旧人類と絶滅生物をフォトリアルかつドラマティックなCG・VFXによって現在によみがえらせる。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 239(2018年7月号)からの転載となります
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
NHKスペシャル『人類誕生』第3集「ホモ・サピエンス ついに日本へ!」
7月8日(日)後9:00~9:49 NHK総合
www.nhk.or.jp/special/jinrui
©2018 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. Developed by Luminous Productions
コアなファンだけでなく一般の人たちの心にも響く作品を
NHKスペシャル『人類誕生』シリーズは、われわれ人類が誕生にいたるまでの進化の過程をひもとくドキュメンタリー。そのCG・VFX制作をリードしたのは、映画『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』(2016)(以下、キングスグレイブ FFXV)で話題をあつめたメンバーを中心とするスクウェア・エニックス(以下、SQEX)と今年4月にSQEXグループとして新たに誕生したLuminous Productions(以下、LP)である。「最新のテクノロジーとアートを融合させて、ゲーム発の新たなコンテンツを世界に送り出そうと誕生したのがLPです。ゲームファンだけでなく、より多くの方々に楽しんでもらえる絶好の機会だと考えました」とは、LPの長谷川朋広チーフ開発マネージャー。「ちょうど完成したばかりの『キングスグレイブ FFXV』をご覧になっていただいたところ、NHKさんが世界でも戦えるトップクオリティの番組をつくっていきたいと考えていらっしゃることがわかり、コンテンツ形態はちがえど自分たちと目指すゴールは一緒だと意気投合しました。そこから本企画がスタートしました」と、LPの小材龍平プロデューサーはふり返る。
〈前列・左から〉勝山裕輝恵プロップスSV(LP)、鈴木智哉MOCAP SV(SQEX)、綿森 勇Dir.(LP)、小林志帆リギング&シミュレーション(SQEX)、小材龍平Pr.(LP)、恩田彩虹プロジェクトMgr.(SQEX)/〈中列・左から〉中野友莉プロジェクトMgr.(SQEX)、太田亜紀子プロジェクト アシスタント(LP)、長谷川朋広チーフ開発Mgr(LP)、本 崇臣開発Mgr(SQEX)、佐藤 嵐テクニカル(SQEX)、川村 茂アニメーションSV(SQEX)、白鳥広一郎アニメーター(SQEX)/〈後列・左から〉山尾正典VFX SV(SQEX)、柿坪巧彌ENV SV(SQEX)、岩澤和明キャラクターSV(SQEX)、鈴木重徳ENVリード(SQEX)、高橋浩一リギング&シミュレーションSV(SQEX)、山科雄毅テクニカルリード(SQEX)、佐藤 英開発Mgr(SQEX)、松村敏明シークエンス リード(SQEX)
※LP=Luminous Productions、SQEX=SQUARE ENIX
右から、石川智太郎チーフテクニカルSV(ソニーPCL)、大塚康弘CGディレクター(DF)、越野創太Live Action Dir(ソニーPCL)、山本善樹コンポジットSV(DF)、小杉周太PM(DF)
※DF=デジタル・フロンティア
NHKからのオーダーは、番組で描かれるドラマパートの「化石人類が生きる世界」を『キングスグレイブ FFXV』と同等のクオリティでつくってほしいというもの。科学ドキュメンタリーのドラマ映像を制作する上で、より説得力のある表現方法を模索し、フルCGのパートと、実写撮影にVFXを施して仕上げるパートに分けて制作することに決定。「最終的に、約3分のエピソードを10編つくることになったのですが、フルCG:実写合成=3:7の割合で制作することにしました」(小材氏)。そこで、実写VFX出身であり、『キングスグレイブ FFXV』ではコンポジット&ポストプロダクションSVを務めた綿森 勇氏が本作のディレクターを務めることになった。「これまで培ってきた表現技法でつくるのですが、様々な方にご覧いただくテレビ番組として、内容がわかりやすい映像にする必要がありましたし、研究者の方々に監修していただくなど、新たな対応が求められました。"ゲームばかりしてないで勉強しなさい"から、"ためになるから見なさい"と言っていただけるような映像になれば良いなと思います(笑)」。
