確かな技量を有するデジタルアーティストたちがひたむきに"格好良さ"を追い求めることで誕生したフルCGアニメーションMV。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 265(2020年9月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
© 2020 Sony music labels Inc.
millennium parade『Fly with me』MV
Music: Daiki Tsuneta/Director: Shu Sasaki × Yuhei Kanbe/CG Supervisor: Atsushi Saito/CG Producer:Motoyuki Kawase/CG Lead artist: Tomoyuki Iwasaki × Gento Fujiwara Supported by GHOST IN THE SHELL: SAC_2045 COMMITTEE
© 2020 Sony music labels Inc.
アーティスト冥利に尽きる格好良さを追求した野心作
現在配信中のNetflixオリジナル『攻殻機動隊 SAC_2045』のオープニングテーマ『Fly with me』。常田大希率いるmillennium paradeの新曲だが、4月29日(水)に本MVが公開され、そのスタイリッシュな映像が注目をあつめている。
<上段>左から、川瀬基之CG Pr.、岩﨑朋之CGリードアーティスト、森 智章リギングアーティスト。以上、エヌ・デザイン/<下段>左から、桑原 翼Pr.、廣田 天アニメーションDir、石野 雄アニメーションDir、玉野 希アニメーター。以上、オプティカルフォース
※齊藤 篤CG SV(フリーランス)、藤原源人CGリードアーティスト(NEWPOT PICTURES)は写真なし
本作のCGスーパーバイザーを務めた齊藤 篤氏(フリーランス)が企画の経緯を語ってくれた。「昨年末に、以前からよくご一緒させていただいているPERIMETRONの佐々木 集さんから連絡をいただきました。まだ絵コンテ等のビジュアル資料はない状態でしたが、表現としても物量としてもかなりヘビーな案件になりそうだなと思い、まずはエヌ・デザインの川瀬(基之)さんに相談し、岩﨑(朋之)さんやNEWPOT PICTURESの藤原(源人)さんなど実力派のアーティストたちに参加してもらえることになりました。本作の監督を務めた佐々木さんと神戸雄平さんは、言われたことをやるだけでは決して満足しない方々なので、積極的に提案をしてもらえる、難易度が高い表現だからこそ楽しんでくれる人たちに参加してもらうことを心がけました」。
川瀬氏が当初の様子をふり返る。「King GnuやPERIMETRONはうちの岩﨑も好きだし、案件的に興味もありました。まずは齊藤さん、藤原さん、岩﨑と自分の4人でPERIMETRONの佐々木さん&神戸さんとの最初の打ち合わせに臨みました」。
1月に行われたキックオフミーティングを経て、モーションキャプチャ収録は2月頭。そこまでは齊藤氏と神戸氏が先行してキャラクターモデリング、エヌ・デザインでは体格がわかればリグが組めるということで、モーションキャプチャ時に仮データを出せるように準備を進めた。その後ポスプロ作業が本格化し、最終的な納品は4月中旬と、公開ギリギリまで作業が続けられた。川瀬氏が全体を取りまとめ、齊藤氏はPERIMETRONに常駐し画づくりをリード。レイアウトとアニメーション作業をオプティカルフォースが一手に引き受けた。ショットワークには、StudioGOONEYS、サザビー、デジタル・ガーデンが参加(オンライン編集とグレーディングはKhaki)。さらに帆足タケヒコ氏ら名うてのフリーランスたちが参加し、CGチームは総勢26名超というMVとしては大規模なプロジェクトとなった。
<1>レイアウト&アニメーション
的確なディレクションと適材適所で短納期を乗りきる
