ミニチュア写真家、田中達也氏の"見立ての世界"に精巧なCGアニメーションを施すことによってコマ撮りアニメーションを進化させた意欲作。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 227(2017年7月号)からの転載となります
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
NHK 連続テレビ小説『ひよっこ』タイトルバック
企画、クリエイティブ・ディレクター:佃 尚能(NHK)/ミニチュア・ディレクション:田中達也/監督:森江康太/CGディレクター:柴野剛宏/モーションキャプチャ:Crank/撮影:宇賀神光佑、中村匠吾(共にネオテック)/オンライン編集:坂巻亜樹夫(十十)/技術協力:高畠和哉(NHKメディアテクノロジー)、日高公平(NHK)/制作プロダクション:MORIE
www.nhk.or.jp/hiyokko
©NHK
3DCGアニメーションによってコマ撮りの新たな可能性を見出す
現在放送中のNHK連続テレビ小説『ひよっこ』のタイトルバックが好評だ。本作は、日用品とジオラマ用フィギュアを巧みに組み合わせた写真作品『MINIATURE CALENDAR』で知られる田中達也氏の世界観に、フォトリアルなCGアニメーションを施すことで、いわゆるコマ撮りとは似て非なるビジュアルを実現させている。映像ディレクションならびに一連の映像制作をリードしたのは、森江康太氏が率いるMORIE。コマ撮りと言えばキャラクターがカクカク動くのが大きな特徴だが、ミニチュア写真家・田中達也氏とMORIEという異色タッグによって、世界観は写真ベースのまさにコマ撮りでありながら、CGアニメーションを加えることで"カクカクと動かないコマ撮り"という新たなアニメーション表現が誕生した。「『ひよっこ』の作品舞台となる東京オリンピック前後(1960〜70年代)に花開いたレトロポップな世界観を、田中達也氏特有のミニチュア写真をベースに描くことを思いつきました。さらにそこへキャラクターや乗り物のCGアニメーションを組み合わせることで、映像(動き)としても躍動 感あふれるものを実現することを目指しました」と、本作の企画・クリエイティブ ディレクションを務めた佃 尚能氏はふり返る。当初は、モノクロで撮影された当時のアーカイブ映像のカラライズという案もあったそうだが、より効果的に当時の華やかでポップな空気感を描くために、なおかつ映像としてのインパクトを高めるために、ミニチュア写真とCGアニメーションの融合というアイデアに至ったそうだ。
右から、佃 尚能クリエイティブ・ディレクター(NHK)、田島誠人氏、柴野剛宏CGディレクター、的場一樹氏、〈写真なし〉森江康太監督(以上、MORIE)
morie-inc.com
「ご覧になった方にはコマ撮りだと思い込んでいる方も多くいらっしゃるのですが、それこそがねらい。CG・映像のプロフェッショナルが観たときに『非常に手間のかかった細かな処理が施されている』と気づいてもらえたら嬉しいです」(森江監督)。「MORIEでは、フォトリアルな恐竜VFXなど、どちらかというと硬派なものをつくることが多いのですが、今回は女性に『カワイイ!』と言ってもらえる作品に携わることができました。自分たちの表現幅を広げることができたと思います」とは、柴野剛宏CGディレクター。本編の展開に応じて、近日中にタイトルバックにも新たな表現が加えられるそうなので要注目だ。
右から、日高公平氏(NHK)、中村匠吾氏、宇賀神光佑(共に、ネオテック)、〈写真なし〉高畠和哉氏(NHKメディアテクノロジー)
01 企画&演出
『MINIATURE CALENDAR』と昭和レトロポップの融合MORIEにオファーがあったのは、2016年9月のこと。森江監督はこれまでにもNHKスペシャル『生命大躍進』などのビッグプロジェクトにて多くのキャラクターアニメーションを手がけていることからの抜擢だったと、佃CDはふり返る。これに加えて、デジタルアーティストとして、3DCGアニメーションと実写VFXの双方にて演出実績をもつ森江監督が監督を務めることで、限られたバジェットの下でコストパフォーマンスの最大化を目指そうというねらいもあったという。全体的なスケジュールとしては、昨年10月からプリプロがスタート。11月上旬にビデオコンテがほぼFIX、11月下旬にミニチュア撮影が実施された。その後、CG・VFX制作が本格的にスタートしたが、最大限クオリティを高めるべく細かなブラッシュアップをくり返したため、最終的な完パケは今年の3月上旬だったそうだ。
