写実性とアクションホラーというエンタメ性を両立させるにあたり、VFXスーパーバイザーがアートディレクターを兼務したという意欲的なプロジェクトの実像にせまる。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 219(2016年11月号)からの転載となります
TEXT_村上 浩(夢幻PICTURES)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
映画『彼岸島デラックス』予告編
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©2016「彼岸島」製作委員会 PG-12
"スタイリッシュ丸太アクション"を実現させたVFXワーク
映画『彼岸島デラックス』は、行方不明となった兄の篤(鈴木亮平)を捜すため彼岸島に乗り込んだ主人公の宮本 明(白石隼也)が「彼岸島」にはびこる吸血鬼たちと死闘をくり広げるというアクションホラーだ。シリーズ累計700万部を誇る松本光司のベストセラーを原作とする本作は、前日譚を描いた全4話から成るTVドラマ『彼岸島Love is over』とのニ部構成となっており、キャストや設定の一部は2013年に放送されたTVドラマ『彼岸島』を継承しながらも、よりアクション性を高めたビジュアルを追求すべく新たな座組みで制作されたという。派手なアクションシーンだけでなく本作の大きな売りとなる3DCGベースで作成された巨大な邪鬼(おに)たちとの戦いなどVFXの見どころも多くなっている。一連のVFXは谷口充大VFXスーパーバイザー自身のスタジオであるテトラがリード。テトラ自体は30名規模のため、約500ショット(一部はTVドラマ専用)ものVFXを実現させるにあたっては、映画『進撃の巨人』のVFXを手がけた白組のチームをはじめとした国内外から10数のVFXスタジオの協力を得つつ、ポストプロダクションにも約1年を費やすというビッグプロジェクトとなった。
〈前列〉右から、上野大樹PM、谷口充大VFXスーパーバイザー/アートディレクター、森出和真コンポジットSV、原田英聡VFXプロデューサー/〈中列〉右から、田中悠也テクニカルアシスタント、川戸麻紀アニメーションSV、平田真一モデリングSV、西本広大アニメーター、高橋雅之PM、寺田 翔アニメーター/〈後列〉右から、木村紗弥花モデラー、河村正昭アニメーター、北元翔太PM、服部将英アニメーター、矢島礼菜コンポジター、高橋祐規TD、楊 佳凡アニメーター、白石絵莉子氏(制作協力)。以上、テトラ
tetra-inc.com
右から福井隆弘CGディレクター、谷口博昭デジタルアーティスト。以上、ユーフォニック
www.euphonic.co.jp
VFX表現のコンセプトはずばり"スタイリッシュ丸太アクション"。原作がもつ一歩まちがえれば荒唐無稽な、されど独特のワイルドさと痛快さをもつ邪鬼たちの表現を実写映画として成り立たせるにあたり、谷口VFXスープはアートディレクターも兼務しキャラクター造形や衣装デザインなど一括して担当。撮影前から監督やスタッフ陣と綿密な打ち合わせを重ねたという。また実写班の多くはVFXを多用した制作に慣れていなかったことから、数多くのコンセプトアートやアニマティクスを用意し、百聞は一見にしかずのかたちでVFX制作への理解と協力を求めたそうだ。「アクションシーンに挑む役者さんにとっても戦うCGの邪鬼たちがビジュアルとしてイメージできないと気持ちの良いアクションは生まれません。一番大切なのは明確なイメージを全てのスタッフが共有することなんです」と谷口氏が 語るように、本作のVFXは撮影、照明、衣装、美術など各スタッフとの連携プレーによって生み出されたのである。
01 実写撮影班との綿密な連携
VFXスーパーバイザーがアートディレクターを兼務する本作の企画がスタートした2014年の初頭。製作委員会にも名を連ねるテトラでは、そこから約半年をかけてプリプロダクションが行われた。最初に着手したのが、コンセプトアートの制作でキャラクターが画面に並んだ際の見映えや配色も考慮しデザインが行われた。「"スタイリッシュ丸太アクション"という特撮ヒーローにも相通じる要素を感じさせるビジュアルを成立させるべく、キャストの衣装デザインは漫画原作のボロボロの綻びた出で立ちではなく華やかさや格好良さを取り入れた新しいデザインを考案しました。もちろん、原作者の松本光司先生が寛容な方で私たちの提案も快諾してくださったことも大きいですね」と語る谷口氏。また、テトラには2~3名で構成されたアートチームが存在し映画やCM、遊技機案件など様々なプロジェクトでコンセプトアートや絵コンテ、リアルタイム絵コンテなどを遊撃隊のように手がけており、アーティストの中にはZBrushによるデジタルスカルプトも行える人材もいるため、このチームの存在が谷口VFXスープがアートディレクターを兼務する上で強力な武器となった。コンセプトアートを参考にSFX班が作成した邪鬼のマケットや師匠の仮面などは実写撮影時にCG用のリファレンスとしてだけではなく照明の当て方などを検討するためにも用いられている。