レイアウトとアニメーションを担当したのは、齊藤氏がかねてより親交のあるオプティカルフォース。全101カット中、約90カットのアニメーションを、5名でつくりきったという。「本作にも参加してくれた、石野(雄)さんは前職時代の同僚で気心知れた間柄ということもありますが、今回のスケジュール の中で確かなクオリティに仕上げてくれるスタジオという意味でも、プロジェクト開始当初にお声がけさせてもらいました」(齊藤氏)。オプティカルフォースは3DCGアニメーションに特化したプロダクションだが、同社にオファーする時点でアニメーションはモーションキャプチャベースで作成することを決めていたという。本楽曲は『攻殻機動隊 SAC_2045』OPということで、キャプチャ収録は本編のアニメーション制作を手がけるSOLA DIGITAL ARTSのスタジオで行われた。MVに登場する主人公「Eugene(ユージン)」、その仲間の大柄な「Popchop(ポップチョップ)」、女の子キャラの「Fuzzable(ファザブル)」、彼らの行く手をはばむ「Tay(テイ)」というメインの4キャラ用を中心に、モブキャラ用の汎用モーションなど100以上のモーションが収録された。「アクターさんは4名いらしたのですが、皆さんアクロバティックな動きが得意なダンサーの方々で、バトルシーンではパルクールを意識するなど、PERIMETRONさんの演出は全体的に海外のストリートカルチャー的な面が強く出ていたと思います。EugeneとPopchopが歩きながらdap(拳を突き合わせる等の複雑な挨拶)する演技などは、自分たちでは思いつかないのでPERIMETRONさんの感性は素晴らしいと感じました」と、アニメーションディレクターの広田 天氏。
一連のアニメーション制作は、モーションキャプチャを最大限活用すべく可能なかぎりMotionBuilderで行い、演出的なエフェクトや芝居の動きは必要に応じてMayaや3ds Maxによるキーフレームアニメーションで対応。クライマックスに描かれる夜のバトルシーンについては絵コンテがなかったため、3DCGでプリビズを作成する必要があった。このシーンを全面的に担当したアニメーションディレクターの石野氏は次のようにふり返る。「3ds MaxでBipedを使ってプリビズを作成し、それぞれのカットを詰めていくというながれで作成しました。アドリブで動きを付けて、監督や齊藤さんのチェックを受けながら、さらにエスカレートさせていきました。実際に手を動かすアーティストにとっては、とてもやりやすい手順でありがたかったですね。仕事というよりもみんなで一緒にものづくりをしているという感覚が強く、最後まで楽しく作業することができました」。
プリプロ&アニメーション
▲ 曲の2コーラス目、MV本編では01:40~02:23部分の絵コンテ
▲ 終盤の見せ場、Eugeneのダイナミックなパルクール部分のアニマティクス。これをベースにモーションキャプチャの収録が行われた
▲ モーションキャプチャ収録後、最初に作成したポストビズ(初期アニメーション)。取り急ぎモーションを流し込み、尺感とカメラアングルなどを確認した
▲ MotionBuilderでのキャラクターセットアップ。モデルはMayaで作成してウェイトを付けてからMotionBuilderにインポートしている
◀ Mayaによるアニメーション作業例
▲ MotionBuilderによるアニメーション作業例。オプティカルフォースは、プロデューサー兼アニメーションDir.の桑原氏、アニメーションDir.の廣田氏と石野氏、アニメーターの玉野 希氏と林 昇氏の5名で一連のレイアウトとアニメーション作業をつくりきった。「普段はディレクション業務が中心の廣田、石野、そして自分の3人も自ら手を動かすことで対応することができました」(桑原氏)
▲ 夜のバトルシーン、3ds Maxによるアニメーション作業例
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<2>キャラクターアセット&ショットワーク(前半パート)
<2>キャラクターアセット&ショットワーク(前半パート)
各自が最もパフォーマンスを発揮できるツールを駆使する
2月のキャプチャ収録までの準備段階には、自身も3DCGを手がける神戸氏がキャラクターのデザインを起こしていた。「神戸さんにはデザインワークに注力してもらうため、普段使われているCinema 4Dで自由につくっていただき、僕の方でMayaや3ds Max用にコンバートするというながれで作業を進めました」(齊藤氏)。キャラクターデザインについては、服装などの要望レベルが高く、残り時間の都合上、だいぶ折れてもらった箇所もあったとのこと。例えば女性キャラクターFuzzableのトップスは当初スカジャンが予定されていたが、その場合揺らさないと違和感が出るため、タンクトップに変更するといった具合に、ディレクターとCGスタッフがお互い歩み寄ることで、限られた条件下でベストを追求した。背景等の世界観については、当初からややトゥーン感のあるルックが求められたそうだが、スラム街や富裕層の住む地域のルックは試行錯誤で調整していったという。「まさにアウトラインを付ける案も候補にありましたが、最終的に3DCGはフィジカルベースでレンダリングして、After Effectsで少しトゥーンの要素も感じられる仕上げにする方向で落ち着きました」と、前半パートの中心となる昼シーンの画づくりをリードした岩﨑氏。
