記事の目次

    竜巻や静的な気流といった自然現象VFXにHoudiniによるプロシージャルなワークフローとインハウスツールを活用して取り組んだ意欲作。

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 244(2018年12月号)からの転載となります。

    TEXT_福井隆弘 / Takahiro Fukui
    EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota


    • 映画『ラプラスの魔女』
      11月14日(水)Blu-ray&DVD発売/価格:6,800円+税(Blu-ray豪華版)、5,800円+税(DVD豪華版)、3,800円+税(DVD通常版)/発売元:KADOKAWA/販売元:東宝
      www.laplace-movie.jp

      原作:東野圭吾「ラプラスの魔女」(KADOKAWA刊)
      監督:三池崇史/脚本:八津弘幸/撮影:北 信康(J.S.C.)/照明:渡部 嘉/美術:林田裕至/編集:山下健治/VFXスーパーバイザー:太田垣香織
      製作:「ラプラスの魔女」製作委員会/制作プロダクション:東宝映画、OLM/制作協力:楽映舎/配給:東宝

      ©2018「ラプラスの魔女」製作委員会

    自然現象のVFXに腰を据えて取り組む

    2015年にデビュー30周年作として発表し、「これまでの私の小説をぶっ壊してみたかった」という自身の発言も話題となった異色のミステリー「ラプラスの魔女」。累計発行部数120万部突破のベストセラー小説を、三池崇史監督が映画化した。VFX制作は、太田垣香織VFXスーパーバイザーが率いるオー・エル・エム・デジタル(以下、OLMデジタル)の実写VFXチーム。OLMは三池監督作品の大半を制作していることでも知られるが、太田垣氏のチームも『ヤッターマン』(2009)、『テラフォーマーズ』(2016)、『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』(2017)といった、VFXヘビーな作品はもちろんのこと、一連の三池作品のVFXを担当し続けている。三池組の中核スタッフは長期にわたり継続して参加している人が多く、そのことが良質かつバラエティに富んだ作品をコンスタントに発表できる原動力になっていることはまちがいない。


    • 右から、太田聖史FXリード、小俣隆文VFXディレクター、中野悟郎リードコンポジター。以上、オー・エル・エム・デジタル
      www.olm.co.jp

    今回は、竜巻やドライアイスの気流などの自然現象をVFXで描くことにチャレンジしたという。「『テラフォーマーズ』や『ジョジョ」など、キャラクター表現に特色のあるVFX大作が続いていたのですが、竜巻やダウンバーストといった自然現象のCGはあまりやってこなかったので、それに適したワークフローの構築やR&Dに取り組む良い機会にもなりました」と、太田垣氏。自然災害を描いたパニック映画ではなく、サイエンス・ミステリーということでVFXの物量自体はそれほど多くはなかったため、ダウンバーストに吸い上げられるクルマのモデル制作(後述)を除き、全ての作業をOLMデジタルのチームで完遂。竜巻のような大きなものから、役者の周りを漂う静的な気流まで、一連のボリュームエフェクトはHoudiniで制作。そのほかのCGワークはMaya、コンポジットワークにはNUKEが用いられた。

    昨年公開された『ジョジョ』プロジェクトでは、撮影からポストプロダクションまでの全工程で完全なシーンリニアワークフローを実現させるなど、ワークフロー面での改良・強化にも精力的なOLMデジタルの実写VFXチームだが、本プロジェクトにおいてもさらなる効率化、クオリティアップへの余念のなさが存分に伝わってくる。

    01 自然現象のR&D

    地形のコリジョンモデルにはフォトグラメトリーも活用

    本作のクランクインは、2017年3月。撮影は4月後半までの1ヶ月にわたり行われた。雪景色を描く必要があったため、一部の実景素材は2月に撮影していたという。CG・VFX制作を含めたポストプロダクションは8月からスタートし、12月に納品ということで実制作は約4ヶ月。先述のとおり、本プロジェクトでは一部のモデル制作を除いた全ての作業を約20名から成るOLMデジタル内のチームで対応しているが、作業効率を高めるにあたっては、社内のR&Dチームによるインハウスツール(後述)が有効に機能したという。