2014年5月から8月中旬までの約3ヶ月という長期にわたり、庄内映画村(山形県鶴岡市)等で実写撮影が行われた。毎朝4時には起床し、5時から19時まで撮影という規則正しいペースを維持したという。実写班の中にはVFXに不慣れなスタッフもいるため、現場に「CGブース」と呼んでいた仮編集やテスト合成を行うための機材を持ち込み、撮影したその場で完成時のイメージをスタッフ間で共有したという。「撮影当初は邪鬼の大きさや位置、アクションなどなかなか理解してもらえずに苦労しましたが、機材を導入してからはCGと合成された画が瞬時に確認できるのでスムーズに撮影を行うことができました」と谷口氏はふり返る。さらにテトラでは「リアルタイム制作フロー」と呼ばれるワークフローの構築にも積極的に取り組んでおり、本プロジェクトでは初めてToon Boom Storyboard Proを導入。監督などとの打ち合わせの席で、その名の通り即座にビデオコンテを作成し、レイアウトや構成だけでなくアクションのタイミングや尺なども精査する体制を築いたという。
テトラのアート班が作成した絵コンテ(抜粋)。Storyboard Proを導入したことで、絵コンテとビデオコンテを同時並行で作成することが可能になったという
主要キャストの衣装デザイン案
吸血鬼化した村人のメイク案
撮影現場にセッティングされた「CGブース」。キャプチャボードやスイッチャー等のハードウェアはBlackmagic Designの製品をベースに、編集/合成ソフトはAdobe CCが利用された
小道具の美術設定の例
テトラが作成した美術設定を下に作成された撮影用小道具
VFX班が作成したCGキャラクターモデル等のアセットをベースに作成された制作途中のマケット
ロケハン時に計測したデータを基に作成された仮3DCG背景モデル。実写撮影時に邪鬼のアングルや位置を確認することを目的に作成されたものだが、アニマティクス作成時のアタリとしても活用された
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02 〈邪鬼〉太郎のVFX
クリエイティブワークに専念するための詳細な仕様書の作成先述の通りテトラは30名規模であるが、本作のような大型案件に対応できる体制づくりを以前から整えてきたという。その施策のひとつが外部パートナーへ配布する詳細な仕様書の作成だ。仕様をまとめるにあたっては、国内だけでなく中国やカナダといった海外プロダクションの協力を得られるよう、事前に仕様を固めることでトラブルの発生を軽減させる、そして制作の佳境に万が一先方がやりきれなかったデータを引き継ぐ際にもスムーズに対応できるよう配慮したという。こうした取り組みは、ひとえにクリエイティブワークに集中できる環境を構築するための一環だと谷口氏は語る。モデリングやアニメーションなど各セクションごとに仕様書を作成し、さらに指定した仕様通りにデータが作成されているかを確認するチェックツールなども独自開発しており、完成したデータはSHOTGUNで一元管理しているとのこと。「データのネーミングがルール付けされていないと、それを解析するのに多くの時間を費やすだけでなく、レンダリング用のモデルにアニメーションのデータが流し込めないといった致命的な問題が発生しかねません。そうしたリスクにも配慮して、社内のプログラマーには作業を効率化するためのプラグインやスクリプトを開発してもらったりもしているんです」(谷口氏)。テトラにはTDではなく専任のプログラマーが4名在籍している。彼らはCG・映像制作に精通しているわけではないそうだが、高度なプログラミングスキルを活かしてはAfter EffectsのカメラデータをNUKEへ移行するツールやDeadlineへのジョブを投げるツールなど多彩なツールを開発しているそうだ。なおコンポジット作業については外部パートナーごとに培ってきたワークフローや使い慣れたツールがあることから、NUKEとAEが併用された(ただし、プラグインについては一定の範囲を揃えたそうだ)。