DCCツールは参加プロダクションやアーティストによって異なったが、前半は昼シーン中心、後半は夜シーン中心とルックの方向性が明確に分けられており、分業する上では好都合だったそうだ。制作に進めるシーンが上がってきたら、求められる表現やスケジュール的な都合に応じて担当するアーティストを決めていった。DCCツール的な体制としては、エヌ・デザインやNEWPOT PICTURESはMaya+V-Ray、後半の夜シーンを担当した齊藤氏のチームは3ds Max+V-Ray、そして、神戸氏が一手に引き受けたゲームに興じる謎のキャラクター2体を描く荒野のシーンはCinema 4D+Arnoldという3つに分かれたが、シーンファイルの階層構造や命名規則をあらかじめ決めておくことで大きな問題は起こらなかったそうだ。また、リップシンクのフェイシャルアニメーションにはiOSアプリ「Face Cap」が用いられた。アップで細かい演技をする用途となると厳しいかもしれないとのことだが、ミドルショットのリップシンクとしては十分なクオリティが得られたという。
キャラクターの完成モデル
▲ Eugene
▲ Fuzzable
Eugeneのリップシンク用フェイシャルリグとセットアップ
▲ 頭部形状が反映されているのはT字モデルの右にある1点のみで、他のモデルは表情パターンとして全キャラクター共通で使用。画面右のShape EditerにはこれらBlend Shapeの一部が表示されている
▲ Mayaによるフェイシャル作業
スラム街の背景セット
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▲ 全景。左が富裕層が住む遠景、右が貧困層が住む近景のスラム街。。近景のスラム街は主人公を含む貧困層が、遠景の超高層ビルは富裕層が住んでいる設定
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▲ 近景のスラム街。周囲をスラムビルに囲まれた設定だが、密集させてしまうと太陽光が当たらず単調な画になってしまうため、カメラ外にヌケをつくり光の通り道を確保している
スラム街のディテール。増設をくり返したビル、電線、ネオン看板、道路標識などを配置し、近未来の東京を感じさせるスラム街に仕上げられた
PERIMETRONから提供されたグラフィティデータ
▲ PERIMETRONから提供されたグラフィティデータの一部。提供されたデータは300枚以上あったが、全ては使いきれないため、取捨選択して使用。PERIMETRONから使用箇所を指定されたものもあった。グラフィティの内容は、millennium paradeのファンならニヤリとしてしまうものや『攻殻機動隊』へのオマージュ、コロナ禍の時勢を反映したものなど多種多様
▲ 実際に使用したテクスチャの一部
▲ グラフィティデータを使用したカット例
▲ Mayaによるライティング作業。情報量を上げるため画角内にはできるだけ物を置き、カメラ外のキーライト方向には光をさえぎる物を置かないよう、カットごとに配置を調整した
After Effectsによるコンポジット作業
▲ Mayaから出力した3Dカメラ(赤ライン)と煙素材をAfter Effectsに読み込んだところ
▲ 3Dカメラ&煙素材とシーンの位置を合わせてコンポジット
ブレイクダウン
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<3>ショットワーク(後半パート)
ストーリーの急展開に応える精緻で繊細な演出
闇夜に包まれる後半パートの直前に、メインキャラクターのひとり、高身長で黄色のヘルメットが特徴のPopchopが破壊される。ストーリーの展開的に重要なシーンで、制作にもこだわりが出た。
本シーンのライティング&レンダリングをリードした藤原氏は次のようにふり返る。「神戸さんから、その前とはガラリと変わった印象深いシーンにしたいということで、リファレンスもいくつかもらい検討しました。全体としては、暗転した中に緑や赤いライトを置いて、カラーライティングでインパクトのある画づくりをしていこうということになりました。破壊エフェクト(目立つ背骨やベースのアセットはMaya、細かいパーツはHoudiniでシミュレーション)や最終的なライティングとレンダリングはエヌ・デザインさんにやっていただきました。佐々木さんと神戸さんのお二人ともビジョンが明確なのでとてもやりやすかったです」。
