全高229メートルもの巨大怪獣の臨場感あふれるVFXと、ユーモラスなキャラクターアニメーションが織り成す痛快エンターテインメント。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 226(2017年6月号)からの転載となります
TEXT_福井隆弘 / Takahiro Fukui
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
関門PRムービー『COME ON! 関門!』
企画・監督:江口カン(KOO-KI)/プロデュース:小澤利男(KOO-KI)/制作:PYLON
怪獣デザイン:森田悠揮/VFX:NISHIKAIGAN、AnimationCafe、ModelingCafe、白組
製作:北九州市・下関市
www.gururich-kitaq.com/kanmon_movie
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各分野のエキスパートが結集し、ハイクオリティな怪獣VFXを実現
関門海峡周辺の観光PRムービー『COME ON! 関門!」が2017年3月27日(月)より公開中だ。本作は、九州(福岡県北九州市)と日本の本州(山口県下関市)を隔てる関門海峡に突如出現した巨大怪獣『海峡怪獣カイセンドン』の襲来を描いた怪獣ディザスタームービー、かと思いきやラストには思わず笑ってしまう。国内外の広告祭でいくつもの受賞歴をほこる江口カン監督(KOOKI)らしいユーモアセンスにあふれた作品だ。ラストのオチとのギャップを高める上でもハイクオリティなVFXが必須となったが、一連のVFXワークをリードしたのがNISHIKAIGANだ。
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NISHIKAIGAN
須永浩光VFXプロデューサー、沼沢良典VFXディレクター、大津留 綾プロダクション・マネージャー
www.nishikaigan.jp
同社は同じく江口氏が監督を務めるHOME'SのTVCMシリーズのVFXなども手がけているが、本作については今年の1月に最初の相談があったという。「江口さんから単刀直入に『怪獣ものをやりたいんだけど』と(笑)。ただ、VFXやモーショングラフィックスについては幅広く手がけてきた自負があるのですが、フォトリアルなCGキャラクターアニメーションの経験はなかったので、以前からぜひコラボレーションを、と話し合っていたAnimationCafeさんに協力を求めることにしました」と、NISHIKAIGAN代表取締役の須永浩光氏はふり返る。
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左から、森田悠揮(フリーランス)、佐藤大洋CGプロデューサー(Cafe group)、坂上千穂モデラー(ModelingCafe)、岡田博幸CGスーパーバイザー(AnimationCafe)、菊池愛理CGアニメーター(AnimationCafe)、福沢翔太CGアニメーター(AnimationCafe/ModelingCafe)、加藤泰裕コンポジター(フリーランス)
<写真なし>
北田栄二モデリングスーパーバイザー、北野修平モデリングスーパーバイザー、小池進太郎マットペインター(以上、ModelingCafe)、金城侑香コーディネーター(AnimationCafe)
animationcafe.co.jp modelingcafe.co.jp
こうしてAnimationCafe並びにModelingCafeの参加が決まったが、もうひとつ大きなポイントが。「怪獣のデザインワークと3DCG制作を一括して引き受けてもらいたいという監督からのリクエストがあったのです。そこで、森田悠揮さんを紹介しました」と、Cafeグループの佐藤大洋氏。森田氏に白羽の矢が立ったのには大きな理由があった。「単刀直入にスケジュールが非常にタイトだったんですよ(苦笑)。そうした事情を汲んで佐藤さんが、森田さんを紹介してくださったのですが、引き受けていただけて本当に助かりました」(須永氏)。最終的に森田氏が怪獣デザイン、ModelingCafeがアセット制作、AnimationCafeが怪獣のCGアニメーション、ショットワークをNISHIKAIGAN、そして海の表現に必須の流体エフェクトを白組が手がけることになった。「初めての座組でしたが、みなさんが得意分野でいかんなく才能を発揮してくれたので、タイトなスケジュールの中でも完成できたのだと改めて思います」(須永氏)。
<1>怪獣のコンセプト&デザイン
巨大怪獣のデザインにフグ、カニ、タコの要素を込める須永氏が森田氏へ怪獣のコンセプトデザインを依頼したのが、2017年1月25日(水)のことだったという。「1週間後に実写撮影を行うことが決まっていたため、初稿を1週間で出してほしいとお願いされました(笑)。ですが、すごく面白そうだったので引き受けさせていただきました」と、森田氏はふり返る。怪獣のデザインに関する監督からのオーダーは、北九州と下関両市の名産であるフグ、カニ、タコの要素をデザインに込めた、2足歩行の怪獣というものであった。「特にフグの要素を多めにしてほしいというオーダーだったので、丸みを帯びた腹部にとげ状の突起を加えることにしました。個人的に2足歩行よりも、多足のクリーチャー的なデザインやモデル制作を依頼されることが多いので、新鮮でしたし、悩まされる面もありました。10パターンくらい手描きでスケッチした上で、その中から3パターンをZBrushでスカルプト。そして自分の中で最もしっくりきたものをブラッシュアップするというながれでコンセプトモデルに仕上げていきました」(森田氏)。
