記事の目次

    30歳前後の若手主体のチームが物語上、重要な存在となる"鬼"をはじめとするハイクオリティなVFXを創り出す。

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 270(2021年2月号)からの転載となります。

    TEXT_福井隆弘 / Takahiro Fukui
    EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

    © 白井カイウ・出水ぽすか/集英社 © 2020 映画「約束のネバーランド」製作委員会

    映画『約束のネバーランド』好評上映中
    原作:「約束のネバーランド」白井カイウ・出水ぽすか(集英社 ジャンプ コミックス刊)/監督:平川雄一朗/脚本:後藤法子/プロデューサー:村瀬 健、小林美穂/撮影:今村圭佑/照明:小林 暁/美術:清水 剛/編集:伊藤伸行/記録:栗原節子/VFXスーパーバイザー:太田貴寛/監督補:塩崎 遵/制作担当:宮森隆介/ラインプロデューサー:大熊敏之
    製作:フジテレビジョン 、集英社、 東宝/リードVFXプロダクション:Khaki/制作プロダクション:オフィスクレッシェンド/配給:東宝
    the-promised-neverland-movie.jp

    原作独特の世界観をフォトリアルなVFXで再現

    全世界累計発行部数2,600万部(コミック全20巻)超え、国内の漫画賞に加えて、フランスや韓国でも高い評価を獲得している漫画作品『約束のネバーランド』がついに実写映画化。現在、好評上映中である。劇中に登場する鬼を中心としたVFXのリードプロダクションは、CMやMVのVFXを幅広く手がけているKhakiが担当。同社にとって、映画VFXのリードを手がけたのは初めてとのことだが、太田貴寛VFXスーパーバイザーが企画の経緯を次のようにふり返る。「本作で撮影監督を務めた今村圭佑さんが大学の同級生で、以前から一緒に制作する機会がありました。そうした縁から2019年2月頃に、『撮影やVFXについては、若手中心でやろうとしている映画プロジェクトがあるんだけど、どうかな?』と、声をかけてもらいました。映画のリードプロダクションは未経験でしたが、Khakiのメンバーに加えて、鬼のVFXに協力していただいたWACHAJACKAnimationCafeModelingCafeVillardStudio NocoなどのCafeグループの皆さんも30歳前後の若い世代を中心にチャレンジしようということになりました」。

    左から、荻谷健太氏、CGプロデューサー 佐藤大洋氏、平井美潮氏、代表取締役 水野正毅氏、VFXスーパーバイザー 太田貴寛氏、取締役 田崎陽太氏、萩原千尋氏、見城武志氏、宮野泰樹氏、取締役 横原大和氏。以上、Khaki
    khaki.tokyo

    2019年5~6月にプリプロがスタートし、撮影は8~9月。年内は監督の都合によりいったん編集がストップし、年明け1月にピクチャーロック。2020年2~3月に撮影素材を受け取って、本格的にポスプロ作業がスタートした。コロナ禍のため納期がずれ込み、10月頭に最終納品となった。緊急事態宣言期間中はリモートワークを求められたそうだが、クランチタイムは宣言解除後だったため、密に配慮しつつ出社することで高負荷の作業を完遂できたという。VFXが介在するショットは全部で約500。外部パートナーを含めチームは総勢50名規模に達した。Khaki社内ではクリーチャー1名、モデリングアシスタント1名、エンバイロンメント&トラッキング3名、ライティング&レンダリング2名、エフェクト&シミュレーション1名、コンポジット1名、モーショングラフィックス1名という、10名ほど。これにFlameチームが4名加わった。3DCGワークのメインツールはCinema 4D、レンダラはRedshiftが用いられた。

