4K解像度によるTVドラマのVFX制作は時間との闘いだ。柔軟なアイデアで効率化を図る、ドラマ24『初森ベマーズ』(テレビ東京系)のVFX制作現場における妙技を紹介する。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 205(2015年9月号)からの転載記事になります
いかにポスプロの時間を確保するか
今回のVFXアナトミーは、テレビ東京系列で現在放映されている乃木坂46主演のドラマ24(TVドラマ)『初森ベマーズ』のVFXワークを紹介する。
ドラマ24『初森ベマーズ』予告 #11
本作は下町の女子高生たちが取り壊しが決まった初森公園の工事を阻止すべく、地上げ屋の娘とソフトボールで対決するというスポ根コメディだ。ソフトボールの特訓や魔球など、VFXショットも満載で見どころのある作品となっている。本作のVFXワークを手がけているのが、VFXスーパーバイザー小林真吾氏と、名古屋を拠点とするZaxx。以前本連載で紹介した映画『忍たま乱太郎夏休み宿題大作戦!の段』(本誌180号)のVFX制作を担当したチームだ。
前列左から、池田高士コンポジター、末松啓輔CGディレクター、大口実希CGクリエイター。後列左から、小林真吾VFXスーパーバイザー、道木一馬コンポジター、藤田憲史コンポジター、熊谷深理デザイナー、千口剛史営業
撮影は関東を中心に行われているため、撮影現場の立ち会いは小林氏が担当し、Zaxxとは主にオンラインでやりとりをしながら制作が進められている。本作の第1話の放送は7月10日(金)だったが、クランクインしたのは5月下旬であったためプリプロの期間もあまり確保できないなかでの制作となっているという。また、地上波ではHD解像度での放送になっているが、ひかりTVによるオンデマンド放送では4K解像度での放送となるため、多くのショットが4K解像度ベースでの制作となっている。
このようにスケジュールもタイトで、制作データも膨大になることが予想されたため、Zaxxではストレージなどを増強しデータ管理を徹底するほか、制作ワークフローも見直し窓口を一本化することで、伝達ミスなどがないように工夫しているという。「ワークフローを整理したことで、煩雑な指示なども洩れなく各スタッフに伝達することができており、非常にスムーズな制作が実現できています」とCGディレクターの末松啓輔氏は言う。
「今回の制作の中で一番厄介なのが時間。とにかく仕上げ時間を稼ぐためにはどうしたらよいのかということを考えないといけないので、オフライン前にデータをVFXチームに渡して作業に入ってもらっています。制作手法のアイデアを出し合うなど、いかに作業を効率化するかが大切です」と小林氏も語る。制作ボリュームは1話あたり平均20~25ショット、CGスタッフ3名、コンポジットスタッフ3名に加えて数名のアシストスタッフで制作が進められている。
それでは全12話のショットの中からいくつかのメイキングを紹介したい。
<1>高解像度を利用したデジタルカメラワーク
4Kベースの制作体制
前述した通り、本作は4K解像度を基本として制作が行われている。4K解像度の制作で問題になるのが、日々行われるショットのプレビューをどうするかという点だ。毎日監督に4Kデータを送って見てもらうことは難しいため、制作されたショットはサイボウズLiveにアップして随時フルHD解像度によるデイリーチェックを行い、修正内容などの情報を全体で共有。その後FTPサーバーにファイナルデータをアップして、ZaxxのサテライトオフィスGZ-TOKYOの4Kモニタを使って4Kでプレビューされている。
「4Kデータをネットワークでやりとりするのは効率的に疑問でしたが、ハードディスクにコピーして輸送する時間を考えると、夜中にアップし始めて朝チェックするというワークフローに落ち着きました」と小林氏は言う。4K解像度での作業は、膨大になるデータ容量やプレビュー環境などこれまでの制作環境に比べるとハードルが高い。特に今回のように東京と名古屋でポスプロとプレビューの環境が離れているような場合はなおさらだ。「4K解像度での映像編集程度であればこれまでのワークフローでこなせると思いますが、VFXショットに伴うマスク抜きや3DCGレンダリングなど様々な作業が絡んでくると大変です。ここのところ4Kでの作業が多いので慣れてきてしまっている部分もありますけどね」と小林氏は語る。
だが、4K解像度で撮影できるが故の利点もあるという。右に掲載した事例は、4K解像度で撮影された素材をAfter Effectsで動かし、カメラがPANする動きをポスプロで加えている。合成作業が多いためカメラワークを付けて撮影されてしまうと、トラッキングなど煩雑な工程が発生してしまうショットだが、4K素材であればカメラがFIXした状態で合成などの加工を行い、デジタルでカメラワークを付けることができるのでとても効率良くカメラワークのついたVFXショットを作成することができるという。
例えば、体育館での訓練シーンではボールの動きに合わせてカメラワークが付けられている。
▲(左)4K解像度のフィックスで撮影された実写プレート/(右)実写プレートに3DCGによるピッチングマシーンのアニメーションを合成
▲加工されたプレートをAfter Effects(以下、AE)で動かしカメラワークを作成した完成連番
