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    本誌217号とCGW.jpで紹介したKPPの『最&高』MV。スタッフ再結集で制作された本作は質量共に、さらにその上をいくVFXワークが求められた。

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 225(2017年5月号)からの転載となります

    TEXT_福井隆弘
    EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

    きゃりーぱみゅぱみゅ 13th シングル
    『Crazy Crazy(feat. Charli XCX & Kyary Pamyu Pamyu)/ 原宿いやほい』スプリット盤

    Produced by Yasutaka Nakata(CAPSULE) WPCL-12509/価格:1,296円
    kyary.asobisystem.com
    ©ASOBISYSTEMS CO.,LTD
    〈MUSIC VIDEO〉
    監督:田中秀幸(フレイムグラフィックス)/撮影監督:田島一成(MILD)/照明監督:HIGASIX/美術監督:柳町建夫、酒井俊英(TATEO)/オフライン編集:小林真理(メガネフィルム)/メイン・コンポジター:神田剛志(十十)/メインCGディレクター:尹 剛志(十十)/VFXプロデューサー:土屋真治、塚本時彦(十十)/制作:TOKYO、太陽企画/モーションキャプチャ:デジタル・フロンティア/CG制作:十十、神央薬品、GEMBA、トランジスタ・スタジオ、回

    アーティスト以外は全て3DCGで構成された大作

    本作はフォトリアルなCGキャラクターの群衆表現と実写合成で話題を集めた前作『最&高』に続き、田中秀幸監督と神田剛志VFXスーパーバイザーを中心とした十十がタッグを組んだ力作である。国内のMVの中でも、際立って色使いが綺麗で繊細。その中にもアーティストの雰囲気をしっかりと表現し、とても興味深い作品に仕上がっている。「田中秀幸監督から最初に相談があったとき、前作でもやりきった感があったので、今回はライトにしようとスタートしたのですが、徐々に作業が重くなり、気がつくと前作を超える難易度に達しました(苦笑)」と、神田氏はふり返る。


    前列・左から、前 光則氏、徳永まり奈氏、柳生大志氏、尹 剛志氏、神田剛志氏、戸梶雅章氏、坂本和之氏、土屋真治氏/後列・左から、真田加奈氏、恵美孝彦氏、床井 悟氏、西沢竜太氏、橋本祥文氏。以上、十十
    jitto.jp

    『原宿いやほい』では、きゃりーぱみゅぱみゅ(以下、KPP)以外は全て3DCGベースのため、前作以上にレンダリング負荷の高いハードワークとなった。加えて、背景環境も3DCGということで、実写(2D素材)のアーティストと3DCGキャラクターをパターンちがいも含めかなりの数を作成し、レイアウト。また、KPPの衣装にシルバーの材質が入っていたため、グリーンバックを敬遠し、黒空間での撮影となった。そこへさらに「ツ ヤツヤにしたいね!」という田中監督のひと言で床面への映り込み処理も必要に。こうして、KPPの膨大なロトスコープ作業が求められることになった。「全てのフレームをFlameでマスク切りしました。暗部は黒で潰れていたりするので、本当に大変でしたね」(神田氏)。撮影は12月中旬。尹 剛志メインCGディレクターがHoudiniでレイアウトをつくるのと並行して、西沢竜太氏が先行してアセット制作に着手。毎晩、田中監督からキャラクターのデザインがLINEで送られてくるという、千本ノック状態だったとか。実作業は撮影素材が届く12月最終週から、1月の第1週までの2週間ほど。年明け早々に本作をYouTubeで公開する必要がああったため、全部通しても1ヶ月ないくらいのタイトなスケジュールだった。3DCG制作の外部パートナーは、神央薬品、GEMBA、トランジスタ・スタジオ、回が参加。モーションキャプチャはデジタル・フロンティアが担当。「前回もそうですが、一般の方から以上に同業の方々から『すごく良かったよ、どうやってつくったの?』などと、好評をいただけるのがなによりも嬉しかったですね」と、神田氏。

