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    漫画、アニメ、TVドラマと異なるメディアで表現されてきた『信長協奏曲』を、VFXを駆使して映画ならではのスケールで描く。

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 210(2016年02月号)からの転載記事になりますt

    マットペイントを駆使した世界観の構築

    今回のVFXアナトミーは、映画『信長協奏曲』(のぶながコンチェルト)を紹介する。本作はフジテレビジョン開局55周年記念プロジェクト企画の一環として制作された作品で、これまで、同名タイトルでアニメ、TVドラマが制作されてきた。本作のVFXはIMAGICAを中心としたプロダクションが参加し、VFXプロデューサーは赤羽智史氏が、VFXスーパーバイザーを西尾健太郎氏が担当することになった。制作はTVドラマの制作終了後4月から撮影が始まり、7月の編集作業のあと、8月から9月にVFXの実作業が行われた。制作されたVFXショットの数は278カット、IMAGICA、IMAGICAウェスト、FILMのほか、数名のフリーランスアーティストやいくつかのスタジオが参加し、総勢33名のスタッフがVFX制作に携わっている。

    映画『信長協奏曲』予告

    VFX制作は、背景のマットペイントや炎などをシーンに追加する、いわゆるインビジブル・エフェクト中心の作業となっているという。本作では築城されたばかりの安土城が信長の居城として登場するが、安土城も3DCGで表現するのではなく、現存するミニチュアを上手く設定に合わせてレタッチして制作されている。それにはマットペイントの素材や資料が多く必要であったため、6月にVFX班が撮影本隊とは別に京都を中心に関西でスチールロケを行い、参考となるような城や寺といった建物を撮影した。「スチールロケとはいえ、予算も時間も限られているのでなるべくコンパクトに撮影できるように事前にガイドを作成するなど工夫もしています。西尾氏が京都にいたので素材が足りないときは撮影を頼みました」と赤羽氏。

    写真左から、山本雅之(FILM)、赤羽智史、伊藤祐一、田中勉、末永大志、西尾健太郎(フリーランス)、大森智裕、高嶋諒、土師翔太(IMAGICAウェスト)、齊藤結衣、斎藤大輔(IMAGICAウェスト)。以上、特記以外IMAGICA(敬称略)

    「松山博昭監督や撮影の江原祥二氏から集めた情報を東京にいるスタッフに送って技術的な準備をしてもらいました。監督やカメラマンとのイメージの共有がポイントでしたね」と西尾氏は語る。今回、撮影や制作拠点が東京、京都、大阪と離れた場所で制作が進んでいったが、IMAGICAのファイル転送サービスHARBORを使ってデータを非常に高速にやり取りすることができたので効率良く作業が進められたという。「このシステムは撮影した次の日には素材を確認して作業に入れます。スチールロケ用のガイド作成も撮影中からできました」と赤羽氏はふり返る。それでは代表的なショットを例に本作のVFXメイキングを紹介しよう。

    <1>インフォ・グラフィックスによるタイトルバック

    300コマを超える実写トレースで信長を表現

    まずはオープニングタイトルのメイキングから紹介する。本作ではオープニングタイトルや物語の状況を説明するためのインフォ・グラフィックスも使われ、物語を画で表現するのが得意という松山監督らしい作品となっている。オープニングタイトルをはじめ、本作で使われるインフォ・グラフィックスを手がけたのがFILMの山本雅之氏だ。「やっていることは非常にシンプルです。時代劇の中に使われるグラフィックスなので、どこまで世界観を踏み外していっていいのか最初は迷いましたが、以前から何度か監督と仕事をしており、監督は世界観を狭めるのではなく、広げて提案してくれという方なのでまずサンプルを作成して提案しました」と山本氏は話す。

    今回は映画のため、TVドラマでやっているような表現とは異なる方向性のオープニングタイトルにしたいと思ったのだとか。本作は本編を撮るだけでも大変な作品で、オープニングタイトルのためだけに撮影をするスケジュールは条件が厳しいと判断し、本編で撮影された実写素材をトレースして使うことにしたのだと山本氏は言う。「普段はVFXのショット制作を行いながらオープニングタイトルの制作を兼任することが多いのですが、今回はIMAGICAさんがVFX制作を担当されることになったので、あえて時間のかかる手法にトライしてみました」と山本氏。

