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    人気コミックスの「バクマン。」を基に、 漫画原作映画の新たな表現に挑む。

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 207(2015年11月号)からの転載記事になります

    プロダクションそれぞれの持ち味を活かした映像制作

    今回のVFXアナトミーは、映画『バクマン。』のVFXメイキングを紹介する。本作は高校生漫画家、真城最高(佐藤健)と高木秋人(神木隆之介)のコンビが週刊少年ジャンプの連載をめぐり切磋琢磨する物語だ。これまでアニメ化もされている漫画作品の実写映画化ということで、映像化のハードルがとても高い作品であるが、プロジェクションマッピングやモーショングラフィックスを効果的に利用した映像演出によって、これまでにない納得のいく漫画原作の実写映画に仕上がっている。本作のVFX制作は、モーショングラフィックスを使用したバトルシーンを中心にWOW、プロジェクションマッピングを使用した漫画執筆シーンを中心にアンドフィクション、エンドタイトルを中心にeaseback、その他のコンポジットをピクチャーエレメントとマリンポストが担当している。

    1枚目左から道木伸隆VFXスーパーバイザー(ピクチャーエレメント)、上田大樹ディレクター(アンドフィクション)、阿部伸吾VFXディレクター(WOW)、堀尾知徳VFXディレクター(マリンポスト)、松元遼VFXコンポジター(マリンポスト)。2枚目 森 諭 映像作家(easeback)

    「劇中では主人公たちが4人の漫画家たちと競いながら漫画を描いていきますが、映像を制作しているぼくらもお互いの得意分野の中で切磋琢磨している感じでした」とWOWの阿部伸吾氏は言う。各社のマネジメントはVFXスーパーバイザーの道木伸隆氏がまとめて制作が進められた。「作品のストーリー的にひたすら漫画を描いているというシーンが多いので、この地味に漫画を描いているという作業風景をいかにビジュアル化するか、各プロダクションの持ち味を活かして制作をお願いしました。本当にいろいろな味が入っている作品なので、そこが見どころになるのでは」と道木氏は語る。

    「プロダクションごとにかなり毛色のちがう表現をしているのですが、それぞれが得意な分野を純粋に追求できたことが、上手く1本の映画の中に収まって表現できていると思います。作品をつくり出す努力や情熱がテーマなので、映像をつくっているわれわれも主人公たちに感化されてがんばりました。観ている人も何かしらの感動を感じてもらえるのではないでしょうか」と本作の手応えを阿部氏は話す。最高や秋人の漫画を描く情熱や葛藤を、モーショングラフィックスやプロジェクションマッピングを使ってビジュアル化した試みは、アニメ版ではなし得なかった実写版『バクマン。』ならではの表現だ。それでは、各プロダクションの試みを紹介したい。

    <1>ドラマ演出を支えるコンポジットワーク

    ロケーションをつくり出すVFX

    現代劇においても、ドラマの季節感やロケーションをつくり込むために多くのVFX作業が発生する。本作では、これらのドラマ部分のコンポジット作業をピクチャーエレメントとマリンポストが担当した。右に紹介するショットは、最高と秋人が漫画制作の作業場にしている部屋があるマンションの外観で、実在するマンションをクレーンを使って撮影しているのだが、部屋の中の芝居を見せる必要があるためスタジオセットで撮影した外観を、撮影された実写プレートに合成している。

    ロケーションで撮影したカメラの角度や距離などは、スタジオセットで撮影する際に正確に再現する必要があるため、ロケーションでは細かいカメラデータや測距結果を記録し、スタジオ撮影で利用している。ショット作成の段階では、このショットのほかにも数ショット仕事場の外観を合成したショットがあったのだが、残念ながら外観のショットはこのショットだけになってしまったという。

    ▲<1>ロケーションで撮影したマンション外観のプレート

    ▲<2>スタジオに制作された最高と秋人の仕事場のセット。 ロケーションで撮影したカメラ条件に合わせてカメラを設置して撮影している

    ▲<3>スタジオ撮影した外観プレートをマスクした素材

    ▲<4>マンション外観のプレートにスタジオで撮影した素材を合成したもの

    ▲<5>屋根部分を修正した完成ショット

    VFXで季節感をつくり出す

    合成作業の中で地味に難しかったのが、演技している役者の吐く息を白くするエフェクトだったという。本作のシーンの中には、季節設定としてクリスマスシーズンも含まれているが、撮影は5月から6月の間で行われているため、役者の吐く息を白くして季節感を強調するための演出はコンポジットで処理されることになった。この白い息は黒バックで撮影した実写のスチームの蒸気素材が使用されている。「実写に白い息を乗せる場合、濃度の調整が非常に難しく、あまりがんばって乗せてしまうと、とって付けたようなエフェクトになってしまう」のだとか。