『ひよっこ』の舞台は、東京オリンピック開催前後の1960〜1970年代である。前述のとおり、当時は日本の高度経済成長期であり、世の中は活況に満ちており、当時の服飾文化をはじめとするデザインはカラフルで華やかなものであった。「そうしたレトロポップなテイストをモノクロの記録映像(アーカイブ)ではなく、当時のルックそのままに再現する手法として、田中達也さんの『MINIATURE CALENDER』の世界観を、現存する当時のアンティーク小物等のレトログッズを用いて表現することを思いついたわけです」(佃CD)。まずは、田中氏と一緒に下北沢などのアンティークショップで、当時のレトログッズを下見することからスタート。最終的に『ひよっこ』本編の美術スタッフにも協力を得ることで、年配の視聴者から「あの小物、当時家にもありました!」といった反響を得るほど、充実したアイテムを揃えることができたそうだ。ビジュアルデベロップメントについては、まず佃CDが作成した企画コンテを叩き台として、田中達也氏が上述したレトロアイテムを見ながら絵コンテ(イメージボード)を作成。さらにその上でMORIEによるビデオコンテが作成され た。ビデオコンテを作成する際は、シーンによっては3DCGベースで、より具体的にアニメーションやライティングが詰められていった。
夕景のラストシーンは森江監督のアイデアから誕生したものだとか。「シメとなるシーンを描くことで、タイトルバックとしてもしっかりと完結させたいと思ったのです。ですが、本作の主役はあくまでも田中達也さんの世界観。自分のアーティストとしての個性を押し出すのではなく、佃CDのベースアイデアや田中さんの作家性をしっかりと反映することに徹することを心がけました」。現在、メイキング動画を準備中とのことなのでそちらの公開も楽しみである。
佃CDが作成した企画コンテの例。明快なコピーと共に作品コンセプトが具体的に図示されている
田中氏が描いた演出コンテ。まずはモノクロで描き、方向性が確立された後に着彩することでコンセプトアートとしても活用された
演出コンテに相対する各カットの最終形。当初のイメージが忠実に再現されていることがわかる
※掲載画像・右下のラジオ工場に見立てたシーンは、2017年7月3日(月)放送回から別シーンへ更新されます
02 ミニチュア撮影&アセット制作
大物量への対応と同時にディテールへのこだわりも忘れないミニチュア撮影は、『ニャッキ!』や『プチプチ・アニメ』などで知られる通称700スタこと、NHK内の特殊撮影室「CN-700」が担当。また、NHK制作技術センターのCG/VFXチームが、ミニチュアセットのフォトグラメトリーならびに実写プレートのトラッキング等を協力している。一連の撮影は、田中氏が用意された多種多様なレトロアイテムを手に取り、実際に配置をしてみながらレイアウトやカメラワークを決めていくという、即興性あふれるスタイルで進められた。撮影手法については動画で撮るのか、コマ撮りするのか悩んだそうだが、700スタが常用しているNHKが2010年頃に独自開発したというモーションコントロール特機を用いたコマ撮りが採用された。「この特機では、ティルト(垂直)、パン(水平)、ドリーに対応しているので、被写界深度表現ありとパンフォーカスとで同ポジで撮影することができました。今回は、背景プレートは被写界深度込みで撮影したのですが、CG合成用にパンフォーカスで同一のカメラワークでも撮影する必要があったのです。マッチムーブ(カメラトラッキング)作業を担当したのですが、モーションコントロールの精度が高かったのでスムーズに作業を終えることができました」とは、NHK CG/VFXチームの高畠和哉氏。各カットの撮影がOKになると、続けてフォトグラメトリー用の素材撮りが行われた。「フォトグラメトリーの目的は、アセットではなく、アニメーション作業時の舞台(地形)ならびにCGキャラクターの落ち影、照り返しなど、合成精度を高めるための素材として活用することでした。全13シーン(カット)のうち、畳のシーンとガラス瓶をネオン街に見立てた夜景シーンを除く11シーンでフォトグラメトリーを行いました」とは、NHK CG/VFXチームの日高公平氏。