01 プリプロダクション&映像ディレクション
学術的な監修にも応えた上でしっかりとドラマを描く
前項で述べたとおり、『人類誕生』シリーズのドラマパートは、フルCG:実写合成=3:7の割合で制作された。具体的には、今回描かれる旧人類のうち440万年前に存在したとされるアルディピテクス・ラミダスから順に、最初の3種類をフルCGで、それ以降の(比較的現生人類に近い)7種類が実写VFXによって仕上げられている。NHKから提供されたシノプシス(番組で表現したいこと、おおまかなあらすじ等)を下に字コンテ、次いで絵コンテを作成。そして、プリビズが作成されていくのだが、フルCGか実写VFXかを問わず全10エピソードのプリビズが作成された。「2016年の冬からプリプロに着手し、2017年初頭には全10エピソードのプリビズを完成させる必要がありました。また、実写VFXで仕上げるエピソードについてもプリビズを作成したねらいは、表現や演出の意図を明確にするため。実写撮影はオーストラリアで行い、フルCGパートでは、『キングスグレイブ FFXV』にも参加していただいたImage Engineさんにお願いしたりと、海外のパートナーさんとも円滑にコミュニケーションをとるためにも、制作進行上なるべく言葉をなくしたかったんです。プリビズを見てもらえばねらいがダイレクトに伝わる。映像によるコミュニケーションですね」(綿森氏)。
制作にあたっての大きなポイントは、「没入感があり客観的ではなく体感できるようなストーリー性のあるコンテンツに仕上げる」、「監修(学説)に則した、事実に基づいた表現」の2点。『人類誕生』シリーズでは、国立科学博物館 人類研究部 名誉研究員の馬場悠男氏をはじめとする各分野の専門家たちが監修を務めており、その時点における最新の学説を下に制作が進められていたが、突如、新説が出てこないとも限らない。近年、人類学は新たな発見が続くなど盛り上がりを見せている。体毛やDNAなど、それひとつで従来の学説が覆るものが発見される可能性もあるため、最後まで気の抜けない状態が続いたという。「海外ではシリアスゲームがひとつのジャンルとして定着していますが、LPとしても今回の経験を活かして教育エンタメなどのコンテンツ開発にも取り組んでいければと思っています」(小材氏)。
第1集「こうしてヒトが生まれた」に登場する、エピソード「アルディピテクス・ラミダス」の絵コンテより。作品全体の指針となるシークエンスのため、LP&SQEXのチームで制作された
第2集「最強ライバルとの出会い そして別れ」に登場するネアンデルタール人が狩りをする様を描いたシークエンスのプリビズ。プリビズ制作では、『キングスグレイブ FFXV』にも参加したThe Third Floorが一部のプリビスを担当している。学術に則しつつ、ドラマを描くことが目指された
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02 旧人類を『キングスグレイブ FFXV』クオリティで描く
02 旧人類を『キングスグレイブ FFXV』クオリティで描く
"World of Wonder"現実の神秘を採り入れる
ここでは、LPとSQEXによって内製されたアルディピテクス・ラミダスの制作と、外部パートナーへのディレクションについて中核スタッフのコメントを紹介していこう。「まずは、ラミダス、アファレンシス、ハビリスというフルCGで仕上げる3種類の旧人類に関する資料を集め、アートの制作から始めました。NHKさんからの参考資料をベースとして、CGモデルを制作する上で不足している情報を自分たちでもリサーチしながらグレーモデルを作成。身体的な特徴や、バランス等について、研究者の方々に見てもらいながらブラッシュアップしてきました。毛並みは、最終的なイメージをグレーモデルにペイントオーバーすることで作業効率を高めました」と、キャラクターSVを務めた岩澤和明氏(SQEX)はふり返る。毛の量、肌の色の変化が明確にわかるようにつくっていったそうだ。眼球の表現は、今までと同様の手法で作成しつつ、今回の人類の中では最古のラミダスは白目の割合を少なくしておき、アファレンシス、そしてハビリスと進化するにつれて、目を通して意思疎通を図るようになったことをビジュアルとしても描くために、白目の割合を増やすようにしたという。毛の表現について、内製するラミダスに関してはOrnatrixを採用。レンダリングされる体毛の数は数十万に達したという。「監修では、毛の本数や太さに関しても多くの意見をいただきましたが、チェック時のライティングによっても見え方は変わりますし、実際のシーンで動かすとまた見え方が変わってくるので落としどころが悩ましかったですね」とは、高橋浩一リギング&シミュレーション SV(SQEX)。
