日中合作によって、既成概念をくつがえす圧倒的なスケールのエンターテイメントを描く。そこに求められたVFXワークの舞台裏にせまる。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 236(2018年4月号)からの転載となります
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
映画『空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎』
好評上映中
ku-kai-movie.jp
原作:夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』(角川文庫/徳間文庫)/監督:チェン・カイコー/脚本:ワン・フイリン、チェン・カイコー/撮影:カオ・ユー/美術:トゥ・ナン、ルー・ウェイ/衣裳:チェン・トンシュン/VFXスーパーバイザー:石井教雄/VFX制作:オムニバス・ジャパンほか/サウンド・デザイナー:柴崎憲治/配給:東宝、KADOKAWA
©2017 New Classics Media,Kadokawa Corporation,Emperor Motion Pictures,Shanghai Film
日本のリアルな動物VFXを次世代へと導く意欲作
企画の起ち上げから完成まで、約10年を費やしたという映画『空海 -KUKAI- 美しき王妃の謎』(以降、『空海』)。監督はカンヌ国際映画祭パルム・ドールやゴールデングローブ賞など多数の受賞歴を誇る、世界的な巨匠チェン・カイコー。日中合作映画であり、美術や撮影といった現場スタッフはほぼ中国人で固められたそうだが、VFXについては本誌でもお馴染みのオムニバス・ジャパン(以下、OJ)を中心とする約20社から成る日本勢が一手に引き受けている。
左から、加島優生氏、西田隆志氏、山崎 崇氏、中江昌彰氏、藤田翔也氏、牧野由典氏、佐藤信吾氏、遠山祐一郎氏、西田 裕氏、秋田雄介氏、仲里奈穂氏、青山寛和氏、高橋美穂子氏、長谷部直輝氏、黒木厚典氏。以上、オムニバス・ジャパン
www.omnibusjp.com
OJへ本企画の相談が舞い込んだのは5年ほど前(2013年頃)のことであった。「まずは当社のデモリールを交えて、監督たちへのプレゼンテーションを行いました。ところが、その後は音沙汰がなく、他社に決まったのかなと思っていたところ、2016年の春に正式なオファーをいただくことができました。目指すビジュアルについて、石井(教雄氏、本作シニアVFXスーパーバイザー)と監督の考えが一致したことが決め手になったようです」とは、物語の鍵をにぎる妖猫(ようびょう)VFX表現の特任チーム「CAT UNIT」(後述)のCGスーパーバイザーを務めた、青山寛和氏。
約1,300という総カット数のうち、VFXが介在したのは600強。そのうち妖猫VFXは約160。毛並みや筋肉の隆起など、実写と見まごう猫の繊細な演技が求められた妖猫のVFXには、HairやMuscleシミュレーションがしっかりと施されている。さらに、中盤の見せ場となる玄宗皇帝の宮城でくり広げられる「極楽の宴」シーンの幻術VFXでは、撮影セットや役者たちを大規模に3DCGで再現する必要もあった。そうした高難易度かつ大物量のVFXワークを進めるにあたり、CGスーパーバイザー3名体制で臨み、OJだけでも参加スタッフは100名以上に達した。
「監督には『日本人のクリエイティブ感覚を全面的に出してほしい』と言っていただけたので、こちらから積極的に提案していくスタイルでした。大きなやりがいと同時に様々な難題にも直面しましたが、石井が第12回『アジア・フィルム・アワード(ASIAN FILM AWARDS)』の視覚効果賞にノミネートされたりと、対外的な評価もいただけました」と、西田 裕VFXスーパーバイザーはふり返ってくれた。
01 プリプロダクション&撮影現場での対応
広大なオープンセットのあらゆる場所でリファレンスと実測データを収集
OJがリードVFXプロダクションを務めることが決まったのは2016年の春。「まずは本作VFXの要となる、妖猫のキャラクター表現もぜひ担当させてもらいたいと、4月末から約1ヶ月を費やしてプレゼン用の妖猫アニメーションを試作しました。クランクインまで日数が限られていたので、スタッフが飼っている猫を撮影してロトメーションをベースに仕上げました」(青山氏)。