打球がホームランの看板にヒットするというバッティングセンターのシーン。ワイドレンズで撮影した4K 素材に看板を足したり不要なものを除去した後、ポスプロでカメラワークを付けている。カメラが90度近く振られているように見えるがFIXの映像をスライドさせているだけだ。
▲(左)実写プレート/(右)実写プレートを加工したもの
▲AEでカメラワークを付 けた完成連番
[[SplitPage]]<2>膨大なマスク作成によるシーン構築
2−1:12人分のマスク制作〜タイトルバック〜
本作は物語の性質上マンガ的な表現が多く、ダイナミックな場面展開やオーバーなアクションカットが数多く登場する。そのため、カラーキーやロトスコープによる人物のマスク作業も多い。右の事例はオープニングのショットで、日中のグラウンドから渓谷の背景に変わり、乃木坂46のメンバーのフォーメーションが変化して決め画になるというものだ。
オープニング内では非常に短いショットだが、グリーンバックを貼ったターンテーブルにメンバーをひとりひとり乗せて撮影し、その素材からマスクを作成している。「動いている12人分のマスクを作成しないといけないということで、社内で作業を分散させました。HD解像度であればある程度ラフな状態でもマスクが作れるのですが、4K解像度だとそうもいかず、ガッツリとした作業になりました」と担当したコンポジターの道木一馬氏は言う。背景はデザイナーの熊谷深理氏が制作しているが、4K解像度でのレンダリングに時間がかかるため、CINEMA 4D(以下、C4D)でラフな地形を作成したものをレンダリングし、Photoshopでディテールを描き込むという手法で制作時間の短縮を図ったという。
▲(左)グリーンバックで撮影された人物プレート。このようなプレート12人分撮影された/(右)キーアウトされた人物プレート
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▲グリーンバックのキーアウトはAfter Effects(以下、AE)で行なっている
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▲C4Dで作成された、タイトルバックの背景用地形データ
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▲レンダリングされた地形の画像はPhotoshopでレタッチされ仕上げられていく
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▲レタッチされた地形はAEで再配置し、雲などの背景を合成して仕上げていく
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▲完成した渓谷の背景
▲(左)ショットの冒頭で使用するグラウンドの実写プレート/(右)ショットの最後に使用されたエフェクト背景
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▲ 完成ショットの静止画連番。キーアウトされた12人分の人物プレートを配置し、背景の変化に合わせて人物を回転させながらフォーメーションを変更して、最終的なレイアウトに変化させるという短い尺だが非常に手の込んだショットだ
2−2:ロトスコープによるシーン構築
撮影スケジュールも非常にタイトなため、人物の背景に合成素材が必要でもグリーンバックを貼れないことも多いという。そのような場合は、AEのロトブラシを使ってマスクを自動生成して効率を図っているとのこと。右の事例は、4人のメンバーをカメラが回り込むというショットだが、背景にピッチングマシンを合成する必要があるため、手前の4人だけロトスコープ処理されている。
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▲実写プレート
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▲AEのロトブラシによる作業画面
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▲カメラトラッキングにはThe FoundryのCAMERATRACKERを使用
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▲合成されるピッチングマシンの3DCG素材
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▲完成ショットく
[[SplitPage]]<3>ライブラリを利用したモニタ映像
自社ライブラリを利用したモニタ映像
本作におけるVFXショットは、バレ消しや3DCG、エフェクトの合成など多岐にわたり様々なバリエーションが作成されている。右に掲載した事例は、メンバーのバッティングフォームをモーションキャプチャで分析する画面だが、このようにフルCGで作成されている素材も多い。実際にはモーションキャプチャからアニメーションを作成しているわけではなく、撮影された人物の実写プレートの動きに合わせて3ds MaxのBipedを使ってアニメーションを作成し、バッターの3DCGモデルにスキニングすることであたかもモーションキャプチャを行なっているような映像に仕上げられている。