    「自然現象をリアルに描く上では、気流のボリュームエフェクトの床面となる地形に対するコリジョンを考慮する必要があります。冒頭の竜巻が発生するシーンは静岡の平原で、中盤の公園内でヒロインが気流の動きを言い当ててみせるシーンは都内の有名な公園で撮影されているのですが、前者はロングショットということもあって、インターネットの地図情報サービスを利用して、地形データで高低差を見ながら作成しました。一方、公園内のシーンは役者さんに近接する表現のため、より精密な地形モデルが必要になったので、クランクアップ後に自分たちでフォトグラメトリー用の写真素材を撮影しに行きました」(小俣隆文VFXディレクター)。いわゆるエンバイロンメント用途ではなく、シミュレーション用のガイドオブジェクトということで、必要十分な精度にとどめてあまり時間を費やさないように心がけたとのこと。公園シーンの地形にはフォトグラメトリーを利用したそうだが、夏に撮影した写真ということで草がけっこう生い茂っていたにもかかわらず良質な地形モデルを得ることができたという。「ロケ地の3Dシーン化は過去案件でも行なってきたのですが、今後はフォトグラメトリーを利用することでレイアウト工程の効率化にも取り組みたいと思っています」(小俣氏)。

    一連のボリュームエフェクトは太田聖史FXリードを中心とするHoudiniチームが担当。「まずは冒頭の竜巻アセットのR&Dから着手しました。2週間ほどかけてレイアウト&アニメーションチェック用のデータを監督に確認していただいたのですが、ボリュームのシミュレーション&レンダリングよりも計算コストが低いパーティクルシステムを使用することで、監督のリテイクにもすぐに対応でき、早い段階で監督がイメージする竜巻のスケール感やスピードなどの方向性を共有することができました」(太田氏)。


    冒頭シークエンスの絵コンテより。竜巻が牛を巻き上げる様が描かれており、実際に牛のアセットを作成し、デブリに加えたそうだが、モーションブラーがかかることもあり、完成したショットではほとんど視認できなかったとのこと(VFX制作にかぎらず、トライ&エラーの過程ではこうしたエピソードは、むしろ必須だと思う)


    クライマックスのダウンバースト表現の絵コンテより


    竜巻アセットのR&D(レイアウト&アニメーションチェック用に作成したもの)。「ボリュームのSim&レンダリングよりも計算コストが低いパーティクルシステムを使用することで、監督のリテイクにもすぐに対応でき、早い段階で監督がイメージする竜巻のスケール感やスピードなどの方向性を共有することができたので、作業をスムーズに進めることができました」(太田氏)



    • Sweep SOPを使ってカーブに沿ったチューブを作成し、ベースとなる竜巻の大きさや高さを決めている。Point Wrangleを用いてチューブの法線から竜巻の回転用のVelocityアトリビュートを作成。カーブ上の要所ごとに6つのロケータを設置して、竜巻のうねりのアニメーションを付けられるようにしている



    • 【左画像】で作成した回転Velocityを基に、Volume VOPで回転フィールドを作成。その上でPOP Networkからチューブをソースとしてパーティクルを発生し、POP Advect by Volumesより回転フィールドのデータを読み込み、回転するパーティクルのアニメーションを作成している


    冒頭シークエンスのレイアウト&アニメーションチェック用ムービーより


    ロングショット



    • 巻き上げられる物体として、牛の3DCGモデルを加えたバージョン



    • 【左画像】のHoudini上での作業UI

    次ページ:
    02 ダイナミックな竜巻から静的なドライアイスの気流まで

    [[SplitPage]]

    02 ダイナミックな竜巻から静的なドライアイスの気流まで

    三池監督の的確なジャッジの下高負荷のビジュアルを実現

    OLMデジタルでは、作画アニメ向けのCG制作、フルCG、実写VFXという3つのチームに分かれて活動しており、3DCGのメインツールにはMayaを用いてきた。そうした中、実写VFXチームでは近年、ノードベースでプロシージャルに作成できるという強みを活かし、エフェクト制作にはHoudiniを積極的に導入している。そして、『ラプラスの魔女』プロジェクトでは、エフェクト制作をHoudiniに集約することが実現できたという。Houdiniワークでは、レンダラにRedshiftの採用も検討したそうだが、社内サーバにはGPUが積まれていないこともありMantraを採用。冒頭シーンの竜巻表現では、ロングショットは約60フレームとさほど長尺ではなかったこともあり、シミュレーション15分、レンダリング30分程度に収めることができたという。それに対して、子ども時代のヒロイン・羽原円華(広瀬すず)親子が避難する小屋を竜巻が破壊するアップショット(48フレーム)は、ボリュームのボクセル感を解消するために解像度を上げた結果、シミュレーションに6時間、さらに描画領域が画面全体を占めていたため、レンダリングにはまる2日を要したそうだ(エフェクト制作向けに割り当てられたレンダーサーバは48コア×5台とのこと)。VFX表現の高度化にはレンダリングコストの増大が付きものであるが、三池監督はいつも決断が早く、不要な画は撮らない。理不尽な修正リクエストもまず発生しないため、基本的には画づくりに注力することができたという。