本作に欠かせない個性豊かな邪鬼のモデル制作について。まず、それらのデザインワークを進めるにあたり、太郎は恐竜、百目はワニ、姫は爬虫類、痩身型は人間の延長線上といった具合に質感に変えることで差別化を図ったという。その方針の下、アートチームがイメージボードやZBrushによるコンセプトモデルを作成(ちなみに一部のコンセプトモデルは、撮影用のモックやプロップとして美術班にデータが支給された)。一連のデザインワークを終えたら、本番アセットの制作に着手。コンセプトモデルをMayaに読み込みリトポロジーを実施。リトポ作業についても効率化を図るため仕様を固めたというが、ディスプレイスメントマップを用いた際に同じルックになるよう再構築するのに多くの時間を費やしたほか、データ量の増加やめり込みなども考慮して設計する必要があったため何かと苦労したそうだ。
序盤の見せ場となる「太郎」のコンセプトアート(上)と設定資料(下)
インハウスツール「TT_ModelChecker」(画面中央のUI)の使用例。モデルの仕様統一と、確認時間の短縮に役立てられた。「二重頂点や、多角形ポリゴンの検出、ネーミングルールのチェックなど、モデルのパブリッシュ時に確認すべき事項についてワンクリックで仕様を確認することができます。問題のない項目は緑、エラーのある項目は赤で表示され、エラーの有無が一目瞭然で、エラーの詳細はScript Editorで確認できるようになっています」(平田真一モデリングスーパーバイザー)
太郎のセットアップ
外部パートナー向けに作成された仕様書の例。リトポロジー作業の手順に関するもの
太郎ショットのブレイクダウン例
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03 〈邪鬼〉百目のVFX
体表に覆われた百の目を細密なセットアップで再現本作に登場する邪鬼の多くはデザインの段階で揺れものなどセカンダリアニメーション/シミュレーションの負荷を抑えた設計がなされていたため、そのセットアップも比較的シンプルなリグ構造になったという。しかし、全身に目があるという設定の「百目」については、ひとつひとつの目の開閉をコントロールするリグが必要となり相応の手間暇が費やされた。また、筋肉表現については百目も先述の太郎も身長15m体重3トンと巨体なため、Mayaマッスルを用いて筋肉の隆起など、重量感を強調させる仕様となっている。そして、そんな百目と太郎のキャラクターアニメーションについては、劇中の大きな見せ場となるVFXであることからテトラ内で一括して対応したという。「社内のモーションキャプチャスタジオで収録を行い、アニメーター6名が分業するかたちで、キャプチャベースのものはMotionBuilderで動きを整えてから、そのデータをMayaへ持ち込みモーフターゲットによるフェイシャルを加えるというながれで作業を進めました。百目と宮本兄弟の戦闘シーンでは、実は役者さんの3Dスキャンデータを基に作成したデジタルダブルも用いているんですよ。PhotoScanを使い、当社でスキャニングから一括して制作しているのですが、動きが速いのでそのつくり込みの度合いがまず伝わらないのが残念ですね(苦笑)」(谷口氏)。
テトラ内でのコンポジット作業は、コンポジター2名体制でNUKEを使って行われた。先述のとおり、映画本編だけでなく、TVドラマ等の連動コンテンツ向けの実写撮影(もちろんその後のポストプロダクションも)を同時に行う必要があったことから、スケジュール等との兼ね合いでスタジオセット(グリーンバック)とオープンセットで光源の位置が異なっていることへの対応など、ショットとして整合性をとるためには細かな苦労が求められたという。「今回初めてシーンリニアワークフローを導入しました。HDRIを用いたライティングのおかげで実写との馴染みは飛躍的に向上したのですが、本作が目指した"スタイリッシュ丸太アクション"というある種のケレン味あふれるビジュアルに仕上げる上では、ノーマルマップを用いてコンポジット時にリライティングする等の演出的な画づくりも心がけました」と、森出和真コンポジットスーパーバイザーはふり返る。「コンポジットにおいても新たな試みを実践することができたのですが、フォトリアルなVFXをつくるには、まだまだ改善の余地があるとも痛感しました。物理的に正しい画づくりが成し得た上でこそ演出的な職人芸が活きてくると考えているので、今後もこのアプローチを追求していきたいです」と、谷口氏。
百目のコンセプトアート(上)と設定資料(下)
百目の完成モデル。シェーディング表示(左)とメッシュ表示(右)
百目のセットアップ
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体表に配された眼球と瞼のリグを表示した状態。眼球や瞼はエクスプレッションで個別に制御されており、手動でも操作可能
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レンダリング用モデル。本体と体表の眼は一体成形になっており、個々の眼球と瞼の動きがレンダリングモデルに伝達される仕様