    1ヶ月半をかけて第1案を作成し、監督の要望を踏まえてさらに1ヶ月をかけて完成させている。完成したオープニングタイトルは、毛筆で描いたような軌跡で馬を駆る信長の姿がトレースされ、英語のキャッチフレーズをあしらうなど、ダイナミックかつポップな印象に仕上がっている。

    オープニングタイトルの制作手順。

    ▲<1>トレースに利用した本編の撮影素材

    ▲<2>撮影素材をIllustratorでトレースし、監督へのプレゼン画像を作成したもの。この画像を見せながら口頭で監督に補足説明を行い方向性を決めていった

    ▲<3>事前準備として作成したIllustratorのカスタムブラシ。「力強い筆のタッチ」をイメージした

    ▲<4>撮影素材から325コマ分の静止画連番を書き出し、ひとコマごとにトレースしていく

    ▲<5>Illustratorと同時にAfter Effectsを起動しておき、ひとコマトレースが終わるたびにAEに読み込んで動きを確認。手描きが活きる雰囲気を目指して作成されている

    ▲<6>ひとコマ見ただけではわからないが、アニメーションで見ると信長だとわかるシルエットになっている

    ▲<7>全コマのトレースが終わったら「おかず」的なグラフィックスをレイアウト。タイポグラフィを入れたところで、オープニングタイトルの「色」が決まった

    ▲<8>アナログ感を大事にしながらトーンを調整

    ▲<9>Trapcode Mirを使ってダイナミックに暴れる線の素材を作成

    ▲<10>「NO WAR」から「LOVE and PEACE」のタイポグラフィ。このノリが世界観に合っていたので監督に提案し採用された

    ▲<11>背景の旗はBlenderで作成している

    ▲<12>コンポジットして完成した画像

    オープニングタイトルの完成画像からの抜粋。325コマをトレースしていくという気の遠くなるような作業の末、完成したオープニングタイトルは信長の力強さとポップな世界観がマッチした映像となっている

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    <2>マットペイントで作り上げた安土城

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    <2>マットペイントで作り上げた安土城

    ミニチュアを使ったマット制作

    信長の居城として登場する安土城は、古文書などの文書でしかその存在が残されていないため、どのような外観であったか様々な説があり、どのような安土城のデザインにするかは制作者にとって悩みの種でもあり、醍醐味でもある。過去幾度か安土城は制作されているが、CGによる安土城の再現ではどこか違和感が出てしまうという監督の要望から、本作では安土城の天守閣部分は、現存するミニチュアをレタッチして新たな安土城のイメージを制作している。

    「松山監督からはかなり早い段階からCGで天守閣を作って無理矢理空撮で見せたりするのではなく、普通に撮影したら天守閣が映っているという感じにしたい。変に天守閣を強調するのはやめよう。見せるというよりは素直に収まっている感じにしたい、という考えを伺っていました」と西尾氏は話す。ミニチュアというベースとなる素材があるわけだが、実際には本作の世界観に合わせるため、様々な加工が必要になったという。基本的な外観は土台の部分に本隊が撮影した姫路城の実写素材を使用し、そこにミニチュアの安土城をレタッチした素材を合成して構成されている。映画内では天守閣にはベランダが備え付けられているのだが、ベランダ部分は3DCGで作成し合成されている。

    「主人公のサブローだったらこんな安土城を作ったのではないか」という解釈でレタッチが進められたのだという。「歴史的な建物の場合、古びた感じにすることでリアリティを得ることができるものがほとんどなのですが、本作の安土城は設定上新築ということで、とてもきらびやかで汚れがあまりないためアトラクションの建物に見えてしまい、素材感のさじ加減が難しかったですね」と西尾氏は語る。