    01 プリプロ&アセット制作

    実写とCGのレイアウトをHoudiniによるプリビズで一元化

    今回、撮影前に作成したプリビズに関しては尹氏がHoudiniを使用して作成。カメラのアニメーション付けもHoudiniを使用している。十十としてもここまでHoudiniを前面に押し出して作品をつくるのは初めてのことで、プリビズから使用したことも珍しいケースだったという(今後は増えていくかもしれない)。そうした未知数の要素がありながらも確かな成果につながった背景には、経験豊富なテクニカル・ディレクター(TD)、床井 悟氏の存在も大きかったのであろう。作業中は田中監督に十十に来てもらい、全体のながれとキャラクターのざっくりとしたスピード感をカメラワークを含めて確認。KPPの周りを歩いているキャラクターのスピード感などはある程度ここで決め、その上で撮影に臨むこととなる。マスゲーム的に各キャラクターの位置関係が複雑に変化する「行進パート」については、このように事前にしっかりとプリビズを作成している。レンズのミリ数、それぞれのタイミング、レイアウトなどを検証しておくことで撮影がスムーズに進み、ミスが出ないように配慮された。本作は楽曲の構成と演出プランに応じて、4つのシーンに大別できる(後述する「ダンスパート」と「行進パート」で各2シーン)。そのうち、行進パートである2シーンはプリビズが作成された。アセット制作は西沢氏がリード。田中監督からLINEで送られてくるスケッチや参考画像を基にモデリングを行うのだが、非常にタイトなスケジュールの中でクオリティを出すべく、市販モデルに改良を施すことで、田中監督のイメージに近いものを作成していった。撮影後もキャラクターデザインは続けられ、全体のバランスや質感、色味については最後まで細かい調整が行われた。キャラクターちがいや色ちがいなど、相当な数を作成したという。木の着ぐるみ的なキャラクターのみZBrushを使用したそうだが、残りのキャラについてはMayaで作成しているとのこと。中盤の「行進パート」に登場する、帽子、ハイヒール、クマのぬいぐるみが鈴生りのキャラクターなどのサイズ変更(リアルスケールから2、3倍拡大)など、リアルサイズが案外気持ち悪かったり、やってみないとわからないところがあり、それらの修正がかなり大変だったそうだ。

    3DCGキャラクターのルックは、最初は3DCGで見映えのする金属などリアルな表現だったのだが、様々な試行錯誤を経てマテリアルは「スーパーフラット」(ランバート+カラー)にして、パステルカラーへと決定した。KPP作品は毎回キャラクターがシンプルで色遣いがしっかりしていることもあり、「ハイヒールはこの色じゃない?」など、パーツごとに、細部までこだわっているという。

    KPPのそばで軽快にコサックダンスを踊るのが印象的な木のキャラクター



    • 監督から渡されたデザインラフを基にZBrushでスカルプト。手足を曲げた際に付け根部分に着ぐるみのようなニュアンスが出るように造形された



    • 途中段階では目アリのデザインも検討された



    • 完成モデル



    • Maya用にコンバートし、モーションキャプチャ用のボーンを入れていく

    行進パートに登場するキャップが鈴生り状態のキャラクター



    • 途中段階



    • カラーバリエーションを検証した際の画像。全キャラに関して同様の検証が行われた


    最終形。帽子のスケールをリアルスケールよりも拡大する一方で、数を少なくした

    Houdiniによるプリビズ


    実写撮影に先立ち、カメラワークとKPPの配置を検証。「KPPさんを、どの位置まで同じカメラワークで撮影するのか、どこまでを実写素材として撮影するかを決めていきました」(床井氏)。作成したプリビズのカメラ情報を、モーションコントロールカメラを制御するKuper(後述)に読み込んで撮影が行われた



    • 現場Avid向けに用意されたリファレンス素材。カメラのビデオアウトとプリビズのアニメーションの動きや位置が合っているかの確認に用いられた



    • 【画像左】と同じく現場Avid用のリファレンス(カメラと被写体の動きや位置関係を確認するためのもの)

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    02 ダンスパート

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    02 ダンスパート

    長尺かつ大量のレンダリングにZyncを活用

    今回、モーションコントロールカメラを使用するにあたって、Houdiからカメラ情報を書き出し、モーションコントロール用ソフトウェア「Kuper」(カメラのポジション、角度の数値の列を出せる)で読み込み撮影をしているという。3Dソフトウェア上でのカメラを実際のカメラと同期させているわけだ。実写撮影時の照明は正面からのキーライトのみ。一応人物に当てている環境のHDRIは撮ったが、今回は人に当たるライティングの参考程度にしか使用していないようだ。厳密に言うと、3DCG環境と実写素材のライティングは正確には合っていないらしいが、違和感なく馴染んでいる(正に匠の技だ)。NUKEによるコンポジットで、地面への反射や被写界深度の処理などを工夫することで上手く馴染ませている。地面の反射に関しては、MantraV-Ray両方で出す必要があり、このダンスパートは特に前後のレイヤーが複雑ですごく大変だったそうだ。