こうして出来上がったコンセプトデザインは、初稿から江口監督に気に入ってもらえたというが、演出面との兼ね合いから何度かデザイン修正も行なったという。「脚の長さを変えたものや、逆関節などいくつか別バリエーションも作成しました。そのほかにもアニメーションを付ける際の都合などを考慮して手を少し小さくするなど、人間のプロポーションに若干寄せる方向へと修正しました」(森田氏)。怪獣のカラーリングについては、巨大なキャラクターであることを考慮して、彩度を低めにしたという。「カニやタコというと赤系を思い浮かべがちだと思うのですが、監督からもリッチな質感というリクエストをいただいていたのでダークな、いわゆる怪獣的な色味を加えています。海水に濡れているのでスペキュラが映えるよう、ベースは暗めにしつつ、腹部など目立たせたい部位は白味を強めるといった調整をしています。自分の裁量でやらせていただける部分が多くあったので、最後まで楽しくデザインさせていただきました」(森田氏)。
森田氏初期デザイン&コンセプトモデル
海流で足を取られ転ぶことを想定して、足を長くしたデザイン&コンセプトモデル
森田氏が作成したカラーリングの参考資料
[[SplitPage]]<2>アセット制作
大量の触手のセットアップとシミュレーションに苦しめられる先述のとおり『海峡怪獣カイセンドン』のモデリング、セットアップ、ルックデヴといった一連のアセット制作ならびにキャラクターアニメーションは、Cafeグループを構成するModelingCafeとAnimationCafeが手がけている(一連の進行管理はAnimationCafeの金城侑香コーディネーターが担当)。まずは森田氏から提供されたコンセプトモデルに対してZRemesher(ZBrushの自動リトポロジー機能)を適用し、全体を手早くまとめたという。「この途中段階のモデルを提供してもらい、われわれの方で同時並行でレイアウト作業を行いました」とは、NISHIKAIGANの沼沢良典VFXディレクター。ひとえにスケジュールがタイトであったことへの対応策だったというが、ここで全体的なスケジュールについてふれておく。今年1月に企画がスタート。江口監督が描いた演出コンテを下にロケハンを実施し、2月1日(水)と10日(金)の2回に分けて実写撮影が行われた。それとの並行でカイセンドンのデザインワークとアセット制作が進められたというわけだ。
実はアニメーション作業が始まった後にモデル修正が発生したという。「元の形状では演出内容に合ったアニメーションが難しそうだったので関節部分の修正などを行いました。腰まわりもツイストできるようにしたりといった調整も行なっています」(坂上千穂モデラー)。なお、一連のモデル制作には坂上氏のほかに、ModelingCafeの北田栄二モデリングSVならびに北野修平モデリングSVも携わっているとのこと。テクスチャについてはZBrushのPolyPaintで作成。脚の寄りのショットはマットペイントも併用して描き込んでいるという(ModelingCafeの小池新太郎氏が担当)。スケジュールの都合上、ある程度モデルが仕上がったところでセットアップに着手。「最初の4日間で粗方仕上げたものをアニメーターに渡して、NISHIKAIGANさんからレイアウトが上がってきているショットから順次アニメーション作業を進めてもらっていました。リグについては、自分の個人的なストックの中から怪獣の動きに向いているものをカスタマイズしています。細かなところまでやりはじめるとキリがないので、目立つ要素に絞ってまとめていきました」(岡田博幸CGスーパーバイザー)。セットアップで悩まされたのが、触手の口や胴体に配された触手の数の多さに苦労しめられたという。「触手、基本的にはnHairのシミュレーションで自動で動く揺れのしくみを作成し、手付けでカスタマイズもできるようにつくりました。けっこうな本数なのでなかなか大変でした(苦笑)。触手の動きについては、基本的にはボーンベースでシミュレーションをかけています」(岡田氏)。そのほかにもアニメーション作業が始まったタイミングで、「怪獣を吠えさせたい!」という追加の監督リクエストもあったとか。「さすがに想定外でした(苦笑)。そもそもモデルの構造的に口を開閉させることができなかったので、スケジュール的に許される範囲で調整しました」(岡田氏)。
「海峡怪獣カイセンドン」モデルの変遷
コンセプトモデル。モデルデータを流用するのではなく、あくまでもビジュアルのリファレンスとして活用したという
主要テクスチャ
カイセンドンのリグ
フェイシャルリグ。「口部分のみ、カニの脚のような部分のコントローラを仕込みました。触手部分は簡易的に手付けでアニメーションできる骨が仕込まれており、その動きとプラスしてnDynamicsでシミュレーションができるようにセットアップしました。体の触手にも同様の仕込みを施しています」(岡田氏)