最も多いシーンでは100体以上が登場することもあり、キャラクターと乗り物等のプロップ全体で150以上のモデルが制作された。「一部の乗り物モデルについてはNHKさんからご提供いただいたものが活用できました。リグはHumanIKを使用しています。キャラクターの体型は、男性、女性、子どものそれぞれで素体を統一。スキンも共通化させるなど、できるだけ効率良く作業することを心がけました」と、アセット制作をリード した田島誠人氏はふり返る。Cloth表現については、モブキャラのスカートやコートにはnClothを使用する一方、ヒロインにはMarvelous Designerを用いてリッチな表現を追求。さらにHair表現についても板ポリにIKスプラインを通して、そのカーブをHairシミュレーションで動かす(FKでも操作出来るように設定してある)といった丁寧な処理が施されている。「実は路線バスなど自動車のウィンカーには当時採用されていた矢羽根式のギミックも仕込んでいるんですよ。気づいた人はほとんどいないかもしれませんけど(笑)」(田島氏)。
NHK放送センター内のスタジオで行われたミニチュア撮影の様子
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NHKが独自に開発したコマ撮り用のモーションコントロール特機。ティルト、パン、ドリー移動に対応
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コマ撮りした写真データをDragonframeで編集してアニメーション化させる。「コマ撮りアニメーション作家さんは個人で活動されている方が多いこともあり、レイアウトや動きを撮りながら考えることが多いのですが、CGアニメーション工程のプリビズを活用することでより効率的に制作が行えるのではないかと思いました」とは、700スタの宇賀神光佑氏
NHK CG部が担当したフォトグラメトリー作業の例。ミニチュアセットを様々な角度から写真撮影したデータを基に3Dモデル化。マッチムーブシーンのアタリ(CGモデルを置くための参考)として活用された。「今回の撮影では、フォトグラメトリーをはじめ様々なCG・VFX技法を目の当たりにすることができて勉強になりました。完成したタイトルバックもすごく気に入っているのですが、今後も機会があればぜひCG・VFXの方々とコラボレーションさせてもらいたいですね」(700スタの中村匠吾氏)
タイトルバック中で印象的な「上京する女の子」キャラクターモデル。「カット(シーン)ごとに細かく服装を切り替えられるようにセットアップしています」(田島氏)
女の子のカラーテクスチャ。「ミニチュアフィギュア的なタッチが出るように塗料で塗った際の微妙な塗りムラを意識しました」(田島氏)。そのほかにもディスプレスメントやノーマルマップを用意。大半のテクスチャが複数キャラ間で共有されているが、汎用性を高めるのと同時に、後からのパーツ追加にも対応するために余裕をもってUVを配置したという
女の子のHair設定。髪の毛オブジェクトにIKスプラインによるHairシミュレーションを適用できるようにセットアップ
上京する女の子は様々な演技をするため手付けアニメーションが用いられているが、ClothについてはMarvelous Designerによるシミュレーションが施された
レイアウト用モブキャラの素体モデル。左から、男、女、子ども
男性モブキャラのバリエーション例。男、女、子どもの各々で頭身が統一されているので、レイアウト作業時の素体モデルから手早く差し替えることが可能となっていた
序盤に登場する、女の子が乗り込む路線バスの完成モデル。NHKから提供されたアセットをベースに、ドラマ本編に登場するカラーリングへとカスタマイズされた
路線バスのセットアップ。移動距離とタイヤの回転が合うように仕込まれている。「ライトやウィンカー、カラーリングなどを上部のコントローラで切り替えることができます」(田島氏)。当時の自動車に採用されていた矢羽根式ウィンカーもしっかりと再現
[[SplitPage]]03 アニメーション&ショットワーク