    十十としては、こういう企画の際はプロジェクトがスタートするときに「何かしら新しいチャレンジ」をしようとしているという。そこで今回、ちょうどMaya 2017がリリースされたタイミングだったということもあり、レンダラはArnoldを使用しようと試みていたという。しかし、最終的にはレンダリング処理に要する時間の問題で納品に間に合わないという結論に達し、Zync(MayaのV-RayとMantra)を使用。勝ち目を探ってぎりぎりまで試行錯誤したが、今回はレンダリングコストの点で見送ることになった。Zyncを使うにあたっては回線もNUROに変更している。「社内で回ることは回るのですが、1フレームに1時間半ほどかかるフレームもあったり、20レイヤーで構成されたCGアニメーションを1,000フレーム投げることもありました」と戸梶雅章氏が語るように、非常にレンダリングコストのかかる表現がなされている。「今回、Zyncがあって本当に助かった。ただ、上手く使う必要がありますね。当然、使えば使うだけお金がかかるので気兼ねなくバンバンは使えないのでね(苦笑)」と神田氏。「今後、Redshiftが普及しそうなこともあり、クラウドベースのレンダラがさらに主流になっていくのかなと。最近技術の進歩がすごいですし」とは、尹氏。そのほか、「メガネフィルムさんにモーションキャプチャのデータの整理をしてもらえたのは非常に助かりました」と、話す神田氏。音とダンスが合っているかどうかのよりどころになり、とても助けられたという。


    2016年12月中旬に黒澤フィルムスタジオで行われた実写撮影の様子(次のページで解説する「行進シーン」(1回目)を撮影中)



    次のページで解説する行進シーン(2回目)の奥用のKPP実写素材。回転台とルームランナーを用いて撮影された。「EOS C300、5D、そして7Dなどを使い、別角度から同時に撮影しています。これらの実写素材をカメラと人物位置の角度をHoudini上で計算して切り替えて配置しています」(床井氏)

    ダンスパート向けのMayaによるショットワークの例



    • 曲の最後にシャンパンタワーのキャラクターが倒れる表現のグラスの物理シミュレーションと、nClothによるテーブルクロスのシミュレーション作業



    • ダンスの動きに合わせてテーブルクロスの動きをnClothでシミュレーションしている



    • 同じく曲の最後に、Tシャツの塊キャラクターが爆発する表現のシミュレーション作業



    • 【画像左】のプレビューをワイヤーフレームをONにしたもの

    ダンスパート向けのMayaによるショットワークの例


    帽子や靴が身体に群生する表現はconstraintを用いてHoudiniで構築。部分ごとにspringの強度などを調整でき、レスポンスも速く、ベースとなる数値がひとつ握れれば、後はパーツの差し替えで基本的な動きをつくることができたという


    群生する帽子や靴などは色のちがいなどを出すために、Houdiniでprimitiveごとにvertex colorに異なる値を入れて、Mayaでマテリアルを個別に変えられるようにセットアップされた


    レイアウト作業の例。カメラから見たときに魅せたいキャラクターが通るように、キャラクターごとにIDをふり分け、copy元のID番号を変更することで整列するキャラクターを変えられるようにしてある

    NUKEによるコンポジット作業の例(最後のサビパート)

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    03 行進パート

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    03 行進パート

    ツボを押さえたHoudiniとMayaの連携

    行進パートの撮影時は、基本的にはEOS 7D、5Dを使用。そのほかに余っているカメラをずらっと並べ、様々な角度で撮っておいて、3DCG上で良いものをチョイスして配置した。ルームランナーで撮ったものもあり、最終的にCG上でスピードをずらしたりしながら素材を並べていったという。CGキャラクターの歩行に合わせて"鈴生りキャラ"の帽子やぬいぐるみが揺れる表現はHoudiniで作成。歩きながら揺れているものは全て一度Houdiniで計算し、AlembicでMayaにエクスポート。そして、VRayProxyでインポートし、質感を付けた後、MayaのV-Rayでレンダリングしている。同様に、鈴生りキャラの特定部位のパーツの色がランダムに変化する表現もHoudiniで設定。Houdiniでプリミティブごとにvertex colorに異なる値を入れて、Mayaでマテリアルを個別に変えられるようにした。

    今回はHoudiniを活用していて良かったと思うことが非常に多かったという。「信号の色を変えるところとか、CHOPの中でキーをレコードかけられるので、音楽をながしてそのビートに対してキーを押して、即興でアレンジしています。記録後の波形の修正もCHOP内で可能です。調整したデータをSOP内のSwitch SOPなどにアウトプットし、信号の切り替えのアニメーションに使用しました。どれも非常に感覚的にできて、HoudiniならMVもつくりやすいかもしれません」と尹氏。そのほか、大量のオブジェクトの管理も容易なので、レイアウトもしやすかったという。さらに、ポイントの管理でキャラクターの入れ替えも簡単だったとのこと。「田中監督は3DCGの使い方がとても上手い方だと思います。最後まで修正を重ねるのが常ですが、目指す表現が決してぶれない。3DCGの効果的な使い方をよくご存じです。最近ではこういう監督さんが増えてきている気もしますね」(尹氏)。

