<2>Houdiniによる異世界のエフェクト制作
キャラクターを煙で表現する
本作のVFX制作でまず注力したのは、小説の世界にしかない異世界ナユグをどのように表現するかという点だったという。
「制作に先立って、ナユグのイメージを描いた1枚のイメージボードが提示されたのですが、私たちはそのイメージボードの絵をいかに実写映像として作り上げていくか、技術的なアプローチを試行錯誤しながら探っていき、片岡監督とイメージを詰めていきました。ベースが小説なので、原作を読んで想像する世界観は皆それぞれちがうため、イメージの擦り合わせがとても難しかったですね」とファンタジー作品の制作におけるイメージ共有の難しさをVFXスーパーバイザーの高橋佳宏氏は語る。
下に紹介したシーンはバルサ(綾瀬はるか)がナユグで煙のような存在として描かれているシーンだ。プランニングの段階では、4K解像度で人が演技している状態を表現するためには膨大なシミュレーションになることが予想されたので、全身タイツからドライアイスを噴出するというようなアイデアも試したという。しかし想定した効果が得られず、Houdiniを使ったボリュームエフェクトで表現することになった。
最終的に歩いてくる俳優をリファレンスとして撮影し、俳優を模した3DCGモデルを作成して演技通りに手付けでアニメーション作業を行い、そのモデルを基に煙を発生させている。
▲煙のような状態で近づいてくるバルサの完成ショットの連番。シーン全体を覆う煙もHoudiniのボリュームエフェクトによって制作されている。人型にきちんとコリジョン設定されているので、役者の動きに合わせて周りの煙の動きにも影響が出るようになっている。こうして、異世界と実世界の境界にある空間というイメージが非常によく伝わる映像に仕上げられた
<3>異世界と実世界の境界を表現する
ファンタジー世界を描く難しさ
右は幼い王子チャグム(小林 颯)がナユグに迷い込んだシーンだ。もともとチャグムは岩場にいる設定なのだが、徐々に黒い雪のようなエフェクトや雲のような煙に巻き込まれていくという不思議な演出のショットだ。煙や雪もHoudiniのボリュームやパーティクルで作成されている。黒い雪の表現も、カメラの遠近で素材を分けるなどディテールにこだわった映像設計がなされている。
「普通のドラマだと、絵コンテなど画面のレイアウトができた段階で仕上がりのイメージをスタッフ間で共有することができるのですが、監督をはじめそれぞれのナユグに対するイメージがあるので、今回はレイアウトの段階でもなかなかイメージが伝わりにくかったです。これまで大河ドラマなどで培ってきたノウハウとはまた異なったつくり方が必要でした。現実にないものを創造する難しさを考えさせられましたね」と高橋氏は話す。
Houdiniを使ったエフェクト制作のパイプラインは、NHK制作の『生命大躍進』でも活用されていたが、今回のようにHoudiniで処理された煙などのシミュレーション結果を監督のイメージする異世界に落とし込んでいく作業は、フォトリアルを追及する表現とはまた異なる難しさがあるのだという。
▲Houdiniによるチャグムを取り巻く煙の作成画面
▲空間に降る黒い雪のようなパーティクルも、Houdiniによってシミュレーションされたものだ
▲Houdiniからレンダリングされた雪の素材。遠景、近景のほか、粒の大きさなどによって素材が分かれている。これらの素材を組み合わせることで、不思議な粒子が漂う空間がつくられた
▼実世界とナユグの境界に迷い込んだチャグムのシーンのショットブレイク
▶︎次ページ:
ファンタジー世界をアーティストのアイデアで構築する