    中盤に描かれる公園シーンにおけるドライアイスの気流が地面を這うエフェクトについてはまず、Houdini上でカーブを作成し、ドライアイスの気流が進む経路を決定。その上で、Pyroで生成した煙をカーブに沿わせてシミュレーションさせている。「カーブに沿って動きを付けつつ、Mayaチームから支給されたコリジョンモデル(地形など)をシミュレーションに反映させてリアルな動きを追求しました。カーブに沿い過ぎた不自然なドライアイスの動きを目立たせなくするために、カーブに沿わないものも組み合わせています。シミュレーションにもレンダリングにも相応の計算時間が必要なので、当時は毎日帰るときに、重いシミュレーション(レンダリング含む)を20パターンくらいサーバに投げて、翌朝確認。そこから良いものを監督にチェックしていただくという要領で進めていました。今後さらなる効率化を図る上では、やはりGPUレンダラも導入したいですね」(太田氏)。

    ロングショット向けシミュレーション例



    • 竜巻本体のアセットは、レイアウト工程で作成した竜巻形状のチューブオブジェクトからVDBボリュームに変換したものをソースに、Pyroで竜巻煙を発生させ、アニメーションチェック時に作成した竜巻パーティクルのポイント情報を再利用して、回転する竜巻煙を作成



    • デブリは竜巻本体の回転フィールドを流用してPOPで動きを作成。インスタンス用のデブリオブジェクトはMayaで作成したものをAlembicで出力し、Houdini上でShaderをアサインし直し、インスタンス用にbgeo形式で連番として出力したものをPythonで大量にデブリオブジェクトとして読み込み、それらをPoint Wrangleでinstancepathアトリビュートを追加して、InstanceSOPでランダムに配置


    地面周辺を舞う煙アセットを追加し、ベースとなる竜巻アセットの完成となる


    ロングショットのブレイクダウン



    • ロケ現場で撮影したHDRI



    • 【左画像】の空を曇り空に差し替えた環境光用HDRI



    • 背景の実写プレート



    • 前景の実写プレート



    • Houdiniから書き出したBeautyとライト別の竜巻素材



    • 一連のコンポジット処理を施した完成形


    冒頭シークエンスにおける竜巻のクローズショットのHoudini作業例


    アニメーションチェック時の作業UI



    • 竜巻が小屋に近づくときのボリューム&デブリのシミュレーション結果



    • 【左画像】のショット用カメラビュー


    クロースショットのブレイクダウン



    • Mayaのレンダリングシーン



    • 屋根が飛ばされた小屋のCG素材(Beauty)。インハウスの破壊ツール(後述)を使い、飛ばされる破片を作成



    • 竜巻のBeauty



    • Houdiniからライト別に出された竜巻素材(エリアライト)



    • 同ドームライト素材



    • 同RGBマスク素材



    • スタジオでグリーンバックで撮影した人物素材



    • 一連のコンポジット処理を施した完成形


    中盤に登場する、円華がドライアイスの気流の動きを予見してみせるシーンより。気流のシミュレーションが地面に対してコリジョンさせるために、ロケ現場で撮影した写真データを用いた地形の3D化(フォトグラメトリー)を実施。【左】がグレーモデル、【右】がテクスチャ表示モデル。この3Dデータに対して、穴の空いている箇所を埋めたり、メッシュを整えた上でシミュレーションに用いられた


    Houdiniによる気流のシミュレーション作業例



    • カーブを作成して、ドライアイスが進む道筋を決め



    • Gas Curve Forceを使い、Pyroで生成した煙をカーブに沿わせてシミュレーションを行う


    カーブに沿って動きながら地形に対してコリジョンするドライアイスのシミュレーション結果


    ブレイクダウン



    • 実写プレート



    • フォトグラメトリーをベースに作成した背景モデルに沿わせてドライアイスのCGをシミュレーション


    一連のコンポジット処理を施した完成形

    次ページ:
    03 クライマックスを演出するダウンバースト

    [[SplitPage]]

    03 クライマックスを演出するダウンバースト

    最後は総力戦で目指すクオリティを追求

    先述のとおり、クライマックスに登場するダウンバーストに巻き上げられるクルマのモデリングについては、カーモデリングに定評あるスペック五次元に委託。「『藁の楯』(2013)プロジェクトで初めてお世話になったのですが、ハイクオリティなモデルをとても早く仕上げてくださるので今回もボルボとマセラッティ2車種のモデリングをお願いしました。ダウンバーストによって舞い上がった際にボディの底面も見えるので、細かなパーツまで丁寧に作成していただいてます」(太田垣氏)。