    古書店の外で漫画本を立ち読みする最高のシーン。

    ▲<1>実写プレート

    ▲<2>黒バックで撮影したスチームを使った息素材

    ▲<3>息を合成したくない部分をマスクしたプレート

    ▲<4>息素材を合成した完成ショット。非常に薄く合成されているが、この微妙な濃度がリアリティを生み出している

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    <2>モーショングラフィックスを使ったバトル表現の開発

    漫画制作の興奮をいかにダイナミックに表現するか

    本作の見どころのひとつが、モーショングラフィックスを駆使したバトルシーンだ。最高と秋人が、他の漫画家たちとジャンプでの人気順位争いをするシークエンスで、2人が漫画制作に切磋琢磨する姿を、VR空間で戦っているような演出で見せている。効果音はデザインされた擬音のモーショングラフィックスで表現され、エフェクトにも集中線やスクリーントーンの模様を使うなど、ダイナミックでグラフィカルなシーンだ。このバトルシーンは、これまで数々のアーティスティックな映像を制作しているWOWが担当している。

    WOWにオファーがあった当時は、まだバトルシーンの表現手法や内容などは固まっていなかったため、WOWが絵コンテを制作しながら「どうしたら盛り上がるのか」を大根仁監督やアクション監督を交えながら考えていったという。「絵コンテを描き始めたのが2014年の1月。そこから監督たちに意見をもらい、何度もアイデアのキャッチボールをしながら時間をかけて内容を詰めています。途中、時間的に間が開いていますが、絵コンテが出来上がったのは5月でした」と阿部氏は語る。

    絵コンテがアップされた後、まずはそれを基にCGによるプリビズが作成され、その後アクションアクターによるテスト演技を撮影した映像に、エフェクトやモーショングラフィックスを合成して実写版のプリビズが作成された。バトルシーンの映像は、2Dや3Dなどひとつのショットに多くの手法が混じり合って構成されている。例えばエイジの筆から出る墨は3DCGだったり、3D空間の中を飛んでいるような擬音があったり、逆に平面的にコンポジットされている擬音もあったりと、様々な要素がひとつの映像の中で利用されているのだ。漫画のような2次元平面で起こるダイナミズムと3DCGの躍動的な動きが絶妙にデザインされた空間でミックスされ、非常にダイナミックな演出となった。



    バトルシーンのプランニング過程。白い空間で漫画を使って表現するというアイデアは早い段階で決まっていたが、表現をアニメ的にするのか、漫画的に平面で構成するのかなど、細かいアイデアのチューニングが行われている。

    ▲<1>WOWで制作した絵コンテ

    ▲<2>絵コンテを基にどのカット で制作中の漫画のページが使用されるかを指示したもの。右が使用される漫画のカット、左にはアクションアクターのテスト演技を使ったプリビズが配置されている

    ▲<3>バトルシーンの3DCGによるプリビズ。青が最高、赤が秋人だ。空中に舞っている四角い板は漫画のコマの動きを表したもの

    ▲<4>ペン先から出る墨の動きのプリビズ

    ▲<5>絵コンテを基にアクションアクターによる演技を撮影して作成したプリビズの一部



    バトルシーンのデザインプランの数々。

    ▲<1>初期のデザイン。着地時の衝撃をパーティクルで表現した案

    ▲<2>漫画のトーンのような模様を付加した案

    ▲<3>最終的に決定されたデザイン

    バトルシーンが完成するまでのながれ。

    ▲<1>最初に作成された絵コンテ

    ▲<2>絵コンテを基にアクションプランが検討され、プリビズ用に撮影を行う

    ▲<3>スタジオで撮影された最高(手前)と秋人(奥)の実写プレート

    ▲<4>プリビズ映像の実写部分を、撮影された本番の実写プレートに置き換えたもの

    ▲<5>飛んでくる消しカスや鉛筆カスのエフェクトや背景を本番用素材に差し替えた完成ショット

    <3>バトルシーンの素材制作

    様々な素材で構成されたバトルシーン

    このバトルシーンでは、スクリーントーンを切り貼りしたようなエフェクトや、擬音が3次元的にアニメーションされたり、ペン先から墨が飛び散ったりと、ひとつのショットが様々な素材や手法によって構成されている。ほとんどのコンポジットの作業にはAfter Effectsが使われており、3DCGの素材制作には3ds MaxとCINEMA 4Dが使用されている。ショットの内容に応じて使用しているツールはまちまちであるが、使用ツールのちがいによってショットごとに映像のトーンが変わってしまわないように気をつけながら作業が進められたという。