スウィングするアニメーションは、使い回せるように動きの入りと出の部分がループするように作成されており、人物の実写の動きに合わせてスウィングのタイミングをずらしながら制作していったという。モニタのインターフェイスを構成するメーターなどのアイコンは、日頃から作りためている自社のライブラリを組み合わせて作成することで、制作時間の短縮を図っている。またバッターのモデルも市販のモデルをリモデルして利用しており「効率化のために市販のデータをベースに使っていますが、かなり形状を加工しています。このデータを基に敵チーム用に色替えをしたり効率良く使うことができました。自社のライブラリを使うことと合わせてかなりショット制作の効率化になりました」と末松氏は語る。
ライブラリなどを使うことで効率化を図ってはいるが、とても細かい部分まで手が入れられている。バッターのモデルなどは「監督がフィギュアにして欲しいというぐらいのクオリティに仕上がっている」と小林氏が言うように非常に完成度が高い。効率化はするがクオリティは下げないというZaxxの制作姿勢が窺える事例だ。
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▲3ds MaxのBipedを使って実写の人物の動きをトレース
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▲バッターのモデルデータにBipedをスキニングして動きを調整
▲(左)Zaxx社内で作りためられているUI系のライブラリの例。図はメーターの素材/(右)同インジケータ素材
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▲同スウィングの軌跡を表示するためのサークル素材
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▲各素材はAEでレイアウトされる
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▲完成したパネルの映像。この映像はパソコン画面に表示される他、空中に浮かぶ3Dスクリーンとして利用されている
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▲作成されたモニタ画面を合成するための実写プレート
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▲AEでモニタ画面と実写プレートを合成
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▲完成ショット
[[SplitPage]]<4>臨機応変に制作手法をプランニングする
4−1:銀球からHDRを作成
ソフトボールの特訓で使用されるピッチングマシンは、3DCGで作成され実写プレートに合成されている。超高速でボールが発射されるピッチングマシンはマンガチックな設定であるが、ボディの鋳造感や、焼けた砲身の質感など非常にリアルに作成されているため存在感のある小道具となっている。このピッチングマシンのレンダリングには、撮影現場に置いた銀玉を撮影した写真から擬似的にHDRIを作成したものが利用されている。「作成されたHDRIは簡易的なものですが、最初のライティングの手がかりとしては非常に効果的で、ライティングを詰めていくスピードが早くなりました。かなり使える手法でした」と末松氏は言う。「銀玉で撮影した写真をHDRIに展開するPhotoshopのプラグインもあるのですが、もっと手軽できないかと思い3ds axに作成した半球のモデルにマッピングしてそれを平面にモーフィングして作成してみたところ、ことのほか上手くいったのでこの方法でほとんどのHDRIを作成しています」とCGクリエイターの大口実希氏は語る。
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▲現場で撮影された銀玉の写真
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▲3ds Maxで半球に銀玉の写真をマッピング
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▲モーファーを使って平面化する
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▲作成されたHDRI素材
▲質感は赤道儀などの鋳造された部分の質感などを参考に作成された
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▲レンダリングされたピッチングマシン
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▲床への映り込み用に作成された素材。反射パスをレンダリングしていると時間がかかるので、モデルを逆さまに配置してレンダリングし、映り込み素材を作成している