    クルマが落下・衝突する対象となる洋館については、美術部から提供されたデザイン画に合わせてモデリング。ただし、スタジオセットの寸法を忠実に再現するのではなく、カットバイで見映えの良さを優先させたという。また、主となる自然現象のエフェクト自体は全てHoudiniで制作しているが、それだけでもかなりの作業負荷に達したため、洋館の屋根部分が破壊される表現についてはMayaチームが担当。「地形や、天井の破壊など大きいパーツはMaya、煙や竜巻などボリューム周りはHoudiniと役割分担をしました。木の破壊はささくれができないと木材の破壊感が出ないので、細かいコントロール(飛ばしたい方向、タイミング、さらにハイスピードも絡んでいるのでその調整)がしたいという三池監督の強い要望に応えるべく、従来はフルCG案件で運用していたインハウスツールを実写VFX用途にも対応できるよう、R&Dチームに機能拡張(プレビュー表示、木の割れ方の表現)してもらったものを活用しています」(太田垣氏)。

    また、竜巻やダウンバーストの表現には、牛やクルマのような大きなものからチリまで大小様々なものがあり、俗に言うデブリの存在も欠かせない。「デブリの調整は、最後まで行なっていました。ショット単体では気にならなかったものでも、シークエンスとしてつながりでチェックすると不自然に感じることが多々あったので、コンポジット工程で何度もチェックと調整をくり返しました。コンポジット作業では、今回初めてMantraからライトごとのパスを利用したのですが、明るさからの調整がやりやすかったので今後も活用していこうと思っています」(中野悟郎リードコンポジター)。


    クライマックスの舞台となる洋館のスタジオセットのリファンレンス写真。1ページ目に掲載した絵コンテのとおり、ダウンバーストによって吹き飛ばされたクルマが落下・衝突してくるため、天井部分にはブルーバックが配置されている


    洋館に衝突するクルマの3DCGモデル(メッシュ表示とレンダリングイメージ)。モデリングはスペック五次元が担当し、質感調整はOLMデジタル内で行なっている


    Houdiniで作成したダウンバースト表現用のボリュームエフェクト



    • 上空から落ちてくるメインのダウンバースト素材



    • 空に渦巻く雲素材



    • 地面から這い寄るダウンバースト素材。全15種類が作成された



    • 一連のコンポジット処理を施した完成形


    HoudiniでFX素材をレンダリングする際にはMayaで作成したライティング環境を再現する必要がある。そこでR&D部門が再構築を効率化するためのツールを開発した


    インハウスツール上で対象となるMayaのシーンファイルを選択すると、Mayaシーン内の情報がリスト化され、ライティング時に使用している遮蔽オブジェクトやマスクアウト用のオブジェクトなど、Houdini上で必要なオブジェクトが自動選択される。Exportを実行するとAlembic形式で出力され、それらを本ツールで読み込めば、Mayaの環境を簡単に再現できる(ライティングデータも同様)


    Mayaのライティング環境を再現した例。破片やクルマのオブジェクトはマスクアウトしつつ、オブジェクトの落ち影などは反映させた状態で煙のみをMantraでレンダリング



    天井の破壊エフェクトはOLMデジタルのR&D部門が開発したインハウスツール「OLM Shatter and FractureTool」が用いられた(図は、四角柱にツールを適用して分割結果をプレビューした状態)。「このツールは、Mayaのメッシュを効率良く分割するためのツール群で構成されています。今回利用した『Apply VoronoiFracture』は、ボロノイ図形を用いたメッシュ分割のプレビューを行うことができるツールで、いくつかの分割パターンがプリセットとして用意されていて、ある程度の自由度で分割を調整することが可能です」(小俣氏)。プレビューで分割結果を調整、メッシュの生成は最後に一度だけ行えば済むため効率良く分割が行えるという


    ブレイクダウン



    • 背景の実写プレート。このショットでは、3方向からFIXで撮影したプレートを繋げてカメラパンさせている



    • 屋根部分のCGを合成



    • 吹き飛んできたクルマ素材を合成



    • インハウスツールで作成した屋根の破片を合成



    • 煙のCG素材を合成



    • Mayaパーティクルで作成した細かな破片を合成


    実写の煙素材を追加した上で、カラコレ等のコンポジット処理を施した完成形



    • 月刊CGWORLD + digital video vol.244(2018年12月号)
      第1特集:映画『HUGっと!プリキュア♡ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ』
      第2特集:エンバイロンメント 2.0
      定価:1,361(税込)
      判型:A4ワイド
      総ページ数:144
      発売日:2018年11月10日