筋肉シミュレーション用オブジェクトを表示した状態
百目のアニメーション作業例。百目の動きは手付けベースのため、一連のアニメーション作業はMaya上で完結させたという
インハウスツール「V_DEAD」のUI。テトラ内のレンダリングのジョブ管理はDeadlineで行われたが、本ツールを用いることでジョブの実行を効率的に行えるという
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04 〈邪鬼〉姫のVFX
環境も3DCGベースで多足の表現に対応本作に登場する邪鬼の中で最も大きな見せ場となるのが「姫」との戦いだろう。原作漫画ファンの間 でも1、2位を争うほどの人気キャラクターでもある姫が登場する全シークエンスのVFXを担当したのがユーフォニックだ。「2014年9月くらいにテトラさんからご相談をいただき、7~8名のスタッフでリギングからアニメーション、ライティング、コンポジットまでを担当させてもらいました。姫はムカデのように多足キャラクターなのでリギングやアニメーションは非常に苦労しました」とは、ユーフォ ニックの福井隆弘CGディレクター。
姫が登場するシーンは走っていることが多いため腕の動きを自動化するリグを構築したが、制御の難しさや違和感を感じたためほとんどのカットを手付けのアニメーションで対応することにしたのだと いう。さらにカットに応じて胴体の長さやサイズを変えられるようなリグを構築する必要もあり、リ ギングには多くの時間が費やされた。「姫が螺旋階段を駆け上がるシーンでは全ての手が手すりを握れているか細かくチェックしました。指先まで丁寧なアニメーションをオーダーしたので相当苦労されたと思いますが、最初のチェックでかなり質の高い画を上げてくれたので手応えを感じていました」と谷口氏が語るように20テイク程度のリテイクを重ねて完成したカットもあるという。
また、姫は原作のイメージや漫画のコマを再現することもテーマのひとつで、逆さまになっても髪が垂れないのは髪型の変化によってキャラクターイメージが崩れないように配慮した結果でもある。坑道の中で姫に追われ主人公たちがトロッコで逃げる一連のシーンでは坑道を直線や斜坑などのパーツに分け組み合わせることで広大なステージを構築しており、このモジュール化は工数の軽減にもつながっている。そして崩壊する坑道のエフェクトはHoudiniと実写素材を併用することでダイナミックさと疾走感を兼ね備えたシーンが完成した。「モジュールを組み合わせただけでは実写プレートとライティングが合わないこともあるのでカットごとに調整する必要がありましたが、コンセプトアートなど設定資料がしっかり準備されていたのでコンポジット作業は迷いもなくスムーズに進めることができました」と、谷口博昭デジタルアーティストが語るようにトロッコ戦は赤、螺旋階段は緑、太郎戦は黄色といった具合にシーンごとにキーカラーを決めカラースクリプトを作成しており、実写撮影時にも照明の参考としても活かされている。
「僕はミーハー心が強いので(笑)、以前から国内の有力スタジオさんや海外の先端ワークフローを取り入れた制作を行いたいと思っていたんです。今回のプロジェクトでは、なにかと初めての試みが多かったので、決してパーフェクトとは言えませんが、実写畑の方々から理解と協力を得ることができるなど確かな成果を得ることができました。ぜひ今後もテトラ独自のコンテンツ制作を実践していきたいですね」と、谷口氏は今後の展望を語ってくれた。
姫(怒り時)のコンセプトアート(上)と設定資料(下)
姫の完成モデル。シェーディング表示(左)とメッシュ表示(右)。2節目以降の胴体に該当する部分は共通化されている
姫のセットアップ
テトラから提供された「姫」シーンの背景セットに関する仕様書の例
3DCGベースのショットのブレイクダウン例
アニメーションの作業UI
画ブレ、モーションブラーを加えた最終形I
キャストなどのグリーンバック撮影した実写素材が介在するショットのブレイクダウン例
アニメーションの作業UI
画ブレ、モーションブラーを加えた最終形I
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映画『彼岸島デラックス』
10月15日(土)全国ロードショー
原作:松本光司『彼岸島』(講談社「ヤングマガジン」連載)/監督:渡辺 武/脚本:佐藤佐吉、伊東秀裕/アクションコーディネーター:吉田浩之/VFXスーパーバイザー:谷口充大/ 特殊メイク・特殊造形:江川悦子/リード VFX:テトラ/制作:エクセレントフィルムズ/特別協力:サンセイアールアンドディ/配給:松竹メディア事業部
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