記事の目次

    フォトグラメトリーを礎に、RedShiftRealityCaptureといった先進的なDCCツールを活用することで実在感あふれる"ヴァーチャルアーティスト"を生み出した野心作。

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 232(2017年12月号)からの転載となります

    TEXT_福井隆弘 / Takahiro Fukui
    EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

    PKCZ®『ChamberZ』OP
    ※動画はPKCZ® 1st Album『360° ChamberZ』ティザー
    監督:東 弘明(stoicsense)/VFX制作:Khaki、デジデリック、Barehand Modeling Studio/コンセプトアート:山家 遼(ModelingCafe)/フォトグラメトリー:AVATTA/モーションキャプチャ:小箱/CGプロデュース:stoicsense/制作プロダクション:東京No.1
    1st ALBUM『360° ChamberZ』好評発売中
    www.pkcz.jp
    ©2017 PKCZ® All Rights Reserved.

    実写と見まごう全編フルCGへの挑戦

    EXILE HIRO、DJ MAKIDAI、VERBAL、DJ DARUMAを中心としたクリエイティブ・ユニットPKCZ®。そのファーストアルバム『360° ChamberZ』(CD+DVD)のコンセプトに着想を得て、企画、制作されたのが、本作である。DVDには、3アーティスト、3曲のMVが収録されており、ここに紹介するOPに加え、曲間、そしてEDのメイン舞台となるのが、「360° ChamberZ(スリーシックスティ・チェンバーズ)」と名付けられた近未来的なサイバー空間だ(以下、ChamberZ)。「『その部屋は、人と人を結びつけ、新たな可能性を生み出す場所』というアルバムのコンセプトから、『ChamberZ』はどこにあるのだろうか。それは、宇宙における特異点(ブラックホール)ではないかと。あまねく宇宙の三次元情報はブラックホール内に二次元情報としてアーカイブされている。そこにPKCZ®ら、LDH所属アーティストがいて、様々な可能性やものにアクセスして、オールジャンルの音楽とコラボしてつながり、新たな作品を生み出している......そんな姿をSF要素を組み合わせて描けば面白くなるんじゃないかと考えたのです」と、東 弘明監督はふり返る。


    右から、東 弘明監督(stoicsense)、高金幸司氏(Khaki)、田崎陽太氏(Khaki)、平井美潮氏(Khaki)、大山俊輔氏(デジデリック)、中野江美氏(AVATTA)、一瀬 隼氏(Barehand Modeing Studio)、赤澤希望氏(Khaki)

    当初は360°動画やVRコンテンツとして制作することも視野に入れていたことから、生身のアーティストを実写撮影するのではなく、アーティストのフォトグラメトリーをベースに3DCGキャラクター化することが決定。そこで白羽の矢が立ったのが、AVATTA。東監督は以前から、同社のハイクオリティなフォトグラメトリー技術に着目していたそうだが、ショットワークについては東組と言っても過言ではないKhakiやデジデリックが参加した。「ありがたいことに今回も優秀なアーティストたちに集まってもらえたので、その才能をいかんなく発揮できるワークフローを用意することを心がけました。みんなが得意なことを思いっきりできるチーム体制をつくることが、監督の重要な役目だと思っています。これからはARやVRなど、インタラクティブなコンテンツの市場も開けていくはず。今回は、アーティストのヴァーチャル化という難易度の高い試みにチャレンジしたわけですが、確かな手応えを得ることができました。このチームで、さらに進化した表現にも挑んでいきたいですね」(東監督)。

    01 プリプロダクション&フォトグラメトリー

    フォトグラメトリーから主役となるキャラクターを創出

    東監督の下に本企画が舞い込んだのは、今年の3月のこと。8月2日(水)のアルバムリリースに向けて、4月上旬から企画演出に着手、4月下旬からアセット制作が進められた。本作はフルCGアニメーション作品だが、先述のとおり、アーティストのフォトグラメトリーはAVATTAが担当。そしてレイアウト以降のショットワークは、Khakiがメインパートを、デジデリックが前半の宇宙シーンを担当。また、「ChamberZ」シーンに登場するアーティストたちが内部でコールドスリープしているという設定の棺型カプセルのアセット制作はModelingCafeとBarehand Modeling Studioが担当した。アニメーション作業に着手するために必要なひととおりのアセットが揃ったのが、5月中旬のこと。そこから7月中旬の納品までの約2ヶ月が制作のピークだったという。

