人気ファンタジー小説『精霊の守り人』を実写ドラマ化。 アジア的な世界観と異世界ファンタジーをVFXで構築する。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 212(2016年4月号)からの転載記事になります
誰も観たことのない世界を映像化する難しさ
今回のVFXアナトミーは、NHK放送90年 大河ファンタジー『精霊の守り人』を紹介する。本作は上橋菜穂子氏原作小説を、アジア的な舞台の中でくり広げられる異世界ファンタジーとして見事に実写化している。自然景観を舞台にしたアクションや、異世界のエフェクト表現、4K解像度での3DCGによるクリーチャー制作など、VFXの見どころが多い作品だ。
世界観構築に関して片岡敬司監督は「思い描いていたのは"もうひとつのアジア大陸"です。標高0mから8,000mまでダイナミックに舞台の振り幅をとって、アジア各国の多彩な文化をパッチワークのように再構築して作り上げた世界。ファンタジーと呼ぶにはリアル、リアルと呼ぶには壮大すぎる、そしてどこか懐かしいアジアの香りがする世界です。
ストーリーの中には魔物や精霊が登場しますので、リアリティを踏み越えた大胆な表現もしますが、常に意識しているのは、アジア人にとって感覚的にリアルかどうかです。例えば、全てのものに神は宿るという感覚。私たちの心の中には、どこかそれを受け容れている部分がありますよね。そこにフィットしていればリアルだろうと。そのようなアジア民族の五感の記憶に訴えかけるような画をつくってほしいと、ひたすら言い続けてディレクションしてきました。
ストーリーの暗示する意味や、各人のアジア体験など、表現テクニックにとどまらず、みんなでとことん話し合って土台から築き上げたVFX表現ですから、どのカットにも思い入れがあって、それぞれの担当者の根性ドラマがあります(笑)。今後のシーズンは第1部の経験を踏まえて、もっと実写を組み合わせたパワフルな表現ができないかと試行錯誤しています。成長する"もうひとつのアジア"をぜひ楽しんでほしいですね」と語る。
担当プロデューサー(兼VFXプロデューサー)の結城崇史氏は「この世界観は誰も見たことがない世界なので、現場でのイメージ共有は難しいのですが、制作がここまで進んできてやっとみんなが同じ画を共有できるようになりました」と話す。4K解像度でのファンタジー作品ということで、難しい点も多かったというが、とても見応えのあるドラマとなっている。それでは、第1部から代表的なVFXショットのメイキングを紹介したい。
スタッフの紹介
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左から、片岡敬司、結城崇史
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左から、有田康剛、高橋佳宏
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後列左から、大川誠、ノブタコウイチ、山際一吉、田口工亮、北川茂臣/前列左から、竹本宏樹、安倍清、伊佐早さつき、前和佳子、中山剛志
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後列左から、田原史章、佐藤信吾、遠山祐一郎/前列左から、鈴谷亜紀子、黒木厚典、山崎崇
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左から、細野陽一、高波千恵子、進威志、鴫原和宏、島原優二
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左から、美佐田幸治、タチベエリ、護摩堂雅子、ロクサナ・リー、佐藤智幸(以上、敬称略)
<1>異世界のクリーチャーを創造する
4K解像度によるクリーチャー制作
本作の本格的なVFX制作が始まったのは2015年8月だが、ナユグの怪物ラルンガのデザインや絵コンテなどのプリプロ作業は、2014年の年末あたりから始まっていたという。
下に紹介しているカットは、ラルンガと森で戦うショットのメイキングだ。このラルンガのルックを決めるまでも、様々な試行錯誤が行われたという。まずは上がってきたラルンガのコンセプトアートから、3DCGモデルを作成し、そこから触手やラルンガ本体のディテールを詰めていった。制作はZBrushでベースモデルを作成し、質感は主にMudboxを使用してディテールを詰めている。