現実に即した画づくりにおいては『キングスグレイブ FFXV』制作時と同様に、"World of Wonder"という名目の下、制作者の実体験や実物の観察を重要とし、例えばプロップ制作では、実際に果実などを購入。それらを観察した結果を下に様々なリファレンスが作成された。また、キャラクターのアニメーションについては、「監修が入ることを考慮してモーションキャプチャベースのリアルな動きにまとめました。ただ、ハビリスのしゃがむ姿勢など、骨格的に現代の人間では不可能な姿勢が求められることもあったので、アニメーション工程では細かな調整も求められました」と、川村 茂アニメーションSV(SQEX)はふり返る。
内製パートでは、レンダラにV-Rayを採用。ラミダスは体毛が多く、シーン中には草木も多く登場するため、ショットによってはデフォルトのままでは1フレーム100時間のレンダリング負荷(レンダーサーバは約400CPU)に達したため、設定を調整して平均1フレーム30~40時間でまとめたという。「草が重なりあった箇所にはアーティファクトが生じやすかったのでコンポジットで調整しました。一定のクオリティを保つ上では、3Dモーションブラーも併用しています」とは、山口威一郎シークエンスSV(SQEX)。
ラミダスのアセット
背景用モデルの例
ラミダスが食するイサカマの実
完成モデル
-
若いものから熟したものまで、細かくつくり分けられている
-
登場カットの例。一連のプロップ制作では『ファイナルファンタジーXV』プロジェクト制作時と同様に、「World of Wonder」というコンセプトの下、実際に近い果実を購入し、観察から得た知見を適宜反映したという。「外部パートナーさんへ提供する資料を作成する際も、観察時の写真や動画を活用しています」(勝山裕輝恵プロップスSV)
最終的なレンダリングイメージ
ラミダスの体毛表現のブレイクダウン。Ornatrixで生成後、nClothでシミュレーション。V-Rayでレンダリングされ
足の筋肉シミュレーション例。胸まわりと足まわりに仕込んである(Maya Muscleで作成)
シミュレーションだけでは対応できない草木の大きな揺らしエフェクトは、HoudiniのWire Solverで作成された
[[SplitPage]]03 外部パートナーとの協業
スピードとクオリティを両立させる確かな手立て
フルCGで制作された3エピソードのうち、アウストラロピテクス・アファレンシスとホモ・ハビリスの2編は、Image Engine(以下、IE)が担当。実写合成で仕上げられた7エピソードのVFXワークは、デジタル・フロンティア(以下、DF)が担当。そして、撮影コーディネートとポストプロダクションはソニーPCLが手がけている。3社とも『キングスグレイブ FFXV』プロジェクトにも参加しており、良好なパートナーシップが築けていること、そしてなによりも確かな技術力をもっていることがオファーの決め手になったという。
IEとの共同制作は、2017年3月頃から2018年1月末までの約10ヶ月にわたったという。「制作ボリュームとしては約6分でしたが、『キングスグレイブ FFXV』とはちがい、今回はクオリティの指針となる映像がない状態からのスタートでした。そして、一部のアセットやデータを共有する必要がありました。さらに監修への対応も求められたのでいっさい気は抜けませんでした。その意味でもIEさんと過去プロジェクトを通じて信頼関係が築けていたことに助けられましたね」と、IE担当パートの進行管理を務めた、佐藤 英開発マネージャー(SQEX)はふり返る。