    アーティストのフォトグラメトリー作業について。「良質な3Dデータを得るためには透明な衣装は避ける必要があるのですが、VERBALさんのコートに透明な材質が用いられていることが当日判明して、緊張しました(苦笑)。上着についても被写体となる人物のプロポーションがわからなくなるので、アニメーションさせる場合は別撮りした写真をリファレンスとして、別モデルとして作成する必要があります」と、AVATTAの中野江美氏。リトポロジー、テクスチャの貼り直し、リギングなどはAVATTAが提携しているブラジルのアーティストに委託。リトポすることによって、本人に似なくなるリスクもあるため、細心の注意をもって作業を進めたという。「基本的にはクオリティに差が出ないように、つくり込みに慣れている1人のスタッフに作業してもらっています。日本では、まだフォトグラメトリーの用途はモブ表現や顔が大映しにならないアクションパートのデジタルダブルなどに留まっていて限定的ですが、そうした中で本プロジェクトは良い機会になりました。今回、フォトリアル系でここまでしっかり主役級のキャラクターというのはAVATTAでも初めて。とても良い経験になりましたし、何よりも嬉しかったです」(中野氏)。

    また、髪の毛は3Dスキャンできないため、フォトグラメトリー用の写真撮影時に併せて撮影したリファレンス写真を元にKhakiの高金幸司氏が3ds MaxプラグインのOrnatrixで作成している(次項で詳述)。キャラクターアニメーションについては、小箱で収録したモーションキャプチャが用いられた。


    東監督が描いた企画コンテより。当初は、360°動画やVRコンテンツとしての展開も検討されていたことが窺える

    制作スタッフの間では「棺」と呼ばれていた十字架型のカプセルのデザイン案と演出プランのスケッチ。アーティストたちがコールドスリープしているという設定のカプセルについては、その後、ModelingCafeの山家 遼氏がアートを描き、それをベースにBarehand Modeling Studioの一瀬 隼氏によるアセット制作が進められた

    小箱(www.kobako-mc.jp)におけるモーションキャプチャ収録の様子


    AVATTAが撮影したフォトグラメトリーデータ(加工/調整なし)。これらをベースにリトポロジー、リギング作業が行われた

    アセット制作、アニメーション、そしてショットワークは同時並行で進められた。図は、東監督が自ら作成していたアニマティクス、ならびに途中段階のアニメーション動画キャプチャ。MayaのTime Editorを活用することで、カッティング、カメラワークの作成を効率的に行えたという

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    02 ChamberZ内部シーン

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    02 モデリング&アニメーション

    日本ではまだ目新しいツールを積極的に活用する

    アーティスト3人の3DCGモデル制作は、AVATTAから提供されたモデルをブラッシュアップするかたちで高金氏が完成させた。「LDHさんは、CGやVFXを積極的に採り入れたコンテンツを数多く制作されているので、クオリティにはとてもシビアなクライアントさんです。ですが、今回はファーストチェックのときから、造形のリアリティについては満足していただけました。アーティスト本人の写真データをベースにするフォトグラメトリーの大きな利点だと思います」(東監督)。また、Khakiでは、少数精鋭の制作スタイルに適しているという判断から、従来より3DCGワークについてはCINEMA 4D(以下、C4D)とGPUレンダラのOctane Renderをメインツールとしている。一方、アーティストの3DCG表現は3ds Maxで仕上げられたことから、レンダラはGPUレンダラのRedShiftを採用することに。RedShiftも今回が初導入だったそうだが、期待通りのパフォーマンスを発揮したという。

    ベースとなるアニメーション&カメラワークについては、東監督自身がMayaで作成している。カメラワーク、そしてカット編集についてはMaya 2017から実装された[Time Editor]が活用された。「今回、Time Editorを初めて利用したのですが、使いやすかったですね。ダブルアクションや、ストレッチなども手軽に作成できたので、とても柔軟に作業が行えました。現実では不可能なカメラワークが表現できるのは3DCGの利点ですが、やりすぎるとリアリティを損なってしまうので、実写で撮っているようにも見せつつ、ベストなバランスを探しました」(東監督)。