「触手のヌメッとした質感など、ルックデヴには非常に時間をかけて検討しています。多くの映像資料を参考にアーティストと検討しながら、想定される動きに対応できるようなモデルに落とし込みました。4K解像度でのキャラクター表現ということで非常に高いハードルでしたが、ドラマ史上かつてない高いクオリティを目指して制作してきました」とCGスーパーバイザーの有田康剛氏は話す。
今回はラルンガの全貌を紹介することはできないが、ぜひ放送でこだわりの仕上がりを確認してほしい。このラルンガが登場するショット制作でも様々な工夫がなされている。
撮影時には現場で簡易的なプリビズを行い、ラルンガの位置や芝居の目線など、スタッフや演者とイメージを共有していったという。また、背景制作では、スタジオのセットの写真を撮影し、その写真を基にイメージベースト・モデリングによって背景のアセットが作られている。『生命大躍進』でも使われた技術だが、背景をゼロから作るよりも効率が良く有効な手法だという。
▼森の中で、主人公たちがラルンガに遭遇するシーン
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▲ロケ撮影された実写プレート。触手の位置を示すマーカーをグリーンスーツのスタッフが持っている。消し込みが大変になるがリアルな演技には不可欠なものだという
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▲ラルンガの触手のCG素材。光沢のあるヌメリ感が強調された質感になっている
▲カラーグレーディングされた完成ショット
▼洞窟でのラルンガとの遭遇シーン
▲高さ10m近いグリーンバックに囲まれたスタジオで撮影された実写プレート
▲ラルンガの触手や背景が合成された完成ショット
▲触手をMudboxで加工している作業画面。スケール感や動きに応じた構造など、細かいディテールがつくり込まれている
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<2>Houdiniによる異世界のエフェクト制作
キャラクターを煙で表現する
本作のVFX制作でまず注力したのは、小説の世界にしかない異世界ナユグをどのように表現するかという点だったという。
「制作に先立って、ナユグのイメージを描いた1枚のイメージボードが提示されたのですが、私たちはそのイメージボードの絵をいかに実写映像として作り上げていくか、技術的なアプローチを試行錯誤しながら探っていき、片岡監督とイメージを詰めていきました。ベースが小説なので、原作を読んで想像する世界観は皆それぞれちがうため、イメージの擦り合わせがとても難しかったですね」とファンタジー作品の制作におけるイメージ共有の難しさをVFXスーパーバイザーの高橋佳宏氏は語る。
下に紹介したシーンはバルサ(綾瀬はるか)がナユグで煙のような存在として描かれているシーンだ。プランニングの段階では、4K解像度で人が演技している状態を表現するためには膨大なシミュレーションになることが予想されたので、全身タイツからドライアイスを噴出するというようなアイデアも試したという。しかし想定した効果が得られず、Houdiniを使ったボリュームエフェクトで表現することになった。
最終的に歩いてくる俳優をリファレンスとして撮影し、俳優を模した3DCGモデルを作成して演技通りに手付けでアニメーション作業を行い、そのモデルを基に煙を発生させている。
▲煙のような状態で近づいてくるバルサの完成ショットの連番。シーン全体を覆う煙もHoudiniのボリュームエフェクトによって制作されている。人型にきちんとコリジョン設定されているので、役者の動きに合わせて周りの煙の動きにも影響が出るようになっている。こうして、異世界と実世界の境界にある空間というイメージが非常によく伝わる映像に仕上げられた
<3>異世界と実世界の境界を表現する
ファンタジー世界を描く難しさ
右は幼い王子チャグム(小林 颯)がナユグに迷い込んだシーンだ。もともとチャグムは岩場にいる設定なのだが、徐々に黒い雪のようなエフェクトや雲のような煙に巻き込まれていくという不思議な演出のショットだ。煙や雪もHoudiniのボリュームやパーティクルで作成されている。黒い雪の表現も、カメラの遠近で素材を分けるなどディテールにこだわった映像設計がなされている。
「普通のドラマだと、絵コンテなど画面のレイアウトができた段階で仕上がりのイメージをスタッフ間で共有することができるのですが、監督をはじめそれぞれのナユグに対するイメージがあるので、今回はレイアウトの段階でもなかなかイメージが伝わりにくかったです。これまで大河ドラマなどで培ってきたノウハウとはまた異なったつくり方が必要でした。現実にないものを創造する難しさを考えさせられましたね」と高橋氏は話す。