    最後に今後の抱負について聞くと「今回は時間がなく使用できませんでしたがHoudiniENGINEが使えたら、キャラクター自体の"ワサワサ(帽子やクマのぬいぐるみ等の鈴生りになったアイテム)"をアセットにして、ワサワサのモデルだけ差し替えるInputを用意して、後でシミュレーションをかけられるかなと。ワサワサの繋ぎ目の強さ、柔らかさ、重力の値だけHoudiniEngineに数値を渡せれば、後は他のスタッフと共有してさらに効率化できたと思います」と床井氏。次回は取り入れたいとのことで、次なるプロジェクトも楽しみだ。



    • スタッフの間で「ポイントマン」と呼ばれていた、身体中に電飾のような発光オブジェクトが配されたキャラクターの発光色を制御するためのHoudiniネットワーク。COP内で作成したグラデーションをAttribute from Map SOPにop:pathを使用して読み込み、列の内側から任意のタイミングで色を変化させるVEXを作成している。「難しく聞こえるかもしれませんが、個々のしくみは非常にシンプルです。組み合わせによって複雑なしくみを構築しやすいのもHoudiniの長所ですね」(尹氏)



    • 本作は長尺カットが多いため、Houdini内でCameraをSwitchで切り替えて同シーンを一連でレンダリングできるようにセットアップされた(HoudiniはCameraごとにレンダリングサイズやアパーチャーなどの設定が行えるため、この手法が可能)。タイトなスケジュールの場合、こういった部分を工夫できることがビューティのクオリティアップの時間確保のためにも不可欠だ



    • Houdiniでのレンダリング作業UI。今回はクラウドレンダリングサービス「Zync」を使い、Mantraでのレンダリングを行なったという。Zyncノード内でマシンスペックや台数を選択し、submitするのみというシンプルな設定



    • レンダリングされたCGの生データ。このシーンの場合、1レイヤー1,400枚のレンダリングに社内のレンダーサーバだと6時間以上かかっていたそうだが、Zyncを使うことで1時間で回すことができたという

    Mayaによるショットワークの例。後半の行進パートではキャラクターたちが、同じキャラでも配色の異なるキャラを多数レイアウトする必要があった


    LayoutLighting 作業UI。Houdiniから受け継いだ位置情報からスクリプトで半自動的にキャラクターをレイアウト。オペレーション速度を上げるため、全てのアセットはVRayProxy化してコントローラのみ表示させている。各キャラのリグには配色を変えるコントローラが組み込まれており、それをレンダリングしながら変更し画面全体の配色バランスを整えた。ライティングに関しては、PhysicalCameraを使用してHDRIのみでスタジオのライトを再現している。Zyncでレンダリングも考慮し、なるべく難しいことをせずにシンプルにシーンを構成した



    • キャラクターのリグ内部。1アセットに3色分のキャラクターを入れrootに色を変更するアトリビュートを作成し、その値を切り替えて使用していたという



    • Houdiniでオブジェクトごとにランダムな数値を割り当て、その値をvertex colorに焼き付けてMayaへAlembicを使って受け渡す。帽子ひとつひとつのvertex color情報からVraySwitchMtlを使用してランダムに質感をふり分けている



    • 信号機の点滅のアニメーション用Houdiniのネットワーク。@Cd.x,@Cd.yの色情報をvertex colorにattribute promoteしてからMayaへAlembic形式で書き出し、MayaのV-Rayでレンダリングされた



    • Kyebord CHOP、Record CHOPの組み合わせで信号を切り替えるタイミングを記録。裏打ちなどの音に対してのアレンジも即興で行え、記録後の波形の修正もCHOP内で可能。調整したデータをSOP内のSwitch SOPなどにアウトプットし、信号の切り替えのアニメーションに用いられた


    CGキャラクターのレンダーパス。左上から順に、rgba、depth、diffuse、rawLight、rawGI、rawReflection、reflectionFilter、rawRefraction、refractionFilter、specular、selfillum、multimatte、normals、rawShadow、velocityの15種類が書き出された

    NUKEの作業UI。ノードツリー上の下地が紫色のグループがCGレイヤー素材。キャラクターごとにまとめられている

    ブレイクダウン


    撮影プレート



    • CGキャラクター



    • 発光系のCG素材



    • CGキャラの床面映り込み素材



    • 一連のコンポジット処理を施した完成形



    • 月刊CGWORLD + digital video vol.225(2017年5月号)
      第1特集:最新レンダラ徹底比較
      第2特集:デジタル作画 最新動向

      定価:1,512円(税込)
      判型:A4ワイド
      総ページ数:144
      発売日:2017年3月10日
      ASIN:B01MSB5L7Y