実写パート用の撮影はオーストラリアで実施。ロケハン含めて6週間(撮影:45日間)で行われた。「海外の撮影ということもあり、現地のスタッフとのやりとりも少し不安ではありましたが、バイリンガルの越野創太さん(ソニーPCL)に参加していただけたので何かと助けられました。やはり細かいニュアンスは、実制作に精通されていない通訳さんではどうしても伝わりづらい面があるので」(綿森氏)。最終的な納品フォーマットは4Kだが、実写撮影とポスプロ工程を担当したソニーPCLが独自に開発したカラーパイプライン、アップスケール技術を活用することで、実写撮影は5Kで行いつつ、CG・VFXは2Kで制作された。撮影カメラはメインがRED EPIC、ドローン空撮はInspire2、ハイスピードはPhantom HD。撮影現場でのリファレンス収集としては地形データの収集にFARO、HDR素材はNikonデジタル一眼とRICOH THETA Sを併用。「FAROがなかったら成立しなかったかもしれません。屋内など閉じている空間での使用経験はありましたが、今回のようなオープンな場所でどれくらいできるのかはチャレンジでしたが、屋外ロケでもFAROの有効性を実感しました」とは、山本善樹コンポジットSV(DF)。DFの制作環境としては、レンダラはV-Ray、毛の生成にYeti、筋肉シミュレーションにZIVA VFXを使用したという。「今までは内製の割合が高かったのですが、外部パートナーとの共同制作によって、自分たちの表現幅を広げられることを実感することができました。それぞれの得意分野をもち寄ることで世界でも十分に戦っていけるはず。ひき続き取り組んでいきたいです」と、綿森氏はさらなる展望を語ってくれた。
アファレンシスのブラッシュアップ例
アファレンシスモデルのチェック用レンダリングイメージ
ハビリスのチェック用レンダリングイメージ。IEが制作したキャラクターアセットのうち2種(メガンテレオン、デイノテリウム)はSQEXとの共有アセットのため、相応のコンバート作業(Arnold+Yeti/V-Ray+Ornatrix)が発生した
アファレンシスのフェイシャル作業例。ショットワークがある程度まで進行したものをテストレンダリングしてチェックというフローが採られた。IE担当フェイシャルは期待以上の仕上がりで、フルCGパート全体の指針にもなったという
Image Engineが開発するオープンソースのノードベース型アプリケーション作成ツール「GAFFER」( www.gafferhq.org )。「個人的に一番考える必要があったのは、各キャラクターはもちろんですが、どのシーンにも登場する、ある意味で主役のエンバイロンメントでした。各ショットのカメラから見える範囲の検証や、距離的にどこまでパララックス(視差)が見えるのかなど、プリビズが終了した時点で『どこからどこまでをアセットで制作し、どこからマットペイントに切り替えるか』を明確にした上で作業を進めました」とは、IEの清水雄太CG SV。実作業では、GAFFERを使い、ポイントベースで環境の構築を行い、最後に同じくGAFFERのインスタンサーで草や木を配置。風などの表現は、草や木単体でのシミュレーションを500フレームほど行い、GAFFER内のポイントデータにクオンタイズされたデータを乗せることで、目に見えるリピートを防ぎつつ、自然に見えるように構築したという
アファレンシス ショットのブレイクダウン例。IEからはLUTをベイクしていないOpenEXR形式で納品。各ショットごとに、Asperaを介して連番が納品されたものを、SQEX側でダウンロード+社内指定領域へパブリッシュするかたちで管理。「手作業だとかなり大変ですが、『キングスグレイブ FFXV』時に開発したツールを本作用にカスタマイズすることで自動化しました」(佐藤氏)。今回は、アセット制作に関しては期限がきた段階でそれ以上の追い込みはあえて行わずに、シークエンスでのライティングや見え具合によって(必要に応じて)ブラッシュアップすることで、スケジュールとクオリティを両立させたという(ひとえに過去プロジェクトからの信頼関係があってこそ成し得たものだ)
オーストラリアにおける実写撮影の様子
ブルースクリーン機材は現地プロダクションで調達。ソニーPCL、DF、現地の撮影クルーで協力して設営された。現地の撮影クルーはCG・VFX制作に慣れておりとても協力的だったという
3DレーザースキャナFAROによる、リアリティキャプチャの様子。そのほかにも定番のカラーチャート、銀玉、グレーボール、そしてファーボール等のリファレンスが撮影された
ネアンデルタール人のエピソードに登場するケブカサイのブレイクダウン。毛並みの生成にはYeti、筋肉シミュレーションにはMayaプラグインのZIVA VFXが用いられた
アイベックスの群れショットのブレイクダウン。「一番最初に撮影を行なったシーンだったのですが、特に難易度の高いVFXが求められました」とは、DFの大塚康弘CGディレクター