    ▲<1>ガイドイメージを基に撮影されたミニチュアの写真素材。ライティングなどもきちんとガイドに合わせて当てられている

    ▲<2>ミニチュアの写真から不要な部分を削除したレタッチのベースとなるプレート

    ▲<3>細かい質感などをレタッチして世界観を合わせていく

    ▲<4>3DCGでベランダ素材を作成し合成

    ▲<5>安土城のベースとなる姫路城の実写プレート

    ▲<6>実写プレートを変形してパースを合わせ、カラコレしたプレート

    ▲<7>人物などは別撮りして配置されている

    ▲<8>完成した安土城外観のショット

    別ショットの安土城

    ▲<1>レタッチを施した安土城のプレート

    ▲<2>彦根城の撮影プレートを使った外壁部分

    ▲<3>カメラワークは、NUKEに3Dとしてプレートを配置してコンポジットしている

    ▲<4>完成ショット。旗は基本的に撮影した素材を使っているが、ショットによってはCGで作成した旗を使っているという

    <3>マットペイントによる世界観づくり

    夜景の制作

    右に掲載した夜の安土城のショットも監督のこだわりが感じられるショットだ。このショットはスカイラインと呼ばれる太陽が完全に落ちる寸前の時間帯に撮影された実写プレートに、灯がともった安土城の全景が合成されている。まず明るい状態の綺麗なマットペイントを作成した後、明るさを調整しながら実写プレートにコンポジットしている。「明るさなどのルック的な詰めで非常に時間がかかったカットです。実景1枚のショットなのですが19テイクくらい作成しています。マットペイントが完成するまで1ヶ月ぐらいかかりました」と赤羽氏は話す。

    ▲<1>スチールロケ用に作成されたラフレイアウト

    ▲<2>スカイラインねらいで撮影された実写プレート

    ▲<3>灯入れ用のマット画素材

    ▲<4>Photoshopで作成されたマットペイント

    ▲<5>カラコレによって夜に調整された完成ショット

    マットペイントで窓外を作成

    本作では安土城の天守閣から外の景色が見えるショットも多い。これらも全てマットペイントで制作されている。マットペイントを作成するにあたって、安土城の高さや周囲の見え方を実感するために実際に城があった安土山に登り、距離感を確かめたという。スタッフがきちんと地理的なスケールの感覚を掴むことで、マットペイントの作業がスムーズとなり、効率良く作業を進めることができるのだ。

    安土城に作られたバルコニー風のベランダから琵琶湖が見えるショットの例。

    ▲<1>実写プレート

    ▲<2>スチールロケで撮影された風景を基に作成されたマットペイント

    ▲<3>合成用マスク素材

    ▲<4>マットペイントと実写プレートが合成された完成ショット

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    <4>合戦シーンのVFX

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    <4>合戦シーンのVFX

    エキストラやデジタルダブルを使った群衆表現

    戦国時代を舞台にした作品では合戦シーンが付きものだが、本作でも大規模な合戦シーンが描かれている。合戦シーンの群衆にはエキストラを使った表現とデジタルダブルを使った表現が利用されている。エキストラを使った群衆表現では、ロケ現場で4回くらい群衆を分けて移動させて撮影した素材を合成するという昔ながらの手法だが、群衆の人数をこれまでになく大量に増員することになり、非常に手間のかかるショットとなったという。

    旗も部分的にCGで作成して合成していたり、エキストラの人が動けないような場所ではデジタルダブルを使って埋めたりし、できるだけ現場で人などの素材を撮影して合成に使っている。素材を撮影するときも、シーンごとに両軍の戦闘状態を確認しながら、エキストラの人に動いてもらって撮影を行うなど、不足がないように慎重に撮影された。「このような群衆の表現も、ある意味インフォ・グラフィックスなんだろうなと思いました。

    合戦の情勢や状況をぱっと見て理解できるように表現されていますから。テロップで説明するのではなく、映像をひと目見ただけでどちらの軍が優勢かわかるような画づくりを監督は望まれました。インフォ・グラフィックスと同じで画を使って情報を伝える松山監督らしい表現だなと思います」と赤羽氏は語る。そのほかにもこの合戦のシーンでは、鉄砲隊の発砲などのエフェクトも合成されているが、このような発砲も現場で実際に空砲を発砲している状態を撮影し利用しているのだという。