Houdiniを使ったエフェクト制作のパイプラインは、NHK制作の『生命大躍進』でも活用されていたが、今回のようにHoudiniで処理された煙などのシミュレーション結果を監督のイメージする異世界に落とし込んでいく作業は、フォトリアルを追及する表現とはまた異なる難しさがあるのだという。
▲Houdiniによるチャグムを取り巻く煙の作成画面
▲空間に降る黒い雪のようなパーティクルも、Houdiniによってシミュレーションされたものだ
▲Houdiniからレンダリングされた雪の素材。遠景、近景のほか、粒の大きさなどによって素材が分かれている。これらの素材を組み合わせることで、不思議な粒子が漂う空間がつくられた
▼実世界とナユグの境界に迷い込んだチャグムのシーンのショットブレイク
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ファンタジー世界をアーティストのアイデアで構築する [[SplitPage]]
<4>ファンタジー世界をアーティストのアイデアで構築する
異空間に浮かぶチャグム
下のシーンは、チャグムがナユグの谷底のような空間に浮いているシーンだ。チャグムを中心にカメラが回り込んでいるようなカメラワークのショットになっている。通常このような撮影では、俳優の周りに360度カメラドリー用のレールを敷いて撮影するが、本作では役者を回転台の上に乗せ、その回転台を回して撮影している。
背景はNUKE内に球体を作成してそこに背景用素材をマッピングし、カメラワークが合わせられた。このような現実にはないファンタジーの空間映像を制作するためのアイデアはどのようなところから発想しているのだろうか。
有田氏によれば「このような誰も見たことがないような映像は、それぞれのアーティストが持っている引き出しの中からアイデアやスキルを持ち寄って具体的な素材をつくりながらルックを検討しています」とのこと。
▼ナユグの異空間に浮かぶチャグムのショット
▲作成された背景素材をNUKE内の球体メッシュにマッピングし、チャグムの素材を中心にしてカメラを回転させている
▲完成ショット
<5>マットペイントやセットエクステンションによるシーン構築
マットペイントによる世界観構築
下はアジア的な山岳地帯というイメージから制作されたマットペイントだ。山々から数多くの滝が流れ落ち、幻想的な風景が作り出されている。風景を構成している滝は全て実写から構成されており、九州などの各地にある滝を撮影した素材を組み合わせて実現されている。一番奥にある山脈もヒマラヤの映像をレタッチしてディテールアップしたものだ。この滝のマットペイント素材は、ショットごとのパースに合わせてNUKE内で配置し、窓外の風景に使用されている。
▼山岳風景のマットペイント
▲様々な滝素材をNUKEでコンポジットする
▲マットペイントを作成するために撮影された滝の映像の一部。多くのバリエーションの滝が実写素材として使われている
▲非常に多くの実写素材を組み合わせて作成されたマットペイントの完成画像
セットエクステンション
下は、橋のセットエクステンションの例だ。途中まで作成された橋のセットをマットペイントによってエクステンションさせている。背景の川と川岸は、実写素材を使ったマットペイントによるものだ。主人公たちが暮らす実世界のシーンで使われている。
このようなマットペイントによるセットエクステンションは、大河ドラマなどでも多く使われているが、4K解像度でのセットエクステンションは作業的な負荷が大きく、HD解像度での制作に比べると簡単にはいかないという。ちなみに橋を渡る人物のうち、奥に位置する人物は3DCGで作成したデジタルダブルが配置されている。
▼実世界の橋のシーンのショットブレイク
▲カラーグレーディングが施された完成ショット
TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
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放送90年 大河ファンタジー『精霊の守り人』
3月19日(土)夜9時からNHK総合にて放送(連続4回)
演出:片岡敬司/脚本:大森寿美男/原作:上橋菜穂子(『精霊の守り人』ほか「守り人」シリーズ全12巻 偕成社刊)/出演:綾瀬はるか、小林 颯、東出昌大、木村文乃、高島礼子、平幹二朗、藤原竜也、ほか/制作:日本放送協会/©NHK
www.nhk.or.jp/moribito