許諾をとり、映像を提供してもらえたのです。自分たちでエキストラを集めたとしても数百名が限度だと思うのですが、約3万6,000人ものランナーが都庁前に集まっている様子を素材にすることで臨場感のある群衆表現をつくり出すことができました。ランナーの方々はゼッケンを着けていますし、ランニングウェアは派手な色のものが多いので、合成する際は彩度を下げつつ、不自然な箇所には解放戦線の旗を合成することでパッと見では気づかれない域に仕上げられたはずです。万が一、観客に気づかれたとしても、ギャグ要素が強い作品ですし、逆にそれを話題にしてもらえるのではないかと(笑)」(赤羽氏)。事実、筆者は取材時に打ち明けられるまで気づかなかった。まさにアイデアの勝利だ。
後半の大きな見せ場となる、埼玉解放戦線と千葉解放戦線が河原を挟んで対峙するシーンより。群衆の汎用素材例
3ds Maxのパーティクル機能を用いたレイアウト作業の例。実写プレートの地形に沿ってパーティクルを散りばめ、それぞれに実写素材を割り当てている
3DCGでも旗素材が作成された
ブレイクダウン
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群衆をもっと増やしたいとの監督リクエストを受け、両岸の山部分や川上(画面・奥)のキワまで配置した状態
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一連のコンポジット作業が施された完成形。CGで作成したやぐらやサッカー観戦で見るような巨大な旗、のろしを追加し、さらに視覚情報を増やすことでリアルな見た目よりも派手さを優先した画づくりが実践された
クライマックスの舞台となる都庁シーンにおける群衆表現用の実写素材
ロケ撮影時に都庁の向かいのホテルから撮影した素材。撮影部とは別隊にて、赤羽氏がSony PXW-FS7で撮影したもの。群衆やクルマ足しに活用された
ロケ地となった都知事室の外観素材。コンポジット作業では、都庁に合成しても違和感のない色味調整を行い、デコラティブな外観が浮いてしまわないように留意したという
VFX作業の例
実写プレート。「東京マラソン」の記録映像が素材として採用された
一連のコンポジット作業が施された完成形。「とにかく道を群衆で埋めつくしたい」というリクエストに応えるかたちで画づくりされた
ロケ地で撮影された群衆素材の例
トゥエンティイレブンがCG・VFX作業をリードした、「埼玉解放戦線アジト」シーンのマスターショット
ドローンで空撮した実写プレート。地下っぽさのあるブルー寄りにカラコレしたプレートが採用された
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壇上のデザインはシンプルながらもスケール感のあるものを目指し、トライ&エラーが重ねられた。ルックとしては、SF的な格好良さを追求。ライティングも祭壇が目立つようにしつつ、サイドから差し込む光や少しタングステンらしい色味も感じるようにして空気感を演出
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一連のコンポジット作業が施された完成形。群衆の服の色味を抑え、素材のリピート感が目立たないように調整された