同じく藤原氏がショットワークをリードしたFuzzableのアジトシーンは、帆足タケヒコ氏(studio picapixels)がモデリング。細部までつくり込まれており、ライティングしてレンダリングするだけで良い感じになったという。ところどころに攻殻機動隊とのコラボが仕込まれ、隠しキャラのようなものも配置されている。ぜひ見つけてもらいたい。
クライマックスの夜シーンは、先述の通り齊藤氏が率いるチームが担当。オプティカルフォースから支給されたアニメーションデータでシーン制作を行なった。Tayが操る巨大な腕の表現は、ベースの手にアニメーションを付けてもらい、それをエミッタとして3ds MaxのParticle Flowでオブジェクトを配置、スピンさせるなどして動きを付けた。発光部分はマスクを出してコンポジットで処理している。レンダリングにはデジタル・ガーデンが強力な助っ人になったそうだ。「この夜シーンのレンダリングはかなりヘビーだったので、デジタル・ガーデンさんにお願いしました。納期までに完成できたのも彼らの協力があってこそでした」と齊藤氏。
さらに、本編集ではPERIMETRONが数フレーム、グラフィティなど手描きの絵を差し込み、ヒップな演出を施したりもしている。最後に川瀬氏が本プロジェクトを総括してくれた。「スケジュール的にも物量的にもしんどい面もありましたが、それを忘れさせてくれるくらい純粋にものづくりを楽しむことができました。PERIMETRONさんの熱量は相当なもので、CGチーム一丸となって期待に応えるべく全力を尽くしました。MV公開後は、SNSの反響も今までにないくらいあって、とても良い刺激になりました」。
Popchopの破壊エフェクト
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▲ シーンのカメラビュー。MV本編2:09、Popchopが破壊されるエフェクトはHoudiniで作成された。RBD Bullet SolverやHDA(Houdini Digital Asset)を使用し、SOPレベルで破壊シミュレーションを行なっている
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▲ シミュレーション開始直後、Popchopのみを斜めから見たところ
▲ 破壊シミュレーションのSOPノードツリー
▲ 神戸氏のディレクションにより、この破壊シーンは背景を真っ暗にして逆光でシルエットを見せる演出にしている。神戸氏からイメージに近い洋画のカットを数種類提示され、制作に取りかかった。作業はMayaで、V-Ray Rect Lightを2灯(その内、黄土色の1灯がメインライト)、V-Ray Dome Lightを1灯使用している
Popchop破壊シーンのブレイクダウン
▲ シーンが暗転する直前に映し出されている、背景の壁面に使用したグラフィティデータ
Fuzzableのアジト
▲ MV本編2:55、Fuzzableのアジトの背景セット。細部までつくり込まれている
Fuzzableのアジトのシーンのブレイクダウン
▲ レンダリング前のカメラビュー
▲ モニターグラフィックスのテクスチャ画像
Fuzzableのサングラス表現
MV本編3:42、Fuzzableのサングラス表現のブレイクダウン。「サングラス型のモニタということをわかってほしかったので、顔がぐっと近づいたあたりで砂嵐が入って、その直後に映り込みが入ったグリッチ表現の効いたロゴが出てくるようにしてもらいました。また、グリッチ表現には2進数のコード表のアニメーションを差し込んでもらっています。このロゴすらそういう電子の世界観で成り立っていて、それが混ざり合って崩壊しようとしている、ということを暗示したかったのです」と、藤原氏
Tayが操る巨大な腕
警官ロボの集団が巨大な腕に変形するシーン。パーティクルのエミッタにするモデルをアニメーションさせて、MV序盤に登場した警官のローモデルを発生させている。「複数の手が絡み合って、巨大な腕になるイメージでつくりました」と、齊藤氏
MV本編3:28、Eugeneと巨大な腕を操るTayが対峙する印象的なシーン。YouTubeのサムネールにも採用された
▲ カメラビュー
▲ 腕のみを表示
上記シーンのブレイクダウン
▲ カラコレ等適用後の最終形
Eugeneの変身カット
MV本編3:56、Eugeneの変身カット。「岩﨑さんがつくられたOPとのつながりを感じさせながらちがいも出したかったので、渦巻いてるイメージを形にしました」と、齊藤氏
▲ カメラビュー
▲ シーンの全体像
Eugene変身カットのブレイクダウン
▲ カラコレ等適用後の最終形