    映像の上に合成されている擬音などはAEでかなりの数を足しながら、3Dとも2Dとも判断できないような映像になるようにつくり込まれている。「役者の3人が非常に動ける方々なので、そのアクションに合わせるため、たくさんの素材を使った手数の多い作業になっています。撮影するショット数も40~50ショットとかなり多かったので撮影自体も心配でしたが、3人の身体能力のおかげでスムーズに撮影を終えることができました」と阿部氏。

    スタジオでは、白いステージに緑のマーカーがあるだけの場所で演技をしてもらわなくてはいけないため、ショットの内容やタイミングを把握する際は事前に作成した詳細なプリビズが非常に役に立ったという。撮影は4K解像度で行われており、コンポジット時に微妙な拡大縮小といった加工はしているものの、回り込みやドリーバックなども最終画面のレイアウトに近い状態で撮影されている。シーンの制作には約6名のスタッフが関わっているが、様々な手法によって作成された素材が混在して使われているため、ひとつのショットが複数のスタッフによって作成されているという。


    2D素材を使って表現されたエフェクト例。

    ▲<1>最高のペン先の軌跡のエフェクト

    ▲<2><1>を使った完成ショット

    ▲<3>秋人がカッターを使ってスクリーントーンを切るエフェクト

    ▲<4><3>を使った完成ショット

    ▲<5>擬音を2D素材で作成したもの

    ▲<6><5>を使った完成ショット



    最高とエイジとではペン先から出る墨の表現が異なる。エイジの持つペン先からは、3ds Maxのパーティクルで作成した立体感のある質感の墨が放出されている。

    ▲<1>背景プレート

    ▲<2>実写プレート

    ▲<3>墨の3DCG素材

    ▲<4>手前に重なる漫画のコマの素材

    ▲<5>3ds Maxで墨の軌跡を作成している作業画面。Particle Flowを使って作成されている

    ▲<6>完成ショット



    バトルシーンの完成ショットからの抜粋。たたみかけるようなカットの応酬によって、連載の人気投票ランキング争いをくり広げる3人の戦いをダイナミックに表現している。擬音や漫画のコマが配置された奥行きのある空間は、漫画の世界に没入して作業に明け暮れる最高と秋人の心情をよく表している

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    <4>プロジェクションマッピングを利用したシーン演出

    漫画制作の過程をプロジェクションマッピングで表現

    最高と秋人が漫画制作に没頭するシーンでは、彼らによって次から次へと漫画が描かれていく過程が、撮影現場に投影されるプロジェクションマッピングで表現されている。このプロジェクションマッピングの制作を担当したのがアンドフィクションの上田大樹氏だ。単純に撮影してしまうと2人が黙々と作業をしているという映像的にはあまり変化のないシーンになってしまうので、止まることがない作業感をどのように表現するのかを検討していく中で、「役者の動きとプロジェクションマッピングを絡めると面白いものができるのではないか」というアイデアから、実際にプロジェクションマッピングを使うとどのように見えるかをプリビズを作成して検討していったという。

    撮影セットという限られた空間の中でプロジェクションマッピングを行うには、プロジェクタの設置位置が限定されてしまうため、効果的にプロジェクションするためのプロジェクタの位置や照明を細かくプランニングする必要があった。当初は投影される映像をくっきりと見せるために白塗りのセットを作成するという案もあったが、バトルシーンと被ってしまうため床を若干明るい色の素材に張り替えただけの作業場で撮影が行われることに。

    「リアルな作業場のセットにプロジェクションすることで、現実と彼らの頭の中が地続きになっている感じが上手く表現できたのではないでしょうか」と上田氏は語る。映像自体は単純だと上田氏は言うが、白い紙に漫画が浮かび上がったり、徐々に漫画が描き込まれていき完成にいたるまでの工程が流れるように映し出されていく様子は、これまでにない映像体験を感じさせてくれる。



    プロジェクションマッピングのためのプランニングと撮影現場の様子。

    ▲<1>シーンのプリビズに合わせてプロジェクタの位置などがプランニングされている

    ▲<2>撮影現場に設置されたプロジェクタ。8000ANSIルーメンのフルHDプロジェクタが3台使用されている

    ▲<3>プロジェクタからテストパターンを投影してセッティングを行なっている様子

    ▲<4>現場での送出はMacベースの「Catalyst PixelMAD」というアプリケーションを使用し、照明のムービングライト用コンソールを使って、照明の信号であるDMXを通して、制御や複数の再生マシンの同期をとっている