チェン・カイコー監督が、人語を理解する妖猫だが、その所作については現実の猫に則したものを求めたことを受け、横歩き、飛び上がり、飛び降り、近づくという4種類を試作。そのクオリティが認められ、妖猫もOJが担当することが決まった。
2016年7月31日クランクイン、2017年1月5日クランクアップ。約5ヶ月もの長期にわたった撮影の大半は、デザインに2年、建設に4年という、完成まで実に6年を費やした唐代の都「長安」を再現したオープンセットで行われた(先述した、OJへの最初のオファーからの空白の期間はオープンセットの建設に費やされていたわけだ)。
中国湖北省・襄陽市の沼地に東京ドーム約8個分という広大なオープンセットは、文字通り実際の街並みを形成しており、本作のリアルな画づくりの礎となっている。そんなオープンセットの随所で屋内、屋外、昼夜など、多種多様なシーンが撮影されたが、OJチームはHDRI用の写真素材、カラーチャート、グレーボール、カメラデータ、背景セット(ロケ地)の計測といったデータを詳細に集めたという。「クルマでの移動が必須という広大なオープンセットでしたが、さらにスケール感を高める上ではVFXでセットエクステンションを施す必要もありました。マットペイントや3Dの街並みの素材用としてドローンによるロケ地の空撮を敢行。またセットの写真をフォトグラメトリーで3D化し、動画素材と共にトラッキングやレイアウトのアタリとしてもフル活用しています。妖猫シーンの撮影では、現地の美術スタッフさんにガイドの造形を作成していただいたのですが、質感のリファレンス用に持参した毛素材を使ってもらえたので、より確かなガイドになりました」(青山氏)。
当初にOJが作成した妖猫CGキャラクターアニメーション表現のプレゼンテーション映像。スタッフの飼い猫を収録した動画のロトメーションをベースに、歩く、飛び上がる、飛び降りる、(カメラ側に)近寄る、という4種類の動きが付けられた
後半の見せ場となる「花萼楼(かがくろう)」でくり広げられる極楽の宴シーンのストーリーボード。本作の世界観、そして中国側の美術スタッフが描いたこともあり、水墨画タッチの絵柄がユニークだ
真相にせまろうと、空海と白楽天が墓穴に訪れたところへ妖猫が現れ、2人に対し幻術を使って30年前の白龍と丹龍を見せるシーンのストーリーボードとプリビズの例。監督に最善の演出をしてもらうため、撮影に入る前にストーリーボードの画を実際の撮影現場の環境に落とし込むとどう見えるのかをプリビズで検証。最終的な撮影手法の参考としておおいに役立ったという
長安のオープンセットにおける撮影の様子。2016年7月31日から同年11月末までの約4ヶ月にわたって、東京ドーム約8個分という広大な敷地の様々な場所で撮影が行われた
2016年12月からクランクアップまでは、グリーンバックなどスタジオ内での撮影が行われた。「あるシーンのセットで高さをレーザーで計測したところ40m以上ありました。スタジオ撮影でも中国のスケールの大きさを実感しましたね。また、妖猫が登場するシーンの撮影では、中国の美術チームが作成してくれた造形(写真)を重宝しました。最終的なCGキャラクターとはプロポーションは合っていたものの頭の大きさが異なっ ていたりもしたのですが、ライティングや質感のリファレンスとして活躍しました」(青山氏)
[[SplitPage]]02 妖猫のキャラクターVFX
地道なリサーチと正攻法で着実にクオリティを高める
本作VFXの要となった、妖猫のキャラクター表現。猫のモデル制作では、AVATTAによる生身の猫のフォトグラメトリーが用いられた。その動きについては、中国の 原題が「妖猫でん(ようびょうでん)」と知り、当初は化けたり、妖術を駆使するキャラクターになることも想定したそうだが、監督が求めたのはあくまでも造形、質感、動きなど、全ての要素において「本当に生きているかのような、猫としての自然な描写」であった。そうした意向を受け、「3D Cat Anatomy Software」という猫の解剖学的な情報がまとめられた市販の3Dデータをリファレンスとして、骨、筋肉等の形状を正確にモデリングした。同様に、実際の猫に則したかたちでリギング。「バグが発生する可能性を最小限に抑えようと、サードパーティ製のプラグインはあえて用いずにMayaの標準機能だけでリギングしています」(山崎 崇リギングアーティスト)。後半シーンでは、ある人物の胸ぐらを掴むといった人間の感情が前面に出た演技もする妖猫だが、アニメーション作業では猫の骨格では不可能なポーズや姿勢にならない範囲で、説得力のある動きを追求。「その意味では、動き以上にポーズが重要になったと思います」(秋田雄介アニメーションリード)。