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▲実写プレートにピッチングマシンを合成した完成ショット
4−2:実写素材を利用したボールの表現
本作はソフトボールをテーマにしたドラマであるため、演出的にボールを扱うシーンが多く、ボールだけ別に合成して動きを付けるというショットが随所にみられ、シーンの内容にあわせて多様な手法でボールを作成している。右の事例は、実写で撮影されたボールをロトスコープして位置を動かすことでアニメーションを作成している。ボールの数が多いが動きが単純なため、実写素材を加工してしまった方が効率が良いのだという。
▲(左)ボールを床に置いた状態で撮影した実写プレート/(右)ボールがない状態の実写プレート
▲(左)実写プレートからロトスコープで切り出したボールの素材/(右)ピッチングマシンの3DCG素材
▲ボールとピッチングマシンをボールがない状態の実写プレートに合成した完成ショット。実写素材だけでボールのレイヤーを移動させて跳ねているような動きを作成している
4−3:Element 3Dで ボールを作成
3次元的な動きが必要だが、3ds Maxなどの3DCGで制作するほどではない場合、AEのプラグインElement 3Dを使ってボールを作成し、3DCGのレンダリングなしにダイレクトに実写プレートに合成されている。
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▲ Element 3Dによるボールの作成画面。「3DCGで制作してしまうと、4Kでのレンダリングにはそれ相当のコストがかかってきますが、Element 3Dを使うことでコストの面でもスケジュールの面でも効率化を図ることができます。また、使える人が多いAEでコンポジットまで完結できるので、人的コストも効率化できます」とエディターの藤田憲史氏は言う
▲(左)ボールのノーマルマップ/(右)ボールのディフューズマップ
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▲ 使用されたショット例
4−4:3ds Maxを使った ボールの作成
ボールがアップになったり、スローモーションになったりするなどボールの動きが遅い場合は、Element 3Dでは質感が物足りないので3ds Maxを使ってボールをモデリングし、アニメーションをレンダリングして連番素材として合成に使用している。
「3ds Maxで全部やっています、というのも効率化としてはある意味簡単な手法なのですが、時間との闘いの中でわざわざ3種類の手法を臨機応変に使い分けて効率化を図れたということは今回の成果のひとつですね。そもそもVFXは手法を問わずそれらしく見えるということが大事。手法自体はあまり関係ありません」と小林氏は語る。
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▲ 3ds Maxによるボールのアニメーション作業画面
▲(左)V-Rayでレンダリングされたボールのディフューズ素材/(右)ベロシティ素材
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▲ 実写プレート
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▲ ボールを合成
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▲ベロシティ素材を使ってブラーを調整した完成ショット
4−5:魔球エフェクト
登場するボールの表現はただのボールだけではない。今後益々VFX的にも見どころのあるシーンが多くなってくるという。特に試合で投げる魔球のエフェクトには期待してほしいとのことだ。下図は制作されている魔球のひとつ。FumeFXを使った炎の表現など、多くのバリエーションの魔球エフェクトが登場するという。本作がVFXを含め、どのような展開になっていくのか楽しみだ
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▲魔球の一例の完成ショット(一部トリミング)。止め画で見ても迫力ある魔球のデザインになっている
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▲ ボールを包む炎は、荒々しい炎を表現するために、あえてFumeFXのWaveletの設定を使用せずデフォルトのシミュレーションで行われている。炎に表情を持たせるため、AEのメッシュワープを使って最終的に形状を加工している
TEXT_大河原 浩一(ビットプランクス)
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ドラマ24『初森ベマーズ』
テレビ東京系 毎週金曜 深夜0時12分ほか放送中!
監督:鈴村展弘、西海謙一郎、元木隆史/脚本:小峯裕之、根本ノンジ/チーフプロデューサー:中川順平/プロデューサー:濱谷晃一、小松俊喜/VFXスーパーバイザー:小林真吾/出演:乃木坂46 ほか/制作:テレビ東京、楽映舎
©「初森ベマーズ」製作委員会
www.tv-tokyo.co.jp/bemars