    プロジェクションマッピング用投影映像の制作手順。

    ▲<1>小畑健氏が描いた原稿を下描き、ペン入れ、ベタ塗り、トーンと制作段階順に分けてスキャンしていく

    ▲<2>スキャンした素材をAEに読み込み、だんだんと原稿が仕上がっていくようにアニメーションを作成していく

    ▲<3>原稿が浮き上がるような表現は、スキャンした原稿にAEでフェイクの影をつくり表現

    ▲<4>カットごとにセットの形状や、役者の動きを想定しながらAEでモーションを作成していく

    ▲<5>AE上でプロジェクタによって投影した場合のシミュレーションを行い、撮影現場でのカメラワークも踏まえて調整していく



    プロジェクションマッピングが使用されたシーンの完成ショットからの抜粋。サカナクションが提供するBGMの効果と相まって、2人の創作に対する没入感が前面に表現されたシーンとなっている

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    <5>誰も見たことがないエンドロールを作成する

    黒板に現れるアイデアスケッチ

    右は最高と秋人が黒板に漫画のアイデアを次々と描いていくシーンだ。役者の演技に合わせて現れてくるチョークの線のアニメーションはeasebackが作成し、アニメーション素材を黒板に合成する作業をマリンポストが担当している。黒板に描かれた絵は、小畑氏が実際に撮影現場に出向いて黒板に描いたものが使用された。小畑氏が黒板のどのへんに描いているのかを記録し、別の教室でその位置に合わせて演技する2人が撮影された。小畑氏が絵を描いている様子はビデオでも撮影されており、そのビデオを参考にeasebackで、次々と絵が描かれていくアニメーションが作成されている。



    ▲<1>トラッキング用マーカーの付いた黒板の前で演技する2人の実写プレート

    ▲<2>マーカーや授業用のモニタなどを除去した実写プレート

    ▲<3>小畑氏が描いた絵を高解像度で写真撮影し、チョークの線だけを抽出したもの。この素材を基にアニメーションを作成する

    ▲<4>アニメーションと実写プレートを仮合成したもの

    ▲<5>人物だけをロトスコープした素材

    ▲<6>完成ショット

    映画史上見たことのないエンドロールを目指して

    「映画史上誰も見たことがないエンドロール」という大根監督のオーダーによってつくられたのが、easebackの中島賢二氏、森諭氏、井上英樹氏、よシまるシン氏による「コミックスの背表紙がスタッフクレジットになっている」エンドロールだ。コミックスが収納されている本棚にカメラがドリーしていくと、一見ジャンプのコミックスが並んでいるように見えるが、よく見ると全て過去にジャンプで連載されていた漫画のパロディになったスタッフのクレジットが並んでるという趣向だ。

    映像を観ると実際にカバーを作成し並べているように見えるが、全て3DCGで制作されている。よシまるシン氏がIllustratorで背表紙の素材を作成し、3ds Maxで作成されたコミックスのモデルにマッピングしているのだ。絶妙なパロディのクオリティに相まって、コミックスのカバーによく見られるPPコーティングされた質感表現も非常にリアルで、まさにこれまで見たことのないエンドロールとなっている。



    ▲<1>3ds Maxで作成されたコミックスのモデル

    ▲<2>全てのコミックスのモデルを並べ、ドリーの動きをカメラに適用し、前後のカットとの動きを合わせる

    ▲<3>書棚の全体像

    ▲<4>レンダリングされたビューティパス

    ▲<5>ベクターのマップ

    ▲<6>Z深度のパス

    ▲<7>色調整用に書棚部分とコミックスの部分について、それぞれカラーマスクを作成している

    ▲<8>Illustratorで作成されたロゴにシワや汚れを足して作成したテクスチャ。日に焼けた感じなどが細かく加工されている

    ▲<9>完成ショット

    TEXT_大河原 浩一(ビットプランクス

    • 映画『バクマン。』
      10月3日全国ロードショー

      監督・脚本:大根仁/原作:大場つぐみ、小畑健「バクマン。」集英社ジャンプ・コミックス/VFXスーパーバイザー:道木伸隆/出演:佐藤健、神木隆之介、染谷将太、小松菜奈ほか/製作プロダクション:東宝映画、オフィスクレッシェンド/製作:「バクマン。」製作委員会/配給:東宝

      ©2015映画「バクマン。」製作委員会c大場つぐみ・小畑健/集英社 bakuman-movie.com


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