筋肉表現について。青山氏のチームとしては、Muscleシミュレーションを本格的に導入した初めてのプロジェクトになったそうだが、リギングと同じく着実にクオリティを高められるというねらいから標準のMayaマッスルを使用。「妖猫についてはマッスルの影響を強くしすぎるとかえって不自然に見えてしまったので控えめに調整しました」(山崎氏)。毛並みもしっかりと描かれている。「猫の毛の本数を調べたところ、全身に約100万本生えていることがわかりました。そこで、XGenを使い、実際に100万ほど生成しています」とは、テクニカルアーティストを務めた黒木厚典氏。「メッシュが重なると毛が飛び散ってしまう不具合が生じたりと、細かな調整が求められましたが、Delta Mushデフォーマを活用することで対応しました」(山崎氏)。このように、実在感のある妖猫を創り出す上ではリアルな猫の毛の表現が不可欠だったことから、レンダラにはArnoldを採用。「Hair表現に定評があったので試したところ、実際に良いクオリティを出すことができました。レンダラとシェーダの設計が効率的なおかげで、ノイズを抑えることができました。また、Maya 2017からXGen Interactiveが実装されたことにも助けられました」(黒木氏)。
妖猫の完成モデル。体格、毛の長さや本数といった実際の猫に関する豊富なデータ(黒木TAが中心となり収集)を基にリアルな造形に仕上げられた
妖猫のボディリグとセットアップ。実際の猫が行うことのできる動きを再現できるように組まれた。「特に猫は体が伸びるので、そうした伸びも表現できるようにセットアップしました」とは、リギング アーティストの山崎 崇氏
妖猫のフェイシャルリグとセットアップ。よく使用する表情はブレンドシェイプで用意しつつ、細かなリグも組み込むことで複雑な表情にも対応できるようになっている
インハウスツール「RigSelector」のUI。「コントローラを直接選択しなくても、このツールから選択していました」(秋田氏)
アニメーション作業のながれを図示したもの
-
レイアウト工程。この段階のムービーを使ってオフライン編集を行うため、編集点を決めるのに必要なアニメーションが施されている
-
アニメーション工程。キャラクターとしての感情が込められた動き、表情を高めていく
妖猫のセカンダリアニメーション&シミュレーション作業のながれを図示したもの
-
Muscleシミュレーションを施す。筋肉の動きを確認し、動きが速すぎて伸びてしまっている場合は該当パラメータを調整
-
メッシュをチェック。シミュレーションによるパカつきや不自然に相関している箇所がないかを確認し、問題があればメッシュのスカルプトを行う
-
Hairシミュレーションをチェック。毛の動きを確認し、不自然な相関が目立つ個所や毛のながれがおかしなところをブラシツールで調整(Delta Mushデフォーマを活用)
-
オクルージョンパスによる毛の最終確認。毛の飛び散りが発生している場合は、該当する毛をスカルプトで修正するかコンポジット作業でレタッチ
完成ショットのブレイクダウン例
-
Houdiniで作成した煙素材のレイヤ-
-
煙レイヤーに飛ぶ花びらや木の枝を合成
極楽の宴シーンにて、幻術によって出現する虎の完成モデル。妖猫と同様に詳細な資料とデータが集められた。「よこはま動物園ズーラシアさんが所蔵する虎の毛皮を撮影したりもしています」(黒木TA)
虎の筋肉シミュレーション
筋肉モデル。このモデルに対してMuscleシミュレーションを施す
次ページ:
03 撮影現場の3DCGセット化&エフェクトワーク
03 撮影現場の3DCGセット化&エフェクトワーク