途中段階のモデルを使い、NISHIKAIGANが作成したレイアウトより。これらを基にアニメーション作業が進められた(余談だが、グレーディング等が施されていない素の実写プレートが興味深い)
[[SplitPage]]<3>アニメーション&ショットワーク
良い画づくりの秘訣は楽しみながら困難に立ち向かうこと本作の全体尺は約2分30秒。そのうち、カイセンドンが登場するVFXショットは15であった。ただし、クライマックスのカイセンドンが転倒するショットは40秒近くの長尺のため、アニメーション作業は、転倒するショットを福沢翔太氏が一手に引き受け、それ以外のある意味での正統な巨大怪獣の動きを、菊池愛理氏が担当という2名体制で臨んだという。「ここまで巨大なキャラクター(公式の設定では身長229メートル)を動かすのは初めての経験だったのですが、楽しく作業させていただきました」(菊池氏)。「転倒するショットについては、江口監督ご自身を実演されたリファレンス動画を提供いただけたので、そちらを見ながら動きを付けていきました。監督のこだわりが込められた迫真の演技だったので、動き出しのタイミングはそちらにしっかりと合わせた上で、怪獣の巨大な感じや重量感も出るようにブラッシュアップしてきました」(福沢氏)。カイセンドンが転ぶショットは、カメラのレンズが広角ということもあり、レンズに近くなると歪みが大きくなるため、腕や触手をあまり手前にはもってこれなかったことに苦労したそうだ。
海面の水飛沫に加えて立ち上がったときにしたたり落ちる水などの流体表現を白組のアーティストがHoudiniで作成したという。スケールの大きなエフェクトが求められたため、シミュレーション、レンダリング共にデータヘビーな作業になったようだ。「AnimationCafeさんに出荷していただいた作業データをライティング設定や海面の映り込み処理等をセットアップした後、V-Rayでレンダリングしました。レンダーエレメントは、基本のものが10パス。あとはショットの状況に応じて追加パスも書き出しました」(沼沢氏)。コンポジットワークでは、NISHIKAIGANの助っ人としてフリーランスの加藤泰裕氏が参加。NISHIKAIGANのコンポジター1名とふたりがかりで全ショットの作業を行なったそうだ。「撮影現場のリファレンスとして、魚眼レンズで撮影したHDRIに加え、ロケーション参考の写真を多数撮ってもらえていたのが役立ちましたね。また、ロトスコープについてはポストプロダクションを担当されたU2さんに作業していただきました」(加藤氏)。今回の取材で印象的だったのが、インタビュイーが一様に「楽しかった」と口をそろえたことだ。「こんなにしっくりきたチームは初めてと言っても良いくらい。自分の想像の超えたクオリティのものが上がってくることが多く、スタッフに恵まれたと改めて思いますね」(須永氏)。楽しみながら苦労をすることが、魅力的なクリエイティブを創り出す秘訣なのだ。
カメラトラッキング作業の例
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SynthEyesによるトラッキング
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3DEqualizerによるトラッキング。基本的にはSyntheEyesを使い、ズームレンズで撮影された特殊なショットに対して3DEqualizerを用いたという
海中から立ち上がったカイセンドンのファーストカットのアニメーション作業例。クライマックスのコミカルな動きとのギャップを高めるべく、巨大な生物らしいゆっくりとした迫力のある動きが追求された
本作最大の見せ場となる、カイセンドンが関門海峡の潮の流れの速さに思わず転倒するショットのHoudiniによる流体シミュレーション。転んだときに上方へ大きく立ち上がる水飛沫については、波のシミュレーションとは個別に水柱だけでシミュレーションをかけ、水柱、飛沫、水煙の3要素に分けてボリュームをもたせている
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NUKEによるコンポジット作業の例
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V-Rayでレンダリングした主要レンダーパス。左上から順に、rgba、multimatte(目)、reflect、lighting、multimatte(本体と口部分の触手)、shadow、specular、velocity、xyzWPP。これらに加えて、ショットに応じてnormalやPoint Position等のパスを追加で書き出している
Point Positionとnormalパスを用いたリライティングの例。撮影素材に合わせて影などの調整が行われた
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Pointo Positionパスから追加のマスクを作成
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左上から、カイセンドンのCGアニメーション、実写プレート、U2から提供されたマスク素材、合成結果。Point Positonパスは顔や腹部といった特定部位のカラコレにも利用されている