    エキストラを使って群衆を増やしている例

    ▲<1>個別に撮影されたグループの実写素材を合成して作成した軍勢素材

    ▲<2>ベースとなる実写プレート

    ▲<3>実写素材を合成して作成した相手の軍勢素材

    ▲<4>地形などを変形して作成した実写プレート

    ▲<5>全ての素材を合成した完成ショット

    デジタルダブルを利用した例

    ▲<1>エキストラを撮影した実写プレート

    ▲<2>デジタルダブルを合成するために作成されたマスク素材

    ▲<3>一番奥を隠すためのデジタルダブル素材

    ▲<4>両脇を埋めるためのデジタルダブル素材

    ▲<5>全てを合成した完成ショット

    <5>炎上シーンのVFX

    撮影された炎をVFXで拡張する

    最後に紹介するのが炎上シーンのメイキングだ。炎が上がるようなシーンの場合、最近ではスタジオセットや安全上の都合から、大部分の炎をCG素材で合成して表現している作品も多いが、本作では大規模なセットを建築し実際にセットを燃やして撮影されている。その燃えているショットに、さらにVFXで炎を足していき、臨場感や緊迫感を際立たせているのだ。ショット制作を担当した斎藤大輔氏によれば炎の増量感は2.5倍ぐらいだという。右に掲載したのは、焼き討ちされた村と若き日の信長、本能寺の3つのショットだ。

    「本能寺のシーンは5日かけて撮影されています。最終日にはセットを丸ごと燃やしてしまうのですが、それまでは逆に燃えすぎないように制御可能な発火装置を使って特殊効果の火を出したり、防火処理を施した壁や柱に少し布を垂らして部分的に燃えるようにしました。また、安全面を考慮して役者のすぐ近くや天井には炎を置くことができないので、それら撮影現場で仕込むことが難しい部分を中心に合成で炎を足しています」と西尾氏は話す。

    これだけ炎が多いと、役者に対して炎の照り返しが起こるが、その照り返しなどを後から加工するのはとても手間がかかる作業となるため、なるべく現場の照明などを使って撮影されているという。発生する煙などもなるべく現場で焚いてもらって撮影してもらった上で、煙素材を足して拡張している。合成に利用している炎や煙の素材は、ライブラリなどのフッテージを利用し、トラッキングを駆使して合成されているとのこと。

    燃えさかる村のショット

    ▲<1>実写プレート

    ▲<2>遠景用の炎素材

    ▲<3>中景用の炎素材

    ▲<4>一番手前に合成される煙素材

    ▲<5>飛び散る火の粉の素材

    ▲<6>全てを合成した完成ショット

    炎の中にたたずむ信長のショット

    ▲<1>実写プレート

    ▲<2>信長の背景用炎素材

    ▲<3>煙素材

    ▲<4>火の粉の素材

    ▲<5>カメラ前の炎素材

    ▲<6>全てを合成した完成ショット

    火が放たれる本能寺のショット

    ▲<1>実写プレート

    ▲<2>火がついた矢の素材

    ▲<3>壁に追加する炎素材

    ▲<4>全てが合成された完成ショット

    TEXT_大河原浩一(ビットプランクス) / Hirokazu Okawara(Bit Pranks
    PHOTO_弘田 充 ./ Mitsuru Hirota



    • 映画『信長協奏曲』
      絶賛上映中!

      監督:松山博昭/脚本:西田征史、岡田道尚、宇山佳佑/原作:石井あゆみ『信長協奏曲』(小学館『ゲッサン』連載中)/撮影:江原祥二/美術:清水剛/VFXプロデューサー:赤羽智史/VFX:西尾健太郎/製作:フジテレビジョン、小学館、東宝、FNS23社/制作プロダクション:FILM/配給:東宝

      ©石井あゆみ、小学館 ©2016フジテレビジョン 小学館 東宝 FNS23社


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