最後まであきらめない、考え続けることの大切さ
玄宗皇帝が催す「極楽の宴」のシーンでは、様々な幻術が描かれる。その舞台となる「花萼楼(かがくろう)」の巨大な美術セットが建てられ、それに基づくグリーンバックステージが用意されたが、奇抜な幻術をダイナミックに描く上では、エフェクトだけでなく、背景と画面奥の観客たちは全て3DCGに置き換えられた。「フルCGならではのカメラワークなど、自由に遊べた部分が多く、最終的な仕上がりとしても良い結果が得られたと思います」と、本シーンを担当した佐藤信吾CGスーパーバイザー。花萼楼を3DCGで再現するにあたっては、実際の美術セットをレーザースキャンで計測するというリアリティキャプチャが用いられた。様々な幻術エフェクトを描く上では、セット全体だけでなく、ポイントとなるセット内の造形も個別にスキャニング。踊り子や宴の招待客たちのデジタルダブルも作成された。妖猫以外の3DCGは、V-Rayでレンダリングしたそうだが、本シーンはCG要素が特に多くなったため、重いショットでは1フレームのレンダリングに40~50分要したそうだ。「突然現れた水面に視点が沈み込む表現があるのですが、水面をフルCGで作成すると役者との整合性やレンダリングコストなど、どうしても難易度が高くなってしまうため、自分たちで4Kカメラで撮影した実写素材を活用しました。最終的に良い画になれば手段は問われなかったので、3DCGと実写などの2Dを臨機応変に使い分けることでクオリティを最大限高めることを心がけました」(佐藤氏)。
VFXの納品は2017年10月中旬。その後、オンライン編集とグレーディング、音響効果が施され2017年12月に完成となった。余談だが、エンドロールに、Digital Domain Chinaもクレジットされているが、同社が担当したのはオンライン編集やグレーディングとのこと。先述のとおり、VFX制作は全てOJを中心とする日本勢が担当している。「長安のオープンセットはその象徴ですが、中国のスケールの大きさを様々なかたちで実感しました。そして、決して妥協をしない監督の姿勢からは、クリエイティブにこだわることの大切さを改めて学ぶことができました。日本のCGはハリウッドに比べると低予算で、制作スケジュールもタイトだから、どうしても見劣りがすると言われがちですが、環境さえ整えることができれば日本でも負けないものがつくれるはずという自信をもてたことも大きいですね。今回の経験を活かしてリアルな動物表現にも積極的にチャレンジしていきたいです」(青山氏)。
長安オープンセットの敷地内に建てられた「花萼楼」美術セット
「極楽の宴」に登場する踊り子たちはグリーンバック撮影も行われたが、実際には演技が不可能なショットもあったため、デジタルダブルも作成
観客モブのデジタルダブルとレイアウト例。モブキャラは色ちがいなど約20種類のバリエーションが用意された
「極楽の宴」シーンのビジュアルデベロップメント例。本作では、高橋美穂子氏を中心としたOJのマットペイントチームが一連のアートとマット画を手がけている
ワインの池から魚が飛び出すという幻術の表現において、中国側から提供されたのが灯篭の魚の絵だったので、OJ側からCGキャラクターとしてのデザイン提案が行われた
【画像左上】をベースに作成した完成モデル
花萼楼の中央に配されたワインの池から少女が起き上がるカットより
-
水面や飛沫の形状はHoudiniで作成され、Maya上で背景セットと統合された
-
少女の実写プレート。起き上がりの演技はワイヤーで引き上げて撮影
カメラ位置によってライティングが大きく変化するトラベリングショットではArnoldのオブジェクトライトが活用され た
-
B地点のHDRIのみを使用したライティング
-
A地点とB地点のHDRIから生成したObjectLightを使用したライティング。「オブジェクトライトを用いることで、HDRIのみを使用した場合に起こる『1点からのライティング』ではなく、対象オブジェクトの位置が移動するのに応じてライティングが変わる、実写プレートにより忠実なライティングを再現することができました。ただし、レンダリング負荷がかなり重くなってしまうので、実際にはObjectLightとHDRIを併用したハイブリッドなライティングを採用しています」(青山氏)