    棺型のカプセルに関しては、先述のとおり東監督が描いたラフスケッチを叩き台としてModelingCafeの山家氏がデザインコンセプトを作成。全8案の中から、十字架のようなデザインを採用。そこからBarehand Modeling Studioの一瀬氏がZBrushによるスカルプトを皮切りに、アーティストモデルとの整合性、神々しさのデザイン的なニュアンスとして、穴を開けたりチューブを加えるなど細かい部分に配慮し、生物感、有機的な印象を出したデザインに仕上げられていった。東監督いわく、「有機的なメカデザイン」を得意とするアーティストは限られているそうだが、山家氏&一瀬氏は期待に応えてくれたという。「SFのメカをしっかりデザインできる人、理解している人に担当してもらえてとても良かった」と、東監督。カプセルの開閉ギミックは、ダミー等で動きが付けられた。またテクスチャリングにはSubstance Painterが用いられたが、V-Ray用のセッティングでエクスポートされていたため、Khaki側でRedShift用へのコンバート&調整を行なったという。



    • DJ MAKIDAIの3Dスキャンデータ



    • 別撮りした写真素材を基に作成したハイディテールの頭部に差し替えた状態



    • 髪の毛、フェイスパーツ、別途写真資料から作成した上着モデル(サイズや形状は調整済み)を追加した最終形



    • 左の画像のレンダリングイメージ


    顔周りにクローズアップした画像


    DJ DARUMAのモデル作成では、顔周りのデザインについてひときわ試行錯誤が重ねられた



    • 初期モデル。ゴーグルや側頭部に機械パーツを施す代わりに口元は生身のアーティストを忠実に再現するという路線であった



    • ゴーグルを外した代わりに、口元に機械パーツを配するという方針に転換。眼球も人工的なデザインに改められた



    • 【画像右上】では機械的過ぎて恐いという結論に達し、さらなる改良を加えた最終形



    • 【画像左下】制作過程における東監督からの修正指示の例

    髪の毛はフォトグラメトリーでは作成できないため、3ds MaxプラグインのOrnatrixが用いられた



    • OrnatrixのOx Edit Guideモディファイアのブラシを使い、ベースとなるヘアスタイルを調整



    • FrizzやCurling、Clustering等のモディファイヤを追加し、最終調整を施した状態。「生成するポリゴンに対してOrnatrixのModifierを重ねてヘアをつくり上げていきました。今回初めてOrnatrixを使ったのですが、ブラシ類が優秀でスタイリングも手早く簡単に行えました」(高金氏)。まず、ブラシ類である程度までヘアスタイルを作り、Frizz等のモディファイヤを追加しながら毛束感や縮れ具合を調整していったという(lengthマップやdistributionマップも併用)。ちなみに、まつ毛も同じ要領で作成したそうだ


    山家氏が描いたデザインコンセプト。A~Hの8案が描かれたが、上図Gの方向でモデル制作が進められることになった

    一瀬氏が作成した棺型カプセルの完成モデル。メカ形状に対して有機的なデザインが巧みに施されている


    東監督からの修正指示の例。「今回初めて東監督とご一緒させていただいたのですが、とてもやりやすかったですね。いつもポジティブでアーティストのモチベーションを引き出すのがとても上手な方だと思います」(一瀬氏)


    田崎氏が作成した「ChamberZ」背景シーン。C4Dで作成し、Octane Renderでレンダリング。メカ機構の回転ギミックは当初予定されていなかったものだが、東監督からのリクエストを受け、田崎氏が背景モデルのデザインを独自に解釈して動きを創り出した


    VERBALのレンダリング設定。先述のとおり、アーティストについては3ds Maxで作成し、RedShiftでレンダリングされた(HDRIはC4Dから書き出したものを使用)。肌の質感はRedshift MaterialのSub-Surface Multiple Scatteringを使用。髪の毛はRedshift Hairマテリアルを使い、少しだけ髪色にランダムカラーを適用して自然な感じに調整している。また、被写界深度もRedShift上で設定された


    ブレイクダウン



    • アーティスト、棺型カプゼルのコンポジット素材



    • 背景素材



    • 素組みした状態



    • カラーコレクション、フィルタ処理等を施したKhaki側での完成形


    Khaki/ 赤澤希望氏が担当した、UIグラフィックスの作業例



    • UI素材のみ



    • アーティストや背景を合成した状態


    MoGraph上のUI素材(メッシュ表示)