各モブキャラの細かな動きまで丁寧なブラッシュアップを徹底アニメーション作業は、レイアウトを含めて的場一樹氏が大半を担当。「群衆アニメーションが主体ということもあり、モーションキャプチャ(以下、MOCAP)と手付けの割合はおおよそ9:1。ヒロインと乗り物のアニメーションについては手付け(キーフレーム)で作成していますが、そのほかはキャプチャベースです」(的場氏)。キャプチャ収録はCrankで行われたが、アクターも的場氏自身が務めたという(女性キャラを除く)。「MOCAPデータのブラッシュアップでは、やはり接地の部分の調整にけっこう時間がかかりましたね。また、制作が進む過程でどんどんモブキャラが増えていったので、途中本当に終わるのかな? と少し不安になるときもありました(苦笑)」と的場氏。乗り物の排気ガスのボリュームエフェクトはFumeFXで作成。車体の振動もしっかりと動きが付けられた。1ショットで最大100キャラ(上野駅のシーン)ほどのカットもありPlayblastを書き出すだけでもひと苦労だったという。そういった経緯もあり、本作の画づくりは、コンポジットではなくライティング工程で極力詰めることに注力。CG素材は基本的に一発レンダリング(V-Rayを採用)。コンポジット作業をできるだけシンプルにするのがねらい(=予算内で費用対効果を最大限高めるために)であった。したがい、本作のコンポジット作業はオーソドックスなものにとどまったようだ。なお、CG・VFX作業に用いられたレンダーサーバは6台。最初は1フレーム1時間くらいかかっていたそうだが、高畠氏のアドバイスを参考に素材ごとに細かく設定を見直すことで最終的には15分くらいまで抑えられたとのこと。GIのノイズが出るのでそこの設定でなかなか苦戦したようだ。「MORIE近くのミニチュアショップを訪問して、店員さんに塗料の成分などを聞きリファレンスとしてミニチュアカーを購入。塗料の反射屈折率など、できる限り詰めました。ディスプレイスメント、汚しなども入れて、最終的にはミニチュアガイドとの見た目合わせにはなりましたが、実物に限りなく寄せられたのではないかと思います」と、柴野CGディレクターはふり返る。コンポジット作業後は、十十によるオンライン編集。その際はグレーディング処理も施されたそうだが、とても効果的だったと森江監督。マッチムーブはNHK CG/VFXチームが担当。基本的にはPFTrackを使用。数カットboujou、NUKEも使用して臨機応変に対応したとのこと(基本的には静止画なのでブラーがかかることもなく、取りやすい素材だったという)。
完パケは3月9日。今回モブキャラの数が大量だったので、めり込みのチェック、モーション、アセットの使い回し感を払拭するといったブラッシュアップ作業が時間の許すかぎりくり返された。深夜までの撮影や自発的なリテイクなど、作業負荷は相当なものだったことが窺えるが、制作中は険悪な空気に陥ることはいっさいなかったとか。森江監督の強いこだわり、そして参加スタッフが「良いものをつくろう!」という共通の目標に向かってモチベーションを高く保ち続けた結果、女性層を中心に幅広い視聴者に愛されるタイトルバックが誕生した。
PFTrackによるカメラトラッキング(マッチムーブ)作業の例。トラッキング作業にはNUKEやboujouも併用したという
上京する女の子の手付けアニメーション作業例。女の子をはじめ、MOCAPでは表現しきれない繊細な動きは、手付けで動きが付けられた。MOCAPベースの群衆に比べて不自然でなく、かつミニチュアの世界観を崩さないようなバランスを心がけたという
靴ブラシを稲田に見立てたシーンの撮影時に収集したリファレンスの例
実写撮影用の照明機材の配置を記録した資料
当該ショットのライティング設定。HDRIと実写用の照明のある位置に配置したVRayLightの2灯を使用、レンダリング設定はGIが用いられた。「フリッカーを防ぐためにDMC samplerおよびIrradianceMapの値を高めの設定にしています」(柴野氏)
ブレイクダウン
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Maya上のプレビュー
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背景プレート