    <1>プリプロダクション&鬼のアセット制作

    コンセプトから本モデルまでをワンストップで制作

    本作VFXで一番の目玉は「鬼」たち。これらのデザインからアセット制作、さらにはショットスカルプトまでを一手に引き受けたのが宮野泰樹氏だ。まずは原作漫画を参考に制作を開始。作業途中には、原作者が漫画執筆時に描いたスケッチなども追加資料として提供してもらい、コンセプトモデルが作成された。「当初、4体の鬼を制作する予定でしたが、コストとクオリティを両立させる観点から最終的に3体にまとまりました。作業のながれとしては、1体1ヶ月のペースでつくり込んでいき、時間のゆるすかぎりブラッシュアップを重ねました。重要なキャラクターですし、映画案件は初めてだったので、初期にはVillardの岡田惠太さんにアドバイスをしていただきました。『鬼をつくっているのだから鬼の気持ちがいちばんわかるだろう』ということで、鬼のアニメーションについても監修をさせていただいたり、撮影現場に立ち会った際は鬼のガイドとしてグリーンマンを務めたりと、貴重な体験をさせていただきました」(宮野氏)。

    モデル制作はZBrushでスカルプト、リトポはZRemesherとBlender。肌の質感付けはMari、仮面などのハードサーフェスの質感付けにはSubstance Painterを使用。鬼の衣装にはMarvelous Designerが用いられた。鬼の肌表現ではディスプレイスメントマップのクオリティが重要となったため、Mariで作成したマップをZBrushに読み込み、さらに細かいディテールの追加と調整を行なったそうだ。先述した通り、宮野氏はショットスカルプトも担当。「初めてMush3Dを使うことになったため、インストールするところからのスタートでした(苦笑)。制作中は横原(大和)さんにアドバイスをいただきながら、とにかく最後まで手を抜かないことを心がけました」(宮野氏)。

    以前は2Dアニメーションや脚本執筆を行なっていたという宮野氏。4年ほど前に横原氏に師事を仰いだのを機に3DCGモデリングを始めたそうだが、本作の鬼たちは見事な仕上がりだ。「これまでの自分のキャリアの中では、一番のハイクオリティに仕上げることができたと思っています。コンセプトの段階から担当させてもらえて本当に光栄でした。これを機に、指名でお仕事をいただけるようになれると嬉しいですね。本作の鬼のようなリアルなものも楽しいのですが、ピクサー作品のキャラクターのようなポップなテイストのものも手がけられると良いなと思っています」(宮野氏)。

    制作初期段階の鬼のコンセプト画とモデル

    ▲ZBrushで作成したモデルをKeyShotでレンダリング、Photoshopで加工して作成したコンセプト画。背景アートは、WACHAJACKが担当

    ▲仮面はギョロっとした目の印象が欲しいとのことで、目のサイズをメインに調整した(【右】が調整後)

    ▲マンティスは「怖そう」よりも「強くて格好良さそう」という印象だったため、ディテールを調整(【右】が調整後)

    ▲完成した鬼のコンセプトモデル


    ▲WACHAJACKが描いたコンセプトアートの例

    マンティスの本モデル制作過程

    ▲コンセプトモデルをリトポし、テクスチャのチェックなどを行なった

    ▲プロップのモデルも準備が進み、毛の追加、肌のテクスチャを調整

    テクスチャの制作過程

    肌は主にMariを使用し、服やマスク、手先などのディスプレイスメントマップはZBrushでさらに微調整を行なった。マスクや服、パイプなどのプロップ周りはSubstance Painterを使用



    • ▲Mariで作成したマンティスのカラーマップ



    • ▲ディスプレイスメントマップ

    ▲ZBrushで指先周りのディスプレイスメントマップをさらに微調整

    次ページ:
    <2>アニメーション&キャラクターエフェクト

    [[SplitPage]]

    <2>アニメーション&キャラクターエフェクト

    実写とVFXの橋渡しにVRコンテンツを活用

    太田VFXスーパーバイザーを筆頭に、30歳前後の若手が中心となった本作のVFXチーム。だからこそ、監督やベテランスタッフ、そして役者たちに目指すビジュアルをできるだけわかりやすく伝えることを心がけたという。コンセプトアートなど、多数の資料を準備し撮影に臨んだが、そうした施策のひとつとしてVRコンテンツも用意された。撮影現場にOculus Goを持参し、鬼の身長3~4.5mというサイズ感を体感できるようにと、背景と鬼を合成したVRコンテンツや静止画をスタッフ・キャストに見てもらい、最終的な仕上がりをイメージしやすくなるように配慮。役者が鬼と絡むシーンでは、プリビズも作成された。