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    03 宇宙&ブリッジシーン

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    03 宇宙&ブリッジシーン

    限られた時間の中でこそ丁寧な画づくりを

    冒頭の宇宙シーンの制作は、デジデリックが手がけている。「デジデリックの大山(俊輔)さんとは様々な宇宙表現をつくってきていますが、ボリュームのある宇宙はどうしても制作コストが高くなってしまうのでこれまでは避けてきました。ですが、今回は真っ向勝負しています!」と、東監督。基本的には実写素材は使用せず、フルCGで作成。本作の宇宙シーンは、前半がワイヤーフレーム的な表現を組み合わせたデジタル調、そこから色彩豊かな星雲が織り成すカラフルな宇宙空間へとシームレスに移行する。「まずは、カラフルな宇宙から着手しました。星雲の表現にはFumeFXを用いたのですが、デジタル宇宙用のワイヤーフレームの星雲は、Particle FlowでFumeFXのvelocityを再現したものを、3ds MaxプラグインのAtomで加工するという手順で作成しました」(大山氏)。Atomを利用すると、After Effects(以下、AE)プラグインのPlexus的なラインアートを効率良く作成できるという。レンダラは、V-Rayを採用。宇宙シーンは約30秒で構成されているが、シーン自体は丸1日かければレンダリングが終わる程度に設定できたとのこと。その連番データに対して、AE上でテクスチャでマッピングしたラインを追加するなど、画の密度を高める工夫が施された。

    宇宙シーンとメインとなるChamberZ内部シーンのブリッジとなるパートは、Khakiの平井美潮氏が担当。10秒弱のシーンだが、先述した映像コンセプトの象徴として、ホログラム的なルックに仕上げられた約20名のLDH所属アーティストたちのヘッドショットが通り過ぎていくというインパクトのある表現に仕上がっている。「アーティストさんを360°撮影した写真素材を使い、フォトグラメトリーで3Dモデル化しました。それをC4Dに読み込んでカメラを設定し、アニメーション。フレネルなど、けっこうな数のレンダーパスを書き出して、AEで仕上げました。AE上ではTrapcode Formでドット処理の表現を施し、さらにいくつかの素材を合成しています」(平井氏)。フォトグラメトリー作業には、RealityCaptureを使用。こちらも初使用だったというが、精度の高い3Dモデルを作成できたとのこと。

    最後に、Khakiの田崎陽太VFXディレクターに本プロジェクトをふり返ってもらった。「ここまで全面的に登場するフォトリアルなキャラクター表現というのは、Khakiにとっても初めてだったのですが、新たなツールを積極的に採用することで無事に完成させることができました。今回得たノウハウを生かして、さらに新しいことをやっていければと思っています。その意味ではUnreal Engine 4にチャレンジしてみたいですね」。


    遠景用のマットペイント、W7,680×H3,840ピクセルで描かれた


    星雲の3DCGワークを図示したもの



    • FumeFXで生成した星雲



    • 左の画像で計算したものから、都合が良いフレームを抽出し、Particle FlowでFumeFXのvelocityを再現。最終的には表示よりも数量を減らしたものをデジタル調の宇宙で使用している



    • 右上の画像で作成した星雲(Particle Flowで再現したもの)を、3ds MaxプラグインAtomを使い、デジタル調に加工。「デジタル調からカラフルな宇宙へとシームレスに移り変わるという演出を考慮し、データ面の整合性からもFumeFX→Atomというワークフローを採用しました」(大山氏)



    • レイアウト。カメラワークならびに各オブジェクトのアニメーションに対しての空間的な立体感、抜けていく爽快さを念頭にトライ&エラーが重ねられた


    デジタル宇宙のコンポジット素材構成


    カメラが通り抜ける空間に配される各種星雲の素材


    デジデリック側でのコンポジット完成形。このデータに対して、東監督によってカラコレ等の最終調整が施される


    カラフル宇宙のコンポジット素材構成



    • 背景(遠景)素材



    • Khakiから提供されたアーティストの素材



    • 星雲のベースコンポジット



    • デジデリック側でのコンポジット完成形


    RealityCapture(www.capturingreality.com)によるフォトグラメトリー作業の例



    • アーティストの写真素材を読み込みポイントクラウドを生成



    • ポイントクラウド情報から生成された3Dデータ


    完成した3Dモデル(テクスチャなし)


    ブレイクダウン


    アーティストの3Dモデルにホログラム加工を施した素材



    • 遠景素材



    • 左の画像に中間素材を合成


    Khaki側でのコンポジット完成形



    • 月刊CGWORLD + digital video vol.232(2017年12月号)
      第1特集 Houdiniイズム
      第2特集 3DCGポートレート 2017

      定価:1,512円(税込)
      判型:A4ワイド
      総ページ数:128
      発売日:2017年11月10日
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