    鬼のアニメーション制作では、Cafeグループ(キャラクターアニメーションをStudioNocoとAnimationCafe、リグ&セットアップをModelingCafeが担当)の協力を得た。Mayaで制作したアニメーションデータをAlembic形式でエクスポートし、KhakiチームがCinema 4DにインポートしてRedshiftレンダラで回すというワークフローで制作が進められた。Redshiftによるレンダリング時間は、シーンを投げて読み込むのに平均1時間ほど、レンダリング時間は1カット3~4時間ほどだったという。高負荷のショットは鬼がアップになるショットで、特に重いショットは約2日を費やしたそうだ。また、モーションブラーはコンポジット工程で加える方針だったが、CG要素の動きが速いショットについてはブラー込みでレンダリングすることで対応している(デプス表現はコンポジット工程で追加)。鬼が登場するカットは約50、総尺で約4分とのことだが、リテイクやブラッシュアップを含めてレンダーサーバ(10台で構成)でレンダリングを5~6周回すことになったそうだ。クロスシミュレーションについては、最も大きく揺れる鬼(ボス)は、Khakiの荻谷健太氏がHoudiniのVellumで作成。残りの2体はModelingCafeのアーティストがMayaのnClothで作成している。KhakiにおけるHoudiniワークを一手に引き受けた荻谷氏は次のようにふり返る。「クロスシミュレーションに加えて、アップショットのオブジェクトの差し替え作業も担当しました。鬼の手元をハイメッシュモデルに差し替えたのですが、Houdiniはオブジェクトの差し替えも手早く行えるので限られた期間で仕上げることができました」。Houdiniによるクロスシミュレーションは、サーバ2台を使い、1ショット約2時間。最終的にシミュレーションデータは30TBにも達したという。なお、シミュレーション時にクロスが暴れることもあったそうだが、その場合はVelocity Blendを調整することで対応しているとのこと。

    マンティスのリグデータ

    ▲モデルやボーン、ウェイト情報などを要素ごとに分け、スクリプトによって各要素を組み立て、リグを作成している

    Mayaによるマンティスのレイアウトとアニメーション

    ▲存在感や重量感を念頭に置きながら、演出の意図を最大限に引き出せるよう意識して作業したという

    VR画像の作成

    今回、キャストが鬼のサイズ感をイメージしやすいよう、VR画像の作成を行なった。現場ではOculus Goを使用して確認してもらったとのこと



    • ▲ボスと対面するカットのイメージ



    • ▲車の下から鬼を見るカットのイメージ

    ▲マンティスに掴まれるシーンのイメージ

    トラッキングとマッチムーブ

    トラッキングとマッチムーブには、SynthEyesを使用

    ▲予告編冒頭のドローンカット

    ▲オブジェクトのトラッキングデータは、SynthEyesからMayaへエクスポート

    シミュレーション

    ▲Houdiniによる鬼の衣装とパイプのシミュレーション。モデルとアニメーションがシミュレーションに適していない状態のものが多く、適宜Houdiniで修正が行われた

    筋肉の調整

    ▲アニメーション作成後、筋肉の動きが想定よりも大きくなりそうなカットや、服や筋肉の動きにエラーが起きている箇所については、Mush3Dでショットスカルプトを行い調整

    次ページ:
    <3>ショットワーク

    [[SplitPage]]

    <3>ショットワーク

    リードスタジオとして新境地を開拓したKhaki

    Khakiでは、普段のコンポジット以降の作業は本編集チーム(Flame)とCGチーム(AE)に分かれている。しかし今回、ショット数の多くを占める鬼を中心とした3DCG要素のコンポジットにはNukeを導入することにした。Nukeを本格的に導入するのは今作が初だったため、SVとしてフリーランスの吉川辰平氏が参加。吉川氏にアドバイスをもらいつつ、ACESシーンリニアワークフロー、CGはlogファイルでの作業という形態になったという。

    ロトスコープは、カンボジアのKhaki子会社と、ANNEX DIGITALが担当。トラッキング作業は主にSyhthEyes(一部にBoujou)を使用、Khaki内では平井美潮氏が一手に引き受けたという(難易度の高いオブジェクトトラッキングはフリーランスの加藤泰裕氏も協力)。なお平井氏は、鬼の登場する門や図書室のシーンのセットエクステンションも担当している。「トラッキング用のマーカーを設置したり、HDRI撮影(RICOH THETAZ1)など、何度か撮影現場へ行くタイミングがあって、並行して実作業もするのはなかなか大変でした。それでも、大勢のスタッフと絡むことは今まで少なかったので、良い経験になりました」(平井氏)。「太田を中心に若手メンバーでやりきってくれたので、とても有意義なプロジェクトになりました。自分たちベテランはサポートに徹していたのですが、僕自身はコロナ禍によって実写案件が2ヶ月ほどストップしていた期間を利用し、Blenderを勉強して後半に出てくる壁のVFXを一部担当させてもらいました。新しいツールを習得するのはいくつになっても楽しいですね!」とは、Khaki代表取締役で本作のVFXプロデューサーを務めた水野正毅氏。

    最後に、太田VFXスーパーバイザーが総括してくれた。「VFX制作者として映画に対する憧れを抱いていましたが、いざスタートするとそれどころではありませんでしたね(苦笑)。実は、Cafeグループの佐藤(大洋)さんは私と同年齢なのですが、映画VFX制作を経験されていたのでいろいろと相談にものっていただきました。そのほかにも多くの方々に助けていただきました。コロナ禍の影響もあって、当初の予定よりも制作期間が長くなったのですが、モチベーターとして推進力になり続けることが使命だと思い、ふんばりました。今後も果敢にチャレンジしていきたいです」。

    ライティング

    ▲鬼が登場するカットのライティングは、Cinema 4Dのシーンに鬼のデータを配置し、GPUによるバイアスレンダラRedshiftを使ってリアルタイムでライティングの具合を探りながら設定を進めた

    ブレイクダウン

    主人公たちがトラックの下から鬼を見るカットのブレイクダウン



    • ▲実写プレート



    • ▲実写プレートをニュートラルに処理

    ▲マスク



    • ▲Nukeによるコンポジット作業



    • ▲セットエクステンションのレンダリング素材



    • ▲鬼のレンダリング素材



    • ▲コンポジット用に出力した鬼のAOV

    ▲演出のため用意したLens Distortion

    ▲完成ショット

    ブレイクダウン

    クローネ(渡辺直美)が鬼に掴まれるカットのブレイクダウン



    • ▲実写プレート



    • ▲実写プレートのニュートラル処理とクリーンアップ



    • ▲鬼のレンダリング素材



    • ▲クローネのマスク

    ▲Nukeによるディープコンポジティングの作業

    ▲完成ショット

    コンポジット

    巨大な壁を前にする主人公たちのシーン。リソースが足りなかったため、コンポジット班が壁素材を貼り付けて対処する予定だったが、草木が複雑に絡み難航。様々なテストの結果、Blenderの有料アドオンScatterの仕上がりが良いと判断。コンポジット班はイチからBlenderを学習、今作で試験的に導入したが、物理ベースのレンダラEeveeが非常に軽く、コンポジットチームも違和感なく使用できたという



    • ▲コンポジット前



    • ▲コンポジット後

    ▲Blender+Scatterによる作業

    トラッキング

    ▲図書室のシーンでは、セットに天井がないため、CGによるエクステンション作業が必要となった。まずはSynthEyesで撮影プレートのトラッキングを行なった

    エクステンション制作

    トラッキングしたデータを利用して行われたエクステンション制作

    ▲トラッキングデータをCinema 4Dで展開、ガイドオブジェクトを配置

    ▲ガイドオブジェクトに合わせて拡張部分のモデルを配置

    ▲張部分のモデルのみをRedshiftでレンダリングした結果

    ブレイクダウン

    図書室シーンのコンポジットのブレイクダウン



    • ▲実写プレート



    • ▲エクステンション素材



    • ▲前景のシャンデリア素材



    • ▲完成ショット



    • 月刊CGWORLD + digital video vol.270(2021年2月号)
      第1特集:もっと! 気になるイケメン'21冬
      第2特集:産学連携のトリセツ
      定価:1,540円(税込)
      判型:A4ワイド
      総ページ数:112
      発売日:2021年1月9日